掘ーリーランド
第二掘「因果応報」
「ハァ……ハァ……!」
尾藤エイジは夜の街を逃げ回っていた。
学校が終わり、いつものようにゲームセンターでダベっていたら、いきなりフードを被った妙な男が現れた。
黒のベロアのライダースにジャージ。
夏場だというのに、長袖に黒ずくめの異様な風体だった。
「尾藤エイジ、だな?」
そいつはそう確認すると、何の前触れも無くエイジ達に殴りかかってきて、瞬く間にエイジ以外の全員を血の海に沈めたのだ。
あのキレのある動き――――――アレは完全に格闘技経験者のそれだった。
仲間を失って一人になったエイジは、ほうぼうの体で隙を見てその場から逃げ出したのだ。
「何だってんだ……何だってんだ!」
エイジは逃げ回りながら、追ってくるその影に恐怖していた。
理解の範疇を超えた何かに接する時特有の、胸の奥のざわざわする感覚。
ヤバい。 あいつはヤバい。
半ば動物的な勘で、エイジはそれを感じていた。
普通、無抵抗の相手を殴る時は、ちょっとは躊躇するものだ。
しかし、あいつの攻撃に躊躇などというものはまるでなかった。
不意打ちの一打で仲間を這いつくばらせると、いきなりその側頭部に向けて躊躇い無く踵蹴りを打ち下ろした。
打ち所が悪ければ致命打にさえなり兼ねない一撃だ。
その初撃により、エイジ達は完全に呑まれた。
数の利がありながら、為すすべなく一人一人打ちのめされてしまった。
そして、エイジは今正に袋小路に追い込まれつつある。
「ハァ……ハァ……!」
普段から喫煙壁のあるエイジはすぐに息が上がった。
背後には、足音。
ああ。
ヤツだ。
ベロアのライダース。
そいつが、不敵な笑みを浮かべて、そこに立っている。
「おい、コラ。 俺が何したってんだ……何なんだ、お前は? 何なんだよ、お前は!?」
「お前がなにをしたかって?」
そいつが、エイジの言葉を反芻する。
一瞬の間の後、路地裏に哄笑が響き渡った。
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それは嘲笑だった。
ひとかけらの理性も無い、狂笑だった。
「何をしたかって? お前が何をしたかって? お前がそいつを俺に聞くのか? お笑い種だ! ああ、お笑い種だ!」
「な、何……?」
「俺はその質問に対する、明確な答えを知ってるぜ」
「ああ?」
エイジは、何故だか妙な胸騒ぎを感じた。
その答えを、聞いてはならない様な気がしたのだ。
しかし、その理由は、次の男の言葉で明白になった」
「何 も し て ね ぇ よ。 目 の 前 に 美 味 そ う な ビ フ テ キ が あ っ た ら、 そ の 牛 に 何 の 恨 み も 無 く た っ て 食 う だ ろ?」
「お前―――――――――」
エイジが何事か言おうとした時には手後れだった。
男の右のフックが、凄まじい瞬発力でエイジの顎を揺らした。
「――――――――!」
膝から下が無くなった様な錯覚と共に、エイジは地面に倒れこんだ。
洗練された、芸術的なまでの右フックだ。
身体には最小限の損傷しか与えず、鋭く意識を刈り取る。
エイジは、立ち上がろうにも平衡感覚が戻らず、ふらふらと地面を這う。
「て……めぇ…」
エイジは思い出していた。
かつて、さっきと同じ台詞を聞いた事がある。
一年前、ツレの松野にケツを掘られたヤツがいた。
そいつに対して、かつて松野が言っていた台詞だ。
ただでさえ力の入らないエイジの足に、ライダースの奴は容赦のないローキックを放ち、エイジの機動力を完全に奪った。
倒れこんだエイジに、そいつは容赦の無い蹴りの集中砲火を加える。
頭に、胸に、腹に、腕に、足に。
「がっ! がっ! がっ!」
エイジは痛みに耐え切れず、身体を丸めて亀になった。
すでに抵抗する気力など微塵も残ってはいない。
無抵抗の者を痛ぶるのには慣れていても、痛ぶられるのには耐性がないのだ。
「も、もう……勘弁…して……くれ………」
エイジがそう泣きを入れた所で、蹴りは収まった。
エイジは、これで解放されるのかと息をついたが、そうではない事に気づく。
何を思ったか、そいつはズボンのファスナーを下ろすと、自分の逸物をエイジの前に曝け出したのだ。
「お、おい……何のつもりだ…」
エイジの脳裏に、おぞましい想像がよぎる。
「くわえろ」
その想像を現実にする言葉が、男の口から発せられた。
「しゃぶって綺麗にするんだ。 射精するまで舐め続けろ。 吐き出そうとしたり、歯を立てたりしたら、お前の前歯を残らずへし折る」
「……………ッッ」
血の引くような思いがした。
よりによってこいつは、エイジに自分の逸物をフェラチオさせようと言うのか。
「俺が本気だっていう事ぐらいは理解出来るな?」
「――――――――――!」
ああ。
そうだ。
こいつはやる。
絶対にやる。
もし、エイジが拒めば、エイジの歯を全部へし折り、食い千切られる危険を根こそぎ刈り取った上でフェラチオを強要するだろう。
だがしかし―――――――
逡巡をしている間に、焦れたように男がエイジの顎をつかんだ。
常人離れした握力でエイジの口蓋が開かれ、そこに隆起しきった逸物が突っ込まれた。
「むぐぅううううううううううううう!!!?」
「騒ぐな。 さっき言った事は理解出来たろう?」
肉棒がエイジの口の中に突き入れられる度に、エイジの矜持と尊厳がボロボロに蹂躙されてゆく。
涙を流して許しを請うその姿を見ながら、男は満足そうに射精した。
白濁した液体が、エイジの口内を汚してゆく。
エイジはその生臭さに、思わず吐瀉した。
「知ってるか? 昔のプロレス界じゃあ、生意気な新人が入ると、先輩レスラーで囲ってフェラチオを強要したそうだ。 そうすると、心が折れて二度と先輩に逆らおうなんて気が起こらなくなるんだとさ」
エイジは、その言葉が耳に入っているのかいないのか、女子供のように嗚咽しながら精液を吐き続ける。
その効果は、エイジが身をもって実証しているかのようだった。
すでに、エイジの心は完全に折れているだろう。
しかし、男はそれに追い討ちをかけるかのように、エイジのジーンズを脱がしにかかった。
「何を――――――」
「決まってるだろう。 綺麗にしゃぶれたから、ご褒美をやらないとな」
エイジは、ぞくりと肌の粟立つような思いがした。
「それだけは……それだけは勘弁してください!」
「なぁ」
男は言った。
「一年前、お前の目の前で、一人の少年が同じように命乞いをした筈だ。 その時、お前はどうした?」
「――――――――」
エイジのジーンズが脱がされ、下半身が露わになった。
男は、エイジをうつ伏せにさせ、その菊門を拡げる。
「尾藤、江川、久坂、村井、松野。 あの時、居合わせた五人。 俺は、お前達を、絶対に赦さない」
「―――――――――」
エイジの肛門に、男の充血しきった逸物があてがわれる。
夜の街に、尾藤エイジの悲鳴がこだました。
その日を境に、街に一つの噂が駆け巡った。
力あるヤンキーを掘りに現れる、『下北ヤンキー掘りボクサー』の噂が。