Neetel Inside 文芸新都
表紙

4の使い魔たち
秘薬

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 朝になってユウトが目を覚ますと何だか変わった匂いがした。
 腕の中が暖かい、ユウトは毛布をめくってその原因を確かめると小さくなった女の子がいた。
「す、スーシィ!?」

 確かに昨日は部屋の前で別れたはずだと、ユウトは記憶を思い起こした。

「ん」とスーシィは毛布をユウトからひったくりまた元の様子へと戻る。
「えええ」

 ユウトはおぼつかない足取りでベッドから這い出ると深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。

「そんなはずは……そういえばアリスはっ――!」

 とりあえず扉をあけて部屋の外へと出る。
 すると廊下の窓は全て開いており、清々しい朝の匂いが廊下一面に香っていた。
 陽の日差しが廊下を心地よい温度にしており、歩くだけで体をぽかぽかとさせてくる。

「朝ってこんなに気持ちのいいもんだったんだな」
 思わずそんな台詞がユウトの口から零れた。
 光り輝く廊下を少しいくとアリスの部屋が見えた。
 ユウトは念のためにノックすると生返事が返ってきた。

「はいっていいわ……」
 ノブを捻ると清々しい光りの香りから一転、女の子の匂いがユウトの鼻をついた。

「おはようアリス」
 アリスは既に起きていたらしく、ユウトに視線を合わさず喉から返事を返した。

「う~~」
「なんだ、どこか具合でも悪いのか」
「あによ、わたしの何処が健全なのよ!
 ご飯も食べ損ねるし、授業はもう始まってるのに誰も来てくれないし……お、おトイレもいけないし」

 アリスは布団を叩きながら一節一節語気を弱めて言った。
「ま、まじで?」
 どうやらユウトが起きた時間というのはこの学校の生活を著しく無視した酷い寝坊だったらしい。

「今何時だと思ってるの? 十の刻よ。もうあと二刻もしたらお昼よ!」
「ご、ごめん。急いでスーシィも連れてくるからっ」

 
 その後スーシィを起こしに行ったユウトだったが、スーシィは慌てた様子もなく、アリスとスーシィが授業に出られたのは四時限目の実習からだった。

     


 その後スーシィを起こしに行ったユウトだったが、
 慌てた様子もなく悠々と授業に出たのは4時間目からの授業だった。

「今日は皆さんに新しい同志を紹介します」
 声たかだかに叫ぶ女性は黄色いステッキに紺の三角帽子とマントを身につけ、

 教壇の上から教室の入り口を指した。

「ミス・スーシィ」
 魔法によって教室の入り口がさっと開くと、スーシィが端正に入ってきた。
 拍手はまばらだったが、生徒の関心はスーシィに釘付けだった。

「わけあって全名を明かせないようですが、皆さん仲良くして差し上げて下さい」
「マジョリア先生」
 生徒の一人がユウトの横から手を挙げた。
「なんですか、ジスタール」

「彼女への質問はいいですか」
 すると、マジョリアと呼ばれたメイジは教壇に両手をついて双眸(そうぼう)で生徒たちを睨むようにみた。

「安易なものはいっさい禁じます。
 お友達になりたいと思った方だけ語りかけることを許します。
 興味本位、または彼女の内面、事情を探るような行為は一切許しません。
 そして彼女から話しかけられたら答えることを義務とします。これは、メイジたるものの心得です」

 では、彼女から一言というマジョリアの言葉によってスーシィは教壇の中央から一歩前へ出た。

「ご紹介にあずかりました、スーシィです。
 先ほど、先生が仰いましたように私に対する接し方はそのようにお願いいたします。
 ですが、決してがっかりしないでほしいです。
 なぜなら私は皆さんと、誇り高きメイジとして、一人の人間としてお友達になりたいからです。
 皆さんが、私をお友達として迎えてくれるのなら、私はどんな質問にも答える努力を惜しみません。
 どうかそのことをお忘れなきようお願いすると共に、
 力を抜いてマナの赴くままに接して頂ければ嬉しく思います。どうぞよろしくお願いします」

 歓声と拍手に包まれる教室。

 その中で舌打ちをするアリスがユウトの隣にいた。
「ふん、何よ。良い感じの挨拶しちゃって。女王さまじゃないんだから」
 アリスが毒づく。

「素晴らしく美しい挨拶でした。ミス・スーシィ。
 そう、互いの義務とは認め合うことなのです。
 それがなければ、いかに必要な義務とはいえ、正当な関係にはならないでしょう。
 答える義務とは言い返せば認める義務が互いにあるということです」

 先生はここに感極まったと言わんばかりに諸手を挙げて力説しているが、生徒たちは逆に醒めていった。

     


 生徒の誰かが言った。

「また始まったよ。マジョリア先生の演劇癖……」

「嗚呼……! 素晴らしき生徒がこの学舎(まなびや)にやってきて本当に私は嬉しい限りです」

 帽子とステッキを両手に広げ、オレンジ色のウェーブの髪を揺らして舞うマジョリア。

「あの、先生、私はどこに座ればよろしいのでしょうか」

 スーシィが尋ねるとマジョリアは咳払いを一つして帽子を正した。
「あなたは既に優秀な価値観をお持ちです。
 私が指定することなどありません。どうぞ好きなところへお座りなさい」

「ありがとうございます」

 スーシィは浮いた声で答えると、迷うことなくユウトの方へと歩いた。

「スーシィ! こっち空いてるよ!」
「私たちとお話ししましょう!」
「スーシィ、判らないことがあったら俺の席にくるといいよ!」

 てんやわんやの誘いの一切を無視して、スーシィはユウトの隣へ座った。
「ありがとう、みんな。みんなの誘いはとっても嬉しかったわ。
 だから一番みんなの声が平等に聞こえる真ん中にするわ」

 そこでまたクラスのみんなが盛り上がる。

「俺からもありがとうを言うよ! スーシィ!」
「やっぱり道徳心のある子なんだわっ」
「俺、一生スーシィの味方だから!」

 ユウトは生まれてこの方体験したことのないクラスの一丸となった盛り上がりについていけず、不安になった。ところが、隣のアリスは淡々と一人で教科書をめくっていた。

「(馬鹿なんじゃないの、みんなそいつに騙されてるのよ……そいつは私を――)」

 するとユウトの腕に触れるものがあった。それはスーシィの腕である。

「なんだあの使い魔、スーシィに抱擁されたぞ」
「何しやがったんだ!」

 スーシィはユウトの腕に絡みついた状態で教科書を開き始めた。
(何かされてるのは俺なんだけれども)
 
「コホン、それでえは、教科書の4ページから」
 マジョリアは見なかったことにするらしい。ユウトは焦る。

     

「あの使い魔はなに?」
「なんで授業に出てるの? ただの人間だろ?」
「魔法が使えないならどこかほっつき歩いてなさいよ」

 ユウトは散々な言われようだったが、アリスの手前でそれは無理な相談だった。
 何しろこの学園の最高責任者から面倒を頼まれてしまったのだから。


「では、この節の例題にミス・スーシィ。早速だけれど、答えられるかしら」
「はい」

 スーシィは姿勢良く立ち上がると教壇の黒板に杖をかざしてペイントスペルを唱える。
 既に用意されている魔法チョークは意味を無くしていた。

 かざした杖の先から粉が溢れるように黒板へと吹きかかり、文字と数式が浮かび上がる。

「こ、これは……」
 マジョリアは大きく目を見開いて、スーシィと黒板を見合わせた。

「す、素晴らしく優秀なのですね。試すような真似をしてしまって返って申し訳ない気がします」
「いいえ、ミス・マジョリア。
 私のような浅はかな知識でよければいつでもご指名ください。
 期待に応えられるよう精一杯努力いたしますわ」

 スーシィは最後によろしいかしらと会釈して席へもどった。

「皆さん、彼女の素晴らしい回答に盛大な拍手を!」
 マジョリアがそういうと生徒たちは皆、惜しみなく拍手を送った。ただ一人を除いて。

「ミス・レジスタル。どうしたのですか?」

 突然アリスの名前があがってアリスは一瞬明後日の方向を見てからマジョリアと視線を合わせる。

「私、今は怪我をしていて拍手をすることはできないのですが、何か問題がありましたか?」

 マジョリアは渋い顔をして言った。

「問題は行動ではなく、態度です。なぜ先ほどから視線を目の前に向けないのですか?
 私の授業がつまらないとでも?」

「(面白いわけないじゃない。演劇魔女)」
 ぼやいたアリスのすぐ後ろで、男子生徒が声高く言った。

「つまんないって言ってまあす!」
「まあ、正直なのは良いことですが、ミス・レジスタル。
 それはミス・スーシィのように勤勉であっての発言権です。次の節を解きなさい」

 寄り添うスーシィの教科書からその節を垣間見るユウト。
「……」


     


 一、火属性、地属性の魔法錬金について。
 火属性をAとするとき、地属性をBとする。
 B20=A10の鉱石を錬金するとき、2Ax=5Bxの鉱石があったとして過不足の値を求めなさい。

 アリスは睨むように教科書を見つめた後、ユウトの袖を引っ張った。

「(なんだ)」
「(わからないわ)」
「(は――?)」

 この場合はxに4か5を代入して足りない数値、多い数値を出せば答えだ。
 しかし、アリスは全く手詰まりといった様子で教科書を羽ペンでつついている。

「ミス・レジスタル? どうしたのです、早く降りて来なさい」
「今、行きます」

 アリスはユウトの背中を借りて黒板の前まで降りてきた。

「ねえねえ、あれがアリスの使い魔なんだよねえ?」
「ああ、けれどあれじゃ使い魔が逆に可哀想だよ」
「イスムナで生きていられただけでも僥倖だっていうのに」

「ほんとね、あれじゃどっちにいても不幸なだけだわ。
 あんな駄目なメイジに召喚されてしまったんですもの」

 明らかに聞こえる陰口を背中に、チョークを持ったアリスの左腕が公式を書く。
「(どうした? まだわからないのか)」

 ぴたりと最後のxを書いたところでアリスの腕が止まっていた。

「(わからない……)」
 ユウトは仕方なく答えを教えてやろうと思った、その時ユウトの顔に雫が落ちた。

「(ば、泣くことないだろ? 俺、答え知ってるから安心しろ)」

「ねえ、あれってもしかしてわからないのかしら」
「ま、所詮はアリスだからな」

 アリスの震えた唇がわずかに開いた。
「……わかりません。ミス・マジョリア」
「まあ、あれだけ大口を叩いておいてわからないのですか?」
「すみません」

 アリスはユウトの後ろで覇気を失った。ユウトはすかさず口を開いた。

「あ、アリスの代わりに俺が答えることになっているんです」
「? そうなんですか? ミス」
「え?」

 ユウトはアリスからチョークを取ると続きの方程式を綴っていく。
 昔、黒服の老人がこれと同じ問題をユウトに出していたことを覚えていたのだ。

 黒板に二通りの答えを書いた。
 合っている自信は五分五分だが、元の世界でそろばんが得意だったユウトには自信が少しあった。

「どうでしょうか……」

 減らないチョークを置いて、ユウトがマジョリアを見る。
 一呼吸置いた後にマジョリアは大きく口を開けて言った。

「……大正解です!」
 一瞬しんと静まった教室。ぱらぱらと拍手が起こる。
 拍手を送っていたのは他でもないスーシィだった。皆がそれにつられて拍手をしだす。

「使い魔、お前すごいな!」
「優秀だ!」
「いいぞ、使い魔!」

 喝采になった教室でユウトは照れながらアリスを連れて席へもどる。
「えへへ、どうも」

 
「しかし、驚きました。ミス・レジスタル。
 まさか使い魔に魔法学まで教えているとは、これはあなたの功績でもありますよ」

「え?」

 アリスは何故といった調子で先生に褒められる。
 ぽかんとした様子でユウトを眺めるアリスを蔑める生徒は一人もいなかった。

     


 かくして授業は終わり、昼休みとなったところで、ユウトは大声を上げていた。
「なんで! 俺こんな飯食えないよ!」

 そこは使い魔専用の食堂。
 鏡面プレートの上には白い皿が一枚と、その上にのる毒々しい緑色の固形食。
 かじった瞬間にめまいがするような味がしてユウトは思わずはき出してしまった。

 ところが、周りの使い魔、イーブウル、フォックス、ミノタウロスからコウモリまでどれもそろって同じものを食べている。
「なんで、何で使い魔とメイジの扱いってこうも違うんだ」

 スーシィは何とかユウトをメイジ専用の食堂へ連れて行こうとしてくれたが、
 アリスは無関心といった様子で席に着くなり『それじゃ一の刻には迎えに来て』とか言い始めた。

「俺、もう使い魔なんてやめようかなあ」

 そうぼやいて茶色いテーブルの向こうに視線を泳がせた時、ユウトは赤紫色の髪をした少女を見た。
 ……給仕さんか? 一瞬そう思ったが、少女はユウトと同じくプレートの上にあの緑の固形物を据えて食べていた。
 
 モンスターまがいの使い魔がそれを食べているのを見ても何とも思わなかったユウトだったが、
 少女がそれを食べているのを見てユウトは吐き気がしてきた。

「出よう……」

 ユウトは一人呟いて食堂を後にした。
 既に食堂自体が学校の離れにあったので、ユウトはどこかで食料を調達できないかを考えた。
(メイジの食堂の余り物なんて、何か敗北感があるし……)

 もう丸一日何も食べていない状態で、ユウトは一人森の方を眺めた。
「これしかない……か」

     


 一の刻になった。

 アリスは食堂で満たした腹を抱えながらただくつろいでいる。
 一方ユウトはドロドロになりながら、それでも満足そうにアリスを迎えに来ていた。

「ちょ、ちょっと何なのあんた、泥臭いし獣臭いわよ」
「え、そうかあ?」

 周りの生徒たちもユウトを避けながら行き来している。
「いいからその汚れた服を脱いで体洗ってきなさい」
「でも何処かわからないよ」

 そんなやり取りをしていると、絨毯の上をスーシィが俯きながら歩いていた。

「あれ、やっぱりあなた達だったの」
「ん?」
 スーシィは顔を起こしながらユウトを見た途端眉が引きつった。

「この絨毯の汚れよ。泥が点々と落ちているし、おまけになんだか獣臭い。来なさいユウト」
 ユウトは腕をつままれて廊下を歩く。何度か角を曲がって着いた先は浴場だった。
「ユウトは人間でいうところの男だものね。温水はないでしょうけど、体は洗いなさい」
「悪いなスーシィ」
 ユウトはそう言うと惜しみなくスーシィの前で衣服を脱いだ。

「これどうすっかなあ……シーナが用意してくれたもんだけど……」
「後で自分で洗うことね。替えは持ってきて置いてあげる」
「ありがとう!」

 ユウトは素っ裸のまま浴場へと消えた。

「(逞しい肉体だったわ……あれでメイジと同等に戦うんですもの……)」
 スーシィは頬を紅潮させながらもじもじした様子でユウトの衣服を畳んで隅に置いた。
「あ、アリスを忘れていたわ」

 ――――。


     


 しばらくしてユウトが浴場から上がると、替えの服がないことに気づいた。
「あ、あれ……スーシィ?」

 やはり信用ならないと思うのと同時に自分の置かれた状況が非常に緊迫したものであることを悟った。

 鐘が響き渡る。

 このままでは生徒達が教室から出てきてしまうと思ったユウトは入り口から頭だけを出して廊下の様子を伺った。
 そこにちょこんといたのは先ほど使い魔専用の食堂で見かけた少女であった。

「あ、君はさっきの……ちょっと頼みたいことがあるんだけど」

 普通は使い魔が他のメイジの命令を聞くことはないだろうが、この人型の使い魔は言葉が分かるのか、頷いた。
「えっと、服を持ってきてほしいんだ。男ものの。わかる?」

 落ち着いた緑の双眸がユウトの顔をじっと見つめて頷いた。
 ユウトはそれからしばらくして、少女が持ってきた謎の服を手に入れて事なきを得た。
 汚れた衣服を持って少女にお礼を言おうとしたところで、後ろから声があった。

「リース! こんなところにいたのかっ」

 現れたのは金髪頭の少年。マントもズボンも煌びやかな装飾が飾られている。
 リースと呼ばれた少女はその金髪頭の少年のところへ行った。
 よく見るとまるで年の離れた兄妹のように見えなくもない。しかし、着ているものは月とスッポンほど差があた。

 さしずめ、召使いと王子のようだ。
「ん? なんだそっちの貧相な男は」
「あ、もしかして、この使い魔のメイジなのか。実は俺、さっき助けて貰ったんだ」

「おまえは……」
「え?」
 いくぞとリースに呼びかけると金髪頭の少年は踵を返した。

     


「ごめんなさいユウト」
 スーシィはユウトに平謝りしていた。

「いや、別に怒ってないんだけど……」
「いいえ、これは女の恥よ。そうでしょう? アリス!」
「は? いや、別にそこまではいかないでしょ。それより何なのこの服」

 アリスはユウトの背中に乗りながら肩口を摘んだ。
「なんかリースって女の子に頼んだら持ってきてくれたんだ。サイズぴったりだし、借りようと思って」
「リース……?」

 アリスの顔がみるみる不満そうなものに変わってゆく。
「? どうかしたのか、アリス」
「あんた、そいつと話したの?」

「いや、話してはいないけど、服は持ってきてくれたし良い子だよ」
「そいつとだけは馴れ合ったらダメよ。それとその服、用が済んだら捨てなさい」
「え? 捨てるって……返すに決まってるだろ」

 アリスはそれきり何も言うことはなく、スーシィと三人で歩いた。

「もういいわ、後は……そうね、七の刻になったらまたここへ来て頂戴。それまであんた自由だから」
「え」
 アリスが研究室のような部屋へ着くとあっさりとユウトを邪険にした。
 図書が積み重なる長テーブルの椅子に腰掛けてアリスは黙々と読書を始める。

「アリス、そんな言い方はないんじゃない。仮にも私が主人ならもっと使い魔は大切にするわ」
 スーシィは我慢できなくなったという様子でアリスに言った。

「そ、ごめんなさい。でもここは学園だし、言うだけなら勝手よ。とにかく今は邪魔だから」
 関心がないと言った様子でアリスは読み物に耽る。
 やれやれと肩をすくめてスーシィはユウトの腕にもたれた。
「あんなの放っておいていきましょう。ユウト」
「あ、アリス」
 ユウトは振り返り、重たそうに首を起こすアリスを見た。
「あによ」

「その、晩飯も昼と同じところで食べるのかな」
「そうよ、使い魔のご飯、もといエサはずっとあそこよ」
「……」
 再び嫌悪感に襲われたユウトはがっくり項垂れて図書と机が並ぶ部屋を後にする。

     


「ユウト。あの使い魔専用の食堂はそんなに酷いものだったの?」
「食べられるものなんか出ないよ……」

 スーシィにとっては興味を惹かれる内容だったのか、一度見てみたいわねなどと言い出した。

「ところで、ユウト。これからちょっと手伝ってもらえるかしら」

 珍しくスーシィの方から頼み事がかかり、ユウトはスーシィに付いて行き、ある一室へとたどり着いた。
「まあ、ここは誰にでも開放されてる調合室みたいなものね。器材は揃ってるし、多分いけるわ」
 そこには一切の飾り気はなく、じめっとした空気がひっそりと流れていた。

 廊下の空間からは明らかに異質な空気のせいで、
 近寄る生徒もなく、また部屋にいるのはユウトとスーシィの二人だけだった。
 がちゃがちゃとガラスものを設置していくスーシィ。それをユウトはただ黙って見ていた。

「準備できたわ。内容を説明するから聞いて」

 スーシィが言うにはこの大がかりな調合が、アリスの脚を治す薬を作るためのものだという。
「じゃあ、そっちからそのお皿に一杯汲んでこのビンへ」
 ユウトはどうして自分がこんなことをしているのかわからないまま、指示に従った。

 ――――。
 作業は三刻近くに及び、過程の中では同時に行わなければ成功しないようなきわどい作業がいくつもあった。
「おつかれさまユウト」
 スーシィはそういうとユウトにポークチョップを渡した。
「本当はだめなんだけれどね。内緒よ」
 スーシィが魔法をかけると香ばしい肉の香りが部屋に広まった。

「おお、うまそう」
「出来ることなら食堂に招きたいのだけれど、特別な時以外はどうしても駄目らしいの」
 ユウトは肉にかぶりつきながら相づちを打った。

「仕方ないか……」
 はいとスーシィは小瓶を差し出した。スーシィの手のひらに乗るそれは銀色の液体が詰められた瓶だった。
 小指ほどの小さいそれをユウトは受け取る。
「え、でもこれはスーシィが作ったものだろ?」

「きっと使い魔のユウトが手伝ったと知れば、彼女の態度も変わるはずよ」
「でも、スーシィが作ったことはバレるんじゃ……」
「いいのよ、ユウトも手伝ったっていうことが重要なの」

 スーシィはそう言うとマントを翻して行きましょうと言った。

       

表紙

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Neetsha