Neetel Inside 文芸新都
表紙

4の使い魔たち
アリスの暴走

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七の刻になり、アリスがいる暗澹(あんたん)とした研究室にユウトたちは向かう。
 扉をあけると、来たときと変わらない姿勢のままアリスは本に集中していた。
「――ん、来てたのね」
 アリスは気配を感じ取ったのか、後ろを振り返りユウト達を見据えた。
「アリス、これ……」
 そう言ってユウトが差し出した小瓶をアリスは訝しげに見つめる。
「なによこれ」
「私がユウトと一緒につくった秘薬。脚を回復に向かわせる代わりに普通の魔法が使えなくなるけど」
「……え? 普通の魔法が使えなくなるなんて聞いてないわよ!」
「脚が完治するまでの間よ。治れば問題ないわ」
「どれくらい……?」
「だいたい、よくて二週間。悪くてもせいぜい一ヶ月ね」
「なんて……こと」
 アリスは空虚な視線を泳がせて沈黙した。
「どうしたの、アリス。飲まないの?」
 小瓶に入った銀の液体を見つめて、アリスが言う。
「飲むけど……ねえ、スーシィ。あんたの知り得る中でもっと即効性のあるものはないの?」
「ちょ、冗談言わないでくれるかしら。その一つの秘薬だけで何百万ゴールドもするのよ? さらに即効性のあるものなんていったら秘法を心得たアルケミストでもない限り生死の境を彷徨う危険なものになるわ」
 アリスの目に小瓶の光りが映り込む。ごくりと固唾を飲んで蓋を開けた。
「(お礼ってものがないの? この子)」
「(スーシィ……それは今に始まったことじゃないよ……)」
「あ、言い忘れたけど一気に飲んじゃ――」
 ごくりと飲み干したアリスはきょとんとしてアリスとスーシィを見た。
「え?」
「――」
「ユウト、私の後ろに下がって」
「え?」
「その秘薬はあの時アリスが魔法を使ったときと同じ状態。つまり、マナが体内で奔流し続ける状態を維持するものなのよ」
「どうしてそれを先に言わないのよ! 何か手はないの?」
 アリスの周囲が陽炎(かげろう)のようにゆらゆらと歪む。まるでフラムの状態だ。

     

「本来は少量ずつ飲んで全身のマナが0になるまで待ってから全部飲むのよ。そうしないと――」
 ぷすりぷすりとアリスの近くにあった書物が燻りだした。慌ててスーシィは杖を構える。
「a lolia welrues(聖なる水)」
 ジュウ――。
「あんた、水の魔法を?」
 出現した水の量は決して多くはないが、それでも何リットルかはあるそれをアリスは体に触れずに全て気化させた。
「そうしないと、通常全身に均一にあるマナが外へあふれ出して、高速スペルや省略スペルが一時的に使えるようになったり……とにかく危険なのよ。私も少し本気でいくわよ」
「え、やめ――」
「lolo ultulmerl…kiki uruikmel…dada slorijiol…imim aliekso….(エレメンタルに対なるものたちよ)」
「Bala I !!(集え)」
 アリスは咄嗟に叫んだ。
「Lezical !(魔構壁)」
 スーシィから洪水のように流れ行く滝が、アリスの過剰な防壁によって防がれる。魔法がぶつかる瞬間、机にあった図書が全て舞い上がった。
 ドッ――どどどどど。
「何防いでるのよ! そんなことしなくても、どうにもならないわよ!」
 スーシィは爆発するような水を出しながらアリスへ向かって叫んだ。アリスの方は大型魔法を喰らって必死なのか、研究室全体を包むほどの防壁をただの一度の詠唱で完了していた。
 ――バチ、バチ。
「純粋なマナのせいで要素の衝突が起きてる……。ユウト、私を抱えて後ろへ!」
「わ、わかった!」
 ユウトはスーシィの腹を抱えて一気に後ろへ跳躍した。研究室からはじき出された水が廊下一帯を水にしている。
「何事ですか!」
 騒ぎを聞きつけてやってきた先生に無論、説明している暇はなかった。
「ど、douしたらiいnoよ」
「へ?」
 アリスから放たれる謎の火球が駆けつけた先生のマントへと飛ぶ。
「きゃあ」

     

 すんでのところでスーシィがレジストを発動した。
「良く間に合ったなスーシィ」
「私の場合、最初の大詠唱で全てのスペルへの先行詠唱を完了させてるのよ」
「へえ、しかし、なにやら途方もない騒ぎになりそうだな」
「とりあえず、アリスを人気のないところへ移動させましょう」
 そういうと、アリスに呼びかけ後を追ってくるように言った。スーシィはユウトの背中にまたがって、廊下を走る。
「走れるのか? アリス」
「マナが奔流してる間はマナの力で動けるはずよ。肉体は関係ないわ」
「ある意味恐ろしいことだなそれは……」
 アリスが追ってくると、すぐにユウトに追いついた。
「ど、どうnaってるのよこle」
「アリス、喋らないで、魔法が発動するわ。とりあえず、ユウトの背後を追って来て」
『welrues(聖なる水)』
スーシィは廊下を水浸しにしていくが、それを背後からアリスが全て気化させて行く。
「ユウト、もっと早く走れる?」
「はいよ」
 ユウトが疾風のごとく走り出すが、アリスは全く表情を変えずについてくる。
「とんでもない熱気だわ……風上にいるのにこの速度でこの熱量はちょっと尋常じゃないわね」
スーシィの腕に力が入る。ユウトはこれ以上の速度で走れないほど走っているにも関わらず、アリスとの距離は一向に縮まらなかった。
「いい? 外へ出たら一気に飛んで振り返って。私がさっきの大型魔法をもう一度放つわ。アリスも今度は詠唱しちゃ駄目よ!」
「waかった!」
「げ」
 アリスの全身を包むようにうっすらと魔法陣が浮かび上がる。
「ユウト、やっぱりさっきの案はだめだわ」
「え、どうして」
「今、アリスの体の周りに出来た魔法陣はスペルとかむちゃくちゃだけど、この状態だと後ワンスペルで発動する。恐らく私が大魔法を撃った後に悲鳴の一つでもあげられたら相殺するほどの威力で爆発するわ」
 ユウトの後ろから蒸気をまき散らして疾走するアリス。階段も飛び降りて走る。
「じゃ、じゃあどうやって……」

     

「アリスの悪口を言いなさい」
「え!」
「そうすればあの性格からして何か一言必ず発するわ。そこで一旦はき出させてから大魔法を撃つわ」
「せっかく仲良くなれると思ったのに!」
 アリスは無言のままユウトを追ってくる。自分の体が普通ではないことを知ってか、目を泳がせながら走っている。
「アリス、いいわね。外へ出たらそのまま真っ直ぐ校舎から離れたところへ走って!」
 こくこくと頷くアリス。
「す、スーシィ。何て言えばいいんだ俺は」
「なんでもいいわよ。大概のことには反応するはずよ」
 出口が見える。一瞬でエントランスを白い霧で覆い尽くす。外に出ると蒸気がぶわっと噴き出し、ユウトはそれと同時に上空へ飛躍した。
 夜空に舞うように滞空し、息を溜めてからユウトは思い切り星に向かって叫んだ。
『アリスのぺちゃパーイ!』
 ――はあとため息をつくスーシィ。それに遅れて校舎の光りの中から暗中へアリスが飛び出した。
「あれ……アリス聞こえてないのかな」
「lolo ultulmerl…kiki uruikmel…dada slorijiol…imim aliekso….(エレメンタルに対なるものたちよ)」
 スーシィがユウトの背中で淡々とスペルを紡ぐ。気のせいかかなり気合いが入っているようにユウトは思えた。
「ユウト、アリスへ近づいて」
「了解」
 アリスが門の近くまで来て人気がないと充分に判断したのか、スーシィはユウトの背中に跨り二人揃ってアリスの元へと跳躍した。
「アリスー、聞こえたか? ぺちゃパイって!」
「Bala I !!(集え)」
「ふZaっけんじゃないwaよ! aんた、siにたいの――!」
 どんという地響きがしたと思うと、スーシィの放つ滝のような水の塊が地面と空を縫うように爆散している。
アリスのほうから何か得体の知れない魔法が放たれているのだ。
「ユウト、一旦引くわ!」
「はいっ」

     

 離れたと同時にアリスの放った何かがユウトたちの頭上を掠めていった。
「ha? Nannde yo……」
 アリスの周囲に出来るいくつもの魔法陣。魔法円。
 アリスの意志とは関係なく、一つ、また一つと空間、地面と無作為に増えていく。
「まずい……何か変よ」
 スーシィは杖を構えたままディスペルを詠唱する。
「dispail !!(魔法解除)」
 魔法陣の一つがアリスの後方で砕け散る。
「a……ku……」
 黄色に輝くその魔法陣は砕けたと同時に再構成された。
「やっぱり何かおかしいわ!」
「なるほど、そういうことじゃったのか……」
 白衣を身に纏った老人が二人の背後に現れた。
「学園長!」
 白い髭をもみほぐしながらフラムは前へと出る。
「さてアリス。いや、レジスタル家の末裔よ。この私を憎き相手と思い全力でくるが良い。もし私を倒せたのなら、ほれ、この禁書図書室の鍵をやろうぞ」
「Ha…どうnaってもsiraないわよ……」
 アリスがゆらりと動いた。それだけだというのに地面の草が発光し、黒炭となる。
「学園長、危険です。今のアリスはどう見ても……」
「なに、たかだか一人の小娘のマナに遅れを取るほどこのフラム、耄碌(もうろく)してはおらん。それに、生徒の面倒に答えられなくては長など勤まらんよ」
 もはやアリスの姿が見えないほどの魔法陣が、半径4メイルのあらゆる空間を埋め尽くしていた。
「ユウト、離れて」
 スーシィがユウトの背中でそう叫んだ。ユウトにはアリスの攻撃をよける自信があったが、フラムの邪魔にはなれない。
「hyeli isscula(火花)」
 フラムは杖を掲げてアリスへ攻撃した。
 火の粉をまき散らしながらアリスの頭上で爆発しようとする光りの球体。
 それを飲み込むように魔法陣の空間が膨張し、光りの球体が消える。
「うそ……生きた魔法陣のようね。信じられない、魔法神秘とでもいうの」
「魔法神父って?」
 ユウトとスーシィは校舎の屋根まであがって距離をとっていた。

     

「まほうしん『ぴ』よ。 『魔法』はマナを原動力としてその力を発揮するけれど、
『魔法神秘』はマナを一定量しか使わない、マナの流れそのものが魔法として完成した状態のことよ」
「なんだかよくわかんないけど、凄いってことだな」
「全っ然、凄くなんかないわ。下手したらあの子、アリスは死んでしまう……」
「え!」
 ユウトは今や虹色に輝く魔法陣の半円を凝視した。
「Leye o navelia(剪定の眼)」
 空間に浮き上がった目玉のようなフィルターがスーシィとユウトの間に現れる。
「見なさいユウト。あの円の中心にアリスがいるでしょう」
 その目玉フィルターを通すと、アリスが膝をついて両肩を握っているのが見えた。
「なんか、震えてるみたいだけど」
「本来、魔法神秘なんてものは早々完全な状態で作られないってことよ。あれは確実にアリスのマナを抜き去って本来どうやっても使われない命の器のほうのマナを使い始めてる」
「なんでそんなことが? 薬のせいか?」
「それだけはあり得ないわ。あれはちゃんとした正規の秘薬ですもの。私自身が過去に使ったこともあるし、他にも服用した生徒は少なからずいたわ」
「生徒? でもそうだとしたら今のアリスの状態は一体何なんだ」
「全くわからないわけじゃない、あの魔法陣の多さ。あれは明らかに人為的な要因でしょうね」
 フラムはいつの間にか防戦する一方となっていた。アリスの魔法陣から飛ぶ光りの線がフラムの目の前で弾けて夜空を照らす。正規のスペルを持たないただの力技にフラム自身、効率の悪い戦いを強いられていた。
「まずいわね……」
「え?」
「フラムの体よ。このフィルターを通してみれば判るけど、何も唱えてないのに体の周囲にスペルが浮き出ているのよ」
 みるとフラムの体の周囲をスペルの残像が浮かんで、円を描くように現れていっている。
「大魔法を詠唱する気? あの白いふざけたマントにはしかけがあったようね。ユウト、このままだとアリスは死ぬわ」
 それは困る! とは即答できなかった。ユウトにとってアリスは昨日今日の仲でしかない。
 守るも何も命を賭けられるかどうかは別問題だ。

     

「ユウト、最初に教わったでしょ。『この世界にはお前にしか救えないものがある』って」
 今がその時よというスーシィの言葉にユウトははっとした。
「スーシィ。君はもしかして……」
「さっさと行きなさい! チャンスは私が作り出すから」
 はいと渡されたのは小さな小瓶だった。アリスの飲んだものとは違い、金色に輝いている。
「飲まないように。そして、どうしようもなくなったらその瓶を投げつけなさい」
「俺はどうすればいいんだ?」
「真っ直ぐ主の元へ走るのが使い魔ってもんでしょうが!」
 そう言ってスーシィはユウトのお尻を蹴り飛ばした。
「うわあああ」
 屋根の上から落下するユウト。しかし、すぐに体が反応して体勢を立て直して着地する。
 一呼吸置いて、ユウトは叫んだ!
「うおおおお」
 剣がないと全く勇気がでないが、それでもユウトは走る。
「lolo ultulmerl…kiki uruikmel…dada slorijiol…imim aliekso….(エレメンタルに対なるものたちよ)」
 スーシィが後ろから二度目のスペル復唱をする。大量に魔法を発動させるつもりなのだとユウトは勘づき、魔法陣に突っ込むよう走り続ける。
 フラムの横を通り過ぎると光線のような光弾が風穴を穿とうと向かってくる。
 ほとんど零コンマのそれを回避できる。
 ユウトにこの世界の人間の常識は通用していない。文字通り異世界の人間だからだ。
 フラムが校舎に当たりそうな光弾を次々相殺していく中で、ユウトは横に動きながら校舎の反対側へ素早く移動する。
「剣があれば……」
 ユウトの頬を光弾が掠めていく。光弾の数は最初の数十倍はあろうかというほど撃ち込まれ始めた。
 魔法陣がユウトを敵だと認識したのだ。
「ユウトォ!」
 スーシィが叫ぶ。それは準備ができた相図であり、ユウトに前進を促す合図でもあった。
 ただ、ただ前に邁進するのみ。
 そして残り数メイルというところで光弾が全て消えた。恐らくは高速魔法解除をスーシィが行っているに違いない。

     

 魔法陣に触れる直前、さらにユウトの先だけが空洞となる。
(今だ!)
 ユウトの本能にも似た声が全身に伝わり、一気に魔法円の中心へと潜り込む。

 一方屋根の上でどたりと膝をついたのはスーシィの姿だった。
 剪定の眼の維持コストと連続使用した魔法解除(ディスペル)の消費マナはスーシィの大部分を持って行った。
 ゴウという音がして、スーシィは目の前が光りに包まれていることを知る。
 あれだけ魔法陣の妨害をすれば目標(ヘイト)が移るのも当然だろう。
 高速詠唱のたたき台、先行スペルはもう残ってはいない。詠唱は間に合わないと判断し、スーシィは身を屈めた。

 ――――。

       

表紙

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Neetsha