4の使い魔たち
進級試験開始!!
次の日。
結局、夜の食事も満足にありつけなかったユウトは朝食に全てを掛けていた。
日もまだ昇らないうちからユウトは森を駆け巡っている。
出かけにスーシィと出会い、アリスを頼まれた。しかし、腹が減っては何もできない。
「くっ、獲物がいないっ」
森の奥深くまで進んでしまい、スーシィから貰ったツェレサーベルが無ければ勝てないようなモンスターとの遭遇も一度や二度じゃなくなっていた。
何故か動物たちは跡形もなく消えており、普段いるはずのイノシシっぽいのもいない。
『ギュアァァァ――――』
突然、森の奥から悲鳴があがった。
「? あのモンスターはでかいから気配を避けていたのに」
でかいモンスターと森の中で戦うには技術が必要だ。
素人であれば、モンスターの餌食となり、
ある程度の経験があれば今のようにモンスターを倒すか、
ユウトのように遭遇しない気配りをするだろう。
ユウトはあえて中級モンスターを倒した奴を一目見ようと、声のした方へと進んでいった。
そこには、紫がかった髪を漂わせた少女の姿があった。
「リース?」
ユウトはモンスターが横たわるその横にリースの後ろ姿を見て驚いた。
「…………」
リースは冷ややかな視線をユウトに送ると踵を返す。
昨日、部屋から追い出されたこと怒っているのかな。
「リース」
「……?」
リースは特に怒った風もなく、振り返る。
「こんなのと戦って怪我でもしたらどうするんだ?」
三対の頭を持つキマイラは魔法さえ放つものもいるという。
倒れたモンスターは主にキマイラの類型で、生きた獲物の生気を吸って生きるバンパイアタイプだった。
ユウトはリースの体を触って調べる。
「大丈夫、怪我して、ない」
「良かった、ところでリースはどうしてここに?」
考えてみればこんな森の外れでリースと会うのも奇妙だ。
ユウトはそう思った。
「森の、獲物を探しに……」
それは真っ赤な嘘だとすぐにわかった。
リースの体には色々な羽毛や毛がついており、
それはリースの獲った獲物が一匹や二匹ではないことを物語っている。
リースの顔を見ると、その緑の瞳はわずかに揺れていた。
「リース、何があったのか知らないけどそんなに獲物を獲ったら森の生き物がいなくなってしまうよ」
「……」
リースはユウトの袖を引っ張る。着いてこいという意味らしい。
森の小道に沿って行き、学園にも少し近づいた頃、ひらけた場所に出た。
「これは?」
木々の中に網の冊子が張り巡らされて、その中に動物たちがひしめき合っている。
「ユウトが前に話してた、動物園」
「こ、これはまぁ……似たような感じだけど」
草食動物は草食動物として、種類ごとに別れている。
リースはユウトのいない間にこんなものを作っていたらしい。
「リース、こんなことしちゃだめだ」
確かに食用に便利という意味もある。
しかし、森の生態系を崩してしまうとモンスターが増える。
それはユウトがよく任務としてフリーメイジに着いていったときにもよく体験していたことだった。
「どうして?」
「モンスター達は動物たちを襲うけど、動物もモンスターを襲うんだよ」
一般的にはモンスターは怪物で、動物より強いと思われがちだがそうではない。
モンスターの寿命というのは動物よりも遙かに早く、年老いたモンスターは簡単に捕食されてしまう。
元の世界と決定的に違ったのはここの動物の寿命は短くても百年数十年はあるということだ。
もちろん、長く生きられる動物ばかりではないし、それに満たないものの方が圧倒的に多い。
それでも、動物とモンスターの均衡はとても微妙なバランスの上に成り立っている。
「……そう、わかった」
リースは神妙に頷くと、森に作ったバリケードを短剣で壊して、中で元気に遊ぶ動物たちを放った。
「リースは物わかりがいいんだな」
ユウトはリースの頭を撫でると、リースはくすぐったそうに目を細めた。
ぐうとユウトの腹が鳴る。
「あはは……」
二人は放したばかりの動物たちを追って森へ駆けるのだった。
「もう、信じらんない!」
アリスが目を覚ましたのは、いつもより少し早めの六の刻だった。
そばには書き置きで、『お腹が空いたのでちょっと行ってくる』と書かれたメモ。
「どこに行くっていうのよ。食堂はどっちも閉まってるでしょ」
アリスはユウトが森で狩りをしていることを知らなかった。
最近はシーナとかいう油断ならない相手もいる。
ユウトをこれ以上自由にしておいたのでは、
いつまたスーシィのときのように契約を勝手に上書きされるかわかったものではない。
アリスはそんなことを思いながら気を揉むのであった。
しばらくして、アリスはふと自分がまだベッドの中いることに気がついた。
「しまったわ!」
気づけば八の刻を過ぎている。
アリスは急いで身支度を整えた。
やることがなかったのは事実だったが、二度寝をしたのは初めての経験だ。
今は白色の髪を梳いている時間はない。
勢いよくドアを開け放つと、見知った顔が二つ並んで廊下の向こう側にいた。
「ふん、何よ。私を治したら後はどう振る舞ってもいいけど、
よりにもよってあの子と仲良くするなんて」
アリスの数メイル先にはスーシィとシーナが並んで歩いていた。
そこをアリスは走って通り抜ける。
階段を降りて、再び廊下に出ると、生徒の数がぎっしりとあった。
「今日は、何の日だったかしら……」
いつもはもう授業が始まる直前で、誰もいない廊下なはずなのにとアリスは思う。
そういえば、スーシィとシーナも急ぐ様子なく歩いていた。
「とりあえず、たまたま遅刻にならずに済んだみたいね……」
アリスはこの時気づいていなかった。
今日はメィンメイジの二学年、つまりアリスの一学年上の上級生と合同の授業だったのである。
廊下に生徒が出ているのは、教室内で先生たちが魔法の扉を繋げているためだ。
ところがアリスはこのことを知らない。
アリスは溜息をつくと同時に緊張を覚える。
準備に不備があれば、授業で恥をかくからだ。
「私これをきっかけに年上の彼氏を作りたいわあ」
「気に入ってもらえれば研究室にも招いてくれるって噂よ」
「そ、それってもうそこでゴールインなんじゃないかしら」
会話のはずむ声。
緊張感に欠けると思われるような内容ばかりが飛び交っていた。
そんなに大事な授業じゃないのかしら……。
そう思っていた時、不意に声がかかった。
「アリス」
クラスのお調子者、ランスである。
白金のような髪をさっと払い上げると、ランスは土色の目でアリスに微笑んだ。
「何よ、何か用?」
強面を作ってみるアリスだが、内心はどきどきしていた。
ランスは色白の肌にアリスを射貫くような瞳を据えて、その眉ははっきりとした意志を感じさせる。
それは、誰が見ても美男子そのものである。
しかし、男としては全く頼りない体つきだった。
「僕は好敵手でもあったカイン君の謹慎処分を快く思っていてね。
ま、つまりは今なら君の好感度を稼げると思ったわけさ」
「あからさまね、でも生憎様。
私の好感度を稼ぎたいなら顔に泥でも塗ってくることね」
ランス様になんてこと言うのよ! と今まで意に介していなかったランスの後ろに並んでいたおっかけ女メイジがアリスに野次を飛ばした。
「はは、これはまた手厳しいな。
ま、僕の顔に泥を塗るだけで君が笑ってくれるのなら、僕はそうするけどね。
つまりはいつでも頼ってほしいってことさ」
「いい加減何を言うのかはっきりしてくれないかしら」
アリスはもうランスから視線を外した。
すると、視界の外にシーナとスーシィの二人を見た。
「僕が伝えたいことは、君の準備は大丈夫かということ。
ま、つまりは今回の授業は先輩に約束を取り付けておく前提があるってことだ」
アリスの頭からはクエスチョンマークが飛び出した。
ランスはそれだけ言うと、ご機嫌ようと去っていった。
相変わらず女子を囲うランスであったが、一年前と顔ぶれが全員違うのは彼の尻軽さ故であろう。
大抵は女の側が付き合いきれなくなり、ランスから離れていくのだ。
「それにしても……」とアリスは一考する。
そんな話しはあっただろうか。
今日が二学年と一学年での共同クエストというのは去年の終わりに『年間授業区分』で確認していた。
しかし、アポが必要だということは聞いていない。
「(た、ただ聞くだけよ)」
アリスは思い切って、スーシィとシーナの元へ行こうとした。
すると、目の前に立ちはだかる二人の姿が重なり、アリスはたじろいだ。
その姿はユウトとリースである。
「ユウト? あんた今までどこで――」
「昨日のことをまだ謝ってないんだ? アリス」
「う、うるさいわね。これから行くところだったのよ」
「……何しに」
リースがじっとアリスを見つめる。
「……うっ」
「ほら、向こうに二人ともいるから『謝りに』行くよ。
シーナはあんなこと言われて傷つかない子じゃないんだ」
ユウトはアリスの手首を掴んで歩き出す。
「――や、やだっ」
はしと離れたアリスの片手。それは明らかな拒否だった。
「い、いい加減にしてくれ」
アリスは何を言われているのかわからなかった。
とにかく、ここから逃げようとするアリスをユウトは驚くべき反射神経で掴み戻した。
「だめだ、今は嘘でもいいから二人と協力してくれ」
「あんでよ! 私は、私は……」
「言ったろ。アリスは一人じゃだめだって」
アリスは顔を俯かせた。
抵抗が弱まるのを感じると、ユウトはアリスを引き連れてシーナとスーシィの元へ歩き出す。
「やっときたわね」
スーシィがおどけた調子で言った。
シーナはまた酷いことを言われるのではないかと思ったが、アリスの様子からそれを思い直す。
「茶化さないでくれ、スーシィ。ほら、アリス」
「な、なんで私がっ」
「…………」
ユウトの反応は無かった。
ただ、最後に手のひらをぎゅっと握ってくれただけ。
シーナとスーシィの前に一歩出るアリス。
ちらちらと後ろのユウトに目配せながらシーナを見る。
シーナは笑うでも怒るでもなくそこにいた。
「そ、その……ご、ごめん……なさい」
アリスはなんとかその台詞を口に出せていた。
恐る恐るその頭をもたげると、シーナがにこやかに頷く顔がそこにあった。
そして両端でひそかに溜息をつくユウトとスーシィの姿があった。
校舎の鐘が鳴る。
準備をようやく終えた先生が教室から出てきた。
その姿は薄緑色のマントと帽子、それに白色の刺繍が軽いタッチで描かれていた。
「これより、進級クエストを行うにあたっての授業、及び予行演習を行います」
ざわめいていた廊下がしんと静まりかえる。
「私、ロ・ミラジャ・ゲーツ・ベル=ロジャーが今年度のメィンメイジ一学年のクエストを担当することとなりました。
さし当たっては去年の進級試験で告知した通り、
上級生とあなた方の複数人数でこの授業を受けて頂きます」
「え!」
アリスは思わず声を上げて驚いた。
そしてそれは大いに注目の的となってしまった。
「? 誰ですか、今間抜けな声を上げたのは」
進級試験を受けるにあたっての重要な授業を前に、
アリスのような間の抜けた態度は誰にとっても許せるものではなかった。
張り詰めた空気の中、アリスは額にうっすらと汗を掻いた。
「よろしい、三分の一が留年・半死する今回の試験では今のような者は生き残れないと心得なさい。
授業の説明を始めます」
一.今回の進級試験は点数制であること。
二.クエストを行い、その難易度に応じて点数が配点されること。
三.二学年になるには冬の終わり(グロイア)までに500ポイント必要だということ。
四.クエストは週に一度だけ受けられ、各教室で行う。自分の教室以外では受けられないということ。
五.初回の今回に限り、二学年の協力を経て、共にクエストをするということ。
六.週末に減点方式のテストがあるということ。
七.進行状況に応じて、ルール追加もあるので掲示板を確認とのこと。
全てを説明し終えると、ロジャーは生徒全員にポイントカードを配った。
淡いマントを翻して廊下を去っていく。
ここから先は自主性に任せるということだ。
「どうしろっていうのよ……」
アリスはわかっていなかった。手に握られたポイントカードを見つめる。
赤い文字で0と記されたそれは何だか溜めてみたい気分にはなってくる。
「ただクエストをこなすよりは解りやすくていいですね」
シーナが微笑ながら言った。
生徒達は皆、真っ直ぐ教室には行かず、上級生との待ち合い場所へ向かっている。
「じょ、上級生と一緒なんて聞いてないわ。シーナ、知ってた?」
「いいえ、私が説明を受けたのは授業と部屋のことだけです。
授業自体、スーシィさんに聞くまで知りませんでしたよ」
「あー、それについてだけど、私が任されてるわ」
スーシィはきっぱりとした態度で言った。
「任されてるって? 誰に」
「フラム先生ね、園長室に来いって言っていたわ」
「…………」
園長室の前は閑散としており、
流石にこの辺りを待ち合いに選んだ生徒はいないようだった。
――コンコン。
「失礼します」
アリスが扉を叩いて中へと入る。
続いてシーナ、スーシィ、ユウト、リースと続いた。
「久しぶりじゃのう、アリス」
フラムは機嫌が良いのか、快く五人を迎えた。
白いマントと白い髭、年寄り臭さが少し鼻につく。
「お久しぶりです、大先生。
今日は試験についてやって参りました」
園長の横に並ぶ顔に見知った者がいたが、アリスはあえて無視して続けた。
「ふむ、スーシィに言われ、皆ここまで足を運んだのじゃろう。少し待つと良い」
皆が各々に腰掛けていると、目の前にいた金髪の男は口を開いた。
「見ない顔だね、編入生?」
男はキザっぽい口調でシーナに言う。
「ええ、三日前から通わせてもらってます」
「へえ、アリスとは友達なのかい?」
「……」
横目でアリスを伺うシーナ。
アリスは仏頂面でただ前を向いていた。
「はい、友達です」
カインは信じられないものを見たといった顔で、シーナとアリスを見比べた。
「あによ、何か文句あるの?」
アリスはその視線が感に触り、白髪から桃色の瞳を覗かせてカインを睨んだ。
「はは、何でも……」
丁度そのとき、アリス達の後ろで扉が開き、一人の生徒が入ってきた。
「失礼します。フラム園長」
アリスと同じ白髪で、ぼさぼさとした髪の中から茶色のつり上がった目が見え隠れしていた。
黒いマントには白の刺繍で魔力増幅の呪文が刻まれている。
「ふむ。今年の会長はエルナではなかったかの」
「――園長、ご冗談はよして下さい。
生徒会長ともなれば、それはそれは多忙なのです。
ですから代わりに僕が来ました。エルナも了解しています」
「それなら良いのじゃが……」
フラムは何処か納得のいかない顔で言葉を濁した。
「さて、今回こやつを呼んだのは他でもない、
主ら一年生の授業にあてがう為じゃ。同時にカインを復学とする」
アリスの当てつけがましい溜息が聞こえた。
フラムは隣りに立つ上級生へ目配せすると、彼は口を開いた。
「君たちが、今回の一年生かい?」「は、はい」
「僕はスバル。ス・バートル・カレギ・ベルスだ。
使い魔は置いてきた。
今回、君たちの上級生合同クエストを手伝うことになった。よろしく」
スバルはアリス達に向かってその目を細める。
笑った顔は優雅で、少しも嫌味を感じさせない。
「す、スバル……」
「ん? なんだい、知っているの?」
カインは身動ぎして驚いた。
「い、いえ、知りません」
「……」
一瞬、スバルの目が鋭くなったとユウトは思った。
「皆、自己紹介をしておきなさい」
フラムに促され、一行は軽く自己紹介をした後、合同クエストへと向かった。
ユウトだけはどこか不安めいたものを感じながらスバルの後へ続く。
「ふむ、どうやら最初は高得点なクエストでサービスみたいだね」
教室へ戻ってきたアリス達は黒板に魔法文字で書かれたクエストの内容を見て言った。
全てポイント250と書かれたそのクエストの列は大得点と言わんばかりのボーナスだった。
「二学年に必要なポイントの半分じゃない!」
アリスは目を丸くした。
「まあ、これが学園側の作戦さ」
スバルの意外な一言にカインは聞いた。
「どういうことですか?」
「いいかい?
逆を言うとこのクエストの後は少ない得点のクエストしか出ないということさ。
つまりそれは、今回のこの合同授業と銘打った共同クエストの
重要性を言っていることにもなるんだ」
「もう少し簡単に言えないのかしら」
スーシィが先輩に向かってぼやいた。
「故にこのクエストを失敗してしまうと、
かなり進級が厳しくなってしまう。
学園側はそういった生徒の協調性こそを評価したいんじゃないかな」
協調性……アリスにはきつい言葉だ。スーシィは首を傾げていた。
「ハーピーの羽を手に入れるってありますね」
シーナが一番簡単そうなのを見つけた。
ハーピーは数こそ少ないが、強くはない。もちろん、ユウトにとっての話しだ。
「それをやるならこちらの魔象爪(ましょうそう)を手に入れる方が簡単だと思う」
カインがそう言うのにアリスとスバルが賛成した為、それを選ぶことに決めた一行。
教室の中央には魔法陣が光っている。
「まだそこへ乗るなよ。
さっきも言ったがこのクエストは少し時間がかかるから
そこの携帯食を一応持って行くんだ」
教室の端に山積みとなった小箱は何かと思っていたが、どうやら携帯食らしかった。
「携帯食……?」
アリスは独り言のようにぼやきながらも箱を手に取る。
今までは実践らしい実践などほとんど授業になかった
のだからアリスの言い分はもっともだった。
「クエスト自体は簡単だよ。ただ、時間がかかるからね」
そう言ってスバルは魔法陣を踏んだ。
「さあ、みんないくよ」
続いてアリス達も加わる。
「え、何コレ。ちょっと、きついわ」
「わ、私はこれで精一杯です」
「離れなさい」「……」
アリスとシーナはもみくちゃで、スーシィにリースがしがみつく。
カインはスバルとユウトの間で諸手を挙げて挟まれていた。
「き、きついなっ――rani pg Kelros」
ぱあっと足下が光り、視界が埋め尽くされていく。
ユウトが最後に見たのはそんな四人のひしめく顔ぶれだった。