4の使い魔たち
エレメンタル
「ユウト、スーシィを見なかった?」
ユウトは部屋で鍛錬をしていた。
「いや、見てないよ。最近は何だか忙しいみたいでさ」
片手で逆立ちしているユウトにアリスは蹴りを入れる。
すかさず宙返りで直立した。
「何すんだよ」
「大事な話しなんだからご主人様の話しはちゃんと立って聞いてほしいわ」
「だからって蹴ることないだろう……」
「いい? これをみて」
ユウトの話しは無視で、アリスはポケットから紫色の石を取り出した。
「え? アリス、まさか」
「そうよ、あの時のエレメンタル。持って帰ってきたわ」
「なんということを……」
エレメンタルに害はないだろうが、あまり得体の知れないものだけに所持しているというのは危険だ。何があってもおかしくない。
「無茶が過ぎるよ、アリス」
「そうは言っていられないでしょ、
どう考えたってスーシィは闇魔法に詳しいし……
ほら、若返るなんて常識外れな魔法はどの文献にも載ってないんだからあれも闇魔法よ」
その文献がどの程度のものかユウトは知らないが、
確かに自分の時間を逆行させてしまうような呪文は闇魔法に他ならないだろう。
「でも、それとその石がどう関係するんだよ」
「闇魔法に詳しいってことは、錬金術にも詳しいものなの。
この石がもしかしたら私の体にかかったスペルの何かに役立つかも知れないじゃない」
「なるほど、でもアリスでもその石の正体は調べられるんじゃないのか?」
「それが出来ないからスーシィを頼ろうとしているんでしょっ」
ユウトはアリスに再び蹴られる。
「だから蹴るなって……」
――次の日。
「これは確か闇属性を含むエレメンタルね。
色で解るし、しかも地中にあったのでしょう? 調べるまでもないわね」
スーシィがアリスに石を返した。
「この石って何か特別に使えないのかしら、
本にも載っていない石だもの結構レアアイテムなんじゃないの?」
「やめておきなさい。
闇のエレメンタルなんか使ってもきちんと見識を持ったメイジでなければ痛い目を見るわ」
アリスはスーシィを恨めしそうに睨む。
「スーシィは闇の属性について詳しいのかしら?」
「私は錬金術ができるから知ってるだけ、
闇の魔法は使えないわ。
いい? エレメンタルの使用用途って結構あるけど、
その大きな役割の一つは同属性魔力の強化よ。
杖にはめたりして、魔法を強くしたりとかね。
でも、こういうのって意外とリスキーなのよ」
「何で? それこそ強くなるなら単純にエレメンタルをはめればいいじゃない」
「確かにその通りよ。
けれど、メイジの持つ得意属性っていうのは一つに見えて、
実は複数の属性の中からほんのわずかな僅差で一つの得意属性を有しているに過ぎないの」
扉を叩く音がした。
「どうぞ」
「あ、アリスここだったか」
「入って、ユウト」
スーシィに招かれ、ユウトが部屋へと入ってきた。
「それで、何がそんなに危険なの」
「うーん、時間もないし実際に使うのが一番手っ取り早いわね」
スーシィは机からスペアの杖を取り出すと、
魔法で加工してエレメンタルを付け加えた。
本当にさっとやっただけだ。
「随分簡単に付けるのね」
「私だから出来るのよ、そうね……裏庭にいきましょう」
外は日が照っていているが、風が冷たく頬を撫でていく。
閑散とした石畳の上に枯れ葉が踊っていた。
今日は生徒の数をほとんど見ない、皆疲れているのだろう。
スーシィはアリスにエレメンタルを付与した杖を手渡した。
「私に向かって好きな魔法を放ってごらんなさい」
「え? 突然何言うのよ、そんなことしたら痛いじゃ済まされないわよ」
「まぁ、大丈夫よ」
アリスは手元の杖をじっと見つめた後、ひそかに唇を歪めた。
「(これはチャンスかも……)――そういえば、スーシィ。
あんたにはまだ私の本気の魔法をぶつけていなかったわね」
ジャポルでの拘束以来、あの借りはまだ返していない。
手加減できないから、とアリスは詠唱を開始した。
ユウトはアリスの躊躇いのなさに驚く。
「まじかよ……」
アリスの杖に埋まったエレメンタルが強く輝くと、魔法が発動した。
「Flables!(真球の火)」
アリスが放った火の玉は黒い煤を吹き上げながらスーシィへ一直線に飛ぶ。
頭の大きさほどのそれは風の上を滑る鳥のような速さだった。
とてもじゃないが、防御魔法は間に合わない。
「Balabl!(水煙の渦)」
スーシィは杖から無数の飛沫を吐き出す。
ほぼアリスと同時の詠唱に二人は声を漏らす。
「え?」
それはまるで意志を持っているかのごとく渦を巻き、火玉を捕らえた。
どばっと魔法同士がぶつかり合い、白い蒸気と煙が周囲に飛散する。
「凄い反応速度ね。
でも、エレメンタルのおかげでかなり少ないマナでも大きい魔法が打てるわよ」
「おいおい、スーシィを怪我させるなよ。
それにさっきのは反応速度が速いっていうようなレベルじゃ――」
「わかってるわよ! うるさいわね」
ユウトは焦るが、スーシィの方は薄く笑いながらアリスの詠唱を待っていた。
「もうやめる?」
「続けるわ、――……Nildolre!(石針)」
アリスの杖は強く光り、足下から無数の砂が舞い上がる。
それは杖の周囲で角のように集結した。
角は鋭利に凝固すると迷わずスーシィの体に飛び込む。
先ほどの魔法とは比較にならない、弾丸の如く速い。
スーシィに詠唱する時間はないように思われた。
「――!」
しかしその石は寸前で粉となって風に吹かれる。
「なんで……」
「今のは魔法解除(ディスペル)じゃないわよ。風魔法で粉砕しただけ」
悠々としているスーシィは上げていた細腕を降ろした。
「もう解ったでしょ? その杖では誰がやっても簡単に防がれてしまうのよ」
「?」
「解らないっていうの?
(シーナほど頭が良いのは異常なのね……)
あなたの魔法は発動直前にエレメンタルから属性色が出ているのよ」
「そう言われればそうかもしれないけど、
私の魔法を先読みしてそれをただ防ぐだけじゃ意味がないんじゃないの?」
アリスは胸を張って言った。
「あのねえ……アリス、魔法が相手にバレてるっていうのは全く良いことではないのよ。
さっきのはたまたま防ぐことだけしていたのであって――」
「いいわよ、いざとなったら手で隠しながら詠唱するし。
やっぱり強い魔法で戦いたいわよ」
スーシィは溜息をついた。アリスはうきうきとしている。
「いいわ、その杖はアリスにあげる」
「えっいらないわよ、エレメンタルだけ私の杖に移してちょうだい」