「すみません。実は僕……」
高校生活が始まって1ヶ月。こんなやり取りをするのにも慣れてしまった事に、僕は正直驚き、そして正直呆れている。入学してからというもの、同級生上級生問わずいろんな人から告白を受けるのだが、端から付き合うつもりの無い僕としては迷惑でしかない。
僕が付き合えない事情を話した直後、目の前の女子生徒は、驚きと悲しみが入り混じったような表情を浮かべ、そして泣き出してしまった。あーあ、また泣かせちゃった。思わず肩をすくめる僕。
振った直後は大抵こんな調子だ。僕は彼女にハンカチを渡すと、そそくさとその場を立ち去った。
こうなった理由は勿論ある。実を言うと、僕にはイレギュラーな部分が――そう、若干変わったところがある。それは……男装好きの女子である、というところ。しかも、男装している時には声や態度まで自然と男っぽくなってしまうらしく、一層タチが悪い。僕自身は、それほど意識してない筈なんだけど。
今着ている服も、本来はこの学校の男子生徒が着るモノなんだけど……。たまに、衝動的に着てしまうのは、僕自身困ったものだと思う。
「やっぱり変なのかなぁ、僕って」
中庭の噴水の縁に腰掛けながら、僕は思わずため息をついた。こうしていると、周りにも男子扱いされちゃうんだよなぁ。女子用の制服は部室に一式置いてあるから、さっさと着替えてこようかな。
そう思ったときだった。
「きゃあっ」
目の前で悲鳴が聞こえたので、僕は慌てて顔を上げた。そこには見慣れない女の子がいて、その子が目の前で躓いて、しかも、その突入方向は僕に向いていて……。
「うわぁーっ!」
ばっしゃーん。その後の事態を予想し終わる前に、僕は頭から噴水に突っ込んでいた。そのままの勢いで底の大理石に後頭部をぶつける。
……一瞬視界が暗転したかと思うと、次の瞬間にはびしょ濡れの状態で噴水の中に寝転がっていた。あーあ……。
「これはクリーニングに出した方がいいかも……。それに携帯が――はぁ……」
これだけ盛大に水を被ったんだから、当然オシャカになってるだろうな。先月、お父さんからお金を前借りまでして購入した携帯だったのに。僕は、突然目の前が暗くなったように感じた。……というか、元から暗いじゃないか。
そういえば、さっきから何かが乗っかっている感覚があるんだけど、一体何が乗っかってるのかな……。僕がそれとの隙間に手を差し入れると、何やら軟らかい感覚があった。なんかフニフニとした感触で、割と大き目で――。
「まさか……、おpp」
「へ、変態――ッ!」
女の子の絶叫とともに、僕の頬は物凄い勢いで叩かれた。痛いなんてもんじゃない、これは数発まとめて食らったりしたら、誰であろうと昇天するくらいの超絶威力だ。
「私の胸を触ったな!しかも揉んだりして――ッ!!このド変態ッ!!」
危惧したとおり、ぱーんぱーんと立て続けに叩かれた僕はそこで力尽きた。それにしても……、羨ましい乳……だった――。
「――んんっ……」
大理石の感触ではない、柔らかな感触。そして、濡れた制服ではない、温かい肌触り。どうやら、ここは保健室らしい。……まあ、気を失って運び込まれるような場所なんて、保健室か寮の医務室くらいだと思うんだけど。それよりも問題なのは、なぜマッパでベッドに寝かされているかという事で、私の服は何処に消えたのかという事が……。
「あら、目覚めたかしら」
保健室の先生が、クスクスと笑いながら声を掛けてきた。
「あまりにもぐっすり寝てるものだから、悪戯してみたの」
「悪戯の度を遥かにオーバーしちゃっている気がしますよ、先生。それより、私の服は何処なんですか」
私が突っ込みと質問を入れると、先生はカーテンレールに引っ掛けてある衣装を指差し、ニッコリと笑った。それはもう、確信犯ですと言わんばかりの笑顔で。
「あれを着るんです……か?」
「うん♪」
その衣装を前にして、私の顔が引きつる。何処から調達してきたのか、立派なメイド服が一式。しかもガーターベルト付き……って何じゃそりゃ。
「駄目なら着なくてもいいわよ。裸で部室まで行きたければね」
そう言って、意地の悪い笑みを浮かべる。軽く児童虐待です、先生。
「何を今更。それに、保健室(ココ)は私の絶対守護領域なのよ。ここで行われた事は全て黒歴史として処理されるから、問題は無いわよ」
黒歴史として処理される時点で問題アリアリじゃないか、と思う私を尻目に、先生はメイド服を私に押し付けた。これは、着るしかないかな……。
着替えを終えた私の姿を目の前にして、先生はアドレナリンが大放出!といった感じの表情で、ヘラヘラと笑った。しかも、写真までご丁寧に撮影しておられる辺り、最初から企んでいたのではと思ってしまう。
「この変態教師~……」
もう、泣きたい気分だ。しかし、そんな私の言葉を聞いて、先生はますますテンションが上がっているようだ。
「何とでも言いなさい、フフフ。……せっかくだから、インスタントコーヒーでも淹れてみない?」
それは淹れろという命令ですね、わかります。私はため息をついて立ち上がった。
と、その時。保健室に男子生徒が駆け込んできた。見るからに上級生らしい彼は、ゼェハァ言いながら説明しだした。
「先生、ちょっと来て貰えますか。うちの部に入った1年坊が足をくじいたみたいで、骨折してるかもしれないんd……」
男子生徒は顔を上げると、私の姿に釘付けになった。直後、鼻からツーッと赤い液体が零れ出る。
「あらあら、ウブな子ね」
「なんか違うと思います……それ」
先生に突っ込みを入れつつ、私はため息をついた。
兎にも角にも、先生が保健室の外へ出て行ってしまった(上級生は鼻にティッシュを詰めて立ち去っていった)ので、せっかくのメイド服から制服に着替えるために部室へと向かう事にした。男装モードの時はモテキャラ、普通にしていると萌えキャラ、とはあの変態先生の言葉だ。悔しいけど、あながち間違いでも無いから困ってしまう。
「もう……。なんか恥ずかしいから、早く着替えちゃおう」
そんな事を呟きながら歩いていた私の瞳に、先ほどの少女が映った。彼女もびしょ濡れになった筈だけど、どうしたんだろう。何となく着替えたっぽい感じだけど……。とにかく、あの事については一度謝っておかないと。そう思って、私は彼女に歩み寄る。すぐ目の前まで来た、その時。私が話しかけるよりも先に、彼女が口を開いた。
「見つけた」
「へ……?」
一体何を見つけたのか理解できない私に、彼女は微笑を返した。まるで、随分長い間離れ離れだった想い人と再会した時のような、そんな感じの微笑み。
「やっと見つけたよ、アルマロス。100年も世界中を飛び回って探したんだから」
「仰る意味がよく分からな――」
そう言い掛けたところで、突然彼女に抱きしめられた。む、胸が胸に当たってる……。そんな事もお構いなしに、彼女は私をぎゅっと抱きしめた。
「やっと、やっと……。これで一緒に過ごせる」
それが、その少女が、私のこれからをややこしくする事になるとは思いもしなかった。
そう、その時は。
***まりおねっとより伝言***
不定期更新だよ~ん。
天使的彼女乃日常
壱 出会いと変態
「――で、そのアルマジロとかいう人を探してる、と」
部室――部員が不足気味な文芸部にあてがわれた教室――で、電気ポットの湯をティーカップに注ぎながら、私は酷く落胆している少女に訊き返した。天使がどうのこうの、という話をしていた気もするけど、やけに電波が飛び交っていたので割愛。
「アルマロスです。約2千年前に、神様によって幽閉された天使で……」
「えーっと、119番119番」
「いい加減信じて下さい!――まったく、私が天界にいる間に何があったのかしら。昔は素直に聞いて下さる方ばかりだったのに……」
また怪しげな電波を周囲に拡散させる彼女に、私はただ呆れるしかなかった。何か、それと示す証拠でもあれば信じる気にはなるけど……。
いい具合に色が染み出した湯の中から、ティーパックを静かに取り出す。そこに輪切りのレモンを浮かべると、彼女の前にカップを置いた。私の分はというと、そういう気分ではなかったので用意しなかったのだ。何しろ……未だメイド服(ガーターベルト着用)のままなのだから。
「それじゃあ、私は制服に着替えてくるから。覗いたりしないでね」
「覗く……?ここで堂々と着替えればいいじゃないですか。私は気にしませんけど」
キョトンとした顔でこちらを見る彼女。どうやら、相当世間知らずな人のようだ。
「貴女が気にしなくても私が嫌なの!」
そう叫ぶなり、更衣室代わりに使っている一角のカーテンをサッと閉めた。
それにしても、あの変態教師は何処でこんな物を仕入れてきたのだろうか。この前なんか、貧血で倒れた同級生を保健室まで連れて行ったら、ニッコリ笑ってピンクのボンテージを着せようとしてきたし、その前は、無理やり保健室へ拉致した挙句子供用イブニングドレス数着とウェディングドレスを代わる代わる着せられた。おかげで風邪をこじらせて入院したのだから、本当に迷惑極まりない教師だ。そこまで大っぴらにやっても、学校や教育委員会、そしてPTAの苦情すらない。ある意味恐ろしい人だから、そう逆らえないというわけなんだけどね……。
「それにしたって、一切の衣服を没収した挙句メイド服強制なんて外道過ぎるわよ!」
布一枚隔てた先に電波少女がいる事も忘れ、私は大声で怒鳴った。
ひとまず高ぶった感情を抑え込むと、私はメイド服を脱ぎ始めた。こういう類のドレスは、着るのも脱ぐのも大変だ。その作業に慣れてしまっている時点で、私の着せ替え人形度は相当高いんだろうな、と思ってしまう。これもあの変態教師のせいで……!って、落ち着け私。
一通り脱ぎ終えたところで、メイドさんセットを更衣室内の棚に置かれたハンガーに掛けた。一通り、という事は勿論……だ。私はため息をついて、別の棚に置かれた私の下着に手を伸ばし――。
「ひゃうっ!?」
何の前触れもなく、私の胸に何かが触れた。思わず情けない悲鳴を上げると、それが私の微かな膨らみをむにむにと揉み始めた。な、何をするだぁ~ッ!
「このド変態がァーッ!」
胸に添えられたモノ――人の手を振り払うと、そこにいるであろう誰かさんにハイキックを見舞った。ゴスッという何か嫌な音とともに、カーテンに映ったシルエットが後ろへと倒れる。……まあ、犯人はいつもの人なんだけど。
「ギリBカップ……か。まだまだだねぇ、悠ちゃん」
おそらく仰向けに倒れたまま、乳揉み魔は無邪気に笑う。着替え中の部員を突然襲い、乳を揉んでそのサイズを特定する淫魔少女――矢羽美鈴(やわねみすず)は、ハイキックの直撃を受けてもなお、ヘラヘラとしていた。とはいっても、鼻から血をだらしなく垂らしてはいるが。
「いい加減、その癖を直してよ。文芸部部長すら泣かす乳揉み常習犯がいる、なんて噂されてるのに」
女子生徒用の制服に着替え終わり、更衣室から出てきた私が注意すると、彼女は鼻に丸めたティッシュを詰め込みながら笑った。
「ぶん、ぎみにばばがらんざ!あいでのぢぢをもむじゅんがんのがいがんなど!(フン、君にはわからんさ!相手の乳を揉む瞬間の快感など!)」
「何言ってるかわからないわよ……。そんなに揉みたきゃ、自分のデカ乳でも揉んでなさいよ」
そう言い返すと、彼女は自分の豊かに実ったメロンを指差して首を振った。
「どっぐのどうにもみあぎだば!(とっくの当に揉み飽きたわ!)」
「だから意味がわからないって」
思わず肩をすくめると、電波少女もリアクションに困った表情で苦笑いしていた。
「あれ、お前らが先にいるなんて珍しいな」
ちょうどその時、部室の扉が開いた。そこから現れたのは文芸部の紅一点ならぬ白一点、鷹野一八(たかのかずや)だった。2年生で、一応私や美鈴の先輩に当たる人だ。生粋の日本人ではあるがどこか西洋染みた顔立ちの彼は、室内を見回した後で電波少女の存在に気がついた。
「入部希望者?こんな道楽部活に入るなんて、変わった子だなぁ」
「いや、違うくて。ちょっとしたトラブルがあって……」
勘違いしているらしい彼に、私が説明しようとしたところで。
「あ、もしかして!」
突然電波少女が声を上げた。と同時に立ち上がり……あろう事か、一八の手を突然握った。
「え?」
突然の出来事に唖然とする彼。それに対して、彼女は一方的に喋り始めた。
「良かったー。こんな所にいたんですね、天使長」
「は?」
「アルマロスの捜索活動中に嵐に巻き込まれちゃって、逸れたっきりだったから凄い心細かったんですよ!かれこれ2百年ほど前の話だから、覚えてるかどうか分かりませんけど」
彼女の毒電波濃度が危険値を振り切った……ような気がした。というか、2百年前って何よ2百年前って。まったく、あの子の時間間隔は一体どうなっちゃっているんだろうか。本当に心配でならない。
「亜隅さん、この子は……?」
「だから言ったでしょう、トラブルがあったって……」
狐に化かされたかのようにポカンとした表情の彼に、私はそう言って額を押さえた。ああ、この少女はとんでもない災厄だ。パンドラの箱から出てきたんじゃないか、とさえ思ってしまうほどに。
「ねー聞いてます、天使長?私の話を聞いて下さいよー」
状況を理解できていない、というよりも理解する気さえない少女が彼の袖をぐいぐいと引っ張っている。本当に困りきった表情で、彼は苦笑いした。
「あー……。とりあえず119番をお願いしよう」
「取り合ってくれますかね……。保健室のあの人に預けて着せ替え人形にしちゃった方が手っ取り早いと思いますよ。わ、私は行きたくないですけど」
「俺も行きたくないよ。この前タキシード着せられそうになったし」
そう言って、彼は首を振った。あからさまに嫌そうな表情をしているところを見ると、本当なのだろう。なるほど、あの先生には男女の関係などないわけか……ああ恐ろしや。仕方ない、ここは乳揉み常習犯に行って貰うとするか。
「行け、美鈴!」
「私はポ○モン扱いか!私なんか、変な着ぐるみ着せられちゃんだから嫌だよ」
「あんたにはお似合いよ。さあ、行きなさい!」
私はそう言って彼女の尻を蹴飛ばした。ぎゃぴーだか何だか分からない悲鳴を上げ、電波を垂れ流し続けている少女を無理矢理抱きかかえ――出て行った。
しんと静まり返った部室で、私は大きなため息をついた。彼は入り口の前で立ち尽くしたまま、ずっと苦笑いしている。この騒動が部長の耳に入りでもしたら、一体どうなる事か。それを考えると身の毛がよだつ。
「――先輩、紅茶淹れますね」
「――あ、うん。頼むわ」
そう答える彼の口元が小刻みに震えていた事は……うん、見なかった事にしよう。
***まりおねっとより伝言***
天使長(笑)
メロン(笑)
鷹野(蜩)
ポ○モン(赤)
部室――部員が不足気味な文芸部にあてがわれた教室――で、電気ポットの湯をティーカップに注ぎながら、私は酷く落胆している少女に訊き返した。天使がどうのこうの、という話をしていた気もするけど、やけに電波が飛び交っていたので割愛。
「アルマロスです。約2千年前に、神様によって幽閉された天使で……」
「えーっと、119番119番」
「いい加減信じて下さい!――まったく、私が天界にいる間に何があったのかしら。昔は素直に聞いて下さる方ばかりだったのに……」
また怪しげな電波を周囲に拡散させる彼女に、私はただ呆れるしかなかった。何か、それと示す証拠でもあれば信じる気にはなるけど……。
いい具合に色が染み出した湯の中から、ティーパックを静かに取り出す。そこに輪切りのレモンを浮かべると、彼女の前にカップを置いた。私の分はというと、そういう気分ではなかったので用意しなかったのだ。何しろ……未だメイド服(ガーターベルト着用)のままなのだから。
「それじゃあ、私は制服に着替えてくるから。覗いたりしないでね」
「覗く……?ここで堂々と着替えればいいじゃないですか。私は気にしませんけど」
キョトンとした顔でこちらを見る彼女。どうやら、相当世間知らずな人のようだ。
「貴女が気にしなくても私が嫌なの!」
そう叫ぶなり、更衣室代わりに使っている一角のカーテンをサッと閉めた。
それにしても、あの変態教師は何処でこんな物を仕入れてきたのだろうか。この前なんか、貧血で倒れた同級生を保健室まで連れて行ったら、ニッコリ笑ってピンクのボンテージを着せようとしてきたし、その前は、無理やり保健室へ拉致した挙句子供用イブニングドレス数着とウェディングドレスを代わる代わる着せられた。おかげで風邪をこじらせて入院したのだから、本当に迷惑極まりない教師だ。そこまで大っぴらにやっても、学校や教育委員会、そしてPTAの苦情すらない。ある意味恐ろしい人だから、そう逆らえないというわけなんだけどね……。
「それにしたって、一切の衣服を没収した挙句メイド服強制なんて外道過ぎるわよ!」
布一枚隔てた先に電波少女がいる事も忘れ、私は大声で怒鳴った。
ひとまず高ぶった感情を抑え込むと、私はメイド服を脱ぎ始めた。こういう類のドレスは、着るのも脱ぐのも大変だ。その作業に慣れてしまっている時点で、私の着せ替え人形度は相当高いんだろうな、と思ってしまう。これもあの変態教師のせいで……!って、落ち着け私。
一通り脱ぎ終えたところで、メイドさんセットを更衣室内の棚に置かれたハンガーに掛けた。一通り、という事は勿論……だ。私はため息をついて、別の棚に置かれた私の下着に手を伸ばし――。
「ひゃうっ!?」
何の前触れもなく、私の胸に何かが触れた。思わず情けない悲鳴を上げると、それが私の微かな膨らみをむにむにと揉み始めた。な、何をするだぁ~ッ!
「このド変態がァーッ!」
胸に添えられたモノ――人の手を振り払うと、そこにいるであろう誰かさんにハイキックを見舞った。ゴスッという何か嫌な音とともに、カーテンに映ったシルエットが後ろへと倒れる。……まあ、犯人はいつもの人なんだけど。
「ギリBカップ……か。まだまだだねぇ、悠ちゃん」
おそらく仰向けに倒れたまま、乳揉み魔は無邪気に笑う。着替え中の部員を突然襲い、乳を揉んでそのサイズを特定する淫魔少女――矢羽美鈴(やわねみすず)は、ハイキックの直撃を受けてもなお、ヘラヘラとしていた。とはいっても、鼻から血をだらしなく垂らしてはいるが。
「いい加減、その癖を直してよ。文芸部部長すら泣かす乳揉み常習犯がいる、なんて噂されてるのに」
女子生徒用の制服に着替え終わり、更衣室から出てきた私が注意すると、彼女は鼻に丸めたティッシュを詰め込みながら笑った。
「ぶん、ぎみにばばがらんざ!あいでのぢぢをもむじゅんがんのがいがんなど!(フン、君にはわからんさ!相手の乳を揉む瞬間の快感など!)」
「何言ってるかわからないわよ……。そんなに揉みたきゃ、自分のデカ乳でも揉んでなさいよ」
そう言い返すと、彼女は自分の豊かに実ったメロンを指差して首を振った。
「どっぐのどうにもみあぎだば!(とっくの当に揉み飽きたわ!)」
「だから意味がわからないって」
思わず肩をすくめると、電波少女もリアクションに困った表情で苦笑いしていた。
「あれ、お前らが先にいるなんて珍しいな」
ちょうどその時、部室の扉が開いた。そこから現れたのは文芸部の紅一点ならぬ白一点、鷹野一八(たかのかずや)だった。2年生で、一応私や美鈴の先輩に当たる人だ。生粋の日本人ではあるがどこか西洋染みた顔立ちの彼は、室内を見回した後で電波少女の存在に気がついた。
「入部希望者?こんな道楽部活に入るなんて、変わった子だなぁ」
「いや、違うくて。ちょっとしたトラブルがあって……」
勘違いしているらしい彼に、私が説明しようとしたところで。
「あ、もしかして!」
突然電波少女が声を上げた。と同時に立ち上がり……あろう事か、一八の手を突然握った。
「え?」
突然の出来事に唖然とする彼。それに対して、彼女は一方的に喋り始めた。
「良かったー。こんな所にいたんですね、天使長」
「は?」
「アルマロスの捜索活動中に嵐に巻き込まれちゃって、逸れたっきりだったから凄い心細かったんですよ!かれこれ2百年ほど前の話だから、覚えてるかどうか分かりませんけど」
彼女の毒電波濃度が危険値を振り切った……ような気がした。というか、2百年前って何よ2百年前って。まったく、あの子の時間間隔は一体どうなっちゃっているんだろうか。本当に心配でならない。
「亜隅さん、この子は……?」
「だから言ったでしょう、トラブルがあったって……」
狐に化かされたかのようにポカンとした表情の彼に、私はそう言って額を押さえた。ああ、この少女はとんでもない災厄だ。パンドラの箱から出てきたんじゃないか、とさえ思ってしまうほどに。
「ねー聞いてます、天使長?私の話を聞いて下さいよー」
状況を理解できていない、というよりも理解する気さえない少女が彼の袖をぐいぐいと引っ張っている。本当に困りきった表情で、彼は苦笑いした。
「あー……。とりあえず119番をお願いしよう」
「取り合ってくれますかね……。保健室のあの人に預けて着せ替え人形にしちゃった方が手っ取り早いと思いますよ。わ、私は行きたくないですけど」
「俺も行きたくないよ。この前タキシード着せられそうになったし」
そう言って、彼は首を振った。あからさまに嫌そうな表情をしているところを見ると、本当なのだろう。なるほど、あの先生には男女の関係などないわけか……ああ恐ろしや。仕方ない、ここは乳揉み常習犯に行って貰うとするか。
「行け、美鈴!」
「私はポ○モン扱いか!私なんか、変な着ぐるみ着せられちゃんだから嫌だよ」
「あんたにはお似合いよ。さあ、行きなさい!」
私はそう言って彼女の尻を蹴飛ばした。ぎゃぴーだか何だか分からない悲鳴を上げ、電波を垂れ流し続けている少女を無理矢理抱きかかえ――出て行った。
しんと静まり返った部室で、私は大きなため息をついた。彼は入り口の前で立ち尽くしたまま、ずっと苦笑いしている。この騒動が部長の耳に入りでもしたら、一体どうなる事か。それを考えると身の毛がよだつ。
「――先輩、紅茶淹れますね」
「――あ、うん。頼むわ」
そう答える彼の口元が小刻みに震えていた事は……うん、見なかった事にしよう。
***まりおねっとより伝言***
天使長(笑)
メロン(笑)
鷹野(蜩)
ポ○モン(赤)