タイトル未定
『仮オストロの白』……1
告白します。
ぼくはクラスメイトに気になる子がいます。
教室で、ぼくの右斜め前方に……つまり、ドアの入り口付近にに座っている、彼女。
名前は仮谷崎仮子(仮名)といいます。
容姿は、そうですね。はっきりいって目立ちません。
完璧といっていいほど、教室に擬態しています。
ショートカットにメガネという、あまりにポピュラーな顔。
けれどその奥に潜む瞳は、入ってきた光をひとすじも逃す気概のない闇色をしています。
だからみんな、彼女の顔をよく見つめようとしません。
ぼくは知っています。
彼女は均衡な顔つきをしているし、微弱な風にも、はらりとゆれる黒髪。
通り過ぎると、春の日差しのような香りがします。
……いやでも別に、四六時中恋焦がれたりだとか、家が気になって帰宅路をつけてみたりだとか、彼女の痴態を思い浮かべて自慰にふけるとか、そういったことは全然ありません。絶対に、です。ぼくの尊厳に誓って断言します。
あ、やっぱ最後のは抜きで。
……
……ただ。
テスト中、解答欄をすべて埋め終えてぼうっとしていたり、
友人と会話しているとき、その話題が一旦休止していたり、
体育で、ボールが回ってこないので周りを見回していたり、
そんなとき、いつの間にか彼女に焦点が合ってしまうのです。
ぼくが彼女に恋をしている所為でしょうか。
……彼女はいつも、本を読んでいます。
放課後限界まで。
夕陽が差し込む教室。
がたんっ、と椅子が下がる音。
仮子(仮名)さんが机を立ちました。
ぼくは自習するフリをしながら、ゆっくりと顔を上げました。
彼女にとってぼくは死角だから、そんな注意は不要なのですが。
教室には、ぼくと仮子(仮名)さんのふたりしかいません。
なぜでしょう。
帰宅時間までのこり三十分を切っているからです。
部活生はとっくの昔に練習へ行ってるし、
オタクどもは群れを成してアニメイトに行ってるし、
さすがのDQNもバイトがあるので帰っています。
ゆえに、そのどこにも属さないぼくは、おなじくどこにも属さない仮子(仮名)さんと一緒に、こんなおそくまで学校に残れるのです。
まあ一緒に残れるといっても、会話はありません。
無です。
無がこの教室を支配します。
だって会話とか振れないですから。
女子に声をかけるなんてレベルの高いこと、非リア充のぼくには到底できません。
それに彼女は、完璧なまでに周りを無視します。
空気を読んでるとか読んでないとか、そういった話ではありません。
空気になってますからね。
さて、しかしここで再度質問です。
そんな彼女とお近づきになる方法は?
はい、時間切れですね。
正解は……やっぱ話しかけることです。
うん、これしかないです。
都合よく不良がやってきて、仮子さん(仮名)に乱暴! ぼくは必死に動き、ほうほうの体で、からくも不良を追い払う! 仮子(仮名)『※※くん素敵……犯して』ぼく『そんな……っ、でも、そこまでいうんだったら、しかたない』仮子『あ、そんなに強く……』ぼく『おいおい君は命の恩人に向かってなんて口を利くんだ。そんな口ならふさがれたほうがいいね』仮子(仮名)『あ……ッ、ぐっ……ちょ、こんな大きいのっ! あ、あああああ、ああっ、ああああああああああああ……』
そんな展開は!
『ああああああああああああああああああああああ……』
ねーよ!!!!!!!
「あああああああああああああああっ!」
駄目です駄目です。やばいです。思考がトリップしていました。
ついでに絶叫していました。
こころを落ち着かせなければ。
顔を上げると、彼女がこちらを向いていました。
「……」
無言で、もとの首の位置に戻します。
「……」
はい。
よりいっそう無言が深くなったところで、彼女は足を動かしました。
そのまま教室を出ます。
きっとトイレでしょう。
さてさて。
ぼくは彼女の気配が完全に消えたのを察して、机を立ちます。
――彼女がいつもなんの本を読んでいるのか。
いつも気になっていました。
ぼくは彼女の机の上に放られた、無地の文庫本に手を伸ばします。
彼女が常時触れているその本は、こころなしか、ぬくもりが残っているように思えました。
心臓がばくばくと振るえています。
彼女がどんな本を読んでいるのか――
それによって、話題のジャンルを選びます。
SFだったら、2001年宇宙の旅でも借りてきて話題にすればいいし、
ファンタジーだったらハリポタ。
ミステリだったらバーロー探偵でも読めばいいのです。
小説じゃなかったらどうしよう。
まあそのときはそのときで、やりようはあります。
いま必須なのは、彼女の読んでいる本の内容を知ること。
それがぼくと彼女の、お付き合いの第一歩となるに違いありません!
表紙をめくりました。
白紙。
ページをめくりました。
白紙。
ページをめくりました。
白紙。
ページをめくりました。
白紙。
ページをめくりました。
白紙。
奇術師がトランプの束をはじくように、ぼくはバララララ……とページを飛ばしていきます。
みごとなまでに白でした。
白一色! 銀世界です。
とたん、わけがわからくなりました。
なんで、どうして、彼女は、こんな、
「なんであなたが、私の本を読んでいるの?」
声がしました。
身体に電流が走ったかのように振り返ります。
仮子さん(仮名)が立っていました。
夕陽を背に、彼女の表情は読めません。