スクウェア◆ライフ
breakfast.
俺は皆が眠りついた後も作業を続ける。
コウちゃんは仕事、二人は色々あって疲れていたのかすぐ眠ってしまったようだ。
で、俺はと言えば夜型の人間なので普通に起きている。
昼間の明るい時間はあまり集中できず、どちらかと言えば夜の静まり返った空気の方がしっくりくる。
まぁ作業といっても、別にコウちゃんのように『仕事』としてやっているわけではない。
俺の漫画を描くという作業はまだ『趣味』の域をでない。
俺とコウちゃんは情報系の大学に通っているが、俺はコウちゃんのようにプログラミングとかが好きなわけでも得意なわけでもなく、むしろ苦手な方だ。
なんでそんな大学に入ったのかと言われれば「入れたから」としか言いようがない。
大学に入学してから2年。何をするでもなく遊んでいて、それなりに楽しかった。
その間も漫画やイラストを描いていたが、やはり『趣味』のレベルだったんだろう。
きっかけはコウちゃんと一緒に住むようになり、しばらくしてコウちゃんはその時のバイト先だったファミレスを止め、インターンシップでお世話になった会社にアルバイト社員として雇ってもらえるようになった時だ。
その話を聞いて、俺はようやく目が覚めた。
大学三年になり、ようやく自分が打ち込むべきことを決めることができた。
だらだらとできもしないプログラミングをいやいややるぐらいだったら、漫画で食えるようになればいい。
といっても、これまでの二年をだらだらと過ごしたツケだろうか、決意しただけで出来れば誰も苦労しないという話だ。
だから、今こうしてひたすらイラストを描き、漫画を描いている。
これでいいのだろうかと思うこともあるが、今はただひたすら描き続けるしかないのだろう。きっと・・・・・・
(――――あーあー、いけないけない。なんか良くない思考になってるな)
とりあえず、今は決めたことをやるだけだ。
それができたからどうなる、なんて考えてたらすぐ挫折するのがオチだした。
(そんなことより、今は我が家に女の子がいるということを考えればいいんだ!)
うん、幸せ。
とりあえずそれでいいじゃないか。
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一階からドアの開く音がした。
時計をみると、6時半。
コウちゃんが起きてきたのかと思ったが、朝の弱いコウちゃんが時間より早く起きることはまずないし、時間になっても起きてくることもほとんどない。
案の定、二階へ上がってきたのはコウちゃんではなく、昨日来た金髪の女の子・・そうナオちゃんだった。
「オハヨ」
「おはよう、早いね」
ポリポリと頭を掻きながら挨拶をするナオちゃんに俺も同じように返した。
(―――これが正しい青春の朝の風景だよな)
俺が一人感動していると、ナオちゃんは俺の横を通りすぎ、奥にあるキッチンへ向かいそこに立った。
「あー、朝飯とか作ろうと思うんだけど、冷蔵庫のもの勝手に使って平気?」
なんと、ちゃんと朝ご飯を食べる人なのか。
とは思ったが、俺はコウちゃんと違うので口には出さない。
というか、むしろ普通に感心した。
「あーうん、平気だと思うよ。食費とかそういうのは今日シホちゃんが起きてから決めよう」
「そーだねー」
と、眠そうな顔でナオちゃんは返事をした。
どうやらナオちゃんも朝は弱そうな感じだ。
そんなことを思っていると、ナオちゃんはキッチンを色々と漁りながら
「へぇ、調味料とか色々そろってるじゃん」
そんな感想を漏らしていた。
しかし何を作るんだろうな。
昨日は夕飯を作ってないから、ホイコーロ―の材料はまるまる余ってるとは言え、単品で食べれそうなものはそんなにない。
野菜は色々とあるものの、どれもこれも中途半端な量しかなかった気がする。
すると、トントンと何かを切る音が聞こえてきた。
やばい、朝からちゃんと料理とか新鮮すぎる。
料理をしているのがナオちゃんというのが恐ろしく意外だが、それよりも朝から女の子が料理をしているという光景が素晴らしい。
そうしてまた感動していると、また下の階でドアの開く音がした。
「あ、おはようございます」
「おはよう」
二度。
二度も朝の挨拶を女の子と。
なんてことだ、俺は今間違いなく幸せすぎる。
シホちゃんは俺のそんな様子には気付かず、キッチンに立っているナオちゃんを見ると、あわててキッチンの方へと向かい
「あ、あの私も手伝います!」
と言った。
うーん、二人とも偉いなぁ。
「んー、もう終わるし、それだったらあのきったない机を片付けてくんない?つーかユキちゃん達いつもどこでご飯食べてるの?」
と、急に俺に振られた。
そして、どこで食べてるのかと言われれば、『男食い』である。
まぁ、つまり床に食器をおいて食べているわけだが、そのまま言うわけにもいかないので適当にごまかすことにする。
「あー、机のものを適当に隅に寄せて食べてた。二人だけだとそれでなんとかなっちゃうだよね」
「でも、四人分は流石に無理そうですね」
と、俺の言い訳を信じたシホちゃんは苦笑いをしながらキッチンから戻ってきてテーブルを片付け始めた。
「とか言って、床で食ってたんじゃないの?ところどころに何かをこぼしたシミがあるよ」
バレた。
「え!?床で食べてたんですか!?」
ひかれた。
「んー、まぁどうしても忙しいときとか、たまにそんなこともあったかなー、ははは・・・・・・」
俺が目をそらして更に誤魔化すと、シホちゃんは机を片付けながらため息をつき言った。
「んもぅ、私がちゃんと片付けますから、これからはちゃんとテーブルで食べてくださいよ」
「はい、すいません」
と、怒られているのについニヤニヤしてしまいそうになるのを堪える。
いや、だって「んもぅ」とか言われたら、ねぇ。やっぱいいよね女の子。
そんなことを考えている間にも、シホちゃんは手際よくテーブルの上を片付けていく。
手を止めて手伝おうかと思ったが、手際が良すぎて手が出せないのでただ眺めることしかできない。
しかし眺めていると、テーブルの上からなくしたと思っていた色々な物が発掘されて面白かった。
発掘されたものの中には以前コウちゃんがなくしたと言っていた腕時計もあった。
そして発掘された腕時計の針は7時を指していた。
(あー、コウちゃんの起きなきゃいけない時間だなー、でももう少しこの幸せを一人で堪能したいなー)
俺がそう思っていると、ナオちゃんがこっちへやってきた。
どうやら料理が終わったようだ。キッチンからいい臭いがする。
「アイツ起こさなくていいの?なんか昨日七時くらいに起きるって話じゃなかったっけ?」
あーそうだ、寝る前にそういえばコウちゃんは七時起きだよって話しちゃったんだっけ。
こんなことならそんな話をするんじゃなかった・・・・・・。
すると、片づけに熱中して今の会話が入っていないのか、シホちゃんはいきなり腕に抱えた何かを渡してきた。
「ハイこれ!なにか大切そうなものなのでちゃんとどこかにまとめておいてください。ゴミは片付けておきますから」
と言って、机の上のゴミを近くに落ちていたスーパーの袋に詰め始めた。
「あー、なんか手が離せなくなってしまったので、コウちゃん起こしてもらってきていい?」
「えーなんでアイツを・・・・・・いや、まてよ・・・・・・オーケー、まかして」
最初は嫌がる様子を見せたナオちゃんだったが、途中考え直してニヤっと笑って下の階へ降りて行った。
うむ、予想通り。どうやって起こすにしろ、寝起きのコウちゃんはいじり放題なので、是非とも全力でいじってもらいたいものだ。
しばらくして、階下から「キャー!」という声が聞こえてきた。
無論、コウちゃんの悲鳴だった。
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「お婿に行けない・・・・・・」
朝からどんよりとした表情でコウちゃんは現われた。
そしてそれに続いてケタケタを笑ってるナオちゃんが二階へ上がってきた。
「コイツ・・・・・・まじ・・・・・・ウケル・・・・・・」
笑いすぎてまともに喋れないようだ。
何があったのか気になるが、コウちゃんが出社するまで聞くのは我慢することにしよう。
ナオちゃんは笑いながらもキッチンへ向かっていき、朝食の支度をするようだ。
俺はシャワーを浴びに行こうとしてコウちゃんを止めた。
「あ、コウちゃんもう朝ごはんできるみたいだからシャワー後にしなよ」
「朝ごはん・・・・・・?」
『朝ごはん』という習慣が長いこと忘れられていたので、コウちゃんはピンと来ていないようだ。
とりあえず、コウちゃんを座椅子に座らせ、いつの間にか部屋の掃除まで始めていたシホちゃんも席に着くように呼ぶ。
「シホちゃん、ご飯の支度できたみたいだよ」
「あ、はい。―――あ」
シホちゃんは座椅子の方へ向かおうとして、座椅子にすでにコウちゃんが座っていることに気づいて慌ててクッションの上に座った。
そういえば、昨日はあの座椅子がシホちゃんの定位置だったな。気に入ったのかな、あれ座り心地いいし。
そんなこと考えていたら、ナオちゃんが器用に左腕に二枚皿を乗せ、両手に皿―――計四枚の皿を一度に運んできた。
「ほい、持ってきたよ」
なんて気軽な調子で皿が各自の前に並べられていく。
皿の上には、赤と緑の物体が入った卵焼きに、ピーマンに何かが詰められた物体が乗せられていた。
・・・・・・これは、なんだ?
と思っていたら、ナオちゃんによって茶碗が各自の前に置かれていった。
「いただきます」
四人で声をそろえて言う。
コウちゃんの方をみると、ボケーっとした顔で卵を口に運んで―――カッと目を開いた。
「―――うまい」
「そりゃどうも」
「なにぃ!?お前が作ったのか!?」
言うと思った。
どれどれと俺も口に運んでみる―――うまい。
「この卵焼きおいしいね、何が入ってるの?」
この赤い物体と緑の物体がなんなのか気になる。
「それピーマンとバジルだよ」
サラっというナオちゃん。
コウちゃんの作る卵焼きはいつもただの出し巻き卵なので新鮮だ。
「他にも紅ショウガとか、チーズなんかも入れるだけでおいしいよ。ちなみに、そっちのはピーマンにツナと玉ねぎのスライスに味付けして詰めてコーン乗っけて電子レンジで暖めただけだけど、まぁまぁイケルよ」
スラスラと料理の解説をするナオちゃん。
そしてコウちゃんは敗北感からか、俯いているが箸は止まらずにご飯を口に運んでいる。
「短時間でこれだけのものをササッて作れるって、すごいです!」
シホちゃんも感動していた。
「うんうん、すごいなぁ。ナオちゃんは『ちゃんと』料理できる人なんだ」
ここで「うれしい誤算だ」とは口を滑らせない。だって可愛いし。可愛いは正義だし。
「ユキちゃん、それだと俺が『ちゃんと』料理できないみたいじゃないか」
コウちゃんがじと目でこちらを見てくる。
みたいじゃなくて、実際そうなのだから仕方ない。
コウちゃんの作ってくれる料理はおいしいが、いかんせんレパートリーが少ない。
手先が器用だからレシピさえあれば作れるらしいけど、何と何を合わせるとおいしいとか、そう言った知識があるわけじゃないので、味付けのバリエーションとかが少ないのだ。
「なんなら、あたしが教えてやろうか?」
ニヤリ、とナオちゃんが言う。
「お断りだ!」
といいつつも、やはりコウちゃんの箸は止まっていない。
そんな二人を放っておいて、ちらっとシホちゃんを見るとじっとピーマンを見つめ手が止まっていた。
まさかとは思うが、ピーマン嫌いなのか?
と思っていたら、そのことにコウちゃんも気づいたみたいだ。
「お、シホちゃんの箸が止まってるぞ。おいナオ、口に合わないみたいだぞ」
ケケケ、とか言ってナオちゃんを責めるコウちゃん。
しかしその責め方は最低な上に小者だった。
「あ、いや!そんなつもりじゃなくって!その・・・・・・」
ピーマンが嫌いなだけ、とは恥ずかしくて言えないようだ。
コウちゃんのこういう小者っぽいところは本格的に矯正する必要があるな。
さてどうフォローするか・・・・・・。
すると、ナオちゃんは気にした様子もなく、優しくシホちゃんに言った。
「それ、ピーマン嫌いな人でも食べれるように味付けしてあるからさ、騙されたと思って食べてみな」
そう言われてみれば確かにピーマン特有の味をあまり感じなかった気がする。
シホちゃんも恐る恐るという感じでピーマンを口に運び、小動物のように軽く齧って
「・・・・・・あ、おいしい」
と顔を明るくした。
「でしょ?」
なんという微笑ましい光景。
完全にシカトされる形となったコウちゃんが逆に痛々しかった。
コウちゃんはおかずとご飯をかっ込み、バン!と箸をおいてナオちゃんを睨みつけた。
「おいナオ!夕飯の時は覚えとけよ!絶対にウマいといわせてやる!」
ハイハイ、楽しみにしてますね。と余裕の表情のナオちゃん。
そんなに『料理当番』としての役割を奪われたのが悔しいのか。
だいたい予想はついたが、俺は一応確認することにした。
「因みに、夕飯は何?」
コウちゃんは鼻息も荒く自信満々に答えた。
「ホイコーローだ!」
得意料理じゃないか。
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コウちゃんは
「いいか、俺が帰ってくる前に絶対晩飯すませるなよ!絶対だからな!」
と、前ふりをしてから会社に向かって行った。
そんなわけで、今は我が家には俺とシホちゃんとナオちゃん。
うーん、ハレームじゃないか。
そんなことを思いながら、食器を持ってキッチンへ向かう。
洗い物と洗濯は俺の仕事。
夜使った食器を朝に洗うのが普段の流れである。
が、すでにキッチンにはナオちゃんがいて洗い物をしようとしていた。
「あ、アタシやっとくからいいよ」
ひょいっと皿を取り上げられる。
ナオちゃんはジャージの袖をまくりやる気満々だ。
いくら居候の身とはいえ、何から何までやらせるわけにもいかない。だって女の子だし。
俺はせめて手伝おうと思って声をかけようとしたが―――
―――腕まくりしたシホちゃんの腕に妙な形の痣を見つけて止めた。
「―――ありがとう。それじゃあ洗いものは任せるね」
そう言うと、ナオちゃんは水道の水を出しながら
「任せとけ!」
と明るく答えて洗い物を開始した。
どうやら、本人は痣が見えていることに気づいていないみたいだ。
痣は上腕の辺りにあり、『手』のような形をしている。
ただ、痣があること自体は、擦り傷の手当をしたときに見ている。
それも、色々な箇所に。
露出する場所にある痣は、二の腕にある痣だけだ。
他の痣は腹や背中、腰など普段なら露出しないような場所ばかりだった。
(本人が語る前にあれこれ詮索するってのは、デリカシーがなさすぎるしな)
気にはなるし、『何らかの脅威』に晒されていたことは予想がつくが、この家にいる分にはその『何らかの脅威』を恐れる必要はないだろう。
だから、聞かないし、気付かないふりをしておこう。
(コウちゃんだったら、すぐに問いただすんだろうな―――素直なのはいいけど、もう少しそういう空気も読めるようにならないといけないよな)
今は電車でゆられているであろう友人に思いを馳せながら、思考を切り替えることにする。
(今日はあと一枚下書きしたら寝よう)
日が登りきった頃に起きだして、日が昇る前に寝るのが俺の生活スタイル。
今日はちょっと夜更かしならぬ朝更かしだ。
作業をしているテーブルに戻ろうとしたら、なにやらシホちゃんが俺の原稿を見ていた。
別に18禁作品とかってわけでもないので、困りはしないのだが、やはり自分の作品をみられるというのは恥ずかしい。
そんなことを思っていると、シホちゃんがぼそっと呟いた。
「・・・・・・うーん、やっぱりパースがおかしいよねぇ」
なぬ。それはまずい。
「どこかおかしかった?」
ビクっと反応するシホちゃん。どうやら俺の接近に気付いていなかったらしい。
「あ、その、おかしいっていうか、たぶんただのミスだと思うんですけど」
と前置きをした。
どうやらあまり人に物をハッキリ言うことに慣れていないようだ。
「ここのコマの背景なんですけど、こっちの建物とその後ろの建物の消失点が別々になってません?」
指摘された部分を見てみると、確かに言われたとおりずれていた。
あからさまにずれているわけではないのだが、このままだと『何か違和感を感じる』絵になってしまう。
「あー、確かに。あぶないあぶない、このまま放置するところだった。眠い時に書いたのかなこりゃ」
昼夜逆転していると、自分が眠いのかどうかすらわからなくなってくるからたちが悪い。
さて消しゴムはどこかなー、と周囲を見渡そうとしたところで、シホちゃんがじっとこっちを見ていることに気づいた。
「えー・・・っと、何かな?」
その眼があまりにも真剣だったので、思わずこっちがたじろいてしまった。
「昨日も思ったんですけど」
ずいっとこっちに一歩寄ってくる。
思わず一歩下がってしまう。
「昼夜逆転生活っていうのはよくないです。そもそも人間はちゃんと朝日を浴びて体内時計をリセットするんですよ?じゃないと体内時計が狂っていいことないです。それに、部屋も散らかりすぎです」
昼夜逆転生活と、部屋の散らかり具合は関係ない気もするが、とても反論できるような勢いではなかった。
前言撤回、どうやら結構ハッキリと物を言う。
「えっと、すいません」
因みに、生活に関して干渉されるのは嫌いなので、相手がシホちゃんのような女の子でなければ、問答無用で殴り飛ばしているところだ。
逆に女の子なら、大歓迎だ。
シホちゃんは俺が謝って満足したのか、腰に手を当てて胸を張って言った。
「わかってもらえればいいんです。そしたら、今から仮眠をとってください。お昼前に私が適当に起こしますから、ちゃんと起きて、今日から正しい時間に寝るんですよ?」
いいですね?と、指を指して言われた。
正直、生活リズムを直すのは勘弁願いたい。だが―――
「わかりました、降参です」
―――シホちゃんに起こしてもらえるということに比べれば、生活リズムの改善なんて些事にすぎない。
「シホちゃんも言うねぇ」
と、いつの間に洗い物を済ませたのか、リビングにやってきていたナオちゃんが感心していた。
「あ、わぅ、見てたんですか!?」
はわわーと恥ずかしがるシホちゃん。何に恥ずかしがっているかは謎だ。
ともかく、俺はお言葉に甘えて仮眠をとることにした。
階段を降りる足取りは軽い。
部屋へ入り、布団へ潜る。
女の子が自分の部屋に入ってきて、起こしてくれる―――
「やばい、俺は今幸せすぎる」
起こしてもらうシチュエーションが楽しみ過ぎて、なかなか寝付けなかった。
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かくして、女の子に優しく起こしてもらうという俺の幻想は、掃除機の爆音によって木っ端みじんにされた。
シホちゃんの『適当に起こす』は本当に適当だった。
すこしがっかり―――いや、かなりがっかりしながらも、起きると約束してしまったので起きることにする。
とぼとぼと二階へ上っていくと―――そこは知らない人の家になっていた。
テーブルの配置が変わっており、俺の資料や画材、作業用のテーブルが一所にまとめられていて、作業スペースみたいになっていて、朝ごはんを食べたテーブルがカーペットの真ん中に配置。そしてテーブルの周りにはキチンとクッションと座イスが並べられている。
部屋の匂いも変わっていた。コウちゃんがヘビースモーカーなので、二階のリビングは常にタバコ臭く、白い壁にもヤニが若干染み込んでいたのだが、その匂いも消え、壁の染みまで取れている。
その他あちこちに散らばっていたものが整理され、入居した初日みたいな綺麗さだった。
それでもまだ掃除は終わっていないのか、既に物置の整理までやっていた。
シホちゃんは掃除機をかけ、ナオちゃんが物置を整理しているようだ。
「シホー、なんか変なもの出てきたけどこれどうしよう」
「何が出てきたんですか?」
二人は二階に上がってきた俺に気づく様子もなく片付けを続けている。
「なんかCDがいっぱい。あ、なんか書いてある・・・・・・『幸一のAVお宝セット』だって」
何か見つけてはいけないものを見つけてしまっている気がする。
「ナオちゃん・・・・・・それはAV機器のAVだと思いますか?」
いつの間にか、シホちゃんが『ナオさん』から『ナオちゃん』に変わっていた。
ありえない散らかり具合を見せていた部屋を攻略しているうちに仲良くなったのだろう。
「んー、どうみても『アダルト』の方だと思うけど」
「捨てちゃってください」
南無、コウちゃん。
がちゃーん、とナオちゃんがお宝をゴミ袋に放り込む音とともに、シホちゃんが掃除を再開しようとして、俺の存在に気づいた。
「あ、おはようございます。ちゃんと起きてくれたんですね」
ニコっと笑うシホちゃん。
「お、ユッキーも起きたか、偉い偉い」
いつの間にかナオちゃんの中で俺はユッキーになったらしい。
昨日は場を和ますつもりでいった冗談だったが、まさか定着してしまうとは。
「うん、起きたよー。二人ともいつの間にか仲良くなってるね」
俺がそう言うと、シホちゃんはニコニコ笑顔をさらに嬉しそうな表情に染めて
「はい!掃除のコンビネーションはまさに『アフンの呼吸』です!」
いやらしいコンビネーションだった。
「シホ、『阿吽の呼吸』ね」
そして漫才は阿吽の呼吸だった。