Neetel Inside 文芸新都
表紙

スクウェア◆ライフ
不器用ズ

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 俺が起きてきたので、二人はいったん手を止め昼食にすることになった。
 時刻は12時ちょうどだった。
「昼は素麺でいいかな?」
 俺がそう言ってキッチンへ向かおうとしたら、シホちゃんが「ハイ!」とでも言いそうな感じで手を挙げた。
「あ、それだったら私が作ります!」
 と、キッチンへ向かって行った。
 俺はすることが無くなってしまったので、とりあえずクッションに座り、ナオちゃんと話しながら待つことにする。
「怪我はまだ痛むの?」
 ナオちゃんは昨日俺の目の前でいきなりバイクですっ転んでいたのだ。
 おそらく雨で滑りやすくなっていたマンホールの上でスリップしたのだろう。
 その時に右半身を擦っていたので、肘や膝に擦り傷ができていた。
 スピードはそんな出ていなかったし、何かに衝突したわけでもなかったが、その後気絶したように眠ってしまったのでそれが心配だった。
「んー大丈夫大丈夫、軽い擦り傷って感じ」
 ホレ、と右腕をぐるぐる回す。
「それでも一応病院に行った方がいいよ。コウちゃんがよく単独事故起こして怪我してくるんだけど、一回ほったらしてやばかった時があったし。なんだったらコウちゃんがよく行く病院に連れてってもらいな」
 頭を打ったようには見えなかったが、もし打っていたとしたらその時のダメージというのは遅れてくるらしい。転んだ時の衝撃で首や腰を痛めるということも十分にありえる、とコウちゃんがやばかった時に医者に説明を受けたのだ。
「あー病院ね・・・・・・うん。適当に自分で行くよ」
 なんか歯切れが悪かった。
 転んで介抱した時も『警察だけには連絡しないでくれ』みたいな事を言っていたし、やはり何か事情があるんだろう。さすがに映画のように何かに追われてるってわけではないみたいだが。
 これ以上あまりその話題には触れてほしくないみたいだったので、話題を変えることにした。
「そう言えば、バイクは大丈夫なの?」
 そこまで派手に転んではいなかったが、ウィンカーとかが折れていた。バイクの事はよくわからないが、動くのだろうか?
「ダメみたい。さっき見てきたんだけど、どっか壊れてんのかエンジンかかんないんだよねー」
 あはは、と笑うナオちゃん。
 実に楽観的だ。
「修理・・・・・・って言っても、お金ないって言ってたっけ?どうしたもんかな・・・・・・自慢じゃないけど、俺もあんまりお金持ってないんだよね。コウちゃんだったら無駄に金持ってるから頼めば貸してくれるかもしれないけど」
 こういう時に、さっとお金を出せたら格好いいんだろうが、生憎と学生な上に画材やらに金がかかるし、バイトをする時間もない。
「げ、あいつに借りを作るのだけは勘弁」
 と、心底いやそうな顔をした。
「でも修理しないわけにもいかないから、明日から近くでバイトできそうなところ探してみるよ」
 結構な期間居座るつもりらしい。
 まぁ、賑やかなので俺としては全然構わない。むしろ女の子が我が家に居てくれるというだけで十分すぎるし。
「そっか、何か協力できそうなことあったら何でも言ってね」
「ん、何か思いついたら遠慮なくお願いするわ」
 ナオちゃんはそう言うと、すっと立ち上がってベランダに出た。
 どうやらタバコを吸いたかったらしく、網戸を出てタバコを咥えていた。
 手には変わったデュポンという高級なライターを握っていた。
 キーン、という涼しげな音と共にライターの蓋を開けるナオちゃん。
(―――何か似合わないなー)
 と、不謹慎ながらも思っていたら
「え?え?あ、きゃあああああ!」
 というシホちゃんの悲鳴が聞こえた。

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「どうした!?」
 まだ火をつけていなかったのか、ナオちゃんは煙草を咥えたまま部屋を横切り、キッチンへ急行した。
 男前だなー。なんて思いながら、遅れて俺もキッチンへ向かう。
 どうやら、素麺をゆでていた鍋が噴きこぼれて慌てただけみたいだ。
 その時にどうやら火傷をしてしまったのか、シホちゃんは手を押さえていた。
「ホレ、こっちはいいから早く洗面所行って冷やしてきな!」
 吹きこぼれたお湯で火はすでに消えていたのか、ナオちゃんはとりあえずガスを止めながらシホちゃんに支持を出す。
「ご、ごめんなさい」
 と半泣きになりながらもシホちゃんは入れた通りに洗面所へ向かう。
 ナオちゃんはふぅ、とため息をつきながらもう一度火をつけて、噴きこぼれない程度に火力を調節しながら言った。
「シホ、料理苦手らしいんだよね。今朝もユッキーが寝た後に料理の仕方を教えてほしいって頼まれてさ。まぁ素麺ぐらいなら平気かと思ったんだけど―――」
 この様、というわけか。
 ナオちゃんは菜箸で素麺を軽くすくって2本ほど食べて硬さを確かめると、軽くうなずいて火を止めた。
 そのまま台拭きをナベつかみ代わりに使って、ザルに素麺をうつし、冷水で冷やし始める。
 すると、そこにシホちゃんが戻ってきた。どうやらやけどはそんなにひどいものではなかったらしい。
「ごめんなさい、袋に書いてあった通りにやったつもりだったんだけど・・・・・・」
「シホ、何かをゆでる時は水の量に注意しないとだめだよ。水は十分に入れる必要があるけど、そういうときは大きい鍋を用意するか、ないんだったら火加減に注意して吹きこぼれない程度にしないと」
「なるほど!『目からくろこ』です!」
 シホちゃんはマジシャンらしい。
「鱗、ね」
 素麺を冷やしながら指導(と突っ込み)をするナオちゃん。
「な、なるほど」といちいち頷きながら必死に覚えようとするシホちゃん。
 なんか、お姉ちゃんと妹みたいで和む光景だった。
 見た目的にはシホちゃん大人っぽいのになー、でもこのギャップもいいなー。
「ほれ、ユッキーもぼさっとしてないで食器を出す!」
「ハイハイ」
「ハイは一回!」
「ハイ!」
 ナオちゃんもナオちゃんで、はっちゃけてるように見えるが、思いのほか世話好きのようだ。
(なんというか、人は見かけによらないってやつかな)
 俺が食器を持って行って並べていると、シホちゃんがザルを、ナオちゃんが手を拭きながらリビングにやってきた。
 ザルに入っている素麺は、食べやすいように一口分ずつまとめて盛り付けられているあたり芸が細かい。
「いただきます」
 三人で食前の挨拶をしてからつるつると素麺を啜る。
「そういやさ、ユッキーって学生なの?」
「ん?そだよー」
「へー、昨日からずっと漫画描いてるから漫画家さんなのかと思ったよ」
「じゃぁ今は修行中の身、ということですか?」
「まぁそんな感じかな。二人は?」
 つるつるしながら他愛のない会話を続ける。
「私は・・・・・・えっと、大学生ですよ」
「アタシはプータロー」
 あははと笑うナオちゃん。危機感ゼロ。
「そっかー、じゃあ二人ともゆっくりしてっても大丈夫だね」
 プータローなら年中休みと変わらないだろうし、大学生なら無駄に長い夏休み期間中だ。
「そういやコウイチは何者なわけ?社会人?」
「あー違う違う。コウちゃんも学生だよ。会社とか言ってるけどバイトだよ。夏休みだから出社して仕事しろって言われて行ってるだけだよー」
「ぬぅ、そこはかとなく出来る奴の匂いがするのがムカつくな、あいつ」
 ナオちゃんはブチブチと素麺を噛み切りながら、苦々しい顔をしている。
「プー太郎と会社でバイト・・・・・・勝てる気がしないな、ユッキー!アタシがプー太郎ってことは内緒だぞ!」
 負けず嫌いなところはコウちゃんとそっくりなナオちゃんだった。

     


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 昼飯を食べた後は、各自作業に戻った。
 俺は漫画を、二人は片付けの続きを。
 穏やかな昼下がり。
(・・・・・・やっぱ明るいと集中できないなー)
 いやいや、明るいせいじゃないのかもしれない。
 シホちゃんの言うとおり、体内時計が狂ってるのだろう。
 夜型生活だと、時々体調崩すし、やっぱり生活リズムは直さないとな!
 と、自分に活を入れたところで携帯電話が鳴った。
『伊藤 理沙(いとう りさ)』
 相手の名前を見て、俺は慌てて携帯電話に出る。
『おっすー、サチオか?』
「ユキオです」
 あはは、そうだそうだ。と電話の向こうで笑う声がする。
 伊藤 理沙、この人は『ヘチマ』というペンネームを持つ、今そこそこ売れている漫画家だ。
 偶然知り合いになり、こうして時々電話もくれる。
「どうしたんですか?急に」
『いやさー、今度新しく漫画もう一本描くことになってさ。下手に募集かけるよりサチオに頼んだ方が早いかなーと思ってさ』
「だからユキオです―――って、その話マジですか」
『おうよ。マジも大マジ。引き受けてくれるかな?』
 いいともー、と言ってもらいたいような口調だったが、この人からの頼みを安請け合いしてはいけない。
 以前何度か引き受けたことがあったかが、アシスタントとは名ばかりの雑用係だったのだ。
 買い物、掃除、引越しの手伝い、はては犬の散歩まで―――苦手な炊事以外の全てをやらされた。
 それでも何度か引き受けたのは、時給がよかったからで、金よりも時間が惜しい今はできれば引き受けたくない。
「―――アシスタントって、以前みたいに身の回りの世話をすることですか?」
 少し声の調子を落として言うと『―――ん?』と、少し訝しむ声が聞こえた。電話の向こう側にも雰囲気は伝わったらしい。
『あー、それも考えていたけど、それは別のやつに頼もうかと思ってね。今回は純粋にアシスタントとしての仕事だよ』
「―――え?」
 てっきり『あったりまえだろ!金が欲しかったら四の五の言わずハイと言え貧乏学生!』とか言われるのかと思っていた。
『ほれ、サチオちょくちょくネットに自分のイラストとか漫画載せてるだろ?ちょっちばかし上達してたから使ってもいいかなって』
―――信じられない。信じられないけど、本当ならまたとないチャンスだ。それに『ヘチマ』なんてふざけたペンネームで漫画を描いているが、漫画の内容も俺好みでとても参考になるし―――なりより、美人のお姉さんなのだ。
『つっても、まだ連載がいつから始まるかしっかり決まってねーんだけどさ。たぶん大学始まっても続くと思うぜ―――それでも大丈夫か?』
「構いません、お願いします」
 俺がそう即答すると『お?』という返事が返ってきた。
『そうか―――ようやく本気で打ち込む気になったか、期待してるぜ。じゃあな』
 理沙さんは用件を終えるとさっさと電話を切った。
 おそらく、アシスタントと大学の両立は無理だろう。正式なアシスタントの仕事はしたことはなかったが、仕事場を見ている限り、そうそう大学に行く暇なんてなさそうだ。
 だが、それでもいい。
 自分の夢を実現するためには今は時間が惜しい。時間の使い方は選ばなければいけない。
「えっと・・・・・・お仕事の電話だったんですか?」
 いつの間にやってきていたのか、シホちゃんがそんなことを尋ねてきた。
 『アシスタント』という単語が聞こえたのだろう。
「はっはーん、読みが甘いねシホ。電話の声は女だったよ!コレだよコレ!」
 ピンと小指を立てるナオちゃん。オヤジ臭かった。
「ユッキー女がいるのに、こんな可愛い女の子二人も泊めちゃって、にくいねー!」
 イッヒッヒといやらしく笑うナオちゃん。どこまでもおっさんっぽかった。
「え?え?じゃあ私達泊めてもらうのって実はすごく迷惑なんじゃ・・・・・・!」
 真に受けて慌てるシホちゃん。そろそろ誤解を解いた方がよさそうだ。
「違うよ、知り合いの漫画家さん。『ヘチマ』って人なんだけど、今度アシスタントやらないかって」
「へぇー、そうなんですかぁ。凄いですね!ね、ナオちゃん」
 シホちゃんがそう言って振り返ると、ナオちゃんは口を半開きにしてわなわなしていた。
「えーっと・・・ナオちゃん?」
 再びシホちゃんが声をかけると、ナオちゃんはいきなり俺の肩をがっと掴んで叫んだ。
「ヘ、ヘチマだと!?あの『RUN AWAY』を描いてるヘチマなのか!?」
「そ、そうだけど」
 思わずたじろいでしまった。どうやらナオちゃんは少年漫画がお好きなようだ。
 ちなみに『RUN AWAY』はガンマンや暗殺者が蔓延る、血と硝煙の世界から足を洗おうとする人物の手助けをする『逃がし屋』が主人公のハードボイルドな漫画だ。
 表現がグロテスクだが、登場する男達はいちいち格好よく、女たちはいちいちセクシー―――つまり、いわゆる男が求める漢の象、男が求める女の象が凝縮されており、とても女の人が描いてるとは誰も思わないだろう漫画なのだ。
 かくいう俺も、本人に原稿を見せてもらうまで信じられなかった。
「マジで!?ユッキーすげーな!マジすげーな!つーかヘチマって女だったのかよ!?マジ信じらんねぇ!」
 偶々知り合っただけなので、実は何もすごくないのだが、すごいということにしておこう。
「えっと、私少女漫画くらいしか読んだことないから知らないんだけど、そんなに有名な人なの?」
 そんなことを言うシホちゃんに、俺の方を向いていた顔をぐりんと回転させ今度はシホちゃんに詰め寄った。
「有名とかじゃないんだって!あの人の描く漫画はマジヤバいんだよ!あーそうだな、例えば37話のシーンなんだけどさ、いつも敵対してるリックとパールが一緒に仕事をすることになって、一緒に戦うんだよ。んで、いきなり部屋に突入してた敵達を、二人で口喧嘩しながらも息ピッタリで撃退して背中合わせに止まるんだけど、リックが『ライター落としちまった』つって、パールが『貸しイチだな』って背中ごしに火をつけるシーンとか絵になりすぎててマジやべーんだって!」
 どうやら、大ファンだったらしい。
 というか、いきなり主人公やヒロインの名前を出してもわからないだろう。
「積んである漫画の中にあると思うから、暇だったらシホちゃんも読んでみるといいよ」
 そういうと、ナオちゃんは「読んだ方がいい!すぐ読んだ方がいい!つーか今読むべき!」とバシバシとシホちゃんの背中を叩いた。
 なんだかシホちゃんが迷惑そうだったので(それでも何も言わないシホちゃんはけなげだ)、話を変えることにした。
「そう言えば二人とも暑くない?今朝は涼しかったけど日が昇ってきて気温も上がってきたから、着替えるといいよ」
「そういや暑いね」
「あ、でも私たち着替え持ってないから―――」
 それもそうだ。それにそんな恰好で外に出るわけにもいかないだろう。
「大丈夫だよ、コウちゃんのクローゼット漁れば女物の服出てくるから」
 細かい事情を端折ってそう言うと、二人とも『なんで?』という顔をした。
 俺は腕を組んで、少しもったいぶってから、なぜコウちゃんがそんなものを持っているのかを話し始めることにした―――

     


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「ただいまー」
 迷える子羊が帰ってきた。
 それと同時にさっきまで談笑していたシホちゃんとなおちゃんがビクリと体を強ばらせる。
 今二人は昨日までの寝間着では無く、コウちゃんの部屋から入手した服装だ。
 シホちゃんは女物のTシャツに、ショートパンツ。
 ナオちゃんはコウちゃんの長袖シャツに、女もののタイトなジーンズ。
「飯食ってねーよな?今から俺がとっておきの回鍋肉作るからなー」
 二階へ近づいてくるコウちゃん。
 不安そうに二人がこちらを見つめる。
(今まで通りに)
 目線でそれだけを伝えると、神妙に頷く二人。
 するとコウちゃんが二階に現れた。
「ユキちゃん、材料はあるよな?」
 バっと顔を背ける女の子達。
 あからさますぎである。
「一通りあると思うよ」
 俺だけはいつも通りに返事をする。
 事態の中心であるコウちゃんも回鍋肉のことしか頭にないらしく、二人の様子がおかしいことには気付かずにキッチンへ向かおうとして、あることに気がついて振り返った。
「あれ?それ『俺の服』じゃん。着替えたんだ」
「ブッ!!」
 こら、ナオちゃん吹くな。
「は・・・はい・・・、お、お借り・・・しま・・・した」
 シホちゃんは堪えているのか、震えながら頑張って答える。
「・・・?ま、いいや。飯作るぜー」
 二人の態度に何か疑問を感じたようだが、特に何か聞くようなことはなくコウちゃんはキッチンへ消えて行った。
 その様子を確認して、二人はババッと顔を見合わせるた。
「今、言ったよね?」
「言いました・・・・・・『俺の服』って」
 まさにドキドキといった擬音が聞こえてきそうな位緊張した面持ちの二人は、今度は俺の方を向いて言った。
「でもさ、そんなに露骨に女の子女の子した服はないんだね」
「そうですね、Tシャツやパンツとかで・・・・・・スカートとかレースのついた服とかはなかったです」
 確かに、そうした思いっきり女の子の服というようなものはない。
 だがその理由は・・・・・・
「うん、コウちゃんはどちらかというと『精神面』を重視してるからね、コンスタンスにそういう服を着たかったら、あまり露骨だと目立っちゃうからね」
 なるほど、と納得してしまう二人。
 キッチンからはじゅわーという美味しそうな音がしていた。
「それに、シホちゃんは覚えてるかもしれないけど、我が家には『メイド服』がある。資料用とは言ったけど、アレを着ていたのはコウちゃんだからね」
 そこまで言うと、ナオちゃんが少し悩むそぶりを見せてから言った。
「・・・・・・ちょっと、見てみたいかもな」
「あ、私も少し気になります」
 いい流れだ。
 この流れを確定するために、俺はもうひと押しすることにした。
「できれば、この事実は見なかったことにする、というよりも事実として『受け入れて』欲しい。俺は男だから、コウちゃんの『かわいい格好をしたい』という気持ちを完全に理解してあげることができなくてさ・・・・・・だから、女の子の二人だったらそういう気持ちを分かってくれるかも知れないと思って・・・・・・無理にとは言わないけど、できれば」
 できるだけ真剣に、真摯に伝える。
 二人とも今までのような浮ついた表情ではなく、真剣な表情になっていた。
 すると、シホちゃんが少し俯いていた顔をあげて俺の事を正面から見て言った。
「わかりました。だって、わかりますもん。そういう気持ち。御洒落をしたいって気持ちに境界線はないと思います!」
 少し声は大きかったが、キッチンは調理する音でシホちゃんの声は届いていないらしい。
「まぁね、アタシもわからんでもないよ。御洒落をしたいけど、お金がなかったり似合わなかったりで断念する気持ち」
 うんうんと頷くナオちゃん。
 しかし、少し顔が笑っている。どうやらナオちゃんは俺の『本当の意図』に気づいているようだ。
「だからシホ、飯の時にでもアンタからアタシ達は理解してやるってことを伝えてやってほしい」
 ガシッと肩に手をおくナオちゃん。
 力強く頷くシホちゃん。
 素晴らしき友情。
 と、キッチンから調理する音が止まる。
「おっしゃー、回鍋肉できたぜー!」
 さぁ、ショウタイムだ。

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「どうだ?うまいだろ!」
 コウちゃん無邪気に笑顔をきらきらさせながら言ったが
「あ、うん。ウマいな。うまいうまい」
「お、おいしいです」
 反応はこんなだった。
 仕方あるまい。シホちゃんはこれからコウちゃんに爆弾発言をするべく緊張しているのだから、味なんてわかるまい。
「えー、何その反応・・・・・・地味に自信あっただけにリアルショックなんだけど」
 本当に泣きそうな顔になってた。
 でもまだ意地があるのか、コウちゃんは料理の解説をしだした。
「野菜が結構シャキっとしてると思わない?普通こういう炒め物系ってべしゃべしゃしちゃうじゃん?油通ししてるから歯ごたえがいい―――」
 と、そこまで言ったところでシホちゃんが箸を置いた。
「―――そこまでおいしくないかなぁ」
 ガックリと項垂れるコウちゃん。
「そんなことより、です」
 そんなこと、って言っちゃった。シホちゃんも容赦ない。
「このお洋服の件なんですけど」
 キッとコウちゃんと視線を合わせるシホちゃん。
 きょとんとしているコウちゃん。
「ああそれは―――」
「いえ!良いんです皆まで言わなくて!わかってますから!」
 ビシっと右手を前に突き出してコウちゃんの言葉を遮る。
「へ?あ、そう?」
「色々苦労があったと思います―――でも、周囲の理解も得られず、信念を貫き通すのを凄いことです」
「んー、まぁいろいろ苦労してるとは思うけど、信念っていうか、好きでやったことだし仕方ないんじゃ―――」
 そんな大げさなとコウちゃんが両手を前に『まぁまぁ』というようなジェスチャーをしようとしたが。
「だから!」
 先ほどからコウちゃんの言葉は途中で遮られる。
 俺はここまで上手く会話が繋がっていることの方が不思議だ。
「この家の中では気にする必要なんてないんですよ、好きなだけ、やりたいようにやってください」
 まるで聖母のような微笑みで、コウちゃんの両手をシホちゃんが両手で包みこむ。
 あ、羨ましい。
「えっと、その、さっきから何かズレてる気がするんだけど、何の話してんの?」
 コウちゃんはシホちゃんに手を包まれてドギマギしながらそんなことを言った。
 それでもシホちゃんは変わらず優しく微笑みながら告げた。
「決まってるじゃないですか―――コウちゃんの、女装趣味のお話です」
「え?」
 コウちゃんは顔面に疑問符を浮かべまくって周囲を見渡す。
 まるで聖母が救いを求めるものに見せる微笑みのシホちゃん。
 生暖かい視線を送るナオちゃん。
 笑いを堪えようとして、堪え切れてない俺。
 というように見回して行って、俺と目があった。
 あ、やばい、ばれたかも。
「ユ・・・・・・ユキオォォォオオオオ!お前の企みかぁぁぁああああ!」
 コウちゃんの怒声が響き渡った。

     


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「―――あれは俺の妹の服。妹が履けなくなったジーパンとか、着れなくなったシャツとかを俺が再利用してあげてるわけ」
 というのがコウちゃんの言い分。コウちゃんは鬼のように細いのでレディースの洋服を違和感なく着こなすのだ。
「そんな無理して言わなくてもいいですよ」
 しかしシホちゃんは断固としてその言い分を聞かなかった。
「いや、だから誤解だって・・・・・・」
 ガクッと肩を落とすコウちゃん。
 流石にここまで来ると哀れに思えてくるのが普通だろうが、ますます楽しくなってくるのが俺だ。
「いいこと思いついた」
 目をランランと輝かせてそう言い放ったのはナオちゃんだ。
 コウちゃんにとっては絶対に『いいこと』ではなさそうだ。
「是非とも聞かせてほしいな、ナオちゃん」
「おうともさ、聞かれずとも言ってやるだぜ」
 ニヤリ、と笑った。
「もはやアタシたちにはコウちゃんが本当に女装趣味じゃないのか、それともまだ隠し通そうとしてるのか区別がつかない」
「判れよ・・・・・・判るだろ・・・・・・常識的に考えて・・・・・・」
 コウちゃんは頭を抱えていた。
 残念ながら、この家の住人に常識は通用しないようだ。
「そ・こ・でだ!一回女装してみればいいんだよ!本当に女装趣味がないんだったら、アタシ達『おしゃれを愛する』者なら本当にそう言う格好をしたいのかどうか、一発でわかる!」
「意味わから―――」
「そうです!それです!そうすれば分かります!ナイスアイディアですナオちゃん!」
「―――――――――」
 コウちゃんはもう何も言えないようだった。
「そうだ!ユキちゃん『アレ』持ってきてください!『アレ』!」
「あぁ、『アレ』だね、任された!」

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 俺が例の『アレ』を持ってきても、コウちゃんは若干放心状態で
「なんでだ・・・・・・真面目に仕事をして・・・・・・家事もちゃんとやって・・・・・・ユキオか・・・・・・やはりユキオが・・・・・・」
 と、ものすごい勢いで俺の事を逆恨みしていた。
 逆恨みだ。
 俺は持ってきた『アレ』をナオちゃんに渡すと、コウちゃんの背後に忍び寄り―――羽交い締めにした。
「―――は?え?コラ、ユキオ。何してやがる」
「何って、お着替えの手伝いだよ親友」
「さぁ、お着替えの時間ですよー」
 手をわきわきさせて忍び寄るナオちゃんの姿は、コウちゃんにはどのように映ったのだろう。
「い、いや、やめてええええええええ」
「無駄な抵抗だ!さあシホも剥け剥け!」
「了解であります!」
 なんか今シホちゃんの口調がおかしかった気がするが気にしない。
 最初は必死に抵抗していたコウちゃんだったが、女の子に怪我をさせるわけにはいかないからなのか、それとも女の子に剥かれるのが嬉しいのか、抵抗が弱まる。
 シホちゃんもナオちゃんも今がチャンスとばかりに服を剥ぎにかかる。
 ・・・・・・あー、なんか今コウちゃん実はすごくおいしいんじゃない?
 女の子がキャッキャしながら自分の服を剥いでいくってそれなんてご褒美?
 そう考えたら何かコウちゃんにムカついてきた。
「あーもう勝手にしろよ・・・・・って、ユキちゃん痛い。痛いって、いた、いたたたたた!?」
 思わず力が入ってしまったらしい。
 しかし、俺らがそんなことをやってるうちに順調にコウちゃんは衣類を剥がされていくのであった。


     


     

「いいよ!いいよコウちゃん!その不貞腐れてる表情も堪らない!くそう!その脛毛が惜しい!いや、逆に!?」
 ユキちゃんは最早意味不明なことを口走っていた。
 明日寝ている間にボコボコにしてやろうと思う。
「ギャハハハハ!やべえ!似合ってる!似合いすぎ!モロッコいってこいモロッコ!」
 頭悪そうなくせに、無駄な知識ばかりある女だ。
 こいつもいつかギャフンと言わせてやらんきゃ気がすまねぇ。
「―――似合ってます」
 真顔でそう言いながら写メをとるシホちゃん。
 悪気がないだけにタチが悪い。
 三者三様の反応を見せたが、全員が『良し』と判断したのが非常に迷惑だ。
「つーか、これで分かっただろ。俺が嫌々来てるっていうのが―――」
「えー、似合ってるよ」
「似w合wっwてwるw」
「似合ってます」
 なんでだ。

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 結局、コウちゃんに女装趣味がないと理解されたのはその後三時間たって本当にコウちゃんが泣き出してからだった。

       

表紙

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Neetsha