ツェんジ!!
ぷろろーぐ
柄にもなく、自分が緊張していると、原島平助は今になって気づいた。
パイプ椅子に腰かけている自分の体が自然と震えてきた。おまけに心臓の鼓動も早くなりつつある。
舞台裏に座っているからわからないが、この緞帳をこえた先には全校生徒が皆こちらに注目しているだろう。
今、自分とは違う立候補者が舞台の上でマイクから自分の声を、一生懸命に生徒たちに投げかけている。
だが、明らかに熱弁をふるっている壇上の生徒と体育館に集まっている生徒たちとには、温度差が生まれているのを平助は感じていた。
スピーチの言葉以外に、そこここで小さく生徒たちの雑談している声が聞こえてくる。
おそらく半数以上の生徒は演説なんか聞き流して自分たちの雑談に興じていることだろう。
もちろんそんな生徒たちに怒りを覚える平助ではなかった。自分も一年前まではそうだった。ただただ貴重な放課後を生徒会選挙などというイベントで拘束されるのだ。平助は立候補者の話に耳を傾けることすらせず、友達と部活の話で盛り上がっていたのを記憶している。
無理もない、と平助は思った。
生徒会なんて言われても自分には関係がなかったし、興味もなかった。そもそも生徒会が自分たちの学校にどんな事をしてくれているのかすら知らなかった。誰が生徒会長になろうが、自分たちの学生生活にとってはまったく関係ないことで、ただ楽しく過ごせれば良かったのだ。
視線をスピーチしている生徒に向ける。自分の生徒会に対する抱負や目的などを熱く語っているようだが、一体どれほどの生徒が耳を傾けていることやら。
そう考えると、急に自分のこれからすることが滑稽なことのように思えてきた。
気づけば、もう彼のスピーチは終わりに差し掛かっていた。
次は自分の番、か。
平助は両手で膝をグッと軽く握りしめた。
「おーい、平助ぇ」
呼びかけられて振り向くと、片桐あいりが手をパタパタと小さく振りながら微笑を浮かべていた。
彼女は小走りでこっちまで来ると、平助の真横にしゃがみ込んだ。
「どうしたん?ひょっとして柄にもなく緊張してんの?」
「うっせ。さすがに全校生徒を前にするとなると緊張もしてくるわ」
薄暗い緞帳の裏であいりは「ククク…」と笑った。
「まぁ、とにかく頑張ってよ。もうやることもやったし、この後どう転ぶかは平助しだいだから」
言って、彼女は制服のポケットから一枚の小さな紙を取り出した。
「はい、これカンペ。頭に入ってると思うけど…。一応、ね?」
相変わらず抜け目がないな、と平助は溜め息をついた。
だがおかげで助かった。自分の番に近づくにつれてスピーチの内容がこぼれ始めていた。
平助はそれを頭を下げて敬うように受け取った。
「真司たちは?」
「もう全部すませてあっちにいるよ」
あいりは体育館の方を指差した。
「なぁ」
「ん?」
平助はカンペをポケットに忍ばせると、檀上の生徒を見やった。
「いよいよだな」
「長いようで、短かったね」
「だなぁ。…ってかさ、やっぱ俺じゃなくてお前が立候補したほうが良かったんじゃね?」
この意見はずっと前から平助の頭の中にあったものだった。
どう考えてもちゃらんぽらんな自分よりも彼女の方がふさわしい。
「それは無いね。ほら、あたし人の上に立つ器じゃないし」
あいりは胡散臭い微笑を浮かべながら即答した。
嘘をつけ、この詐欺師が。平助は心中毒づいた。
「あたしは裏方で十分。それに、だいぶ楽しませてもらったしねぇ」
あいりはそう言って立ち上がると、平助の肩に手を置いた。
「ま、言いだしっぺはあんたなんだから、バシッと一発よろしくね」
そのまま彼女は緞帳の裏から足早に去っていった。
気がつくと、演説ももう終わり、立候補の生徒がぺこりと一礼していた。
まばらな拍手の音を響かせながら、彼が緞帳の裏へと引っ込むようにこちらに歩いてきた。
いよいよ自分の番が来た。
平助はパイプ椅子からゆっくりと身を起こすと、尻を二回ほど叩いた。
不思議と緊張は無くなり始めてきた。土壇場になって気合が入ってくる。
「続きまして、生徒会立候補、2年3組、原島平助君の演説です」
事務的に淡々と呼ばれた自分の名前を聞き、ゆっくりと歩を進める。
前の立候補の生徒とすれ違い、暗がりから、照明の当たる舞台の中央へと平助は行く。
――すべてはチェンジするために。