そして俺はカレーを望んだ
第七話『目覚めのトリガー』
「コイツは……どうにもならんかね」
山田は積み重なる瓦礫の山を目の前に、思わず溜め息を漏らした。
「となると、他に上へ昇る手段としちゃあ」
「エレベーターホールまで戻るしかない」
「そう、その通り、なんだが……」
絶妙なタイミングで正解を提供した声の主は、元々そこに居たかのように自然と立っていた。
山田は声につられて振り向き、そこに立っている男を見ると、生理的な嫌悪感が滲む表情をこれでもかと顔に浮かべる。
「……まさか最強のアンタも階段派とは思わなかったぜ?」
「メテオ・チルドレンは力に頼りがちだからな。こういった所で体を動かさなければ、すぐに鈍ってしまう」
淡々と述べる男、開道寺改を前にして山田は先ず以って逃げる算段を考えていた。
前提として山田は只の人間である。その人間が一千度を超える炎を自在に操る化物相手に戦えるかと言えば、いや、戦いにすら至らないであろう。それが山田自身分かっているからこそ、答えは単純明快、逃げの一手だった。
「中々苦労しているようで」
そう言いながら、山田は腰に着けている弾帯にぶら下がっていた“缶”を開道寺の前に放り投げると共に、開いている片方の手で両目を覆う。弾帯から外されると同時に安全ピンが抜けたそれは、床に接触した瞬間に爆ぜた。
視界を覆い尽くす閃光、遅れて破裂音が二人の至近距離で炸裂する。
襲った状況は二人に平等であったが、事前に怒ることを知っていた者とそうでない者とでは決定的な差――一人が一人から逃げ出す程度の差が生まれていた。
「悪いがまともにやり合う気は無いんでなァ!」
そう言いながら山田は開道寺の横を走り抜けると、エレベーターホールへと駆け出す。
振り返る事すら惜しみ、予想していたよりも近かったエレベーターホールへ到着した山田は流れるように上へと描かれたボタンを押すと、そのまま立ち止まって振り返る。
どうやらまだ目がやられているのか、開道寺の姿は無い。
<逃げられませんよ>
その時、山田の頭に聞き覚えの無い女の声が響いた。
すぐに辺りを見渡すも、この場に居るのは自分だけであり。
(俺は逃げるぞ、死にたくねえからな)
答えを当てにしたわけではなかったが、山田はそう応えるように思う。
(貴方に殺された知ちゃんも、死にたくなかったと思います。そんな貴方はやっぱりここで死ぬべきです)
思っていたよりもレスポンスが早いな、と山田が思ったところで、エレベーターがこの階に来たことを知らせる甲高い音がホールに響いた。
その時の行動は勘だった。山田は扉が開く瞬間に横へ飛び退き、遅れて銃弾がこれでもかと先程まで立っていた位置に降り注いだ。SMGか、と一人納得したところで、エレベーターから黒ずくめの人間が姿を現した。
「よくわかりましたね。何か能力にでも目覚めました?」
「生憎と人間辞めてないんでな、勘だよ勘。それより、さっきから俺に話しかけてきてんのはお前だったか」
「ええ、そうです。……そんなことより、いいんですか。追い付かれちゃいましたよ?」
轟という音が、山田の耳を掠めた。ホールを埋め尽くすように投じられた炎が、開道寺改の到着を告げていた。
「それで、次はどんな手品を見せてくれるつもりだ、山田一雄。同じ手は食わんが、別の手なら食ってやるかもしれんぞ」
「そりゃあ、どうにもゲテモノ食いが過ぎるぜ」
山田はゆっくり振り向くと、不敵に笑って見せる。しかし、万事休すとは正にこの事。残念ながらこの場をどうにか出来る手など持ち合わせていないと言うのが山田の本心であるが、目の前の開道寺改はこの期に及ぶ何かを期待しているような口ぶり。
“アイツ”を殺してしまって、ヤキが回ったか。山田が半ば諦めかけていた、その時だった。
ホールの周囲を取り巻く炎の一角が、突如“消えた”。山田はもちろん、開道寺兄妹も予想外の出来事なのか、この場にいる全員がその一角を見ていた所で、急に、一人の人間がその場に現れた。
現れた人物は奇しくも全員が知っている人物だった。
「おお、暑い暑い。どうやらトンでもない所に出てしまったようですな。いやはや……おや? 見覚えのある地味な男と、懐かしい面々が」
「獄吏道元……?」
地味な男と言う評価が自分に下されている事は一先ず置いとき、山田はこの期に及んで出て来た男を見て驚きを隠せずにいた。
そう、アンチ・メテオのトップに位置する男、獄吏道元は何事も無かったかのように、この場に現れたのだ。
第七話『目覚めのトリガー』
さて、これは由々しき事態であると言わざるを得ない。なんともかんとも、何も見えなくなったんだよねコレが。一言で言い表すなら、真っ暗。それはもう何も視認出来ない。下手したら自分の存在すら認識出来なくなるくらい真っ暗。そんな状態が、かれこれ体感時間にして三日間ほど続いてるんだけど。どうすんの。このままだったら俺考えることやめちゃうよ? どうすんのよマジで。
なんて考えても何かが変わるわけでもなく。もう誰の映像でもいいからとりあえず目に見えるものが欲しい、そう考えていた時の事。不意に真っ暗な空間に光が生まれた。何アレなんか怪しいとか思っている内に、最初は針一本しか通さないような“か細い”光が、一瞬にして俺のすぐ目の前まで迫って来た。光の癖に壁みたいな動きしやがって。
と、そこで真っ白な面に何やら浮かび上がる。レンズのピントを合わせるように、徐々に焦点が定まっていく映像。ピタリとその動きが止まったところで、映されていたのは何やら見覚えのある面々だった。
「二年間もの間“遊び”に興じている貴様に手を出せなかったのは、中々歯痒い思いだったぞ、獄吏道元。今更何の用でこのビルに来たのかは分からんが、邪魔をすると言うのならばそこの男共々殺すぞ」
「久々に会ったというのに物騒な物言いですな。そんなだから妹離れが出来ずに二年間何も変わらなかったのですかな」
「……久しぶりに俺の手からボルケーノだ。灰すら残さず燃やし消してやる」
「むほほ、たまらんですなそれは」
そんな光景が俺の目の前に広がっていた。よく分からんが、オッサンと開道寺が非常に険悪な感じで今にもバトルっちゃう感じなわけなんですけど。いや、時系列的にイツなんですかねこれ。よく分からんけど知り合い同士が殺し合う光景と言うのは非常にメンタルな所にダメージ食らっちゃうわけなんですけど、止めてくんねえかなマジで。
「兄さん、なに挑発に乗ってるんですか。妹離れは別にしなくてもいいでしょう」
さあ今にも開道寺の炎がオッサンに炸裂してスプラッタシーンが流れるか、という所で、これまた違うベクトルで険悪な空気を放出している黒ずくめちゃんが口を挟んできた。これにはさすがの開道寺も予想外、割と動揺している感じである。
「いや、俺としてはそろそろいい歳だし、いつまでもベッタリというのは如何なものかと思っているのだが」
「なんですかそれ、まるで妹と仲が良いのは恥ずかしいみたいな言い草じゃないですかそれ。ちょっと詳しく話が聞きたいんですけど……いえ、いいです。読みますからね、頭の中読みます」
「やめろ、今はやめろ。俺よりも獄吏道元の真意とかその辺りを読んでくれ、頼む」
至極もっともな提案を受け、黒ずくめちゃんは少し考える素振りを見せると、「わかりました」と非常に不服そうな感じで応え、それ以上口を開くことは無かった。
というかこの状況でなにトチ狂った問答をしているんだこの兄妹は。
「そろそろよろしいですかな」
「何がだ」
空気を読んでこの場を見守っていたオッサンに話しかけられた開道寺は、不機嫌さを隠そうともしない声色で応える。
「殺す前に聞いてやるが、貴様は何が目的でこの場に現れた。アンチメテオだなんて敵対組織を作るくらいだから、こちらの不利益になることは間違いないと踏んでいるのだがな」
「もちろんその通りですとも。ですがね、私が突入するのはもう少し後の予定だったんですよ。予想外にもこちらの損耗が大きすぎてですね。まあ止む無くと言いますか、来てしまいました」
開道寺の問いに対して、オッサンは悪びれる様子も無く本当の事なのだろうこの場に来た経緯を話した。
オッサンの言葉を聞いた開道寺は、確認するように黒ずくめちゃんを見る。黒ずくめちゃんもそれが当然だと言わんばかりに無言で頷く。その時、今では聞き慣れてしまった音が響いた。あの火薬が弾けて金属が飛んだ時に鳴る特有の音。要は銃声なわけなんだけど、問題なのはその発生源と目的地。発生源はすぐに分かった。何やら人相が悪い金髪の男が手に持っているハンドガンだ。そして、その銃口が向いている先は、今さっきまで開道寺と頭の悪い会話をしていた黒ずくめちゃん。撃たれたのは、開道寺の妹だった。
「おっと、手が滑った」
「――貴様、何をしたのか分かっているのか?」
「あ? なんだ怒ってんのか? 人は何時か死ぬが、メテオ・チルドレンは何時死んでもおかしくねえだろ。そこで死にかけてる女は、偶々今が死ぬ時だったんだよ」
「どの口がほざく――ッ!」
言うが早く、開道寺の右掌からうねる炎が生み出された。それは何秒か生まれた空間に停滞した後、金髪の男に向かって放たれた。こりゃ死んだわ、と全俺が思ったけど、予想を裏切って男は直線的な炎を転がって避けると、そのまま開かれたままのエレベーターに乗り込んだ。
「お前ら全員殺したいところだが、死にたかないんでな。優先順位的に高い方から“やらせて”もらうわ」
そう言って、男はこの場から姿を消した。
おそらく開道寺が本気であの男を殺すつもりだったら、今頃それは成し遂げられていたんだろう。だけど、当の開道寺はいなくなった男など既にどうでもいいと言わんばかりに、倒れたままの黒ずくめちゃんの下へ駆け寄っていた。
「紗綾、返事をしてくれ……頼む、死ぬな。お前が居なくなったら俺はどうすればいいんだ。何を生きる目的にすればいいんだ」
上半身を抱えられた黒ずくめちゃんから、結構な量の血が滴り落ちる。かなりエグい。どうでもよくないけど俺って結構凄い血が苦手なもんだから、あんまりこういう場面は見せて欲しくないわけなんだけど、残念ながらこの映像が終わる気配は無かった。
「けふっ……兄、さん?」
「紗綾? 大丈夫か?」
「大丈夫なわけ、ないじゃないですか。見てわからないんですか」
そう言って、黒ずくめちゃんはゆっくりと“目を開けた”。
「兄さんってば、こんな顔だったんですね」
「お前、目が――」
「もう何も読めないし、聞こえない。でも、よかった。最後に、兄さんの顔が見れた」
「最後なわけないだろう。俺はまだ妹離れが出来ていないんだぞ。こんな急に、駄目だ、死なないでくれ」
何かもう俺には何も言えないわけなんだけど、うん、凄い感動シーンが繰り広がられている中で、何やら無視出来ない動きをしている奴が居るんですわ。オッサンなんですけどね、なんかチラチラ“こっち”を見てる気がするんですわ。いや、オッサンだし挙動不審なのは今に始まった事じゃないんだけど、明らかにもっと気にするもの――兄妹の死に別れシーン――があるのに、俺が立っている場所を見てやがる。あ、いま目が合った。絶対合った。
「じゃあ、この機会に妹離れ、してみたらどうですか……?」
「ああ、無理だな。心の準備が全く出来ていない」
「そんなこと言って、結局するつもりが無いんですよね。ええ、ホント、駄目な兄さん……」
そう言って、黒ずくめちゃんの力が抜けた。開いている所を初めて見たその瞳は、もう何も見えていないのだろうか。そんな宙を泳ぐような目を、開道寺はゆっくりと閉じた。
「中々の感動シーンですな。ワタクシこれでも紳士を自覚しているのですが、ハンカチを忘れてしまいましてな。貸していただいてもよろしいですかな?」
と、若干俺の目頭が熱くなってきたところで、“隣から”オッサンの声。ゆっくりと横に視線を移せば、目からこれでもかと涙を噴出させているタキシード姿のオッサンが居た。……いや、おかしいだろ。
「おかしいだろ!」
「何がおかしいのですか。ハンカチくらい貸して下さってもよろしいではないですか!」
「そこじゃねえよ! 持ってねえよ! なんで俺の隣に居るっつーか普通にナチュラルトークしようとしちゃってんの! ねえ、おかしいでしょ! 俺ってば今かなり俯瞰視点だったでしょ!」
「そんなこと言われましても、空間を自由に移動出来るワタクシにとって、すぐ傍の別次元で立っている相羽さんを見つけることくらい、容易ですぞ」
「え……そんな簡単に言っちゃうことなのそれ。人間辞めてるでしょそれ」
「おや、いいのですかそんな物言いで。折角ワタクシ、相羽さんを助けに来たというのに」
「なんだよ助けるって。オッサンに助けるとか言われちゃうほど俺命の危険感じてないんだけど」
「自覚が無いというのは厄介ですな。いいでしょう、どうやら相羽さんは現実が見えていないようなので見せてあげましょう」
オッサンはそう言いながら滝のような涙をタキシードの袖で拭くと、何やら気合を入れ始めた。具体的に言うと「ホアァァァ……!」とか言いながら何も無い所に向かって右手を付き出している。これが日常なら頭のおかしい人が何かやってる、で済むんだけどここ最近の非日常を鑑みるに波動的な何かが出てもおかしくない感がある。
しかし、しばらく待つも何も起こる気配が無いので、俺はすっかり忘れていた開道寺の方へ視線を移す。
開道寺は既に黒ずくめちゃんから離れており、何やら周りをキョロキョロと見渡している。明らかにオッサンを探しているようだけど、残念ながらオッサンは俺の隣で気合入れてるからね。別次元とか言ってたし、まあ見つけることは出来ないだろうな。
見つけることを諦めたのか、開道寺はエレベーターに向かい、そのままエレベーターでどこか別の階に行ってしまった。さっきの金髪男死んだな。うん。金髪男がこの先生きのこることは無理だろう。土下座とかで許してもらえるレベルじゃないもんね、人が死んでんねんで。
「お待たせしました、それでは移動しましょう」
「うん?」
完全に油断していた俺は、肩に置かれた手を見て、懐かしい記憶がよみがえるのを感じていた。そう、いつかの昼下がり、俺はこのオッサンに妙な異次元空間に連れ去られたのだ。あの時くらいから俺の周りは非現実的なもので埋め立てられていったような気がする。
「では、やらせて頂きますね――“投獄”」
「やっぱりそれですよねー!」
何やら懐かしい言い回しが聞こえると同時に、俺は“跳んだ”。
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ぐおお、なんつーか、頭が痛え。こんなんだったっけ。非常に気分が悪いぞ。
俺は頭を抑えながら起き上がると、周りを見渡す。オッサンの姿が確認出来ないことはさておき、俺が今いる場所がどこなのかわかった瞬間、なんともいやーな気持ちが溢れてくる。
それと言うのも、俺が今いる場所は恐らく楠木ビルの最上階。あの隕石が鎮座している広い部屋だった。……そうだ、思えばここを最後に、俺はまともに“生きていた”記憶が無い。こんな幽霊じみた感じに若干慣れちゃった感はあるけど、人間ってそうじゃないよね。そもそもカレー食った記憶がねえもん。由々しき事態だろうそれは。
そんなことを思いながら隕石を見上げ、そこで俺は違和感を覚えた。いつか見た隕石はあんなに変なコードやらで埋まっていただろうか。目の前で居座る隕石には、カラフルなコードとぶっといパイプのようなものが限界まで盛られていた。記憶が正しければ、もうちょっとスマートだったと思うんだけどね、コレ。
気になった俺はふわふわと隕石に近付く。どうやら中央部分に近付く程コードの密度が上がっているように見える。と、そこで俺はそのコードに埋もれるようにして貼り付けにされている人物を見つけた。妙に見慣れている顔の男だが、はて、どこで見たんだっけか。
「ああ、そうだそうだ、思い出した。鏡の中でよく見る顔だわ、コイツ」
って、それって自分やんけ! ドッ!
「ワハハ! って笑い事じゃないでしょ! なんで俺がこんなけったいなものに繋がれまくらなきゃいけないのよ」
「ここに居ましたか、相羽さん。探しましたよ、割と本気で」
「なんだオッサンか」
割と本気でショッキングなものを見つけてしまった俺にとって、今更オッサンと合流したところで些細な事だった。
「なんだとはなんですか、折角相羽さんに現実を見てもらおうと、四分間も気合を入れて投獄したと言うのに」
「こんな現実見せてもらっても俺にどう反応しろって言うんだよ。ちょっと気持ちの整理したいから三年ほど引き籠っていいかな俺」
「ダメですよ。コンナになった相羽さんを助ける為に私は来たんですから」
「マジで?」
「最初からそう言っているでしょう」
オッサンは得意げに胸を張る。タキシードのボタンが二つほどその動きで飛び散ったが、それ以上に今のオッサンから溢れ出る頼りになるオーラが眩しすぎた。
「いいですか、相羽さんをここに連れて来たのは現実を見せる為というのもありますが、起こす為でもあるんです。そもそも、相羽さんの意識はここに在るようで無いのです。そこで、私の能力を使い次元を繋げ、相羽さんの意識と肉体を同期させます」
「よくわからんからもっとわかりやすく」
「今から相羽さんには起きてもらいます」
「よくわかった。……で、俺はどうすりゃいいの?」
「そこらへんで適当に待っててください。気付いたら起きると思うので」
「……結局よくわかんねえぞオイ」
オッサンの頼りになるオーラに少しばかりの陰りを見出した俺であったが、そもそも何もわからずに漂ってただけみたいな状態の俺をここまで能動的に動かすことが出来るオッサンのことなので、まあ何とかしちゃうのだろうと無理矢理自分を納得させる。
となれば、適当に待っているしかなくなるのが現状なわけでありまして。またもや気合を入れ始めたオッサンを傍目に、俺はボーっとしていることにした。
そんな時、この部屋に誰かが入って来た。薄暗い照明の所為で良くは見えないけど、真っ黒いコートを着ているというのは視認出来た。その男と思われる人物の後から、車椅子に乗った人物も現れた。こっちは女だろうか、長い銀髪だけが妙に存在感を放っている。
……長い、銀髪? おかしいな、何故だか急に俺の中に不安が芽生えた。いや、芽生えたなんてレベルじゃない。ジャックの豆の木レベルでガンガンズンズングイグイ不安が上昇中。それもそうだろう、なんてったって、あの銀髪女が現れやがったんだからな。そりゃあ命の危険の一つや二つ感じるわけですよ。やべえ。
「おいオッサン、なんか銀髪女と知らん男が来たんですけど、どうにかなりませんかねアレ。とりあえず俺の体から三キロメートルほど離して欲しいんだけど」
「無理ですな。今気合を入れている最中なので話しかけられると困りますぞ――ハァァァァ!」
「だめだこりゃ」
俺の不安を余所に、男と銀髪女は真っ直ぐ隕石へと向かってくる。イコール俺に向かって来てるってことなんだけど、なんだよオイ銀髪女、今度は俺に何してくれちゃうつもりなの。また殺すのか。それともわけのわからん色仕掛けか。一体お前は俺をどれだけ困らせれば気が済むんだ。禿げ散らかしそうだわホント。
「待ちなさいよ。さっきから言ってるけど、隕石を壊す前に外したいものがあるのよ。それを外してからでもいいでしょう」
「待てないな。只でさえ、今すぐこのビルごと凍らせたい気持ちを抑えているんだ。これ以上俺に何かを抑制させるな。殺すぞ」
「あのねえ、このビルを凍らそうが隕石を今すぐ破壊しようが、あの子が戻ってくるわけじゃないのよ?」
銀髪女が言った言葉を聞いて、男の動きが止まった。どうやら銀髪女は男の事を止めたいようだし、俺にとっても今隕石を壊されるのは勘弁願いたいので、目的は達成されたかのように見えた。
「――そんなことは百も承知だ。忘れているようだが、もう一度言ってやる。俺は隕石関係の物全てが憎いんだ。それはお前を含めたメテオ・チルドレンも変わらない。……あそこに“相羽光史”が居るんだろう?」
「っ、そう、そうよ。だから、彼を外してから隕石を――」
「――都合が良い、と言っているんだ。そもそも、“相羽光史”なんてメテオ・チルドレンが居るからこんな世界になってしまったんだ。ならば、考えるまでもない。俺は隕石もろとも“相羽光史”を殺すだけだ」
……え、待って、さっきから俺の名前連呼されてるのは百歩譲るとして、なんでその隣に殺すとか言う文字が付いちゃうわけ。俺なんか悪いことしたのかよ。そんな人に恨まれる程人生自由に過ごせたわけじゃないんですけど。何なのコイツ感じ悪いわ。いや、殺すとか言ってる時点で感じ悪いとかの騒ぎじゃない。やばいぞコイツ頭おかしい。
「そう。なら、ここで私と貴方の共同戦線は終了ってわけね」
「安心しろ。最初から、隕石を破壊したらお前も含めてメテオ・チルドレンは全員殺すつもりだった」
「あら、奇遇ね。私も最初から貴方の事、凄く殺したかったわ」
「そうか。なら楽しみに待っているんだな、先ずは隕石を破壊する」
そう言うと、男はゆっくりと隕石《俺》に向かって歩を進める。背を向けられた銀髪女は、手を強く握りしめるだけで、動こうとしない。それ程この男が強いのか、それとも諦めたのか。二人の関係はよく分からんが、詰まる所、俺が死にかけているのは変わってないってことだよね。
「頼むオッサン! 早くしてくれー!」
「お待たせしました、気合が十分溜まりましたので、ワタクシ準備万端で御座います」
「グッドタイミング過ぎて涙が出そうだよホント。早く俺の事起こして。このままじゃ永眠ルートまっしぐらだから」
「わかりました。それでは、気持ちを落ち着けて、楽にしてください」
「待てよ、落ち着けるわけないだろ死にかけてんだよ俺ちょっとは考えろよオッサン」
「ああ、じゃあ、止めますか?」
「ごめんなさい落ち着くんでちょっと待って」
冷静に。気持ちを冷静に。カレーのことを考えよう。
「さすが相羽さん、非常に落ち着いておりますな。……若干の衝撃があると思いますが少しだけ我慢して下さいね」
カレーの大銀河に意識を浮遊させていた頃、俺はちらりとオッサンの方を見る。見てしまった。
オッサンが肩を引き、腰を溜め、右拳を俺に向けて構えているその姿を。
「オッサン……? 気合はもう溜まったんだよな……? もう溜めなくていいんだろ……?」
「ええ、もちろんです。それでは、やりますね、“ショック療法”」
ショック療法。投獄に続いて、今度の技名はなんとも現実味溢れると言うか、逆に不穏な響きと言うか、そのままじゃねえかオイ。
「そのままじゃねえかよオグェ!?」
オッサンへの文句は最後まで俺の口から出ることは叶わず、深く深く減り込んだオッサンの右拳から伝わるリアルな痛みを最後に、俺は意識を手放した。
次回:第八話『おはよう……!?』