Neetel Inside 文芸新都
表紙

そして俺はカレーを望んだ
『死の可能性リターンズ』

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 ひとまず自分の感覚を適当に掌握したところで、気付いた。我ながら遅いと言うか、鈍いというか。起きた挨拶の前に、主張すべきだった。
「さ、さむっ! めっちゃ寒い! 英語でコールド! 体が凍るど! ――ぶぶへしぃッ」
 いかん。ついつい噴出すと同時に鼻水も垂れた。
 今更ながら俺、手足が動かせないんですわ。もう垂れ流し状態よこれ。垂れ流しついでに、裸。俺裸。
 裸のどこが垂れ流しついでかと言えば、要は下半身よね。俺からは見えないけど、このコントローラー五百個分くらいのコードの下では、俺の前と後ろに垂れ流さないような処置が施されている。この、お尻に感じる異物感と、息子を包む安心感は間違いない。なにこれ、俺なんか悪いことしたの?
「誰か、俺の全部を助けて下さい。マジで」
 俺の人生ダントツの切実な一言。その切実さが響いたのかはわからないが、下のほうから声が届いた。
「お前が、相羽光史か」
「え、どこ、見えないんですけど。というか誰でもいいけど、確かに俺は相羽で光史なのは間違いないから助けてよ」
「そうか、なら死ね」
 ……ん? 今の会話なの? おかしくない?
 『あなたは誰ですか?』、『私は誰々です』、『そうですか、死んでください』
 あ、やばい。なんか寒さと羞恥心と空腹で色々忘れてたけど、ここって楠ビルなんだよね。俺捕まってんだよね、何年振りかに目が覚めたんだよね。ということは、いつ死んでもおかしくないということでございまして。
 懐かしいなあこの感じ。このひしひしと感じる“マジで死んじゃう五秒前感”っていうの? もうすぐ死ぬってなんとなくわかっちゃう辺り俺もそろそろ神を目指してもいいかなって思うんだけど、どうだろうか。
 まあ、わかるからと言ってそれを回避出来るかは別なんだけど。
 とか何とか適当なことを考えて現実逃避している間に、なにやら視界を遮るように黒いコートを羽織った男が目の前に現れた。
 もうね、やりたい放題できちゃうからねコイツ。なんたって俺、完全拘束状態。恥ずかしい所までパーフェクトに拘束されてるもんね。そんな俺に対して、おそらくこんな所にいるからにはメテオなんちゃらとか言う能力とか持っちゃってる人なんでしょコイツは。もう絶体絶命というか、この状況に陥った時点で俺の命って無きにも等しいな。というか、無い。ナッシンライフだわ。
「ちょっと待ってくれ、お互い冷静になって話し合おう。悪いことは言わない、俺を殺したら俺を捕まえてる奴が怒るぞ、たぶん」
「死ぬ前の言葉がそんなものでいいのなら、もう殺すぞ?」
「え、待って、それはやだ、命乞いしてるみたいじゃん俺」
「あ?」
「え?」
「……いや、命乞いはしていただろう」
「……うん」
 すげえ、俺ってば今から殺す発言してきた奴から冷静なツッコミもらっちゃった。全然嬉しくないし。ついでに言わせてもらえば、時間が経てば経つほど寒くなってきているのは如何なものかと。マジで凍死するレベル。
 しかしながらこんなところで殺されるわけにはいかない。命乞いをして助けてくれるならいくらでもする。だって、まだ起きてから一度もカレー食ってないし。冷静に考えてみれば、もしかしたら俺は何年もカレーを食べていない可能性があるんだよね。死ぬより辛いでしょそれは。……あ、そうか。
「じゃあカレー食わせてくれよ」
「なに?」
「いや、カレーを食わせろって言ってんだよ難聴野朗」
「殺す」
「待って! 待って待って! カレー食べさせてくれたら大人しく殺されてあげますからプリーズお願いします!」
「……なんなんだ、お前」
 俺でもわかる。今、この目の前にいる男は間違いなく怒った。
「なんでだ、なんでお前のような奴が生きていて、伝子が死ななければならない。……答えろ! 神なんだろう? 原因なんだろう? 何故だ!」
「いや、そんなこと言われても、うち、ただのカレー好きな学生ですし……」
「……もういい、死んでくれ。心配しなくとも、メテオ・チルドレンは俺が全員殺し尽くす」
 別にそんなん心配してないからカレーくれよファッキンシット。
 どうやらコイツは俺を殺す気満々らしいけれど、さて、万策尽きた。そもそも策とか無いんだけどね。
 なんとか力を振り絞って俺を拘束している色々な物から逃れようとするも、コードが一、二本取れたような気がするだけで、根本的な脱出には至らない。やべえ、死ぬわこれ。
 そんな時、もう日本の学生が聞き得る機会全てを経験しただろう、乾いた音が響いた。それと同時に、俺の右耳付近に破砕音。え、なに、誰、殺しにきてんの?
「今度は外さないわ」
「なんだ、先に死にたいのならそう言えばいいだろう」
「どっちが。さあ、彼から離れなさい」
 ……なんだよ、それ。
 いや、明らかに狙ってたのって俺のことでしょ。なんなの『今度は外さないわ』って。普通俺じゃなくてこの男のすぐ横とかに撃つでしょ、なんで俺の顔のすぐ横なの。もしくは狙って撃ったけど外したんでしょ、そうなんでしょ。よくもまあそんな腕で言えたもんだわ。
「おい銀髪女! お前バカほんと俺が死ぬとこだったでしょ! 今度は外さないとかじゃなくて、外しちゃったんだろ! 正直に言いなさいこのファッキンビッチ!」
「な、ぐ、ああああ! もう! イライラする! 目覚めて早々助けてやろうとしてる人に向かってそういうこと言っちゃうかしら、アンタは!」
 うむ、ここからじゃ見えないが、地団太を踏んでそうな銀髪女がこれでもかと想像できる。俺は見たままを言っただけだからね、全く悪くない。
「いいから黙って――」
 銀髪女がそういいかけたところで、一際周囲の気温が冷えた。風でも吹いたのかと思ったけど、室内だし。じゃあなんでだ、と考えかけたところで、いつの間にか銀髪女のほうを見ていた男が、俺を見ていた。
「次はお前だ」
 そう言う男の目には、何の感情も見出せない。しかしながら、俺の中にはなんとも言えない感情がどんどん噴き出していた。
 なんで銀髪女は喋らないのか。次って、じゃあ、前があったのか。今? 殺したのか? 銀髪女を?
 ぐるぐると、思考の途中で新たな思考が生まれて、答えが出ないまま疑問だけが頭の中に溜まっていく。
 一つ癪なのは、いつもあんなにボロクソ言っちゃう銀髪女が死んだせいで、俺がこんなに嫌な気分を味わっているということだな。すげえ、むかつく。
「なに、殺したの?」
 そんな中で俺の口から出た言葉は、非常に単純な疑問だった。
「言っただろう、次だってな」
「ああ、そう、殺したの……」
 久々に感じる。思考が拡散していくこの感じ。“前”よりもそれが明確に感じ取れるというのがわかる。
 ゆっくりと男の右手が俺の目の前にかざされた。遅れて、急速に冷えていく気温。ああ、クソ、こいつはそういう系なのか。凍らせちゃうのね。なんて、薄れていく意識の中、思っちゃったりなんだりして。 
 “久々に”、俺は死んだ。

       

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