Neetel Inside 文芸新都
表紙

そして俺はカレーを望んだ
『“私”の可能性』

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 目を開ける。
「今日でここに来るのは何度目だ、相羽光史。私も暇なわけではないのだが」
 目の前には俺が居た。俺は何も言わずに近付くと、俺の胸倉を掴む。
「おい、母さんが死んだぞ。何百、何千と、色んな俺が望んだのに、死んだぞ」
「そんなことは私が一番知っているよ」
「“そんなこと”? は? おいおい私ちゃん、アンタは一体何処の誰の中に居るんだ? 俺だろ? じゃあ、俺にとっての母さんがどれだけ“大切な人”だったか分かるだろ」
 私ちゃんは黙って聞いていたかと思えば、強引に俺の手を離す。
「分かるとも。これでも、君の中で人間の心理と言うものは勉強してきたつもりだからな。……で、君は私にどうして欲しいんだ? それとも、私に用があるというのは建前で、現実から逃げてきただけなのか?」
「ああ! 逃げたさ! 母さんが死ぬ現実から、何度もな! けど、死んだんだよ! 俺だって分かる、いくら望もうと、“今”死んでしまった人を生き返らせるなんて出来ないって!」
「だから、逃げてきたというわけか」
「……ああ、うん、そうなる。なんか叫んだらスッキリしたわ」
「私は能力を司る存在であって、決して心理的なカウンセリングをする為に存在しているわけではないのだがね」
「はいはいすみませんでした、俺が悪いんでしょ。もういいよ、死ぬわ俺。そしたら私ちゃんも俺に振り回されずに済むでしょ」
 そう言って俺は私ちゃんに背を向ける。前も後ろも無い真っ黒な場所で、背を向けるってことに意味が有るのか無いのか、背を向けたと思ったら目の前には珍しく驚いた表情を浮かべた私ちゃんが居た。
「それは本気で言っているのか?」
「そうだよ。だって、俺が望んでいたのは、家に帰って母さんの作るカレーを食べるってことだ。母さんが死んじゃったんだぞ、もう俺に生きる意味なんて無い」
「まさか、人間とはそのような些細なことで死を選ぶほど短絡的ではないはずだ」
「なんだ、私ちゃん、何年俺を見てきたんだよ。平均的な人間なんて関係ないくらい、最初からイかれた奴だっただろ、俺」
「……そう、だが、相羽光史の死は、私の死でもある」
「だろうね。というか、私ちゃんが死ぬことを気にするようなタマだとは思わなかったよ」
「死というのは、無なのだろう? だとしたら、私という存在を、私は無くしたくない」
「能力を司る存在とか言っときながら、私ちゃん、それって自分ってやつじゃん」
「私は、数多の“俺”を以って能力を行使する存在だ。私は相羽光史であり、能力でもある」
「じゃあ、今この瞬間から、私ちゃんは“俺”じゃなくなったわけだ。だって、俺はもう死んでもいいって思ってるけど、私ちゃんは死にたくないんだろ?」
「死にたく、ない」
 私ちゃんはそう言うと、下を向いてしまう。どうでもいいけど俺の顔が目の前で落ち込んでいるっぽい感じを出してるってのは中々面倒だな。
「……いやさ、俺だって感謝してるんだよ、私ちゃんにはさ。何度も死にそうな時に助けてもらってたわけだし」
「それが、私だ」
「まあ、なに、恩を仇で返すような感じになっちゃって申し訳ないけど、もうどうしようもないでしょ? 今、この状況で俺が望みたいことは、もう既に無理って結果が出ちゃってるわけだしね」
「無理……絶対に、出来ないということか」
 ゆっくりと私ちゃんが顔を上げる。……あれ? なんか俺、可愛くなってない?
「あのさ、話の途中でごめんだけど、なんで顔変わってんの? ねえ、明らかにそれ俺じゃないよね、なんか可愛くなってるよね、実は今母さんが俺を撃った時くらいビビってるんだけど」
「“私”が“私”であるという自我を意識した結果だ。相羽光史が先程言っていた通りだ、“私”は“俺”ではない」
 腰下まで伸びる黒髪を揺らしながら、私ちゃんがそんなことをキャピっとした声で言う。なんだこれ。
 私ちゃんは真っ直ぐ俺を見つめながら、近付いてくる。
「やめろ、それ以上近付くな。俺でなくなった以上、それ以上近付かれたら俺はどうにかなってしまうぞ」
「もうなっているようだが。主に鼻を中心に」
「なんだよここって鼻血出るのかよ! 負傷でしょ! そういう機能いらねえから!」
「相羽光史、私は死にたくない。いや、私という存在を無にしたくない。だから、今回ばかりは私が、私の為に、私を使わせてもらう」
「おい、待て、状況に追いつかない内に新しい状況を作るのは止めろ、俺は死ぬ」
「死なない」
「死なせろよ! いくら私ちゃんがどうにかしたところで、俺自身が死のうと思えば、母さんの時のように、何千の可能性すら超えて、俺は死ぬぞ!」
「……それでは、人間で言う希望を相羽光史に与える」
「は?」
「メテオだ。もう一度メテオに自身の意思でつながり、望んでみて欲しい」
「何の冗談だ。俺にもう一度あの羞恥プレイをしろって言うのか」
「楠木が街中に影響を及ぼせる程のメテオ粒子を拡散させる設備を作っているのならば、それを使う」
「話を聞け」
「私、能力は、メテオ粒子の濃度によって現実への干渉力が強まる。可能性として、私は、相羽光史の望む“世界”すら引き寄せることが出来るかもしれない」
「え、それはさすがに無理でしょ。今までだって、身近な理想の可能性を選ぶだけだったし」
「無理かどうかは、実際にやってみなくては分からない」
「人間臭い理屈だなオイ」
「だが、相羽光史、少しばかりの希望は、感じただろう?」
 それは図星だった。けど、眉唾な話だ。だって、私ちゃんの言ってることってのは、つまり、この世界を作り変えることと一緒なのだから。もし、出来たとしたら、確かに死んだという結果すら無くしてしまえるのかもしれない。かもしれないだけだ。
 でも確かに、私ちゃんの言う通り、それが少しの希望になったのは、間違いないんだけどね。もしかしたら母さんのカレーを食べられるかもしれない、もしくは今すぐ死ぬか。どっちが良いかなんて、考えなくても分かる話だ。
「……最後だ」
「む」
「これが最後だよ、私ちゃん。もし私ちゃんの言ったことが出来なかった時は、俺の全勢力を以って死ぬ。だから、その時までは死なないようにする。それでいいだろ」
「ああ、それで構わない」
「じゃあ、しゃあなしで戻るわ。結構死ぬつもりじゃなくても死にそうだったしね、あんま戻りたくないけど、しゃあなしでね」
 俺は、さっきとは別の意味合いで私ちゃんに背を向ける。実は緊張していた。私ちゃん、すげえ女の子になってた。女の子と真っ暗なとこで二人っきりとか、俺には刺激が強すぎる。
 けれども振り向いた先には、さっきと同じように、いや、見た目はかなり変わった私ちゃんが立っていた。そんな私ちゃんが、口を開く。
「相羽光史、一つだけ言っておく。完全なオカルトだが、望むのならば、疑わないでくれ。無理だとか、出来ないだとか、そう思った時点で、私は、本来出来ることが出来なくなってしまう気がする」
「おいおい、能力の塊みたいな奴がオカルトとか言うなよ」
 私ちゃんの言うことも、まあ一理ある。なんて思いながら、俺は意識が浮上していく感覚に身を任せた。


       

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