Neetel Inside 文芸新都
表紙

そして俺はカレーを望んだ
第十話『Aさん「全員死ね」Bさん「許さん死ね」Cさん「死ねェ!」』

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 ゆっくりと意識が覚醒していく。浮遊感に身を任せながら目を開けると、そこには目に留まる程度だが途轍もない速さで向かってくる氷の槍が目に入った。
「おあああいっ!」
 咄嗟に転がる。避ける。が、頭の隅では何十人かの俺が色んなところを刺されてる光景が浮かんでくる。なんてこった。
「ちっ、“運の良い”奴だ」
「待て、それは違うぞ! 必死な、必ず死ぬ努力をした結果だからな!」
 慌てて立ち上がり、俺は黒コートを見据える。なんとも、陰気そうな顔をした奴だった。絶望してる人ってのはこんな人なのかなあ、などと思ってしまうくらいに。
「努力、努力か。今の世界じゃあ、必死に生きる努力をしても死んでしまう。そんな世界の原因であるお前が、生きるために努力したって言うわけか。中々笑える冗談だ」
「おいおい言いがかりもいいとこだ。そんな物騒なこと出来ないぞ俺は。あと笑うな」
「お前がどう思おうと、結果として楠木はお前の力を用いてそんな世界に仕立て上げた。なら、死ぬしかないよな?」
 薄ら笑いを浮かべた黒コートの周りから、氷に水をかけたような音が鳴り始める。
「ちょっと死にたかったけど、まだ死なないぞ俺は。と、いうわけだ、開道寺のお兄さん、やっておしまい!」
 俺は黒コートの周囲に氷の槍が出来るや否や、傍に居る開道寺に振る。
「ああ、ソイツとは非常に相性が悪い。俺としては早々に死んでもらいたいところだが、時間が掛かって仕方が無い」
「概ね同意だ、面真。だが、私的な理由で申し訳ないが、許さん、死ね」
「こちらの台詞だ、全員死ね」
 ホント物騒な人達だよホント。けど、ここで二人がやりあってくれるならば、俺としてはありがたい。邪魔されることなく、隕石のところまで行けそうだ。しかし足のつま先が痛い。いや、今はそんな事を気にしている場合じゃない、なんとかしてこの場を切り抜け、当てにならない希望を確かめなければ痛い。つま先痛い。ではなく、そう、どうにかしてこの場を――。
「い、いたっ、ひぎぃ! 千切れる、つま先千切れるからあ!」
 尋常ではない痛みに目線を右足に向けると、凄まじい駆動音と共に、車椅子の車輪が煙を上げながら俺の足の上でドリフトしていた。
「無視するからでしょ」
「ホント物騒な人達だよホント!」
 目線を上げれば、頬を膨らませた銀髪女。べつに可愛くはない。歳を考えろ。
「あら、あの女が死んだ割には元気じゃない、アンタ」
「いやね、銀髪女さん、俺だって割と死にたくはなったけどね、色々やりたいことが出来たんですよ」
「ハインリーケだっつってんでしょ」
「い、いだいっ!」
 それはもう巧みなハンドル捌きで俺のつま先を物理的に削っていく銀髪女。コイツホントろくな死に方しねえわ。
「で、どうするわけ? あの陰気な二人はいつでもぶっ放しそうな空気だけど」
「そうだな。ぶっ放し始めたら、俺はもう一回隕石のところまで行く」
 言って、銀髪女がコイツバカかと言いたげな顔でこちらを睨んでくる。
「俺はバカじゃないぞ」
「よくわかったわね」
「言っとくけど俺が考えたわけじゃないぞ。俺の能力ちゃんが隕石と繋がったらパワーアップするって言うからさ、ダメ元でもう一回繋がってみようかな、って思っただけなんだからね」
 言って、銀髪女がご乱心された人を見るような目でこちらを見る。
「乱心ではござらぬ」
「完全にイかれた発言だったわよ。なに、能力ちゃんって。引くわよそれ。いいえ、ドン引きだわ」
「ドン引きとか言うなよ、俺だって人の子だぞ。傷つくぞ。というか、え、みんな能力ちゃん自分の中に住んでないの?」
「いるわけないでしょそんなの。正気を疑うわ、腕の良い楠木の医者を紹介してあげたくなるわよ」
 おかしいな。俺はてっきり、隕石子供の皆さんには分かってもらえるかと思ったんだけど。だとしたら、おい、相当な痛い発言をしたことになるぞ。そりゃあすっげえドン引きするわ。
「今言ったことだけどな、実は嘘だ」
「アンタ嘘つくの苦手でしょ、目がバタフライしてるわよ」
「いや、それは言いすぎ、全然面白くないわそれ」
  無言で俺のつま先が削られてゆく。暴力系女子って結構供給過多なんですよね、俺の中では。もうお腹いっぱい。清楚系女子筆頭だった開道寺妹も死んだらしいし、全く以って世知辛い。言ってる傍から頭の隅では銀髪女が死んでいく。
「色々言いたいことはあるが、銀髪女、そこに居たら死ぬぞ。助けて欲しいか? 欲しいんだろ?」
「は? こっちから願い下げ――」
 言い終わる前に、俺は車椅子の背後に回りこむと、そのまま左に九十度方向変換し、ダッシュ。後ろの方で硬くて太くて太い何かが床に刺さる。
 発射地点を見れば、どうやら痺れを切らした二人が始めたようで、炎やら氷やらが辺り構わず飛び散っている。地獄絵図だな。だが、好都合。避けた勢いで、俺は車椅子を押したまま、観測室へと向かう。燃える音とか凍る音とか色々聞こえたり見えたりするが、能力ちゃんの調子が良いのか、スイスイと避けながら進む。
「さっきから確認もせずに色々なものを避けてるけど、やっぱりアンタの能力普通じゃないわね」
「なんだ、また俺の能力でも利用するつもりか? またハニートラップか? お? 今度は鼻血じゃすまさねえぞ?」
 能力の事を割と真面目に驚いた感じで言われたので、在りし日の出来事を思い出してしまった。よく鼻血で済んだわ。銀髪女とはいえ、性別は女だからな。心停止してもおかしくはなかった。
「……」
 そんな俺の言葉に対して、珍しく銀髪女は何も言わなかった。前を向いている所為で顔が見えない。なんか俺が滑ったみたいだからやめろ。
 とかなんとかやっている内に、観測室に辿り着いた。地面に穴が開いてるから、車椅子をうっかり落とさないように注意しながら進む。……あれ、なんで穴開いてんだっけ?
 順番に思い出そう。隕石に繋がってた俺は銀髪女に外されて、マティなんとかの煽りスピーチを聞き流しながら開道寺兄と黒コートの世紀末決戦を傍目に、この部屋に来た。この部屋には母さんが居て、で、ああ思い出した。
「すまない、銀髪女。俺は隕石ともう一度繋がることしか考えていなかった。そういえばここには」
 俺が喋っている途中、もこり、なんて可愛い感じで前方の床がひび割れながら盛り上がる。
 しん、と静まる部屋。
 遅れて、破砕音と大きな揺れを伴って、ソイツは現れた。みんな大好き、銀髪女のお兄ちゃんである。
 しまったね。ついつい、このビル内で一番の殺傷力を持つ殺戮触手のことを忘れていたとは。
「もちろんここにわざわざ戻ってきたからには考えがあるのよね?」
「散々俺のことをバカにする割にこういう時だけ期待するのやめろ」
 触手の先端がこちらに向く。ロックオンされたね。頭の中では何人かの鈍ちんな俺が食われているが、なんてことはない。触手の向こう側にある扉に近付くように、斜め前へ移動すると、後方に突っ込んでいく触手。コイツとも結構な付き合いだからね、もう攻略法は身体に染み付いてるわ。
 なんて、ちょっと余裕を持ち始めたところで、足元から揺れを感じる。走る。後ろからまたもや破砕音、突っ込んだ音ではなく、出てきた音。ああ、攻略法とか調子乗ってるから増えたじゃねえかファック。
 もう考えてる暇はなさそうなので、走った勢いで観測室から出て、隕石が置かれたドームに出る。
 が、廊下に出た時とは違って触手は狭い扉もお構い無しに、ドームへと侵入してきた。
「おい銀髪女、アイツ入ってきたぞ」
「そうね。入ってこないとでも思ってたの?」
「普通は隕石なんて最重要物品が置いてある所、何かしら対策はしてあるって思うだろ」
「アレに対して何か対処法があるなら、逆に聞かせて欲しいわね」
 したり顔でそんなことを言う。じゃあ普段どうやってどこにあの触手置いてんだよ。ホントお前の一族ろくな事しねえな。
 後ろを見る。どうやらこっちに入ってきたのは一本だけのようだ。ロックオンされない内に、さっさと隕石に近付いた方が良さそうだな。
 車椅子を押して、隕石に向かう。近付くにつれてケーブル類が増えてくる。車椅子がガタガタする。銀髪女が揺れる。
「ちょっと、もっといい道選んでよ」
 銀髪女が文句を言う。押してもらっている分際でよくもまあ言えたもんだなコイツは。
「おい、そんなこと言ってると俺の気が変わってあの触手の前に置いてくかもしれないぞ。発言には気をつけろよ」
「触手とか言わないでよ、一応兄なのよ。発言に気をつけるのはそっちだわ」
「お前さっきアレとか言ってただろいい加減にしろ」
 もうすぐ隕石に辿り着く、そんな時、背後で聞きなれた破砕音。車椅子を押しながら目を向ければ、割と頑丈そうなケーブルもろとも地面に減り込む触手の姿。合わせて、そんな触手に向かって飛んでくる黒い物体。ん?
「なんだあれ?」
「伏せて!」
 後ろから銀髪女の声。なんで俺がそんな事を、と口に出す前に、目の前が爆発した。いわゆるエクスプロージョン。触手との距離はそこそこあったはずなのに、爆風は俺と車椅子を容赦なく隕石まで吹き飛ばした。遅れて、触手の肉片だろう、ぐちゃぐちゃした何かが降ってくる。
「B級モンスター映画の終わりみたいな感じだな」
「あんな爆発で殺せたら苦労しないわよ」
 割と冷静な俺たち。まあ、“この前”は手榴弾食ってたしね。爆発の直撃くらいじゃ死なないだろう。
 が、問題はそこじゃない。俺と銀髪女しか居ないはずのこの場所で、何故手榴弾だろう物体が飛んできたか。
 うぞうぞと未だに動きを止める気配のない触手に向かう人影。なんだろう、タクティカルベストとでも言うのか、なにやらポケットがいっぱい付いた上着と、ポケットがいっぱい付いたズボン。肘と膝にプロテクターなんかも付けてる。サバゲー帰りかな?
「クソッタレ、これでも死なねえのかよ」
 言いながら、男は右手に持ったライフルを無造作に触手へ向け、発砲する。いつもの聞きなれた銃声と違って、結構うるさい。
「おい、知り合いか?」
「知るわけないでしょ。大体、変な奴の知り合いはアンタの十八番じゃない」
「心外過ぎる。こっちの台詞だ。絶対にお前の父ちゃんのとこの関係者だろアレ」
 お互いに醜い押し付け合いをしていたところで、いくら撃っても死なない触手に飽きたのか、男がこちらを見る。目が合う。……あれ? どっかで見たことあるぞ。
「……お前、相羽、なのか?」
 こちらを変な目で見てくる男。俺も負けじと見る。見れば見るほど、間違いなく僕達私達の山田その人であった。

第十話『Aさん「全員死ね」Bさん「許さん死ね」Cさん「死ねェ!」』

「そういうお前は山田じゃないか。サバゲーでも行ってたのかよ」
 ちょっと動揺したけれども、よくよく考えれば山田だからな。たまに楠木ビルに迷い込むことくらい朝飯前だろう。そんな結論に至った俺だけど、対する山田はそうでもないようで、俺を見ながら、何かを言おうとして止めたり、ライフルの弾倉を交換してみたりと、忙しい。あからさまに動揺している。
「やっぱりアンタの知り合いじゃない。ろくでもないわねホント」
「あ? 山田はろくでもなくねえぞ。アーセナル・コアの大会で優勝すんだぞ。あと俺にカレーたこ焼き奢ってくれるからな。お前とは比べることすらおこがましい程の出来た奴だよ」
「アーなんとかはともかく、カレーたこ焼きくらいアタシだって奢れるわよ!」
「ダメダメ、心が篭ってない。カレーたこ焼きをただ奢るだけなら、そこでビクンビクンしてる触手だって出来るだろうよ。出直してホォッ!!」
 危うく口からカレー出るとこだった。しっかりと肘鉄インザ鳩尾してやがる。口で無勢になったからって手を出すのはマジでダメ。
「山田、逃げろ、ここは、危ない」
 なんとか色々なものを口から出さないようにしながら、山田に言う。ただでさえちょっと前なら銀髪女一人居ただけで死亡フラグが乱立していたのに、触手やら黒コートやら開道寺のお兄ちゃんやら、死にそうな原因を挙げるのが面倒なほどだ。山田に死んでもらっては困る。
 俺の言葉を聞いてか、山田は薄く笑う。いつの間にそんなニヒルな笑い方を覚えたんだ。
「危ないのは知ってるさ、ああ、知っててここに居る」
 そして、そんな笑みを浮かべたまま山田は銃を肩に当てて構えると、銃口を俺に向ける。
「相羽……光史、俺の復讐の為に死んでくれ」
「ちょっと、何ボーっとしてんの!」
 車椅子が駆動音と共に俺を吹っ飛ばす。そんな俺を追尾するように、銃口はずっと俺の眉間を見ていた。そこまでは特に疑いもしていなかった。けど、脳裏に死んでいく俺が一人、二人と増えていく。ここまで来て、やっと、俺は山田に殺されかけていることが理解出来た。
 そこからは速かった。銀髪女よりも射撃技術があるのか、普段銃で撃たれる時よりも死んでいく“俺”。数は多いけど、それでも、それだけだった。必ず死なない避け方がある。連射ではなく、単発だったのも助かった。俺は車椅子に吹き飛ばされながら、無理矢理俺の前に車椅子が来るように転がりながら着地する。遅れて発砲音と、金属質な潰れた音。
 さすが、楠木製の電動車椅子だ。五・五六ミリ程度の銃弾なら背面の金属板で防げちゃうんだな。何で出来てんだこの金属。
「ねえ、今、アタシのこと盾にしなかった?」
「それは誤解だぞ。銀髪女じゃなくて、車椅子を盾にしたんだ。間違えてもらっちゃ困る」
「アタシに当たったらどうするのよ!」
「当たらないように調整したよ。というかもう説明するの面倒だから、死んだら文句言ってくれない?」
「くーっ!」
 ダンダンと、片足で地団太を踏む銀髪女。そんな光景を傍目に、俺はゆっくりと車椅子から顔を出して向こう側を伺うとするも、目の前に銀髪女が居ることに気付く。近い。意識してしまったら終わりだ。静かに鼻血を出しつつ、薄い胸板を殴られながら、改めて顔を出す。
 何発か撃ったにもかかわらず殺せなかったことに驚いたのか、はたまた別の理由か。山田は俺を見つつも、相変わらず挙動不審だ。
「……降参って言ったら殺さないでくれる?」
 ダメ元で聞いてみる。
「チッ、調子が狂うなオイ。頼むから“二年前”のままで俺に話しかけるな。そう、何も言わずに、死ねェ!」
 ダメでした。
 北米辺りにいるプレーリードッグが如く、俺は素早く頭を引っ込める。間一髪、その直後に歪んだ金属音が響いた。
 なんとも血の気が多いというか、育て方を間違えた山田だなアレは。アーセナル・コアでブレード一本軽量アサルトアーマー特化機体とかで暴れていた山田と同一人物だとは思えない。ダークサイド山田と名付けよう。
 そんなどうでもいい事を考えている間にも、車椅子が悲鳴を挙げ続けている。諦めてくれそうにないな。
「おい銀髪女、隕石と繋がるに、具体的にはどうすりゃいいんだ」
「は?」
 予想外の再会はあったものの、今は飽くまで隕石と繋がり、どうにかこうにかすることが最優先。そんな俺の目的を未だに理解していないのか、銀髪女はイカれた奴を見るような目を向けながら、素っ頓狂な声を出す。ああ、いつも通りの目だわコレ。
「あの話、本気なわけ? というか鼻血出てるわよ」
「本気も本気だ。自慢じゃないが、俺は嘘をついたことがない」
「フツーの人間なら信じないけど、アンタが言うと嫌に信憑性があるわね。……簡単よ、隕石に触るだけでいいわ。あと、鼻血止めて」
「え、めっちゃイージーじゃん。貞操帯もどきとかケーブルとか色々存在意義が無くならないかそれ」
「そりゃそうよ、意識のないアンタを最低限維持するための物だし。隕石と繋がるだけなら、今も言った通り触るだけでいいのよ。鼻血止めろ」
「じゃあ、こんな所で足止めされているのは時間がもったいないな」
 とか言いつつも、まだまだ銃撃が続いている以上、すぐには動けそうにもない。頼みの開道寺兄も、なにやら世紀末な能力バトル中ときた。他に、何かこの状況を打破してくれるものと言えば……。
「まずいわね、アレが復活しそう」
「そうか、お兄ちゃん!」
「誰のお兄ちゃんよ!」
 ダークサイド山田に結構してやられていた触手改め銀髪女のお兄ちゃんが、いつの間にか原形を留めるまでに戻っていただけでなく、生理的嫌悪感を誘うような動きを見せている。こう、ウネウネビクンッて感じの。
 俺と銀髪女が気付いたということは、ダークサイド山田も気付くだろう。予想通り、車椅子を虐め続けていた銃声が止む。
「しぶといにも程があるだろが、クソッタレが!」
 どうやら気付いたようで、ナンとも不機嫌そうな言葉を吐くダークサイド山田。それに合わせるように、俺は車椅子の両サイドを持つ。ああ、意識はしていなかった。現状、傍から見れば銀髪女の両肩に手を置きながら、覆いかぶさっているような絵面になっているはずだ。鼻血が止まるにはまだまだ時間が掛かりそうである。
 後は腹に力を入れて待機するだけ。だったのだけれども、一向に腹パンか腹肘は来ない。銀髪女を見る。顔真っ赤じゃねえかコイツ。
「頬を染めるのだけは止めて下さい」
「バッ、ない、無いから! ゲロ吐くわよ! 死ね!」
 ただでさえ、Aさん「全員死ね」Bさん「許さん死ね」Cさん「死ねェ!」なんて状況に置かれている時に、また死ねとか言われる俺の気持ちを考えたことがあるのか、このクソアマは。一先ず銀髪女は置いとくとして。
 ここからは簡単。車椅子の背を盾にしながら、ダークサイド山田に向かって走り出す。一瞬だけ顔を覗かせると、さすがに気付いたのか、慌ててこちらに銃口を向けようとしているダークサイド山田。だけど、それは悪手ってやつだ。右に視線を向ければ、触手がしっかりとダークサイド山田にロックオンしている姿が確認出来る。並行的に、俺の頭ではダークサイド山田に巻き込まれて一緒に食われる“俺”の光景が次々と飛び込んできている。そう、このままじゃあ俺も食われる。じゃあどうするのかと言えば、止まるだけでいい。
 裸足で瓦礫塗れの床に踏ん張るというのは非常に痛くて嫌なんだけど、しゃあなしで踏ん張る。急には止まらないものの、車椅子は速度を着実に落とし、直後、すぐ前に向かって飛びつく触手の姿が目に入る。
 はたして、目の前はどうなったんだろう。あまりにもグロテスクな事にはなってないといいけど。
 ちらりと顔を覗かせて前を見る。触手が地面に突っ込んでウネウネしている。うん、ダークサイド山田、君の犠牲は無駄にはしない。俺は逝ってしまったダークサイド山田に少しばかりの祈りを捧げると、立ち上がる。
「さて、これでゆっくりと――」
「ああ、これで殺せるなァ、オイ」
 カチャリ、なんて。可愛げのある音と共に、俺の頭に何やら硬いものが押し付けられる。別に全然驚いていないぞ。俺は生きてると思ったよ。あの山田が触手一本くらいで死ぬわけないもんね。……どうしよう。とりあえず震える足を抑えつつ時間稼ぎをしよう。
「聞いたらダメな雰囲気だったから聞かなかったけど、なんで山田“そんな”風になったのさ」
「あ?」
「いや、俺の記憶じゃあ山田といえば遅刻ばっかしてゲーセンが好きで、ついでに部長に密かな恋心を抱いているだけのピュアボーイだったんだけど」
 部長、という言葉が俺の口から出た時、頭に押し付けられた銃口が微かに動く。
「……お前は、ホントに何も知らねえんだな。部長は、未央は死んだよ。“お前と同じ”メテオチルドレンに殺された」
 地雷だった。というか、あの殺しても死なない気がする部長が死んだとは。……あれ、でも知ってる気がするな。どこかで見たような気がする。確か公園だったかで……ああダメだ、思いだせん。
「なんかごめん」
 ひとまず謝る。
「謝るんじゃねえよ! 分かるか、何も知らずに、悠々と生きていただけなのに、好きな女が目の前でグチャグチャになって死なれる気持ちが! “お前等”がいるから、おかしくなっちまったんだよ!」
 グイっと押し付けられる銃口。まずい、下手なことを言って何人か死んでいく俺が見える。
「安心しろよ、別に相羽、お前のことが嫌いで殺すんじゃねえ。ただ、メテオチルドレンは全員殺さないと気が済まないだけなんだ」
 どうやって切り抜けようか。そう思いながら、ふと違和感。なぜいつもクソうるさい筆頭である銀髪女が静かなのか。ちらりと横目で銀髪女を見る。山田からは見えない角度で、バッチリ銃を持っていた。ダメだろ。とてもじゃないが銀髪女の射撃レベルじゃこの状況を突破できるとは思えないね。むしろ悪化だね。まずいよね。というか凄く寒いなおい。
 寒い。ここ最近というか、“起きて”から寒いという状況はイコール非常にマズイ、という認識なんだよね。主にあの黒コート野郎の所為で。
「山田、友達のよしみで最後に忠告しといてやる。このままじゃお前、十秒以内に死ぬぞ」
「じゃあ俺がお前を十秒以内に殺せばいいわけだな。精々、天国でもカレー食ってろ」
 押し付けられた銃口に力が入る。俺の脳裏では、この場にいる三人がまとめて死ぬ光景が延々と流れていた。並行する俺を処理し続ける。一秒がすげえ長くなったような、そんな感じ。俺だけ助かるのは超簡単。俺と銀髪女だけ助かるのはハード。全員助かるのは……無理。全員助けようと四苦八苦する俺達だけど、その結果はあっけなく全員死亡。“寒いの”から逃げても、“熱いやつ”の余波で死ぬ。
 山田を見る。なんとも苦労してきたのか、温和だった顔は、人の二十人くらいは殺してそうな顔付きに変わっている。……俺だって、別に山田のことが嫌いで見捨てるわけじゃない。誰に言い訳してるのか、俺は迷わずその場に伏せた。
「何をしたって――」
 山田が喋るけど、その先が喋られることはなかった。そのまま俺は車椅子を掴むと、山田が立つ方に車椅子の背を向ける。マジで車椅子が無かったら何回死んでるかわからんね。
「アイツ死んだけど、アンタが“望んだ”わけ?」
「そんなわけないでしょ。友達だぞ」
 車椅子を壁にする瞬間、見慣れた氷の槍が頭とか胴体に刺さった山田が見えた。そこに、触手が突っ込む。
 冷たいようだけど、母さんが死んじゃった今、山田に引き摺られてなけなしの希望すら拝めないのは困る。だから、ちょっと泣きそうだけど、というかちょっと泣いちゃったけど、仕方が無い。そういうことにした。
「は? 泣いてんの? キモ」
「聞かなかったことにしてやるから頭下げろよ」
 触手が山田に突っ込んでから数秒。辛辣な言葉を吐く銀髪女の頭を強引に下げた瞬間、熱気が飛び込んでくる。目に見える炎が、こちらに向かって展開された。
 しばらくして炎が消える。この先、しばらく“俺”が死ぬ光景は見えてないので、余裕を持って頭を上げる。目の前には、消し炭のようになった触手の残骸があるだけだった。続いて、観測室の方から人影が二つ飛び出してくる。
「殺したと思ったら、なんだ、人間だったか。まあ、伝子を殺そうとした男だ、死んで当然と言ったところか」
 そう言いながら、黒コートが分厚い氷の壁を出現させる。そこに、先程と同じような炎が放出された。
「初めて意見が合ったようだな。あの男は俺の妹の仇でもある。俺自身が焼き殺してやりたかったが、まあ、いいだろう。面真、お前を殺してから、ゆっくりと妹を弔うことにする」
 随分恨まれていたのか、山田は全面的な同意の下で殺されたようだった。それはそれで、なんだ、俺が結構頭に来る。が、それはそれとして、ここは抑えよう。
 二人は氷と炎を出し合いながら、なんとも世紀末なバトルを続けている。……これはチャンスだね。
「銀髪女、申し訳ないけどここで別れるぞ」
「え、何でよ。アタシ一人残されたら死んじゃうじゃない」
「車椅子の防御力は捨てがたいけど、俺一人の方が速いでしょ」
「もはや車椅子としてしか見られていない……」
 今頃気付いたのか、銀髪女は柄にも無く落ち込んだように見える。もはや一週回って恐ろしい光景だ。
「あのね、そりゃあ現状は車椅子のほうが重要だけれども、銀髪女に死んで欲しくないのはずっと前からだから。そう、だから、たぶん死なないと思うよ」
「よくもそんな恥ずかしいことを面と向かって言えるわねアンタ」
「え、これ恥ずかしいセリフなの? え? うそ、やっぱ無し。銀髪女が死んだところで大勢に影響無し、端から見捨てるつもりよ」
「いいから早く行きなさいよッ!」
「オグッ!」
 なんで座ったままそんな腰の入ったパンチを出せるのか疑問だね。腹を押さえながら、俺は銀髪女に背を向けると、そのまま隕石に向かって走り出した。



次回:第十一話『世界創造の時が来たのだ』

       

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Neetsha