死体を喰うケモノ
二日目(2)
「……」
卓上の電話が鳴りだしたことに気がつかなかったらしい。
一〇回目ほどのコール音で、やっと我に返った。
いそいで電話をとり、
「こちら水野探偵事務所です……」
と決まり文句を口にした。
「よお」
聞き覚えのある声だった。
「井原さん――」
「ひさしぶりだな。あいかわらず閑古鳥が鳴いてるか」
「閑古鳥さえどこかに飛んでいきましたよ」
ははは、と笑い声が帰ってくる。
井原西鶴は天明署の刑事だった。探偵の水野や銘探偵の大塩とは昔から面識がある。
「ま、それより。ニュース観たか?」
「はい、彼、殺されたんですね……」
うん、まあ――そういうことなんだけどな、と井原はつぶやいた。
「ちょっとお前んとこ行っていいか? 大切な話があるんだ」
話?
「はあ、構いませんが」
「よし、それじゃあ今すぐ行くから、絶対にそこを動くんじゃねえぞ」
そう云って、電話は切れた。
《話》か――そう考えながら水野は、受話器を元の位置に戻した。
昨日のことが、彼に伝わったのだろうか。昨日あの森林公園にいたという事実。
目撃証言があがったのかもしれない。
それなら疑われても仕方がない。
ふう。
気晴らしに外へ出て煙草を吸うことにした。井原の忠告が耳に響いたが、これぐらいは移動してもかまわないだろう。
水野は喫煙者だったが、たまにたしなむ程度で、事務所が煙で臭くなるのは厭だった。
一服し終え、ドアノブに手を掛けたとき、ふと、鍵穴に目がとまる。
鍵穴。
古ぼけてはいたが、目立った傷跡はなかった。はずなのに――ギザギザに、こじれている。
どくん、と心臓が呻いた。
それは大塩の死と同種の不安だった。
水野は職業上、それが何を意味しているか、よくわかっていた。いや、今日び普通の人間でも、鍵穴に細工された痕を見れば、何を意味するかは知っているだろう。
空き巣……?
帰ってきたときは気づかなかった。なんと愚かなのだろう。
探偵が泥棒に入られるなんて、笑えない笑い話だ。
ただ、部屋の面積がせまいのと、自分がいま無事でいることから、空き巣が現在も部屋に留まっている可能性は低い。派手に荒らされていないことは、空き巣の存在に気づかなかった自分が証明している。
事務用の椅子に座りながら、水野はひとり思索した。
他に人間を雇っていないので、社長は水野、従業員も水野だけだった。
ときに人手が欲しくなるが、他人をあまり信用しない水野は、その決断を下さなかった。
こういうとき、本当に、ひとりでよかった――デスクの引き出しを確認しながら、つくづくそう感じる。なくなっているものは見あたらない。
重要な書類などは精巧に隠された金庫に入れてあるが、欠けている様子もなかった。
では、手ぶらで帰ったのだろうか。
そう思い至った瞬間、ピンポ――ンとチャイムが鳴った。