――――其の3
「ゲームをしない?」
例によって断る理由もないので、ぼくはすぐに了承した。
簡素なリビングには、広い食卓が一つと、イスが2脚。向き合ってぼくと彼女が座っている。食卓の真ん中に置かれているランプは、明るく室内を照らしている。思ったよりもランプの灯は明るいものだった。
すでに夕飯は済んでいる。簡素なものだったが、それなりに腹は満たされた。牛肉料理も出された。あの乳牛の仲間だったのだろうか。
「このカードを机の上に伏せて、その上に右手を置いて」
彼女は白いカードを取り出して、ぼくに寄越した。ぼくは言われたとおりに右手を置いた。
「じゃあ、ルール説明ね。人の顔を当てるの。私が“とある人”の言動を3つほど説明するから、あなたがイメージしたその人と、私の持っている本人の顔が一致したら、あなたの勝ち、違っていたら私の勝ち」
「よくわからない。このカードにぼくがイメージした顔を描くの?ならペンをくれよ」
なんとなく今日はじめて彼女に意見した気がする。
「ううん。そのままでいいの。そのカードは念写紙よ。あなたが強く思ったイメージが、そのままカードに写し出されるわ」
「ふぅん」
ネンシャ、って念写か。そんなものが存在するのか。わからない。まぁ、べつに、あっても不思議ではないような気もする。世の中は広いのだ。
じゃあ始めるわよ、と彼女は言って、続ける。
「まず一つ、その人の名前はセルゲイ・ニコラエヴィチ・クリチェフスキ氏」
どう聞いてもロシア人というか、スラブ系、の名前だ。なんとなく、男性な気がする。「二つ、その人はお酒をよく飲むわ。酔っぱらって出歩いて、ドブに足を突っ込んだこともある」
酔っぱらいで、おっちょこちょい。
「三つ、その人は軍隊に勤務していたことがある。それと、手術の経験もあるわ」
むぅ、
「見せて」
ぼくは右手をどかす。カードに写し出されたのは、頬にキズがある、それでいてどこかおどけたところのある、老練の兵士といった風貌。
「答えは?」
「これよ」
彼女が出した写真に写っていたのは、女性だった。
「ウソだろ?」
「彼は肉体は男性に生まれたけど、心は女性として生まれたの」
性同一性障害ってやつか。―――?
なんだかむつかしい言葉がよぎった。セイドウイツ・・・?まぁいいか。
「ふぅん。じゃあぼくの負けか」
なんだかずいぶんぼくの方に分が悪いゲームな気もしたけど、まぁいいか。
「お腹いっぱいだ。そろそろ眠くなってきた」
「どんな情報も偏向されているものよ」
「何を言ってるんだい?」
「そうね。そろそろ眠りましょうか。明日はちょっと遠くに出かけましょう」
はぐらかされている気もしたが、眠たくてまともに思考できないので、これもまぁいいか、ということにした。今日はよく運動したから、疲れたのだ。早く布団に潜りたい。