Neetel Inside 文芸新都
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文藝瞬発創作企画
04『牛丼並盛り380円は高い』  作:無記名

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 最後にオナニーをしたのはいつの事だっただろうか。
 大体、一ヶ月以上前だった事くらいは覚えているのだが、何をオカズにしたとかそこまでは覚えていない。

 それくらいに、最近性欲が減少している。

 変わりに食欲が異常に増えた。
 バカ食いと言っても良い。

 普段は牛丼屋で大盛りを食べれば満足なのに、それでは足りない。
 大盛りの更に上に位置する特盛りと更に並みを一杯でやっとという程に。

 性欲の減少と、異常な食欲の表れ。
 ただそれが一月も続くとなれば、明らかに自らの異常を疑う。

 そして、僕はこの現象と似たような状態を知っていた。
 そんな事はある訳が無いだろうと思いながら、その可能性を調べた。

 しかし、薬は陽性を示した。
 
 僕は妊娠していた。
 
 知れば最初は不安になり、次は体に宿る素性の知れない我が子が心の頼りになった。

 僕は男性だった。おかしいのは未だに恋人も出来ず童貞な事だから、そもそも妊娠については問題すら無い、はずだった。

 そもそもどこから産むんだ、ケツの穴か。茶色い我が子か、ただの便秘で性欲は減らない。
 裂けるよ、痛い痛い。考えるのは辞めよう。

 妊娠発覚といっても、お腹が膨らむ事も無かったので、周囲には黙っている事にした。
 ただ、食欲が増えたのは、体内の我が子の分を食べているのだと考える事で納得出来た。

 そんな奇妙な生活を送る事、やや半年。
 食欲が減りだした。

 つわりの食欲不振か? と最初は思ったがそれは違った。
 とくに気持ち悪いという事も無く、それどころか性欲も戻ってきた。

 薬は陰性を示した。

 それを認めたくなかった。
 どうしてか僕は半年も一緒にいたはずの体内の我が子を半身のように思うほどになっていたから。

 諦めきれず検査薬を大量に買い込み、僕は一週間かけて何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。

 薬は陰性を示した。

 そこで僕はひとまず落ち着いて物事を整理し始めた。

 まず、半年前に検査した時には、薬は確実に陽性を示していた。
 僕が妊娠していたのは間違いない、薬か僕が誤作動を起こしていない限りは。

 薬が間違っていた事を認めれば、僕が間違っている事になる。
 僕が間違っている事を認めれば、薬が間違っている事になる。

 そうして頭をかき混ぜて痛めて、熱にうなされながら僕はようやく、納得したい結論に行き着いた。

『拉致説』

 我が子は拉致された、誰に?

 そんな事分かるはずが無い、そもそも常に僕の体の中にいたんだから、拉致しようがない。
 でも、誰か、僕以外の何かの責任によって我が子がいなくなったと思うしか無いんだ。

 そうでもしないと、これまでのやや半年の意味が判らなくなる。

 僕は男で妊娠していて、半年過ごして、子供が無くなって。

 なんだよそれは。
 いい加減にしろ。

 わかってはいるんだけど、認めたくない。

 でも。

「最初から居なかった」

 悲しいくらいにその言葉が一番しっくりと当てはまった。

 それを認めた時、私の中の僕が産まれた。

「それが君の釈明かい?」
「はい、そうです。僕は妊娠なんてしていませんし、それも当然ですよね。男なんですから」

 真っ白な診断室で長く艶やかな髪と、空ろな眼をした少年は答えた。

「判った、今日はこれまでにしておこう」
「ありがとうございました!」

 少年は帰り道を歩きながら、物思った。

 産婦人科に行ったら、何故か別のところへたらい回しにされてしまったが、とりあえず僕が妊娠している事はなさそうで安心した。

 安心したらお腹が空いてきてしまったので、僕は牛丼を食べに向かった。
 あんまりにもお腹が空いてしまったので、大盛りを頼んだ。

 半分食べたあたりで、かなり苦しくなってきた。それでも折角注文したんだから、と食べ終える。

 食べ過ぎて気持ち悪い、お腹をさすりながら玄関を開けると、急に気持ち悪さが抑えきれなくなって、僕は洗面台に駆け込んだ。

 リバース。

 まるでつわりみたいで、僕は吐いてすぐなのに笑ってしまった。

 色々と片付けるのが面倒になってしまったので、口をゆすいだだけで僕はふらふらと床に着いた。

 うとうとしていると、玄関が騒がしい。
 お父さんが帰ってきたのかもしれない。

 僕はとりあえず髪を整えると出迎えに向かった。

「何とか抜け出してきた。俺は何があっても絶対お前の事――」
「お帰り、お父さん」

 僕がそういうとお父さんはぎょっと驚いた。

「どうしたの?」

 何があっても絶対、僕のこと、その後に続く言葉は無くて。
 お父さんは逃げ出していった。

 なんだか悲しくて僕は布団に戻るとさめざめと泣いた。

 翌日、お爺ちゃんとお婆ちゃんが僕の借りている部屋に来た。
 僕はお母さんの実家で暮らすことになった。

 お父さんは逃げたけど。
 お母さんは何処?

 拉致されたとか、蒸発したとか、死んじゃったとか。
 そういう事じゃなくって。

 認めたくない事を認めた時に、やっと僕のお母さんが僕の体の中に居る事がわかってしまいそうで。

 認めずに僕は私を辞めた。

       

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