「裕貴くんって、こういうのが好きなんだ」
不自然に切り取られて長さが不釣合いな前髪をした少女は、やや不快そうに呟いた。
「違うんだ、これは違うんだ!」
絆創膏がいたるところに張り付いた少年は、少女からDVDを奪い取ると、顔を赤らめて叫んだ。
取り散らかった彼の部屋。少年は必死に、「崖の上のほにょ(放尿)」「ニューハーフ天国」「天使大便」と書かれたDVDを彼女に見えないよう隠す。
少年は今にも泣いてしまいそうだった。ついさっきまでは自分より一回りも大きい男相手に喧嘩をして、見事打ち負かした気迫が嘘のように消えていた。
「僕にはこういう趣味があるんじゃないんだ、本当だ! ただちょっと他のが無かったから、仕方なく選んだんだ!」
血の混じった唾を勢いよく飛ばしながら、だらしなく伸びて目にかかりそうな髪の毛を揺らしながら、彼は必死に自己弁護する。
「あ……ごめん、何も見てないよ。大丈夫だよ」
少年の狼狽を悟った少女は、侮蔑の言葉を選んでいたが可哀相になったので優しい言葉をかけることにした。
しかし少年はまだ紅潮した顔であれこれと釈明を続ける。
これが本当に私のヒーローだろうか。
わずか1時間ばかり前、少年は少女をいじめていた男を退治した。
正確には少女が男に後ろから蹴りを入れたのが幸運して、隙のできた男の顎にいい具合に拳が入っただけなのだが。
男が倒れたとき、少女は思わず彼に抱きついて、彼の顔を犬のように舐め回した。彼女は切れた傷口を急いで消毒するような意味の行動だったが、彼にとっては訳がわからず、やや不快だった。
しかし少年は、自分の顔にかかる彼女の髪の毛のシャンプーの匂いに包まれて、また密着した彼女の体の感触に感動を覚えていてそれどころではなかった。
それから何も言わず、二人で学校を出て彼の家に入った。彼の親は仕事で留守だった。
「なんであんな事をしてくれたの?」
家庭用救急箱に入っている粗末な薬で彼女が彼の傷を手当している時、彼女は涙をボロボロとこぼしながら彼に質問した。
彼はちょっと面食らった。自分でもなぜ彼女を助けようと思ったのか、分からなかった。
「昔さ、小学校の3年生くらいだったかな、そんときに俺ら、同じクラスだったじゃん」
彼はなんだかよく分からないけれど恥ずかしがり、彼女から顔を背けたまま話す。
「そん時に、俺、授業中に漏らしたじゃん。……でも、真理が俺を保健室まで連れてってくれただろ。だからだよ、借りを返した」
少年はすぐに、言わなきゃよかったと後悔した。自分が何を言っているのか分からなかった。頭が爆発しそうだった。
少女は少し驚いた顔をしたが、静かに微笑むと小さくありがとう、と鳴いた。
DVD云々でドタバタした後で、少女は鎮痛な沈黙に耐えられず彼の家のトイレを借りた。
少女は中学校のトイレでは威圧的な集団に絡まれてばかりでいい思い出が無かったが、彼の家のトイレは安心できるサンクチュアリのようだった。
小さな逃げ場所。
今までずっと緊張していた少女の肩の力が緩み、用を足す。と、トイレの外から勢いよく少年の叫ぶ声が届く。
「真理! ごめん、間違えた! 今までずっと言えなかったけどさ!」
バタバタと走り、彼女へと通じるドアを一気に開ける。少年はめいっぱい目をつぶって、お腹に太い息を溜めて、覚悟を決めて叫ぶ。
「好きなんだ!」
少女は当然下半身を曝け出したままで、下腹部を隠そうとして手をあてがった瞬間、飛沫があがる。
少女はすぐに手を引っ込めた。自ら排泄した液体で濡れたままの震える手で、少女はドアノブに手を伸ばす。
なんだこの状況は、一体どうなっているんだろう?
脳裏に色々な言葉がかすめ飛ぶが、少女は力を緩めると流れ落ちてしまいそうな涙をこらえ、トイレの入り口に立ったままでこちらを見ている少年を睨んで声をあげる。
「バカ! 変態ッ!」