Neetel Inside 文芸新都
表紙

灰の魔王
5・終わり

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「では、本題に入っても、よろしいですか?」
「そうね。とは言っても、このメンバーがそろっている時点で見当つくけど」
 キャロルがぐるりと辺りを見渡す。
 僕も、すでにアッシュが何を言うのかは見当がついている。この場の空気が一瞬で張り詰めたものに変貌する。
「単刀直入に言わせていただきます。山本が夢見ていた物語の完結を、あなた達に手伝っていただきたいのです」
 僕は黙ったまま、アッシュを見つめる。
 アッシュの黄色い目は宝石のように輝いている。
「お互いに、得るものはあります。コホッ、私は、山本の夢をかなえることが出来る。これが何よりも償い。そして、あなた達にとっては、愛すべき、物語の完結」
 キャロルが一歩踏み出す。
「そうね。お互い得するってわけ。私は構わないわよ。でも」
 彼女はこちらを向いて、言う。
「どうする。私はキャロライン。あんたが決めるのよ、マルコ。ファンタジーのラストシーンは勇敢な主人公と、邪悪な魔王の一騎打ち。それしかないの」
 時間が止まったかのように静かだった。
 音が、何もない。
 邪魔なものが、何もない。

 そうかもしれない。長い間、夢見た、何度も諦めかけた。作者死去で未完となった時以降も、何度も、何度も空想した。マルコとアッシュがあいまみえるシーンを。
 それを、今、僕は、その夢の中に、それも中心にいる。確かに、立っている。僕はマルコとなり、目の前にはアッシュが立っている。ここに僕はいない。ここにいる僕は……そう。

「僕の名前はマルコ」
 いつの間にか僕の口はそう動いており、右手には一本の簡素な剣が握られていた。
 重さはない。空気のように軽やかだ。
 しかし、厳かに光る銀色の刀身は、確かに僕の手の中に存在していた。

 横でキャロルがしっかりと僕を見据えている。彼女が見守ってくれている。
 たかだか数時間程度の付き合いだったが、彼女が見てくれていると考えると、不思議と勇気がわいてくる。
 僕はアッシュに向かって一歩ずつ、しっかりと歩を進めていく。
 小さかったアッシュが少しずつ、大きくなっていく。
 アッシュはどこか、安らいだ表情で、手を伸ばせば届く距離にいる僕に微笑みかけていた。その微笑みはとても魔王には見えない。むしろ聖母のそれだ。
 僕は剣を構える。
「アッシュ。僕にはあなたが……分かりません。なんで……殺してしまうなんて」
 彼女の微笑みは変わることがない。幼い子供に言い聞かせるように、彼女はゆっくりと言った。
「大丈夫。あなたにも、きっといつか、その時が来ますよ。その時、私のことが少しわかるでしょう」
 僕は泣いていたかもしれない。恐怖と、悲しみと、そして何よりも喜びの涙が流れていたのかもしれない。

 脳裏に一つの言葉が浮かんだ。
 言わなければいけない。僕はこの言葉を彼女に送らなければいけない。
 それだけでは、駄目だ。言ったからにはそれを実行しないと駄目なんだ。
 僕は涙で濡れていたかもしれない唇を開いた。

「いつか、必ず、あなたを迎えに行きます。いつになるかは分かりません。でも絶対に。絶対に迎えにいきます。だから、待っていて下さい」

 アッシュはあっけに取られたような顔をしていた。僕の言っている意味が汲み取れなかったのだろう。だが、すぐに、笑顔になり。
「私は、幸せ者ですね。待っていますよ。いつまでも」
 今までで一番の、少女のような純粋な笑顔を浮かべた。
 僕は返事の代わりに剣を振りかぶる。
「魔王。覚悟」
 それは、僕の声だったかもしれないし、マルコの声だったかもしれない。
 重力に任せ、振り下ろす。それだけだった。アッシュの体はそれをすんなりと受け入れた。
 右肩から、左側の腹部にかけて、まるで漫画のように彼女の体は裂けた。
 しかし、それでもアッシュは立っていた。魔王としての威厳を保つように。
アッシュから温かい液体があふれ出す。魔王の血は赤かった。僕らと同じ赤だった。
あふれ出す血と、僕の涙が混ざっていく。口の中に彼女の血が入り込んでくる、鉄の味がする。
血の噴水の中、アッシュは僕の頬に手を当てた。魔王の手は暖かかった。
「泣かないでください、マルコ。これで、物語は終わります。祝福して下さい。そして、出来たら、あなた達が大人になっても、『魔術師と灰』を忘れないでください。本当に、本当にありがとう」
 アッシュがゆっくり前のめりに倒れる。僕はそれを受けめようとする。
「さようなら」
主の倒れた城内が光で包まれる。

       

表紙

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