「──解らないじゃないか。夫婦であっても他人なんだから、言われないと解らないことだって沢山ある」
ましてや根拠の無い励ましを求めていたなどとは、言われても釈然としないだろう。
「心配をかけたくなかった、と言えば、納得してくれるかな?」
「しない。するわけないだろ」
延岡都は、憮然としてその言い訳を突っ撥ねた。心配をかけたくなかったなど、事後にする言い訳としては最低のものだ。最低なのだから、当然納得なんかしない。
ただ。
理解なら、出来るかもしれない。
心配をかけたくなかったと言うのは、本心なのだろう。奥さんからしてみれば、自分の旦那がとんでもキャラになってしまったなどと聞けば、心労の糧の一つや二つにはなる筈だ。卒倒だってするかもしれない。
だがしかし、もしも理由が「それだけ」だったのならば、僕は理解すらしていなかっただろう。
どんなにそれらしいことを言っても、それは結局はエゴイズムであり、先ほど申し上げた通り、事が起こってから「心配をかけたくなかったんだ!」などと言われても、そちらの方が迷惑である。
「おそらく君は、僕を優秀な頭脳を持った男だと考えているのだろう。でも、それは間違いだ。間違いだからこそ、こんな事態に陥ってしまったのだからね」
お説ごもっともだ。梔子高の異空間同位体なのだから、それなりでもなく、相応でもなく、頭が良いのだろう。絶対に持ち上げられない岩がどうのという話をし始めた辺りから、そんな気はしていた。梔子高と比べても、違うのは性別くらいのものなのではないだろうか?
「君は、僕を馬鹿にするかい?」
「したいけど、出来ない。それは、鏡に映った自分を馬鹿にするようなものだよ」
ノマウスが、どこかで見たことのあるような微笑を漏らした。何が可笑しいんだコノヤロウ。と言えればいいのだが、何が可笑しいのかなど一目瞭然なので、悔しいがそれを言うことは出来ない。
そう。
コイツは、男だ。
それも、僕とそれほど年齢の離れていない、僕の世界では未成年と表現出来る年だ。男の子なのである。
「自分の力を妄信していたわけじゃない。ただ何というか……それでも、一人で何とかしてみたかった。ハユマやポポロカを巻き込むことなく、自分の力で何とかしてみたかった」
延岡都は、やれやれとは思わなかった。ただ、何か恥ずかしいものを目の当たりにした時のように、両目を掌で覆って、頭を振った。
どこの世界でも変わらんのだなぁ、と思う。
要するに。
格好良いところを見せたかったのだ。
愛する妻に。愛する息子に。
自分が有能であるところを見せつけたかったのだ。自分の力で解決する場面を見せつけて、自分に魅力を感じて欲しかったのだ。格好良いと思って欲しかったのだ。自分自身でも自信を持てるように、「一人で出来るもん」という格好良いことをしてみたかったのだ。
延岡都はかつて、梔子高千穂に「一人で頑張らせて欲しい」と主張した。それは、言えない理由があったからだ。梔子高千穂には言ってはいけないという条件があったからだ。
……本当に、理由はそれだけか?
馬鹿な、と思う。食事も咽喉を通らぬほどの満身創痍の状態で尚、そんな公約を律儀に守り通せるほど、自分は強くはない。
考えるまでもない。「一人で頑張る」ことを頑張っている自分を、誰かさんに見て欲しかったんじゃないのか? そうして「素敵な男の子だ」と思ってもらおうという、この上無く汚くて、独り善がりで、恥ずかしい謀略を企てていたのではないか?
ふと、思う。
もしかして、アイツもそうなのか? アイツもまた、同じような事を考えながら行動しているから、無難に何でもこなせるように見えるし、いつも余裕綽々で無難な薄笑いを浮かべていられる「ように見える」のか?
思ってすぐに、延岡都は頭を振った。まさか、な。
……そんな都合の良い穿ち、あるもんか。
それはともかくとして、どうあれそれは、理解出来る理由でもあり、また納得出来ない理由でもあった。
理由は言うまでもないが、この場は敢えて口にしよう。
「結果が出せなきゃ──」