会議室に備え付けられた大型スクリーンに、激しく切り結ぶ
2機の戦闘機動車両が映し出されている。
赤いカラーリングの機体が腕に格納した刃を振り下ろし、
もう一方の青いカラーリングの機体は、一回りほど大きい刃でその攻撃を受け止めた。
そのまま交錯するようにして、互いが距離をとる。
重役達は各々の椅子に腰掛け、この戦いの決着を黙って見守っていた。
今回の模擬戦闘の成績次第で、新型機を量産化するかどうかが決まる。
その可否によっては、今後の開発計画を大幅に見直さなければならなくなるのだ。
それだけに、彼らは皆真剣な表情で画面を見つめていた。
ただ1人、代表取締役である彼だけはほくそ笑んでいたが、気づく者は誰もいなかった。
カシマが独自に開発を進めてきた新鋭機、『彗星』。
この機体は、『零式』に搭載されているジェネレータを2基並列で配置し、
全体の出力を大幅に向上させている。
これにより搭載限界重量が増強された上、機動性能も若干強化された。
それ故に、現用機に比べ多種多様な兵装を搭載できるだろうと考えられている。
やや大型化してはいるものの、サイズは『零式』とほぼ同水準だ。
これだけあれば陸自も納得だろう、と開発チームは満足しているらしい。
だが、『彗星』を売り込むためにはスペック以上に目立つ何かがなければならない。
例えば、現用機を実際に圧倒できる事を実証してみせるような、納得のいく証拠が。
更に言うならば、現在『零式』を使いこなしている相手と戦って勝てば、
機体の優位性が確実に証明される。
「ならば、『零式』乗りでも優秀な者を呼んで、実際に模擬戦を行えばどうか」
それこそが発端だった。
まさかそれが実現するとは、提案した本人でさえ考えもしなかったことだろう。
だが、大多数の予想に反して彼は高い関心を寄せた。
そして、どんな手を使ったのか不明だが、陸上自衛隊から腕利きの搭乗者を呼び寄せ、
今回の模擬戦闘を実施したのだ。
戦闘開始から20分以上が経過した。
カメラからの映像では、両機とも互角の戦いを演じているように見える。
とはいえ、出力や機動力は大幅に差がついている。
陸自の隊員が搭乗した『零式』は、僅かながらも『彗星』に圧倒されていた。
それでも尚、傷ひとつ負ってすらいない。
「中々厄介な相手を選ばれましたな……」
重役の1人が、独り言のように呟いた。
彼は、微笑を浮かべたまま戦況を見守っている。
「性能差を技量で埋められる程度では、量産化は難しいかもしれませんね」
「いや、並みの戦力を相手に圧倒できるのは明らかだ。
量産しても問題はあるまい」
徐々にざわめきを増す重役たちに構うこともなく、彼は時計に目をやった。
開始からちょうど25分経過したことをを指し示す長針。
それをはっきりと確認し、彼はようやく口を開いた。
「さて、遊びは終わりだ。
陸自の手練もさすがに飽きてきた頃だろう」
「遊び、ですか。どう見てもあれが限界では?」
役員の中で最も若い者が、侮ったような口調で訊き返した。
他も直接口にはしなかったが、懐疑的な表情を彼に向けている。
が、彼は微笑を浮かべたままさらりと返答した。
「ならば、確固たる証拠を見せてあげよう。
スクリーンを見たまえ」
言われるままに、彼以外の全員が視線を画面に移動させた。
そこには、成す術もなく『彗星』に切り刻まれる『零式』の姿があった。
決して陸自隊員が疲れてきたからではない。むしろ、動きは更に機敏になっていた。
が、それすらも凌駕する反応速度で『彗星』が攻撃と離脱を繰り返している。
もはや戦闘ではなく、一方的な虐殺と化しているのだ。
「これは……どういうことだ」
先程まで挑戦的だった若者が驚愕している。
他の役員たちも、唖然とした表情で画面に釘付けになっていた。
「どうも何も、これが『彗星』の実力というわけだ」
彼はそう言って、重役らに向き直った。
「さて、君たちの意見を聞こう。
これを量産するか、否か」
否定する者は、誰一人としていなかった。
こうして、『彗星』の量産化が決定となった。
「なんだ、所詮は『旧式機』じゃない」
完全に動かなくなった『零式』を前に、彼女はつまらなそうに呟く。
「多少は手応えがあったから期待してたんだけどなァ」
彼女は若干青みがかった髪を整えると、ハッチを開放して外に出た。
鉄屑同然の塊の傍に、陸上自衛隊の隊員がしゃがみ込んでいるのが見える。
戦闘前は自信満々だった彼女も、これだけ派手にやられればショックだろう。
彼女はそんな隊員の前まで歩いていくと、ふうっとわざとらしくため息をついた。
「誉れ高き『零式』乗り……なんて言ってた割には、大したことないじゃない」
「くっ!」
涙を溜めた目で見上げる隊員に、彼女は見下すような視線を向けた。
「さっさと辞めちゃいなさいよ。その程度じゃもう上達もしないんだから。
うちに来れば、私のサンドバック代わり位にはなれるわよ?
もっとも、命の補償はしないけどね」
そう言った彼女に、隊員は掴みかかろうとした。
が、その鳩尾に彼女のつま先がめり込み、次の瞬間には背中が鋼鉄板に打ちつけられた。
「正当防衛だから問題なしっと。まあ、聞こえてないか」
糸の切れた人形のようにダランとした隊員を見やり、彼女は笑った。
その時、インカムから彼の声が聞こえてきた。
『よくやった、里奈子。『彗星』は量産化が決定した。
例の試作機に関しても、研究費を増額して継続させる』
「ホント?やったー!」
打って変わって嬉しそうな声を上げる彼女。
その姿は、幼稚的ですらあった。
『さすがは私の娘だ。決して期待を裏切らないな』
「当たり前でしょ。お父様の為なら、理奈はいくらでも頑張るんだから」
『それは頼もしいな。私も嬉しいよ』
そう答える彼の声は、どこか乾燥したような響きだった。
『次も頑張ってくれ、理奈子。
鹿島好博の一人娘として、カシマのテストパイロットとして』