Neetel Inside ニートノベル
表紙

きかいじかけ
2.あばれいのしし

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 第3次世界大戦の勃発と、それに伴う人類の激減。
かつて人々が想像していた最悪の事態は、結局その兆候を見せることすらなかった。
その理由はあまりにも単純。
戦争による国益が見込めなくなったからだった。

 西暦2015年に国際連合の総会で可決された『多国間紛争復興支援法』、
通称『戦争賠償法』が2017年から施行開始した。
これにより、国際紛争の勃発および紛争終結までに発生した、
民間への被害の復興資金を、紛争を起こした国と相手国、
および介入国全てが拠出することになった。
この結果、戦争によって戦勝国が利益を得ることはなくなり、
逆に、戦勝国の財産が敗戦国に搾取されるような事態が数多く発生した。

 また、時を同じくして兵器産業も衰退の一途を辿っていた。
各種兵器のハイテク化が進む一方で、各種兵器の運用コストが軒並み増大していき、
多くの場合、その負担が企業側に押し付けられることとなったためだ。
紛争自体の減少も重なり、採算が合わなくなった兵器製造会社は次々と倒産していった。

 壊滅の危機に立たされた兵器産業。
そんな彼らが生き残る道は、もはや1つしか残されていない。
それこそが、暴走機器の処理を担う企業に対し自社の兵器を提供することだった……。

     

―1―

 アメリカ合衆国はコネチカット州フェアフィールドに拠点を置くUSロボティクス社。
その日本法人であるUSRジャパンの本社は、首都郊外の田園地帯にあった。
実は、本社の近隣一帯が全てこの企業の私有地であり、
近隣住民の90%以上が社員として生活している。
といっても、周囲に柵が張り巡らされたり、警備員が立っているわけではない。
こんなのどかな場所で、国内向けのありとあらゆるロボットが開発されているとは、
地元住民でさえ殆ど想像できないことだろう。
 その敷地内に設置された遊歩道を、1人の女性がジャージ姿で走っていた。
全体的に整った、しなやかなプロポーション。
後ろで一束に結んだ長い髪が、一歩踏み出すたびにふわりと揺れる。
本社へと向かうスーツ姿の男は、彼を追い抜いて走っていく彼女の後姿に見とれている。

 やがて本社が近くなると、彼女はペースを徐々に落とし始めた。
同時に、乱れていた呼吸をゆっくりと落ち着かせる。
正門の前には中学生……いや、小学校高学年の平均身長ほどの背丈の少女がいた。
彼女はその眼前で立ち止まると、少女に声を掛けた。
「何分だった?」
「10分59秒。2.5キロのタイムとしてはまあまあじゃない?」
少女は右手に持ったストップウォッチを見せながら、そう言った。
パーマのかかった金髪に碧眼、
そして判りにくいが、言葉遣いに英語独特の訛りが多少混ざっている。
間違いなく、この国の出身ではないようだ。
「そう言ってくれると嬉しいけど」
そんな事を呟きながら、彼女は少女からタオルを受け取り、額の汗を拭った。
「ああ、喉がカラカラ。
 メアリー、先に行っててくれる?」
彼女が訊くと、メアリーはこくりと頷いた。
 タオルを首に巻き、社員寮の方向へ歩き始めた女性に彼女が声を掛ける。
「始業までには出社しないとダメだからね。
 あと、今日の洗濯物当番は沙織の番だからお願いね」
「はいはい、わかってますって」
沙織はそう言い返し、手を振って別れた。

 ちょうどその頃、首都近郊の貨物埠頭で大型のコンテナを陸揚げしていた。
USロボティクスのロゴをあしらったそのコンテナには、
大型の屋外作業用ロボットが何台も積み込まれている。
埠頭に横付けされた大型コンテナ船からコンテナが幾つも降ろされる中、
スーツ姿の男性は携帯電話で誰かと話していた。
「……ええ、今しがた到着したところです。
 ええ、はい。そうですね……今日の昼過ぎまでには積荷の手続きが終了します。
 トラックでの輸送は早くて夕方頃になるかと……」
 彼の背後を、定時周回型の警備ロボットが通り過ぎていく。
上半身は人を模した形状をしており、下半身はスカート状の外装で覆われている。
人形をしている事で案山子のような効果がある上、
催涙ガスの噴射など、不審者に対しての鎮圧能力も備わった機体だ。
また、非常時には付近の警備ロボットに信号を送り、応援を呼ぶ機能もあるらしい。
商品の隠匿性を保持する目的でここに導入しているのだが、
未だにそういう事態が発生したことはない。
勿論、何も起きないのが一番いいことだが、と彼は呟いた。
 その直後、コンテナの影から突然サイレンが鳴り始めた。
赤く明滅する光が、積まれたコンテナに反射して光っているのが彼からも見えた。
「まさか、誰かが忍び込んだか?」
彼はそう言って、光の見える場所へと走った。
 光源が確認できる場所まで来ると、そこには例のロボットが赤色灯を回転させていた。
機体が――実際にはどうなのかわからないが――睨み付けている先には、
あろうことか、港湾職員が困惑した表情で立ち尽くしていた。
「職員?一体どういうことだ」
彼が疑わしげに呟いた時、周辺からも例のサイレンが鳴り出した。
職員が偽者か否かは別として、ロボットが応援を呼び寄せたらしいことは確かなようだ。
サイレンが徐々に大きくなり、物陰から何台もの警備ロボットが姿を現す。
そして、目の前のロボットを中心にぐるりと円を描くようにして、
ロボットたちが彼と職員の周囲を取り囲んだ。
「これは……マズいことになったな」
職員ともども包囲されてしまった男は、なぜか落ち着いた様子でそう呟き。
そして――手に握っていた携帯電話を操作した。

     

―2―

 本社敷地内の開けた場所に格納庫が並ぶ。
その殆どは大型の無人試作機械を保管しておく為の設備である。
そして残りの数棟は、USRジャパンのトラブル対策専門子会社、
『トライスター・セーフティサービス』の専用格納庫となっている。
 その内部でメンテナンスが行われているねずみ色の機体の傍らで、
つなぎを着た青年がひとり、モニタを操作していた。
「油圧関係に問題はなし、制御周りのケーブル類も異常なし、か」
呟くように状況を確認しつつ、モニタ上でのチェックを次々済ませていく。
 と、突然上着の裾を誰かに引っ張られた。
青年が振り向くと、メアリーが興味津々といった様子で彼を見ていた。
「また来たのか、ちっこいの」
青年は軽くため息をついた。
「メアリーよ。いい加減覚えてくれないと怒るわよ、童貞?」
「誰が童貞だ、このロリータアメリカン。
 どうでもいい言葉の1つを覚えるくらいならな、黙って牛乳飲んで背ぇ伸ばせ」
「あのねぇ誠二、飲んで伸びたら誰だって苦労しないわよ……。
 それで、何か問題でも見つかった?」
彼女が尋ねると、誠二は「いいや」と言ってモニタを見せた。
「今のところ、どこも問題は無い。人に例えるなら『健康そのもの』だな」
「そう。それならいいわ」
彼女はそう言って、その場を立ち去ろうとした。
が、何か思い出したかのように振り返ると、彼に尋ねた。
「ねぇ、先月より身長伸びてる?
 何だか、視線がほんの少しだけ高くなった気がするんだけど」
「それはない」
彼は、そう言ってハードウェアチェック用のアプリケーションを終了させた。
 その時、彼女が首から提げていた携帯端末が振動した。
「あ、メールだ」
彼女は携帯端末を操作して、今しがた届いたメールの内容を確認する。
誠二も逆側から画面を覗き込んだ。
「で、何だって?」
「救援要請だって。すぐに出るから準備お願いね」
そう言って、彼女は格納庫の奥へと向かった。

 メアリーが着替えを終えて出てくると、既に沙織は機体の近くにいた。
対G防御スーツとインカム一体型のサングラスを着用した彼女は、
メアリーの存在に気づくと、すぐ機体に搭乗するよう手で促した。
「沙織、現在の状況は?」
機体に乗り込んだ彼女が尋ねると、沙織は無線越しに状況を説明し始めた。
「USR社が借りている貨物埠頭で、警備ロボットが誤作動を起こしたみたい。
 現在、港湾職員1名とUSR社の委託を受けている貿易商社社員1名が包囲されてる。
 今回はこれらを無力化して、2名の身の安全を確保するのが目的よ」
「へぇ、久々に大暴れできそうじゃない」
彼女が嬉しそうな声を上げる。
「そうそう、付近にはUSR社の貨物コンテナが山積みされてるからね。
 できる限り、被害は最小限に留めること」
「りょーかい。要は、その暴走ロボットだけ駆逐すればいいんでしょ?」
そういうこと、と沙織が答えた。
 その時、彼女は機体が僅かに揺れたのを感じた。
同時に、左右に設置されたスピーカーから誠二の声が聞こえてくる。
「こちら整備班、VTOL輸送機(マンタ)への積み込みが完了した。
 現場到着までの間、空の旅を満喫してこいよ。
 ついでに……無事の生還を祈る」
「ついでって何よ、ついでって」
彼女はムッとして言い返し、
――少し間をおいて、一言だけ付け加えた。
「……ありがとう」

 白い筋を曳いて飛び去る輸送機を、誠二はただ黙って見送った。
その姿が目で確認できなくなり、残された飛行機雲も消え始めた頃、
彼は倉庫へと引き返していった。

     

―3―

 男は、自分と作業着の中年男性を取り囲んでいる機械の群れを見回した。
時間が経つにつれて、次第にその数も増してきている。
「終いには軍用機でも呼んでくるか……?」
皮肉をこめた呟きに反応を返す者はいない。
唯一反応が期待できそうな港湾職員は、退かそうとして触れたロボットに反撃され、
両手で顔を押さえたままうずくまっていた。
「いずれにせよ、トラブル処理班が来ない限りはこのままか」
催涙スプレーをまともに浴びてしまった被害者を眺めながら、彼は呟いた。
 その時、上着のポケットが振動した。
男は中の携帯電話を取り出すと、耳に当てた。
『稲生商事の方ですか?こちらはトライスター・セーフティサービスです』
ノイズ混じりだが、はっきりとした口調で女性の声が聞こえる。
やっときたか、と思いつつ、彼は返答を返した。
「稲生商事の清水だ。USRのトラブル担当だな?」
『その通りです。
 清水さん、今後はこちらの指示に従って行動して下さい。
 それと、港湾管理事務所の職員の方は?』
「機械を退けようとして催涙スプレーを被った。現在は身動きが取れない」
彼は、悶え苦しんでいる職員の姿をもう一度見やり、現在の状況を説明した。
わずかな沈黙の後、女性が彼に指示を出す。
『了解しました。清水さんはその場を動かないで下さい』
「わかった。ところで、処理班の到着は何時頃になる?」
彼が尋ねると、彼女は『上を見て下さい』とだけ告げた。
「上?」
彼は首をかしげた。

 その時、真上から大型のプロペラが回転する音が聞こえてきた。
ふと見上げると、白銀色に光る物体が真上に浮かんでいるのが見えた。
「あれは……まさか輸送機か」
両翼に大型のファンを1基ずつ搭載した、全翼型の中型機。
その外形は、海中を進む大型のエイを想像させるかのようだ。
つい最近アメリカ海兵隊に配備されたVTOL輸送機と酷似しているな、と彼は思った。
「あれなのか?」
彼が尋ねると、彼女は肯定の言葉を返した。
『ええ、その通りです。
 先ほどの指示通り、その場を動かないようお願いします』
 彼女が言い終わるや否や、輸送機の腹が左右に割れた。
内部で吊り下げられた大型の機械が、地上にいる彼からもはっきりと見える。
「何だ、あれは」
彼が呟いた時、機体がゆっくりと内部から引き出され始めた。
何本ものワイヤーに吊られた4脚の機械が機外に吐き出され、地上に降ろされていく。
機体は包囲網の外に着地すると、自動的に拘束していたワイヤーを解いた。
ワイヤーは、輸送機に一旦引き込まれると、再び何かを吊り下げて出てきた。
先ほどの機体と似ているが、頭部に楕円形をした皿状の物体がついている。
2機目の機体は、先に降りた機体の隣に降ろされた。
 あまりにも突飛過ぎる状況に、彼は困惑していた。
「何なんだ、これは……」
彼は携帯電話を耳から離し、目の前に鎮座している2機を見つめた。
 唖然としている彼に、今度は機外スピーカーからの指示が入る。
『ユニットの降下作業が完了しました。
 今から処理作業を開始しますので、その場に伏せていて下さい』
「伏せる?一体どうなって」
彼が尋ねると、再度スピーカーから声が響いた。
『いいから伏せて下さい。指示に従わない場合、身の安全は保障できませんよ』
「わかった。とにかく伏せればいいんだな?」
疑問に思いながらも、彼はその場でうつ伏せになった。

 『射界の確保を確認したわ。対象の駆逐を開始して』
コックピット内に沙織の声が響く。メアリーは待ちわびたとばかりに起き上がると、
操縦桿のトリガーに指をかけた。
「りょーかい。
 さあ行くわよ、『ウォートホッグ』!」
腕の拘束が解除され、大型のガトリング砲が警備ロボットの群れに向けられた。
「30mm機関砲(アベンジャー)のご褒美を食らいなさい!」
トリガーが引かれると同時に、両腕の大砲が低い唸り声を上げる。
と同時に、射線上にいた警備ロボットが一瞬で掻き消された。
 本来ならばバラける筈の弾は、砲身に搭載された精密な弾道補正処理機構により、
狙撃ライフル並みの精度で次々と撃ち込まれていく。
軍用のものよりは威力と発射速度を抑えてはいるものの、
合成樹脂主体で構成されたそれらが四散させられるほどの威力はあるようだ。
 わずか1秒も経たぬうちに、機械の群れはスクラップの山に変貌していた。
「沙織、あらかた片付いたわよ」
トリガーから指を離し、彼女は傍らで待機中の僚機に声を掛けた。
少し間をおいて返答が返ってくる。
『ありがとう、メアリー。
 残敵の掃討は私と『ハウンズ』に任せて』
「りょーかい。少し後退するわよ」
そう言って、彼女は操縦桿を手前に引いた。

     

―4―

 「さてと……」
物言わぬガラクタで埋まった向かい側を見つめながら、沙織は呟く。
HMD(ヘッドマウントディスプレイ)には、周辺の残敵を示す赤い点が多数表示されていた。
こちらの攻撃を脅威と判断したのか、周辺を包囲していたロボットたちは退避し、
現在はコンテナの影に身を潜めているようだ。
このような状況では、ウォートホッグを使用するのは危険が大き過ぎる。
「少し厳しいけど、『ハウンズ』に任せるしかないわね。
 『部隊編成、AからCの3隊に分かれよ』」
彼女が指示を出すと同時に、HMD上にそれぞれの部隊と機数が表示された。
同時に、レーダー画面にも青い点が追加で表示される。
「『行動指示、Aは岸壁から見て左側から、Cは右側から捜索と駆除を開始。
  Bは非常時に備え待機せよ』」
光点の位置を見つつ、彼女はそれぞれに指示を出した。
 動き出した青の点を見つめながら、彼女は呟きを漏らした。
「これでどうにかなるといいけど……。
 ん、通信?」
彼女が通信機能を切替えると、先程の社員の声が聞こえてきた。
『……もしもし。もう起き上がってもいいだろうか?』
「ええ、構いません。お怪我はありませんか」
『先程の砲撃で耳鳴りが酷い。……それ以外は特に問題ないようだ』
彼女の問いかけに対し、清水は割と元気そうな声で答えた。
弾芯を変えた上で炸薬の量を控えているとはいえ、30mmという大口径の機関砲だ。
着弾時には、場所によっては鼓膜が破れかねないほどの炸裂音が発生する。
ひとまず無事らしい彼の様子に、彼女は少し安心した。

 ふと、HMD上のレーダー画面へと目を見やる。
画面上では、いくつもの青い点が蛇行しながら赤い点へと接近している様子が
はっきりと見て取れた。
青い点は赤い点の近傍で僅かに留まり、直後赤い点が消える。
撃破を確認し、青い点は他の目標を目指して移動を始めた。
少しずつではあるが、赤い点は確実に数を減らしているようだ。
「遮蔽物が多い場所にしては、なかなか上々じゃない」
沙織は、警備ロボットの駆除に奔走している猟犬たちに褒め言葉を送った。
「このまま順調に行けば、お昼には間に合いそうね」
 その時、コックピット内に警告音が鳴り響いた。
「付近に原因不明の熱源を探知……?
 まさか、何の予兆もなしに出現するなんて」
彼女はモニタの表示を切り替えると、画面上のキーボードを叩き始めた。
「熱源はコンテナ内部、熱量と範囲から既存の無人機械に該当する物は……」
モニタ上で幾つものウインドウが立ち上がっては消えていき、
やがて、機体に搭載された解析アプリケーションが解を導き出す。
その結果に、彼女は思わず目を疑ってしまった。
「陸軍の大型無人装甲車?一体どうして……」
改めて解析を掛けたが、結果は先程のそれとまったく同じだった。
 兵員輸送を主とする有人型の装甲車に対し、この種の機体は電子支援を主に行う。
妨害電波を周囲に放つくらい、造作もないことだ。
おそらくは、この機体が暴走の元凶なのだろう、と彼女は確信した。
「それにしても、何故うちのコンテナ内に……。
 道中忍び込ませたとは考えにくいし、恐らくは……」
最初から、この装甲車が積み込まれていたか。
本来運搬する筈のない物が積み込まれ、ここまで運ばれてきたという事実。
そのことに、故意的な何かを感じずにはいられない。
「理由はさておき、これを放置しておくわけにはいかない……。
 メアリー、作戦変更よ」
彼女は、後方で待機中の同僚に声を掛けた。

 

     

―5―

 『いい、メアリー?今から私の言うとおりに動いて』
沙織の指示に対し、メアリーが返答を返した。
「りょーかい。まずはどうするの?」
『コンテナ内に、警備ロボットへの電波妨害を行っている車両があるの。
 この車両の機能を停止させれば、ロボットの暴走は解ける筈よ。
 目標の位置はそちらへ送ってあるから、まずはそのコンテナまで向かって』
レーダー画面を見ると、やや離れた場所に2重の赤い円が示されていた。
円の右側に表示された情報には、軍用の無人装甲車の形式番号がある。
何故、軍の車両がこんな場所にあるのか気になるが、ひとまず事態の収拾が先だ。
彼女はそう思い、操縦桿を引いた。
『到着したらその場で待機して』
「りょーかい」

 コンテナの間を縫うように低速で走る『ウォートホッグ』。
その両脇を、4脚の小型無人車両が併走する。
 無人戦闘車両『ハウンド』――歩兵に代わる主戦力として開発された機体だ。
機関銃を標準で、ミサイルランチャーや対物ライフルなどをオプションとして搭載でき、
輸送形態時は、補給物資運搬用のコンテナに複数機を詰め込んで運ぶことができる。
そして、機体の管制を行う管制車両を除き、戦場において人員を殆ど必要としない。
 開発当初は次世代の歩兵として注目されたが、整備や修理などで運用コストがかさみ、
結局、主要施設の防衛用に少数を配備するに留まっている。
 そんな不遇の機体ではあるが、こういう仕事においては非常に便利な道具だ。
地上管制機『セントリー』に搭載された索敵機器との組み合わせにより、
僅か2人の部隊であっても、広範囲にわたる作戦行動を可能とする。
故に、トライスター実働部隊には全て『セントリー』と『ハウンド』が配備されている。
 「こちらウォートホッグ、目標付近に到達したわよ」
『ハウンズ』に包囲されたコンテナの前で、メアリーは機体を停止させた。
外見上、他のコンテナとの相違は見受けられない。
これなら、コンテナを開けて内部を調べるかセンサーを使うなどしない限り、
『中身』の存在が知られる可能性はないわけだ、と彼女は思った。
『こちらも準備が整ったわ。それじゃあ、始めるわよ?』
「OK、いつでもいけるわよ」
沙織の質問に対し、彼女はそう即答する。
沙織はウインドウの中で頷き、『それじゃあ、説明するわよ』と言って話し始めた。
『これから『ハウンズ』にコンテナを破壊させるわ。
 おそらく内部の装甲車はそれほど損傷を負うことはないと思う。
 コンテナを破壊次第、目標に全砲門を集中させて攻撃、そのまま撃破して』
「りょーかい。任せといて」
彼女はそう答え、全武装の安全装置を解除した。

 獲物を取り囲んだ猟犬たちが、胴体内に格納されていた機関銃を展開する。
向けられた銃口の先には、1基の大型コンテナ。
全機が射撃可能になったことを確認し、沙織は、静かに秒読みを始めた。
「3,2,1……、『全個体、撃ち方始め』!」
彼女の掛け声とともに、『ハウンズ』が一斉に食らいついた。
機関銃の弾がコンテナの隔壁を抉り、削り取り、貫く。
瞬く間に蜂の巣となったコンテナに、今度はミサイルが次々と撃ち込まれる。
爆風と着弾の衝撃を受け、巨大な箱はその原型を崩し始めた。
「まだよ……。完全に崩壊するまで攻撃続行よ」
彼らのカメラ映像をじっと見つめながら、彼女は言い聞かせるような口調で呟いた。
 ついにコンテナが構造を維持できなくなり、穴だらけの箱が崩れるようにして潰れる。
硝煙と埃で辺りが覆いつくされる中、残骸の山の奥で青い光が輝いた。
「やっぱり起動しているようね。
 メアリー、逃げられる前に懲らしめてやって」
そう言って、沙織は熱源反応のデータを彼女の車両に転送した。
『りょーかい!さあ旧式(ロートル)、大人しくミンチになりなさい!!』
メアリーが引き金を引くと同時に、『ウォートホッグ』の両腕が咆哮を上げた。
誘導ロケットと30mm機関砲弾が装甲車に襲い掛かり、薄い装甲を食い千切る。
装甲を貫通した砲弾の幾つかは、内部の電磁妨害装置へと達し、
その機能を物理的にシャットダウンさせた。
 全ての弾が尽きた時、既に装甲車はその原形を保っていなかった。
無数に穿たれた穴から煙を吐き、光学センサーの青い光は静かに明滅している。
まだ電源系統は辛うじて生きているようだが、もはや瀕死の状態だった。
「どうやら停止したみたいね……」
沙織は、そう言ってため息をついた。
「状況終了。メアリー、帰還するわよ。
 ――それと、今回の報告書は貴方の番だから宜しく」
『任せといて、沙織』
と、彼女は答える。
『いつもの様に、課長が困るほど膨大な量に仕上げるからね』
「楽しみにしてる」
そう言って、彼女はふふっと軽く笑った。

     

―6―

 港湾の暴走事故から数日が経過した。
あの後、暴走事故調査委員会と警察の調査が何度か行われた。
だが、警備ロボット自体に欠陥はなく、外部からの妨害電波が原因と断定された。
もちろん、装甲車の残骸も隅々まで調べられたが、状態が悪かったせいもあり、
詳しいことは殆ど分からなかったようだ。
 とはいえ、この無人機が貨物として積み込まれたのは事実だ。
それも、最初から何者かによって商品に偽装されて。
それだけに、沙織は事故の真相が気になっていた。
 「沙織?ねえ、沙織ってば」
腕を組んで考え込んでいた彼女に、メアリーが声を掛ける。
「へ……?ああ、ゴメンゴメン」
慌てて返答する彼女の姿を、メアリーは訝しげに見つめた。
「ここの所、ずーっと悩んでるみたいだけど?
 悩んでることとか相談なら、私が聞いてあげるわよ」
「ううん、あの事故のことでちょっとね……」
彼女は言葉を濁すと、ゆっくりと立ち上がった。
少し疲れているのかもしれない。そう思い、彼女は事務室を出た。

 誰もいない休憩室。並べられた椅子のひとつに腰掛け、沙織はため息をついた。
「何か引っかかるのよね……」
単なる悪戯や他社の妨害工作で片付けるには少し無理がある。
あの事件以来、彼女はそう疑問を抱いていた。
コンテナ内にいた装甲車は、当然個人レベルで購入できるようなものではない。
単価はともかく、購入の際に多くの手続きと調査が必要となるためだ。
他社が怪しまれない形で購入し、潜入社員を使ったという可能性もあったが、
港湾での事故を誘発する程度で、大掛かりな計画を立てるとは考えにくい。
 とすれば、今回の事件には内部の者が関わっている可能性が高いのだ。
それも、多少強引なやり方ですら許容される立場にある者が。
「社内分裂なんて、できれば考えたくはないけれどなぁ……。
 結局、今すぐ解答を出すのは無理、か」
彼女は、ひとり呟いた。
「――まあ、私1人が深く考えたってどうにもならないよね」
 そう言って立ち上がった時、ツナギ姿の青年が休憩室に入ってきた。
「あ、どうも」
彼――誠二は、室内に彼女の姿を認めると軽く頭を下げた。
沙織も軽く会釈を返す。そうして部屋を出ようとしたところで、彼が声を掛けた。
「何か悩み事でもあるんですか、橘さん」
「ん?……別に無いけど、どうして?」
彼女が訊き返すと、彼は「実は……」と言って、理由を説明し始めた。
「メアリーに頼まれたんですよ。
 『沙織が変だから直接聞き出せ』ーって、いつになく深刻そうな表情で」
「……」
「まあ、何もなければそう伝えるだけですけど、本当に何もないんですよね?」
彼が確認すると、彼女は黙って頷きを返した。

 この疑念も、今はまだ推測の域を出ない。
そして、この推測が本当だったとしたら、尚更打ち明けるわけにはいかない。
「あ、沙織」
「ん、どうかした?」
だから、と彼女は考える。
今は心の内にしまい込んでおこう。

いずれ、明らかにすべきことだからこそ。

       

表紙

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Neetsha