Neetel Inside 文芸新都
表紙

ショートショート集
お人よし

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 背広を着たサラーリマン風の男が公園のベンチで頭を抱え込んでいた。そしてこうつぶやいた。
「ううっ。いったい俺はどうすれば……」
 実はこの男、会社から銀行に運んでいた現金を奪われてしまったのだ。ついさきほど男を襲った強盗によって。
 奪われた額は男の年収の十倍ほどだった。クビになることはなくても、今後の出世に影響するだろう。だから、うろたえていたのである。
 
 男は警察に連絡することができなかった。携帯電話は強盗に奪われてしまったのだ。
 男は公衆電話か人をを探すかと思った。が、このあたりにはあまり人がいない。公衆電話に行ったほうがいいだろう。

「お困りのようですね」
 男が顔を上げるとそこには老紳士がいた。
 男は、驚きながらも答えた。
「ええ、そうですが……」
 老人はためらいがちにこう聞いてきた。
「失礼ですが、何で困っていらっしゃるんですか」
 男は憔悴しながら言った。
「現金を盗まれましてね……。大金です」
「よろしけば、お金を貸しますよ」
「大金だといったでしょう」
 男は半ば怒りならば言った。そして、奪われた額を老紳士に告げた。老紳士は笑いながら言った。
「その程度なら何とかなりますよ。私は資産家だったんです」
「ええっ。」
 男は驚いた。まさか、そんな大金を貸してくれる人がいるとは。
「し、しかし本当ですか」
「本当ですよ。名刺さえくれれば貸してあげますよ」
と老紳士は笑いながら言った。男は半信半疑で、
「ありがたいです……」
と言った。

 数分後、厳つい男がスーツケースを携えてやってきた。老紳士は
「私のボディーガード兼秘書だよ」
 と言った。
 スーツケースの中には男が奪われた額と同額の現金があった。老紳士はその中から一枚一万円札を取り出し、男に見せた。透かしも入っている、紛れもない本物だった。
 男は老紳士のスーツケースから自分のスーツケースに現金を詰め替えた。
 それにしてもお人よしだなと男は思った。名刺が嘘だったらどうするんだ……。まあありがたいが。
 男は老紳士にぺこぺこ頭を下げ別れを告げた。そして銀行に向かった。

 男は銀行に入り、窓口にスーツケースを置いた。銀行員が現金を手に取り、自動計算機に入れ始めた。
 ピッーという音がした。銀行員が顔をしかめ、男にこう告げた。
「お客様。失礼ですが、これは偽札ですね。」
 ま、まさかどうしてだ。男は思った。ちゃんと本物であることは確かめた。一体どうして。それにあの老紳士が俺に偽札を渡して何の利益を得るというのか……。
 そして動揺している男に、さらにこう告げる。
「今、警察を呼びますので。お待ちください」

 男は警察が来るまでいろいろ考えた。が、答えは何も出てこなかった。どうする。どうする。という気持ちばかりが出てくる。

 やがて、警察官がやってきた。
 男は、必死に事情を警察官に説明し始めた。
「強盗に襲われて、現金を盗まれたんです。そして、謎の紳士が現れて、金を貸してくれたんです」
 警官は男の言葉を信じなかった。
「何を言っているんですか。そんなことあるわけないでしょう。嘘を付くにしても、もう少しましな嘘を付いたらどうですか」
 と呆れ顔で言った。

 男はそのときやっとことの真相に気づいた。あの強盗と紳士はグルだったんだろう。俺はなんてお人よしだったんだろうと男は思った。が、しかしもはや男に挽回の余地はなかった。おそらく男は刑務所に入れられてしまうだろう。

       

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