Neetel Inside 文芸新都
表紙

鳳龍院シャドウの戦い
魔法剣士マリア

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僕は、今喫茶店にいる。
喫茶店の名前は『クリームレモン』
意味が分からない店名だが、もしかしたら店主が一生懸命考えた結果つけられた名前かもしれないので何も言わないでおこう。

店主はやくざ映画にでも出てきそうな強面のサングラスをかけたおじさんで、それ以外に人はいない。
こんな怖い店主がいるところで心休めるティータイムなんかできるはずもないので、それは仕方がないことだろう。


さて、そろそろ状況説明にも飽きてきたので、現実を直視してみよう。
僕がこの喫茶店にいる理由は『マリア』のせいだ。

『マリア』こと佐藤真理は、あの後、「見たな?私の素顔を!」と言って、僕をこのやくざ喫茶(僕命名)に引きずり込んだのだ。
「……で?何かようか?」
僕は若干の怒気を孕ませて言った。
「何かようか?とは、随分な物言いだな庶民よ。元はお前が私を呼び止めたのだろう?」
佐藤は、運ばれてきたコーラをチュウチュウと吸いながら言った。

僕は膨大化する怒りを理性と言う名の器で抑え込み、深呼吸を繰り返した。

「どうした?そんな息を荒くして?欲情したか?変態め」
佐藤は冷たい目をして刺すように言った。
僕は頭に血が上っていくのを感じて机をバンッと叩いた。
「なんでそうなるんだよ!」
叩いてから数秒、静寂が包んだ。
ふいに背中をトントンと叩かれた。
振り返るとやくざが額をピクピクさせて立っていた。
「お客さぁん、店内では静かにねぇ」
血がさっと引いていくのを感じた。
「はっはひ……すいませんでした」
僕は深くお辞儀をした。
やくざはチッと舌打ちをしてカウンターへ戻っていった。
本当にここは喫茶店なのかよ……。やくざの事務所じゃないの?
という疑問を浮かべながら顔を上げると、真っ正面にいる佐藤が含み笑いをしていた。
「あんなケルベロスよりも下の下級生物に怖じ気づくなんて、お前は救いようがない弱者だな」
言い返す気力さえ沸かず、僕はただ唸っていた。



「で……なんであそこで何やってたんだ?」
何度目になるか分からない質問を佐藤にいった。
「だからケルベロスを倒していたと言ってるだろうが」
そして何度目になるか分からない返答をもらった。
「だからケルベロスって何だよ?」
僕がそう問うと、佐藤は驚いたような顔をした。
「知らんのか?ケルベロスを」
「いやケルベロスは知ってるよ。ギリシア神話における地獄の番人だろ?」
昔呼んだ『誰にでも分かるギリシア神話』に書いてあったのを覚えている。
「現界ではそうらしいな。無論、私の世界のケルベロスとも少しは似ているが。似て非なるものだ」
「は?」
どうやら佐藤の厨二設定その1は『自分は異世界からきた』らしい。
「私の世界のケルベロスは魔王シャドウに使える魔獣だ。しかしケルベロスは、手下の魔獣の中でも下位ランクだ。つまり雑魚。まあ現界のものには倒せないけどな」
シャドウという単語に僕はビクリとした。
心臓から何かがこみ上げてくるような。体が何かに乗っ取られそうな違和感。
そうこれは中学二年のときに毎日味わっていた感覚。
だめだ……これを呼び覚ましてはいけない。
僕は必死にそれを押さえつけた。

「ん?どうした?」
佐藤が、心配そうにのぞき込んできた。
その至近距離から見た顔に僕は不覚にもドキリとしてしまった。
仕方ないだろ……女性免疫は最低ランクなんだからさ。

     




ひとまず、落ち着いたところで再び佐藤との会話を再開させた。
「あのさあ、さすがに高校二年なんだからさ、そういう妄想はやめろよ。あとで後悔することになるぞ?」
……俺みたいに。
「妄想?何を言っている?私は妄想なんかに取り憑かれてなどいない」
佐藤は淡々と言った。
佐藤は、ほかの誰かがなんと言おうと、厨二病から解放されることはないだろう、そう思った。
きっと、一生悔やむような……そんな事件が起こらないかぎりは。
「分かった……もういい、俺は帰る。今後一切お前とは関わらないよ」
僕はそれだけを言って、伝票を持ってカウンターへと向かった。
「おい、ちょっと待て」
「ん?」
後ろを振り向くと佐藤が席から立って、ことらに向かってきた。
「私の素顔を見たやつを放っておくことはできん」
憮然として言い放った。
そのまま僕の真っ正面へと来て立ち止まった。
「生憎、現界人の殺傷は、我が世界では認められていない。仕方がないから、お前を私の子分にしてやろう」
澄ました顔でとんでもないことを言い放った。
「はあ!?」
「煩わしいな、そんな大声を出すな」
げんなりとした顔で佐藤は言うが、げんなりしたいのはこっちだ。
ていうか、子分?こいつの?
つまり、僕にもその厨二ワールドにつき合えと?
断固断る。
僕はもうその世界からは引退したんだ。
いまさら、戻るつもりなんて更々ない。
「どうした?うれしくて声もでないか?」
佐藤は笑っている。僕は絶句している。
「まあ、そういうことだ。明日再『魔法学園アトランティカ』で落ち合おう」
そう言い残して、佐藤は去っていく。
「え?……お、おい、ちょっとまてー!」
僕は、必死に遠くに行く佐藤の背を追いかけた。
しかし、「お客さあん、無銭飲食ですかあ?どうなるかわかってるんだろうなあ?」と、やくざに凄まれて、危うく失禁しそうになった僕は、結局、佐藤に追いつくことはできなかった。





「ふう、偉い目にあった……」
僕は通常の二倍のお金を払って、やくざ喫茶から帰還することができた。
もう、絶対あの喫茶店には行かない。と心に誓い、僕は今、部屋に閉じこもっている。
今日は濃い一日だった。
朝は普通の日常だったのに……。
なんで放課後になったらあんなにイベントが集中してるんだよ。
しかし、それにしても明日からどうしよう……。
完璧に、明日の学校は佐藤フラグがたってるじゃん。
一番立てたくなかったフラグだよ。
しかも、佐藤は学校でいじめにあってるわけだ、つまり佐藤の仲間と僕が認識されたら、僕もいじめに合うってことだろ?
最悪だ。

こんな最悪な気分、中学二年の時、クラスの密かに思いを寄せていた相沢さんに「近寄らないでっ!」って言われたとき以来だ。
あの時は、本格的に自殺を考えたものだ。
でも、基本ビビリな僕は、結局死ぬのが怖くて縄すら用意できなかったけど。

鬱々とした気分でナイトタイムを過ごしていると、部屋のドアをノックされた。
「ゆう君いる?」
姉貴だった。
「うん」
それだけを短く返事する。
「入って良いですか?」
「うん」
少し間を開かせて、姉貴が入ってきた。
「何か悩みごとでもある?」
開口一番にそう言い放った。
「え?あ……な、ないよ、大丈夫」
悩みごとはある。
でも、それを家族に打ち明けたりはしない。
もう迷惑はかけられないから。もう困らせたくないから。
「そうですか、ならいいです。何か困ったことあったら言ってね?家族なんだから」
姉貴は『家族』という言葉を強調していった。
これが、僕が厨二病でなくしたもの。
『家族』
僕の家族は、あの事件以来、僕によそよそしくなった。
親とのまともな会話なんてここ数年していない。
朝起きたらご飯があって、お金があって、帰ったらご飯がある。
そんな生活。
唯一、姉貴だけは、僕と会話しようとしたがるが、いつもから回ってしまう。
僕との会話がうまくいかない日々。
いつしか、姉貴はことあるごとに『家族』という言葉を出すようになった。
その言葉を発することで、僕が家族であり、無関係な人ではないと、確認するように。

     

姉が部屋から出て行った後、僕は、パソコンを点けた。

気分がダウナーな時は、ネットに限る。
しかし、大して調べたいこともないので、Yahoo!のトップページから抜け出すこ
とがなかなかできない。
仕方がないので、自分の名前でも検索することにした。
「ええーっと……飛田雄っと」

暫く時間をかけて、ディスプレイに検索結果が映し出された。

検索結果は、同姓同名の作家一人に名前占いなどだった。
大して面白くない結果だったので落胆しながらも、つぎに検索するワードを思案
した。
暫く悩んだ後、僕は、今日会った変質者、佐藤真理を検索することにした。
検索欄に『佐藤真理』と入力していく。
ふと何を思ったのか『アリス』という単語も付け加えていた。
そして、検索ボタンを押してしばらく待つ。
表示された。
……とんでもないサイトが出てしまった。
『アリスとマリア』
サイト名は多少メルヘンチックだが問題はない。
ただ中身が問題だった。
『私ことアリスは今日魔王の下部ケルベロスを倒すことに成功した。
いかに、ケルベロスが現界で力を振るっても、異界クリフォトの魔法使いである私に勝てるはずがない。
私は一撃必殺であるライジングブリザードでケルベロスを粉々に粉砕し、再生機能さえも使えなくさせたやった。
そこまでは順調だったのだ……、同級生である飛田に私の素顔を見られてしまったのだ。
私は仕方なく飛田を下部にすることで事なきを得たが、危なかった。
明日からは飛田と魔獣達を滅ぼしていくつもりだ。
現界人は役には立たないが足には使えるだろう。』

……何やってんだよあいつ。
何ブログとか書いてるんだよ。しかも俺の実名出すなよ。
あああ、つっこみどころが多すぎて何からつっこめばいいか分からない。
とりあえずいえることは、このサイト需要あるのか?
絶対ないだろ。
そう思いつつ、僕はコメント欄を見てみた。
奇跡的なことにコメントが一つだけついていた。
どうせ荒らしか中傷だろ、と思いながらコメントを見た。

『アリスはやはり天才ね
私は陰からのサポートしかできないけど、怪我に注意して頑張ってね!
PS:後で飛田さんのことを教えてください。事と次第によっては……

dear魔法剣士マリア』

……。

できれば見なかったことにしたい。
しかし、あいつにも友達がいたのか、それもとびきり痛いやつ。
しかも、最後の文は何なんだろう。あきらかにに僕に何かしようとしている意図を感じる。
名前も『魔法剣士マリア』とかすごくダサい。
過去の自分がどれほど痛かったかがすごく分かる。もう泣きそうだ。
僕はすぐにウィンドウズを閉じ、パソコンを止めた。

風呂入って気分転換しよう、そう心に決め、この数十分の記憶をなかったことにした。




朝、目が覚めると、憂鬱感がどっと心と体に染み込んできた。
このまま風邪だといって学校をさぼってしまおうかと一瞬思案したが、姉貴に心配かけたくないので仕方なく学校に行くことにした。

昨日までは清々しく、希望に溢れていた通学路は、今や地獄への通路と化していた。
病は気から、と言うが、本当にそうなのだろうか?
だったら、今すぐ僕に風邪を曳かせてほしい。
されども何時までたっても咳は出ず、体温は平熱のままだ。


憂鬱な気分で歩いていても、学校には着くようで、今僕は校門の前にいる。
ため息をつく。
ため息しかつくことができない自分に呆れながら、学校へと入っていった。

教室につくと、中には人がまばらにいて、机で寝たふりしてる人や、談笑している人がいる。
中学までなら寝たふりグループに入っていた僕だが、高校に入ってからは談笑グループに入っている。
「おっす!」
僕は近くにいた岡田に話しかけた。
「おう!」
岡田に挨拶をしたあと、ふと教室全体を見回した。
……よし。
どうやらまだ佐藤は来ていないようだ。
このまま引きこもっていてこなければいいのに、と思うが、それはクラスメイトとして恥ずべき行為だろうか?

「ん?どうした、そんなにキョロキョロとして、好きなやつでもできたか?」
岡田は不審そうにいった。
残念ながら恋心なんて美しいものは抱いていない。あるのは醜い憂鬱感。

「ちげえよ」
それだけを答えて、自分の席へと向かった。
恋心なんて抱けたらどんなに幸せだろうか、まさに青春とやらを満喫できるだろう。
でも、現実に学校中が羨望するマドンナなんていないし、美人なやつには彼氏がいる。
それに、女子と話すことが不得意な僕には彼女なんてできないだろう。
せいぜいできて片思い。

そこで、何故か僕は昔見た幼い少女のことを思い出した。
あれは何時だっただろうか。
たしか、僕が中学二年の最初のころだった。
芳野公園で僕が一人ブランコを漕いでいたとき、その子は現れた。
そのころの僕は毎日いじめられていたせいで、他人に心を開けなくなっていた。
僕は、その子がこちらに向かってくると、すぐに逃げようとした。
怖かったから。
すると彼女は。
「待って」
と言った。
突然の呼びかけに僕は、ピタリと止まってしまった。
後ろを振り向くと笑顔が眩しい白いフリルのついた服を着た少女がいた。

「一緒に遊ぼう?」
彼女は言った。





そこからのことはよく覚えていない。
たぶん適当に遊んで帰ったのだろう。
もしかしたらへたれな僕は彼女の誘いを断り、逃げ出してしまってたかもしれない。
もしそうだったら情けなさすぎて、泣きそうだ。

「おい」

考えごとをしていたせいで、突然の言葉に椅子をひっくり返しそうになりながら、顔を上げると、そこのは佐藤真理がいた。

「何をしている。さっさといくぞ」

佐藤は言った。




     




「……」
僕は佐藤の呼びかけには答えない。
理由は簡単、返事をして仲間だと思われたくないから。
「おい、何だまっている。私が呼んでいるのだ、下部ならさっさと従わんか!」
教室に沈黙が訪れる。
ああ、人の視線が刺すように痛い。
僕にはもう黙るという選択肢しかない。

「おお、飛田!昨日のことなんだかんだ言って引き受けてくれたのか!」
岡田の声が静寂に包まれた教室に響き渡った。
「いやあ、やっぱりいざというときには役に立つねえ」
岡田は、僕の肩をドシドシと叩きながら笑っている。
……痛い。
「ちげえよ!これは……」
僕は弁解しようとして口を開いた。
「これは?なんだ?」
しかし。
「これは……その……なんでもない」
嬉しそうな顔をして、僕を褒めてくれている岡田に事実を言うことはできなかった。




朝の騒動から時間が経ち、昼休みになった。
休み時間毎に僕の机に来て、厨二トークを繰り広げる佐藤のせいで、僕に近づいてくる人は徐々に減っていった。
このままでは、今日一日で岡田以外誰も近寄らなくなる、という非常に考えただけで鬱になる未来が脳裏に浮かんだ。
このままではいけない。
そうは思うのだが何をすればいいのか分からない。
俺は佐藤と仲良くする気はない、と言えば楽にはなるが岡田を裏切ったことになる。
反対にこのまま佐藤と仲良くなれば、鬱病生活が始まる。
一体どうすればいいんだろうか?

ふいに脳裏にアイディアが浮かんだ。
それを必死にたぐり寄せていき、頭の中で第一級危険物並に慎重に扱う。

徐々にそのアイディアがはっきりとしたものになっていき……確実なものになった。



昔、いじめられっ子を人気者にするっていうドラマがあった。
それと同じことをしよう。
あのドラマよりは、簡単にできそうな気がする。
なんせ佐藤は外見は良い部類に入る。
中身さえどうにかしてしまえば、人気者にはなれなくても、普通にはなれる。
ふふふ、と内心ほくそ笑んだ。
今日からさっそくやってみよう。



「あいつ……どこへ行った」
授業が終わると同時に佐藤を見つけようと、首を動かすが、一向に見つからない。
まさか、もう帰ったってことはないだろう。
俺はやつが言うには、下部だ。
絶対に僕の元へと現れるはずだ。

しかし、今日佐藤が僕の前に現れることはなかった。

       

表紙

さやえんどう 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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Neetsha