美少女70万人vsタクヤ
第三話@能力者(イレギュラー)
第三話「イレギュラー」
異変は朝から始まっていた。
焼けたベーコンの匂い。トーストの匂い。空腹を刺激されては流石の僕でも自然と目を覚ます。
「ふぁあぁぁ――」
ベッドから起き上がるとカーテンの向こうから太陽の光が漏れている。
別にカーテンを開ける必要はない。どうせ朝と夜しかこの部屋にはいないのだから。
タクヤは鞄に道具を入れて、制服へと着替える。
父子家庭にあったタクヤは中学の頃から親父とは別居している。
つまり、このベーコンとトーストの匂いは誰かが家の台所にいるということだ。
「ナミか……」
腰まで伸びた髪と華奢な体躯、白い太腿がスカートから伸びている。
「タクヤ様、お起きになられましたか。おはようございます」
「ああ、おはよう。その格好は?」
よく見るとスカートも上の服もタクヤの通う学園の制服だった。
「昨日のうちに用意しました。何故か大量生産されていましたので」
どうみても僕より年下か同年代にしか見えない彼女は不釣り合いな敬語を使う。
本人は敬虔を込めてと言っているが、あまり使われ慣れないものを使われるのは良い心地ではい。
「それで、ナミが作ったのか、これ」
テーブルに並べられた品の数々はしっかりとした朝食だった。何年ぶりだろう。
タクヤはしげしげと見つめる。
「はい、僭越ながら……もし、お口に合わないようでしたら仰って下さい。作り直します」
「いや、そんなことないだろう。それより――」
「はい」
「その、……敬語をやめてもらえないかな。
もっと簡潔明瞭に話してくれないと意味を聞き取るのに時間がかかる」
「では、最も短い日本語を使用します」
「頼むよ」
「け」
「……?」
「け」
「――はい?」
「食べなさいと言う意味です。『く』と返すと食べますという意味になります」
「そんな日本語あるの?」
「はい、秋田県の方言です」
「いや、ちゃんと標準語で頼む」
「わかりました」
一見融通が利かないように見えるが、これも彼女なりのジョークらしい。
いや、全く理解は出来ないんだけど。
『それでは、今日のニュースです。御剣市は男性の少なさに悩まされているようです。
人口の99.99985%、およそ80万人……失礼しました。
110万人が女性となっている御剣市では今日、大規模な異住登録が認可された模様です』
――カラン。
ジャムを掬っていたスプーンが僕の手から皿の上に落ちた。ナミはじっとニュースを見ている。
「ああ、そうか――」
「……?」
ともかく昨日、力を使ったんだった。でも、何か妙な胸騒ぎがする。
「ナミ、今のニュース、どう見る」
「失礼な話し方で良いのですね?」
「ああ、程ほどに頼む」
「はい、では――」
ナミは身体維持のための食料摂取を中断して正しくタクヤに向き直る。
「普遍的、かつ客観的に評価するならあり得ない。
世界でも人口の99%が女性の都市など存在しないからです」
「じゃあ、そこから導き出される結論は?」
「タクヤの力」
「正解だ」
僕はスプーンをジャムの瓶に投げ入れて肩を竦めた。
「昨日、何故私がこの服を手に入れたか不可解でしたが、そういうことでしたか」
ナミは自分の服を摘んだ。
「僕は美少女を限定したつもりだったんだけどね」
「む――私のフェイステクスチャは世界の美少女をモデリングベースに5300パータンの中からタクヤが選んだものですよ。
どう考えてもそれが美少女でないわけがないです」
少しムキになって答えるナミは思いとどまった様子で小首を傾げる。
「けど、そうなると私が編入するのはオカシイですね。人間ではないのに」
「そんなことないよ。これからが戦いなんだ。ナミにはサポートを頼む」
「はい――タクヤ様がそう仰るなら」
従順なところは変わっていなくてほっと一息つく。
「お、おい。また固い敬語になってるぞ」
しかし、タクヤは身支度を終えて何かを忘れていた。
それに気がつくのは街に出てからそう長い時間を必要としなかった。
「まて……」
道行く人、全てが女性というのはいくら色情魔なタクヤにとっても、
良薬多すぎれば毒というように酷いめまいを起こしそうだった。
街に溢れ返る匂いは女特有のものだ。
人間臭さというよりは香水やコロンの匂いと女性の匂いが酷く感じられる。
「なんだこのイフ世界……くっ、正気を保っていられそうにない……」
「目を瞑ってはダメ。考えていることが具現化する恐れがあります」
ナミはタクヤの腰に細い腕を回して背中をさする。
交差点まで歩いてくるといつもいるはずの柊さんがいない。
それが何故かということすら考える気力が沸かない。むくむくとわき上がるのは劣情に他ならない。
コンビニからは男性用品がもう処分され始めているのか、段ボールがいくつも出てくる。
「ナミ……。僕は『美少女が男性と入れ替わるように移住する』とイマジンしたんだ。
客観的に今の現状を説明してくれないか」
「はい。効果がどの程度の範囲、又は影響力を持って及んでいるかということでいいの?」
「ああ……」
ナミは目を瞑り、高速思考演算で様々な定義を処理する。
思考はすぐに停止し、ナミが落ち着いた口調で語り始める。
「まず第一にイマジンクリエイトは顕現を早期化するデフォルト機能がある。これはいい?」
「ああ」
「第二に顕現するに足りない部分はタクヤの潜在意識、認識から代替えするっていう補助機能があることもいい?」
「うん、だんだん思いだしてきた」
「そして、第三に矛盾しそうになると回避するために様々な副次的な条件、
顕現が派生してしまうこともいいよね」
「ああ……」
「私の思考結果では美少女に年齢制限、人間的概念を定義しなかった為、
タクヤの潜在認識と結びついている可能性があると見える。
今回の場合、街の活動が停滞しないように世界側が今ままでの男性の仕事を美少女が引き継ぐ形で顕現したんだと思う」
「そこまでは予想通りなんだが……」
「そして、これが最も重要なんだけど
……多分彼女たちの中には人間の領域を越えた能力を持った人がいる可能性が高い」
「……どういうことだ?」
「物理的に考えてこの御剣市に来るには移動距離が存在するけど、
この顕現の早さがその仮定を裏付けていると思うの」
「早期化が矛盾を生んだ……?」
「多分……そして、その均衡を保つために彼女たちの中には能力者(イレギュラー)が生まれた可能性が高い」
タクヤが想像したのとは少し違う形になっていると思うとナミは付け加えた。
なんということだろう。あれほど良い案だと思ったのに行動力が逆に裏目にでたということだ。
せめて最初は100人ほどでテストするべきだった。
一度に70万人など、考えれば考えるほど馬鹿げていると思えてきた。
「くそっ……」
タクヤは気を落ち着かせて再び歩み出す。
「大丈夫? この状況を打破するには男性達を戻すしかないけど、
恐らく一度顕現した人外の能力はイマジンクリエイトの性質上『無に戻す、消すことができない』と思う」
「そうだな……もしナミの考えが正しければ僕は、
この街の人達は少なからずおかしな力を持った者に接触してしまうな」
タクヤは後悔の念と同時に興奮するものを感じた。それは、戦慄だ。
学園に着くと大変なことになっていた。
校門から伸びる女生徒の列。その長さは学園をぐるりと半周するほどの長さだった。
「あ、タクヤ先輩!」
校門を抜けたところに副会長、朝陽鈴音の姿はあった。
「あ、朝陽さん? これは一体どういうこと?」
「なんか意味不明なんだけど、今日になって転入生が500人きたとかで、
手続きに学園側が追われてるみたいです……、私は自宅に朝早く電話があって、てっきりタクヤ先輩も来てるかと思いました」
僕はナミを一瞥した。
「……忘れていました」
「うそだろっ」
ナミは高性能AIで動く粒子体だ。人間とほぼ同じ機能を果たす肉体を分子レベルから構築してるが、その頭脳はナミ自身の自立AI(普通の脳)と衛星からの特殊信号を受けて行動している。それが何かを忘れるなんてあり得ない。
ごまかしか、何なのか……ナミは直立したまま目を瞑って沈黙した。
「その子は?」
朝陽さんが当然質問してくる。何も考えていなかったことを後悔してももう遅い。
「えっと……」
「偶然、道ばたで会った人です」
「……」
ナミはタクヤとの関係が公になることを想定した場合の動きにくさを考えたのだろう。
美少女ハラマの計画に万が一支障が出れば、ナミと言えども切り捨てなければならない。
ナミはタクヤの野望を優先し、嘘をついた。
「そ、そうなんだ」
「そう? 随分親しい感じがしたけど」
「そ、それじゃ鞄置いたらすぐ手伝うから。えっと、列を乱さないように監視してればいいんだよね?」
「はい。それと転入願書を回してますから書き終わった人がいるようだったらもらってあげてください」
「了解」
タクヤはナミを残して園内へ入る。
見事に職員室まで並んだ列の波をかいくぐるとタクヤは色々な視線をぶつけられた。
「え? 何、男の子?」
「なんかこの街に来て初めて見たんだけどぉ」
「可愛くない?」
タクヤはついつい目が女生徒の下半身にいってしまうのを自制して階段を駆け上がった。
教室に入ると女子だけが着席している。中にはもう既に知らない女生徒も何人かいて、
タクヤはとうとうやってしまったんだという実感がふつふつとわき上がってきた。
鞄を机の上に置いて唖然とする少女達を尻目に教室を後にする。
「え? てっきり男子はみんな引っ越したんだと思ってたんだけ――」
女生徒一人の驚きの声を扉で遮ってタクヤは階段を下った。
「あ、ほらほら、男の子だよ」
「おー、これは珍しいじゃん」
正直……耐えられないっZE! つか、バレないか?
僕一人がこの街で唯一の男って何か意図的なものを感じないか? ハーレム的な意味で。
しかも、どいつもこいつも一級美少女だ。
中には品行方正、男性なんて生き物知りませんみたいなオーラを放つ淑女も沢山いる。
どこの箱娘なんだ……。それにこの数、もしかして他の学校も凄いことになってるんじゃ……。
「あ、タクヤ先輩」
「どうしたのさ」
「べ、別に頼まれただけなんですけど、ナミってさっきの人が気を付けてくださいって
……どういうことですか?」
「さ、さあ……」
もっとも根本的な問題、『何故こんなに女性だらけなのか』という問題には誰も気がついていない。
その点においては全てがイレギュラーであるとも言える。
逆に男が珍しいということについては感知できるらしい。これは大きなヒントかもしれない。
午前中は斯くして転入手続きが主になった。
当然のことながら昼休みの学食は女子一色となるだろう。
タクヤはそんな夢のシチュエーションを頭の中で描きながら、
午後からの転入生歓迎の言葉を送る準備に奔走していた。
「本日はお日柄もよく――」
「だめですね。ここは公立なんですから」
全然だめではないと思うのだが、朝陽さんは気に入らないのかタクヤの文章にケチをつける。
「もっとこう、ラフにいかないとだめです」
「砕けてってことか?」
今やこの生徒会室には会計も議長も書記もいない。みんな男だったせいだ。そしてそれを埋めるための副次顕現は起こっていない。
つまり、副会長と僕を除いては再選挙――。
よし、出来た。朝陽さんが手元の用紙を引ったくり黙読する。
「――ま、いいんじゃないでしょうか」
な、何様なのだろうか。この副会長は。
廊下に出ると驚いたことにスーツを着た美少女がいた。
学園の教師達は様々な雑用を執り行っているため、歓迎の集会などに構っている暇はないようだ。
「あ、丁度いいところに。これ転入生の書類なんだけど、生徒会室にしまっておいてもらえる?
今ちょっと職員室の方は目一杯なの」
「は、はい――?」
「……」
「それじゃ、頼んだわよ~」
軽快に手を振って去る美少女。教師だったのだろうか。
「どういうこと……?」
朝陽さんが突然頭を抱えてしゃがみ込む。
「朝陽さん?」
「おかしい……、先生はあんなに若くない……」
ついに能力者とは違う矛盾(イレギュラー)が露呈したと確信する。
朝陽さんは『イマジンクリエイトの力』と『現実の概念』との板挟みになったのだ。
しかし、そこをうまく処理するのがこの力ではなかっただろうか?
概念操作はできない、当たり前の事実を今になって気づく。
朝陽さんは何かに気がづいたようにタクヤを見た。
「ちょっと……どうしてこんなことに気がつかなかったの――街に男の影が一つもない!」
凄い剣幕で朝陽さんは僕を睨みつける。
朝陽さんの認識をイマジンクリエイトの力で変えるべきだろうか。
「え、僕は知らないよ」
「タクヤ先輩、あなたの仕業なんですか。日頃から女の子を見る目が怪しいと――」
仕方がない。イマジンクリエイト発動。
『朝陽鈴音はこの件を忘れる』
「なに目なんか瞑ってるんです?」
……?
「なんとか言って。この街はどうなっているの?
転入生412人、編入生116人全員が女子で、528人男子全員で転校なんて常識からいってあり得ない」
「やだな、朝陽さん。どうしてそれで僕が原因なんだ?」
――何故効かない? イマジンクリエイトは絶対のはず。
「あなたがこの街でただ一人の男だからでしょ」
「どうして朝陽さんにそんなことがわかるの?」
「…………どうしてかしら」
「おかしいよ。僕以外にだって男の子はいるはずだよ」
「いえ、私の記憶ではタクヤ先輩しかこの街で見なかった……。
た、タクヤ先輩しかいないと思えるほどにどこにも無かったわ――男の姿が」
記憶……そうか、記憶も消すことはできないのか。
その時、廊下に響く園内放送があった。
「――全園生徒は廊下に整列し、体育館へ移動してください」
「……」
朝陽さん一人が騒ぎ立てたところで僕にとっての損害は無といってもいい。
それよりも今は、男子と入れ替わった美少女と社会の男性と置き換わった美少女の現状を整理しなければならない。
「ちょ、ちょっとタクヤ先輩、どこにいくんですか?」
「体育館。挨拶しないといけないからね」
タクヤは朝陽を無視することに決めた。是正すべきは朝陽個人ではないと判断したからだ。
僕はもう後戻りはできないんだ――。
概念操作はできない、当たり前の事実を今になって気づく。
朝陽さんは何かに気がづいたようにタクヤを見た。
「ちょっと……どうしてこんなことに気がつかなかったの――街に男の影が一つもない!」
凄い剣幕で朝陽さんは僕を睨みつける。
朝陽さんの認識をイマジンクリエイトの力で変えるべきだろうか。
「え、僕は知らないよ」
「タクヤ先輩、あなたの仕業なんですか。日頃から女の子を見る目が怪しいと――」
仕方がない。イマジンクリエイト発動。
『朝陽鈴音はこの件を忘れる』
「なに目なんか瞑ってるんです?」
……?
「なんとか言って。この街はどうなっているの?
転入生412人、編入生116人全員が女子で、528人男子全員で転校なんて常識からいってあり得ない」
「やだな、朝陽さん。どうしてそれで僕が原因なんだ?」
――何故効かない? イマジンクリエイトは絶対のはず。
「あなたがこの街でただ一人の男だからでしょ」
「どうして朝陽さんにそんなことがわかるの?」
「…………どうしてかしら」
「おかしいよ。僕以外にだって男の子はいるはずだよ」
「いえ、私の記憶ではタクヤ先輩しかこの街で見なかった……。
た、タクヤ先輩しかいないと思えるほどにどこにも無かったわ――男の姿が」
記憶……そうか、記憶も消すことはできないのか。
その時、廊下に響く園内放送があった。
「――全園生徒は廊下に整列し、体育館へ移動してください」
「……」
朝陽さん一人が騒ぎ立てたところで僕にとっての損害は無といってもいい。
それよりも今は、男子と入れ替わった美少女と社会の男性と置き換わった美少女の現状を整理しなければならない。
「ちょ、ちょっとタクヤ先輩、どこにいくんですか?」
「体育館。挨拶しないといけないからね」
タクヤは朝陽を無視することに決めた。是正すべきは朝陽個人ではないと判断したからだ。
僕はもう後戻りはできないんだ――。