珠玉のショートショート七選
人工庭師(作:成穂宮江草)
花弁の舞い散る庭園の只中で、彼女は目覚めた。
鋼鉄のメインフレーム、導電高分子の人工筋肉を、薄い柔肌と絹に包んだ美しい人型は、硝子の瞳を開いて感嘆した。
ゆっくりと上半身を擡げ、庭園を見回した。見覚えは無い。
人型機械の彼女は瞳を閉じる。自動チェック機能が、前回起動から数百年経つ事を告げた。
再び瞳を開くと、思考が徐々に晴れる。本来の役割を思い出し、彼女は庭園の奥にあった倉庫へと駆けた。
倉庫に鍵は掛かっておらず、埃っぽい中には庭師道具が整然と並べられていた。彼女はそれらを恐る恐る手に取り確かめた。
朝もやが晴れてくる頃、彼女、少女の形をした機械の庭師は、如雨露を手にくまなく庭園を歩いた。
人影が無い。いるのは兎だけだ。
彼女は溜息をつきながら水を撒く。その後を兎は付いてくるので、振り向いて溜息混じりに聞いてみた。
「貴方、ここの子? 他の人、人間はいないの?」
兎は答えなかった。彼女は空しく思う。
彼女は水をやりながら、南中の頃には人間は食事に戻るはずだと考えた。
果たして太陽が正中に昇る頃には彼女は庭仕事を終えていが、人間は来ない。
それでも彼女は庭にテーブルを運び込むと、兎が飛び乗ったので思わず話しかけた。
「そこは座る場所じゃないわ。貴方に言っても無駄だけど。全く、これではアリスのお茶会」
そして溜息を一つついて、ふと溜息だらけの自分に気が付いた。機械の自分に、溜息は意味が無い。
機械の庭師と兎の庭。彼女には不意に滑稽に思えて、小さく笑い出した。
そして彼女は、戻るかもしれない人間の食事を準備するため、邸宅へ向かった。
だがそれは徒労に終わった。埃まみれの豪邸は荒れ果て、キッチンにも食材はおろか、人の跡さえ無かった。
落胆し、屋敷を跡にしようと扉に手をかけた瞬間、庭園に轟音が響いた。
駆け戻ると、見慣れない黒い塊が立っていた。
彼女と同じ人型機械。しかしそのフォルムは醜く、恐ろしい。一見して戦闘用と知れる。
少女が怯えて後ずさりすると、その塊は言った。
「見回りから戻れば目覚めたか。手間をかけさせる」
その声は低く恐ろしげだったが、敵意も悪意も無いようだった。彼女の身体から力が抜ける。
「貴方は?」
彼女は問うた。目の前の恐ろしげな鉄塊は、しかし穏やかに答えた。
「俺はこの屋敷の住人だ、こいつの後輩に当たる」
そう言って戦闘機械は、巨大な手のひらを少女の前に差し出した。その上ではあの兎が、呑気に菜っ葉を齧っていた。
少女は思いっきり力が抜けてしまった。
昼を過ぎると、続々と庭園に機械たちが集結していた。
大小さまざまなタイプが居たが、しかしその中には人間はおろか、彼女のような人型機械さえ存在しない。
少女は人間に仕えるための人工庭師だった。だから、たずねた。
「この中に人間はいないのですか?」
小さな虫のような、六本足の機械が答えた。
「人間なんかおりゃしませんよ、そうでなければわし等こんな気楽にやれん」
また別の、鋭角的なシルエットをした飛行型が言った。
「この周囲を良く飛ぶが、人間は居ないね」
少女は落胆した。その様子を他所に、機械たちは庭の真ん中で楽しそうにおしゃべりを始めた。
少女はどんどんいたたまれなくなり、頼りない足取りで離れた倉庫の前へ向かった。
メカニカルノイズと電子音声が少女の耳に刺さる。
かつて居た場所はこんな場所ではなく、優しく暖かい雰囲気だった。
少女は居場所がないと感じて、倉庫を背に体育座りをしながら、機械たちの談笑を見て思う。
彼らは皆、目的に最適化された姿をしている。部屋を掃除するため、地を均すため、空を飛ぶため、壊すため……。
だから彼女は自分の足、細く壊れやすい人間と同じ足を見つめて、自分は何のためにいるのだろうと思った。
気が付けば、彼女とは別の、最適化された庭師ロボットが仕事を始めている。彼女のやり残しを目ざとく見つけては的確に整え、無駄が無く、仕事も完璧。
彼女は自分の手を見つめた。人間と同じ手、剪定をするためには不慣れな鋏を持たなければならない。
彼女はまた溜息をついて、不貞腐れたように塞ぎ込んだ。機能面では不要のの、プラチナブロンドの髪が垂れ込めて、少女の気持ちは更に滅入った。
塞ぎこんだまま夕焼けを迎えた頃、気配が不意に飛び込んだ。先ほどの兎だった。
「あら、貴方は来てくれるのね」
表情が少し和らいで、足を崩すと途端に彼女の膝に乗る。小さな瞳が覗き込んだ。
彼女は兎を小さく抱きしめる。兎は柔らかく、温かい。
その温もりを感じながら、少女は言いようの無い疎外感をますます感じていると、今度はあの大きな戦闘機械が様子を見つめているのに気が付いた。
「貴方はおしゃべりに加わらないの?」
彼女が問うと、むっつりと戦闘機械が答える。
「俺は役立たずだ、あそこに居場所が無い」
戦闘機械の答えが、庭師には意外だった。
「そんな大きな身体で、強そうで、どうして役立たずなの?」
「こんな大きな身体はもてあます。強くたって、相手が居ないのでは役に立ちようも無い」
少女は目を丸くした。
「でも、貴方なら他にもなんだって出来そうだわ、だって――」
「何をしようにも、俺より上手く出来るヤツは居る。だから荒事でも起こらない限り、俺はつまはじきさ」
そういうと戦闘機械は、人工庭師の隣に腰掛けた。少女は彼の態度に親しみを感じた。
「奇遇ね、私も今自分のこと役立たずって感じてた」
「そんなことは無い。人間に近い作りのせいか、ミスタ・ピータソンは安心していられる」
「ミスタ・ピータソン?」
彼女がミスタ・ピータソンを探して見回すと、戦闘機械がからかう様に言った。
「膝の上だ、お嬢さん」
果たしてミスタ・ピータソンは、少女の膝の上で眠りこけていた。
彼女は戦闘機械に、色々たずねることにした。現状は未だ良くわからない。
「ここはどこ?」
「どこだっていい、といいたいが、ここは大陸の外れの山の中だ」
「どうして貴方たちはここに?」
「居心地がいいからさ。俺たちも人間が作ったんだ。人間の雰囲気が少しでも残っているほうが、気が楽だ」
彼女はそれを不思議に思ったが、かまわず戦闘機械は続ける。
「だが、探しても人間は居ない。お前さんも人間かと思って拾ったが、違った」
「期待してたの?」
少女の問いかけに、戦闘機械は残念そうに答えた。
「ああ。誰かお前さんを待っている人間が居るかもしれないからな」
「どうして」
「そんなに人間に似せたんだ。お前の元の持ち主は、きっと人寂かったに違いない」
二人は溜息をついた。
「貴方も溜息をつくの?」
「意味は無いが覚えた。使えることは使っておきたい」
そして戦闘機械が、ミスタ・ピータソン、先住の兎を撫でた。
「俺の手も、元はこうするためのものじゃない。だが出来る。お前さんも色々やってみるといい」
強面の戦闘機械から出た言葉を、人工庭師はひどくうれしく受け取った。
庭の真ん中では、焚き火が盛大に炊かれている。どの機械も、暗闇を見通す機能があるのに。
何の意味も無い、まるで人間のパロディだ。彼女にはこの庭園の全てが、ひどく滑稽で、哀しく見えた。
2機の人型機械は、夜が更け明けるまで、語らいを続けた。
夜が明けて、朝もやが掛かる頃。
庭園の草花は瑞々しく、しっとりと露に湿っていた。
彼女はミスタ・ピータソンを起こさない様立ち上がると、手入れの行き届いた庭園を散策した。庭師の彼女には初めてのことだった。
歩きながら彼女は、この庭園以外に自分を必要としている場所があると思った。
彼女は再び倉庫へ向かい、庭仕事の道具を整理し始める。すると戦闘機械が語りかけた。
「行くのか、やはり」
「だって私は、ここには必要ないもの」
戦闘機械が一つ溜息をついた。
「ミスタ・ピータソンが寂しがる」
少女は柔らかい笑顔を浮かべて、答えた。
「そんなこと無いわ。ミスタ・ピータソンは貴方が居れば十分なようだもの」
ミスタ・ピータソンは、その小さな身体を戦闘機械の巨体に預けていた。
彼は電子音声で苦笑した。戦闘機械に表情は無いが、内心は照れくさいのかもしれない。
「俺は戦闘用殺戮兵器なのだがな」
戦闘機械が、寂しそうに言った。
「だとしたらもう違うわ。貴方は兎を喜ばせられるのよ」
人工庭師は、励ますように答えた。戦闘機械は、そうだな、とつぶやき、ミスタ・ピータソンを大切そうに抱きしめた。
少女はひとしきりの庭師道具を抱え、歩き出した。庭園を後にする頃、庭を塒にする機械たちが見送りに来た。
機械たちは彼女に、様々な別れの言葉をくれた。餞別は、丁重に断った。
最後に、ミスタ・ピータソンを抱いた戦闘機械が、彼女の前に立った。
「もう少し位居てくれても良かった」
「楽しそうにしているところに、お邪魔が居ては悪いわ。ミスタ・ピータソンとお幸せにね」
残念がる戦闘機械に、彼女は精一杯の笑顔で答えて、庭園から歩き出した。
戦闘機械は別れ際に、餞別だ、といって一つの黒い塊を手渡した。使い込まれた、巨大な銃だった。
彼女は目を丸くして、断ろうとした。
「こんな物騒なものいらないわ。それに私は戦闘用じゃない」
戦闘機械は諭すように言った。
「残念ながら、この庭を出れば自動兵器もわんさと居る。これは必要だ」
寂しそうな言葉だと、少女は思う。戦闘機械は言葉を継いだ。
「それに、この武器は殺すためだけじゃない。俺は守るために戦った。お前にもそのときは来るかもしれない」
「判ったわ。ありがとう、受け取ることにする」
「本当は使わないのが一番だがな。それじゃな、bon voyage!」
戦闘機械の別れの言葉に、少女は少し驚いた。もう戦闘機械の言葉ではない。
彼女自身も、役立たずの庭師とか、どうでも良いことに思えてきた。不出来な庭師の自分にも出来ることがある。戦闘しか能の無いはずの彼にだって、ミスタ・ピータソンの世話役になれるのだ。
少女は色々考える。自分には何が出来るだろう、誰かのために。意外と出来ることは多そうだ、何しろ人間と同じ姿なのだから。
誰かのお役に、立てるなら。そんな前向きな気持ちで、少女は庭園から荒野へ向かう。
数年後。廃棄された人工衛星群の一機から、入植先のコロニーへ連絡が入った。
「放棄されたはずの地球の酸素濃度が、数百年前――生存可能環境のレベルへ復帰」
その報告に、コロニー中が色めき立った。
数百年前の戦争で破壊され、放棄された地球に、失われた緑が戻っていた。
その廃棄衛星は、更に驚くべき映像を送信してきた。
地表の拡大画像。平野に、山肌に、色とりどりの花々が、優しい風に吹かれていた。
そしてどこかの花園に、無数の動物と機械の反応。
その中心には、可憐な少女の姿をした機械が、甲斐甲斐しく草花の世話をしている姿があった。
鋼鉄のメインフレーム、導電高分子の人工筋肉を、薄い柔肌と絹に包んだ美しい人型は、硝子の瞳を開いて感嘆した。
ゆっくりと上半身を擡げ、庭園を見回した。見覚えは無い。
人型機械の彼女は瞳を閉じる。自動チェック機能が、前回起動から数百年経つ事を告げた。
再び瞳を開くと、思考が徐々に晴れる。本来の役割を思い出し、彼女は庭園の奥にあった倉庫へと駆けた。
倉庫に鍵は掛かっておらず、埃っぽい中には庭師道具が整然と並べられていた。彼女はそれらを恐る恐る手に取り確かめた。
朝もやが晴れてくる頃、彼女、少女の形をした機械の庭師は、如雨露を手にくまなく庭園を歩いた。
人影が無い。いるのは兎だけだ。
彼女は溜息をつきながら水を撒く。その後を兎は付いてくるので、振り向いて溜息混じりに聞いてみた。
「貴方、ここの子? 他の人、人間はいないの?」
兎は答えなかった。彼女は空しく思う。
彼女は水をやりながら、南中の頃には人間は食事に戻るはずだと考えた。
果たして太陽が正中に昇る頃には彼女は庭仕事を終えていが、人間は来ない。
それでも彼女は庭にテーブルを運び込むと、兎が飛び乗ったので思わず話しかけた。
「そこは座る場所じゃないわ。貴方に言っても無駄だけど。全く、これではアリスのお茶会」
そして溜息を一つついて、ふと溜息だらけの自分に気が付いた。機械の自分に、溜息は意味が無い。
機械の庭師と兎の庭。彼女には不意に滑稽に思えて、小さく笑い出した。
そして彼女は、戻るかもしれない人間の食事を準備するため、邸宅へ向かった。
だがそれは徒労に終わった。埃まみれの豪邸は荒れ果て、キッチンにも食材はおろか、人の跡さえ無かった。
落胆し、屋敷を跡にしようと扉に手をかけた瞬間、庭園に轟音が響いた。
駆け戻ると、見慣れない黒い塊が立っていた。
彼女と同じ人型機械。しかしそのフォルムは醜く、恐ろしい。一見して戦闘用と知れる。
少女が怯えて後ずさりすると、その塊は言った。
「見回りから戻れば目覚めたか。手間をかけさせる」
その声は低く恐ろしげだったが、敵意も悪意も無いようだった。彼女の身体から力が抜ける。
「貴方は?」
彼女は問うた。目の前の恐ろしげな鉄塊は、しかし穏やかに答えた。
「俺はこの屋敷の住人だ、こいつの後輩に当たる」
そう言って戦闘機械は、巨大な手のひらを少女の前に差し出した。その上ではあの兎が、呑気に菜っ葉を齧っていた。
少女は思いっきり力が抜けてしまった。
昼を過ぎると、続々と庭園に機械たちが集結していた。
大小さまざまなタイプが居たが、しかしその中には人間はおろか、彼女のような人型機械さえ存在しない。
少女は人間に仕えるための人工庭師だった。だから、たずねた。
「この中に人間はいないのですか?」
小さな虫のような、六本足の機械が答えた。
「人間なんかおりゃしませんよ、そうでなければわし等こんな気楽にやれん」
また別の、鋭角的なシルエットをした飛行型が言った。
「この周囲を良く飛ぶが、人間は居ないね」
少女は落胆した。その様子を他所に、機械たちは庭の真ん中で楽しそうにおしゃべりを始めた。
少女はどんどんいたたまれなくなり、頼りない足取りで離れた倉庫の前へ向かった。
メカニカルノイズと電子音声が少女の耳に刺さる。
かつて居た場所はこんな場所ではなく、優しく暖かい雰囲気だった。
少女は居場所がないと感じて、倉庫を背に体育座りをしながら、機械たちの談笑を見て思う。
彼らは皆、目的に最適化された姿をしている。部屋を掃除するため、地を均すため、空を飛ぶため、壊すため……。
だから彼女は自分の足、細く壊れやすい人間と同じ足を見つめて、自分は何のためにいるのだろうと思った。
気が付けば、彼女とは別の、最適化された庭師ロボットが仕事を始めている。彼女のやり残しを目ざとく見つけては的確に整え、無駄が無く、仕事も完璧。
彼女は自分の手を見つめた。人間と同じ手、剪定をするためには不慣れな鋏を持たなければならない。
彼女はまた溜息をついて、不貞腐れたように塞ぎ込んだ。機能面では不要のの、プラチナブロンドの髪が垂れ込めて、少女の気持ちは更に滅入った。
塞ぎこんだまま夕焼けを迎えた頃、気配が不意に飛び込んだ。先ほどの兎だった。
「あら、貴方は来てくれるのね」
表情が少し和らいで、足を崩すと途端に彼女の膝に乗る。小さな瞳が覗き込んだ。
彼女は兎を小さく抱きしめる。兎は柔らかく、温かい。
その温もりを感じながら、少女は言いようの無い疎外感をますます感じていると、今度はあの大きな戦闘機械が様子を見つめているのに気が付いた。
「貴方はおしゃべりに加わらないの?」
彼女が問うと、むっつりと戦闘機械が答える。
「俺は役立たずだ、あそこに居場所が無い」
戦闘機械の答えが、庭師には意外だった。
「そんな大きな身体で、強そうで、どうして役立たずなの?」
「こんな大きな身体はもてあます。強くたって、相手が居ないのでは役に立ちようも無い」
少女は目を丸くした。
「でも、貴方なら他にもなんだって出来そうだわ、だって――」
「何をしようにも、俺より上手く出来るヤツは居る。だから荒事でも起こらない限り、俺はつまはじきさ」
そういうと戦闘機械は、人工庭師の隣に腰掛けた。少女は彼の態度に親しみを感じた。
「奇遇ね、私も今自分のこと役立たずって感じてた」
「そんなことは無い。人間に近い作りのせいか、ミスタ・ピータソンは安心していられる」
「ミスタ・ピータソン?」
彼女がミスタ・ピータソンを探して見回すと、戦闘機械がからかう様に言った。
「膝の上だ、お嬢さん」
果たしてミスタ・ピータソンは、少女の膝の上で眠りこけていた。
彼女は戦闘機械に、色々たずねることにした。現状は未だ良くわからない。
「ここはどこ?」
「どこだっていい、といいたいが、ここは大陸の外れの山の中だ」
「どうして貴方たちはここに?」
「居心地がいいからさ。俺たちも人間が作ったんだ。人間の雰囲気が少しでも残っているほうが、気が楽だ」
彼女はそれを不思議に思ったが、かまわず戦闘機械は続ける。
「だが、探しても人間は居ない。お前さんも人間かと思って拾ったが、違った」
「期待してたの?」
少女の問いかけに、戦闘機械は残念そうに答えた。
「ああ。誰かお前さんを待っている人間が居るかもしれないからな」
「どうして」
「そんなに人間に似せたんだ。お前の元の持ち主は、きっと人寂かったに違いない」
二人は溜息をついた。
「貴方も溜息をつくの?」
「意味は無いが覚えた。使えることは使っておきたい」
そして戦闘機械が、ミスタ・ピータソン、先住の兎を撫でた。
「俺の手も、元はこうするためのものじゃない。だが出来る。お前さんも色々やってみるといい」
強面の戦闘機械から出た言葉を、人工庭師はひどくうれしく受け取った。
庭の真ん中では、焚き火が盛大に炊かれている。どの機械も、暗闇を見通す機能があるのに。
何の意味も無い、まるで人間のパロディだ。彼女にはこの庭園の全てが、ひどく滑稽で、哀しく見えた。
2機の人型機械は、夜が更け明けるまで、語らいを続けた。
夜が明けて、朝もやが掛かる頃。
庭園の草花は瑞々しく、しっとりと露に湿っていた。
彼女はミスタ・ピータソンを起こさない様立ち上がると、手入れの行き届いた庭園を散策した。庭師の彼女には初めてのことだった。
歩きながら彼女は、この庭園以外に自分を必要としている場所があると思った。
彼女は再び倉庫へ向かい、庭仕事の道具を整理し始める。すると戦闘機械が語りかけた。
「行くのか、やはり」
「だって私は、ここには必要ないもの」
戦闘機械が一つ溜息をついた。
「ミスタ・ピータソンが寂しがる」
少女は柔らかい笑顔を浮かべて、答えた。
「そんなこと無いわ。ミスタ・ピータソンは貴方が居れば十分なようだもの」
ミスタ・ピータソンは、その小さな身体を戦闘機械の巨体に預けていた。
彼は電子音声で苦笑した。戦闘機械に表情は無いが、内心は照れくさいのかもしれない。
「俺は戦闘用殺戮兵器なのだがな」
戦闘機械が、寂しそうに言った。
「だとしたらもう違うわ。貴方は兎を喜ばせられるのよ」
人工庭師は、励ますように答えた。戦闘機械は、そうだな、とつぶやき、ミスタ・ピータソンを大切そうに抱きしめた。
少女はひとしきりの庭師道具を抱え、歩き出した。庭園を後にする頃、庭を塒にする機械たちが見送りに来た。
機械たちは彼女に、様々な別れの言葉をくれた。餞別は、丁重に断った。
最後に、ミスタ・ピータソンを抱いた戦闘機械が、彼女の前に立った。
「もう少し位居てくれても良かった」
「楽しそうにしているところに、お邪魔が居ては悪いわ。ミスタ・ピータソンとお幸せにね」
残念がる戦闘機械に、彼女は精一杯の笑顔で答えて、庭園から歩き出した。
戦闘機械は別れ際に、餞別だ、といって一つの黒い塊を手渡した。使い込まれた、巨大な銃だった。
彼女は目を丸くして、断ろうとした。
「こんな物騒なものいらないわ。それに私は戦闘用じゃない」
戦闘機械は諭すように言った。
「残念ながら、この庭を出れば自動兵器もわんさと居る。これは必要だ」
寂しそうな言葉だと、少女は思う。戦闘機械は言葉を継いだ。
「それに、この武器は殺すためだけじゃない。俺は守るために戦った。お前にもそのときは来るかもしれない」
「判ったわ。ありがとう、受け取ることにする」
「本当は使わないのが一番だがな。それじゃな、bon voyage!」
戦闘機械の別れの言葉に、少女は少し驚いた。もう戦闘機械の言葉ではない。
彼女自身も、役立たずの庭師とか、どうでも良いことに思えてきた。不出来な庭師の自分にも出来ることがある。戦闘しか能の無いはずの彼にだって、ミスタ・ピータソンの世話役になれるのだ。
少女は色々考える。自分には何が出来るだろう、誰かのために。意外と出来ることは多そうだ、何しろ人間と同じ姿なのだから。
誰かのお役に、立てるなら。そんな前向きな気持ちで、少女は庭園から荒野へ向かう。
数年後。廃棄された人工衛星群の一機から、入植先のコロニーへ連絡が入った。
「放棄されたはずの地球の酸素濃度が、数百年前――生存可能環境のレベルへ復帰」
その報告に、コロニー中が色めき立った。
数百年前の戦争で破壊され、放棄された地球に、失われた緑が戻っていた。
その廃棄衛星は、更に驚くべき映像を送信してきた。
地表の拡大画像。平野に、山肌に、色とりどりの花々が、優しい風に吹かれていた。
そしてどこかの花園に、無数の動物と機械の反応。
その中心には、可憐な少女の姿をした機械が、甲斐甲斐しく草花の世話をしている姿があった。
↑(FA作者:学先生)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「人工庭師」採点・寸評
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
1.文章力
90点
2.発想力
95点
3. 推薦度
100点
4.寸評
素晴らしい。
人工庭師は、機械達は、自分の生まれ持った役割というものを強く意識していて、そして自分の現状が必ずしもそれにそぐわないと気付き、落胆する。だけれど、それでも、最適化されておらずとも、出来ることはある――
「何が出来るか」より「何がしたいか」が重要だということです。この物語は読者にそれを考えさせてくれる、今の時代にとって、良質で優しい存在です。そして、そのことを人間ではなく機械を用いて描写した、その発想が個性と呼ぶべきものなのです。きっと。
文句なしでオススメ出来る逸品です。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
1.文章力
100点
2.発想力
100点
3. 推薦度
100点
4.寸評
圧倒的な文章力、発想力、今企画における現段階(番号順に採点・寸評しています)でNO.1の作品。
わずか数行のはじまりから広大で深い世界観を見せつけた「力」は脅威という他ないです。個人的にはケチの付け所もありませんでした。
また、必要最低限の「喋るキャラ」「主要キャラ」、それらがしっかりと個性と役割を持っており、最後の最後で主人公が究極の使命を果たす…。設定・構成共に完璧です。
よくぞこのような作品を考え出した、よくぞこの文章量でここまで見せ付け、まとめ切った。その才能と実力、そしてその裏にあるであろう努力に頭が上がらない。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
1.文章力 100点
2.発想力 60点
3.推薦度 90点
4.寸評
減点すべき箇所がほとんど無いです。非常に洗練された文章で(難しい漢字にはルビを振ってもいいとは思いますが)、流れるように進む物語は内容と相まって非常に爽快です。オチも綺麗で、一つの作品として非常に纏まっているように思えます。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
1.文章力 90点
2.発想力 70点
3.推薦度 100点
4.寸評
短編小説として文句の付けどころのない作品。
始めの方で少し誤字が気になったくらいで、文章は全体的にレベルが高い。堅苦しくなりがちなシリアスな内容や、どこか感情に欠けた機械たちのセリフを、とても読みやすくまとめている。
話自体はと言えば大きい抑揚があるわけでも、奇想天外なオチがあるわけでもないが、作者の言いたいことは分かりやすく伝わってくるし話の締め方も良い。
短編にありがちな、「ムリして短くしてしまった感」を感じずに読むことができた。
欲を言うとすればやはり、話に盛り上がりが欠けていた点だろう。そういう趣旨の作品ではないとも思うのだが、一点だけでも「ここが見せ場」という場所を作って欲しかった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
1.文章力 50
2.発想力 40
3. 推薦度 50
4.寸評
綺麗な物語という印象。切なさが感じられる。
ただ有り勝ちだとは思ってしまい、好きになりきれない。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
1.文章力 (90)
2.発想力 (90)
3. 推薦度 (90)
4.寸評
弐瓶先生のファンなんでしょうか、最近漫画にもこういうオマージュのようなものが増えてきていますね。
満点を付けても良かったのですが、私個人の趣向が大いに加味されてしまうので抑えておきました。文章力、発想、キャラクター、オチ、どれを取っても素晴らしいです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
各平均点
1.文章力 86点
2.発想力 73点
3. 推薦度 88点
合計平均点 247点