「へぇ。そんなことがあったんだね……全然知らなかったよ~」
寒いので片手にはホットココアを持ちながら話していた。
「まぁ、それが最初の出会いだったよ。毎日料理を作ってたんだけどずぶの素人だから明らかに食べられないものなのに無理したんだろうけど食べてくれた時は嬉しかったかな」
ボクは片手にあったホットココアを一気に飲む。
「さて。そろそろ帰ろうか。送っていこうか?」
「ホント!?」
ズイッと前にのめり込むようにボクを見た。
「当たり前じゃないのか? 昨日は忙しかったから送らなかっただけなんだけど」
「じゃあ、早く行こう! ほら! 早く!」
「はいはい。わかったからそんなに引っ張らないでくれ」
一応、この子の家を見てみようと思った。そこが豪邸ならば……まぁ、考えてやることもない。そう思っていた。
「着いたよ」
そういった先には強い風が吹けばあのド○フのような感じに簡単に崩れそうなおんぼろな家が建っていた……というより揺れていた。
「ただいま~」
和風に出来上がった引き戸を開ける。玄関にやってきたのは三人の男の子と三人の女の子だった。
「紹介するね。こいつはウチの家の長男で中学三年の田宮 友和で~す」
「ども」
これはこれは……不良のような育ち具合ですこと。明らかにどこかで育て方間違っているよね?
「で、こっちが次男の誠心。三男の慎也。次女の鏡花。三女の雫。四女の絵美奈です。わたしを合わせて九人家族だよ~」
右から順に話してくれたのだが誠心は中学一年生。慎也は小六。鏡花と雫は中学二年生。絵美奈は六歳といわれた。
「姉貴の彼氏?」
ガムを噛みながら話すのは友和だった。
「ん~候補かな? ほら、いつも言ってた燕尾くんだよ」
「あぁ、あの」
納得するように上から下、下から上をしげしげと見続ける。
「ふ~ん。ルックスは上の中だね。なかなかの美形だ。姉貴が惚れるのもなんとなくわかるよ」
外見はおっかないのに喋り方は意外と落ち着いている。
「かれしなの~?」
「かれしだって~」
「かれしってなに?」
「そりゃお前、あれだ。えと、なんだっけ?」
「おなかすいた~!」
一斉に喋りだす。その場の雰囲気で押しつぶされそうになる。ので、早々と立ち去ることを優先した。
「じゃ、じゃあ、ボク、帰るよ。遅くまでキミ達のお姉さん連れまわしてごめんね? またね」
もう会わないだろうけど手を振った。
冗談じゃない。貧乏なうえに九人家族だと!? そんなに産んだ親の顔が見てみたいわ!
「ま、待って!」
追いかけてくる一つの影。
「瑠佳? どうしたの?」
あくまで平静を装う。
「返事……聞かせてほしいの」
肩で息をする瑠佳。返事? そんなの決まっているだろう。
「ごめん」
その一言が決定的だった。
「そう……だよね…」
うなだれる瑠佳に声すらかける要素はない。
「それと……いいにくいんだけど……花梨といっしょの時は話しかけてこないでくれるかい? 花梨の性格知っているだろ? このままじゃ、二人とも強制退学になるかもしれないから」
よし。さりげなく拒否したボクを称えるべきだろう。
「うん……ごめんね」
そういうと後ろを振り向き自分の家へ帰っていった。きっと俯いた顔は涙でぐしゃぐしゃの顔になっているんだろうな。ぞくぞくする。
さて、そろそろ帰らないとラミアに酷い目に合わされそうだ。
今夜の月は明るい。私は近くにある公園のブランコに座る。
「そっか……私フラれたんだっけ」
まだ断られたのが嘘のようで信じられなかった。
「そういえば氷乃宮さんの話を聞いたのもここだったけな……」
さっきまで楽しく会話していた光景が残像となって動き出す。笑いあう二人は他人から見れば清純な恋人に見えただろう。だけど、それは違う。燕尾くんの本当の彼女は氷乃宮さん。私はただ燕尾くんの後を追いかけて燕尾くんに迷惑になっていた。いわゆる邪魔者だったのかな。
「迷惑だったんだよ……きっと」
自分に言い聞かせるような言葉を発す。それが本心とは思わない。
それに燕尾くんから聞いた氷乃宮さんとの出会いはなんとなくだがまだ他にもあるような気がする。退学だけじゃないなにか。
「そうだよ……それになんであんなこと話してくれたんだろ?」
燕尾くんは特に過去の事を話すのは嫌いだ。じゃあ、なぜ話してくれたんだろう? 大事な彼女との出会いなのに。
きっと他にもあるはずだ。絶対に。
「見つける。氷乃宮さんとアナタの絶対的な秘密を」
さっきまで落ち込んでいたのが嘘のように立ち上がる。公衆便所の水で赤い目をして腫れていた顔を冷たい水で洗い落とす。また一からの出直しだ。
蛇口を閉める。
「私は諦めない。アナタとの出会いが私を変えたんだから」
とは言ったものの、時刻は九時を過ぎていて母と父が帰っている頃だろう。
グー、と腹の中の虫がお腹がすいたと知らせてくる。
「……明日からしよう」
ぐっと決意を表す。
よろよろとおぼつかない足取りはもうない。
あるのは覚悟と愛だけだった。
今夜の月は明るい。