夏の日の午後
5話「佐藤さんと僕」
僕は、あれから一時間くらい泣いた。時計の針を見る。4時40分。もうすぐ5時である。やりきれなさは増すばかりである。
僕は今日本の高校生の中でかなり不幸なやつの部類に入ると思った。せつない。
佐藤さんは、僕がこんな状況になっていても、それでもチャットをしていた。よく見ると、両耳にはイヤホンをしていた。
きっと僕と同じように、好きな曲を聞いてるのだろう。
でも、これはどうだろうか。人の家に居ながら、人のパソコンを借りながら、人の家なのに人を無視しながら、
黙々とチャットをしている。たまに笑ったりなんかもしている。
こんなこと許されるのであろうか?いや、許されないだろう。あまりにも不礼儀だ。
僕は頭にきたので、佐藤さんにこう聞いた。
「佐藤さん、パソコンしてもいいって言ったけど、やっぱ限度ってもんがあるでしょ? 」
「ねえ、無視? 君、人の家でこんなこと平気でしといて何にも思わないの? 」
沈黙である…。かなりむかついた。僕は佐藤さんにこう言った?
「あんた何さま? 人の家にとまっときながら、俺無視してさぁ…。あんた何さまのつもりなの? 」
10秒くらいした後、佐藤さんはイヤホンをとりはずして、下に置いた。
「あんまりこういうこと言いたくなかったんだけど…、あんたリア充でしょ?そして私は?
見りゃわかるでしょ。ただのチャット中毒で、リア終」
「は? 俺がリア充とか頭おかしいんじゃないの?w」
「だって、あなたは今はどうあれ、青春してたじゃん。花火してたじゃん。さっきから泣いてたみたいだけど、ずっと聞いてたわよ」
「でも今の俺はどうだ?リア終だろ? 」
「さあどうかしら。あんたは青春してた身なんだから、もう一回がんばれば青春できるんじゃないの?」
「あんたは?」
「さあ。多分青春なんてできないでしょうね。八方塞がり」
佐藤さんは、僕に背を向けたまま話しはじめた。
「あんたみたいに、リア充だった時期があった人にはわからないと思うけど、私ね」
「友達は一応いるけど、遊びにはあんまり行ったことないわ。友達は何人かいる、ようだけど、一度とて一緒に遊んだことがない人もいるわ」
「それでも、その友達同士ではけっこう遊んでるようだけどね。ま、私はこんな性格だからってのもあるけど、そう遊んだ記憶はないわ」
「小さい頃も、今も遊ばなかった記憶はあるわ。悔しいけど、友達はいるけど誰からも電話もメールも来ないわ。メールを送る勇気もないけどね」
「高校生になってから、まだ5回も友達と学校以外で会った記憶はないわ。会えそうな友達も、何人かいるんだけどね…」
「でさ、私寂しくなったのよね。日本にはもっと友達できなくて苦労してる人もいるってのに、私人が恋しくなったの」
「だからチャットをはじめたの。はじめたらさ、私の話聞いてくれる人多くてさ、で、味しめちゃって、」
「やめたくても、やめれないのよね、チャット。なんか1日でもチャットやってないと、仲間はずれされる気がしてさ…」
「誰も、たいして私のことなんて気にかけてないのにね。ひどい自意識過剰よね」
「でさ、私は思うようになったの。世界にはさ、もっと苦しい、学校に行きたくてもいけない人とか寂しすぎて自殺する人とかいるのにさ、」
「こんなことでくらいでくじけちゃう私は、なんてだめ人間なんだろーってね」
「で、最近はそれにあんたと同じく、何かをやらなければいけない気がするけど、やる気力がなくてそれが何かわからないっていう」
「そんな不安も加わってさ、辛いわけよ。こんなだめ人間の私を、あなたはどう思う? だめ人間がっ!! って思うでしょ?
もう、自分でも呆れちゃうくらい、だめ人間なんだ、私。こんなんだから、友達いるのに誰からもメールも電話も来ないんだろうね。
ま、人が怖いっていう性格だから、仕方がないのかな? なんて思っちゃったりして。あきらめたりなんかしちゃって」
「でも、それでいてまだ自分の才能や能力に期待しちゃってさ、がんばればできる! なんか思っちゃったりなんかして」
「自意識過剰で、人からかまってもらえないと落ち込んじゃったり、人の些細な言動に弱いのよ私」
「それでいて自己顕示欲がすごいのよ、私。表現したいちゃんなの」
「ねえ、こんな私どう思う? あんたなんかよりよっぽど可能性がなくて、」
「だめ人間でおさきまっくろな奴だと思わない? 」
時計の針を見る。6時30分。窓の外を見ると、明るかった空も、だんだん暗く染まっていっている。
佐藤さんの主張を聞いて、ひとつわかったことがある。
もしかしたら俺は、ちょっと舞い上がってたのかもしれない。
冷静に考えて、賢二と香奈がキスしてただけで、アイツらは俺を利用してたんだ!!! と思うには無理がある。
賢二と香奈は付き合ってたけど、俺とは友達…なんて可能性もなきにしもあらず、だ。ってか、そうかもしれない。
そのほうが無理がない。
しかも、だ。
少なくとも俺達3人は、あの花火をしていた時は、青春をしていたのだ。これだけは確かなことなのだ。
お互いに、あの夜という時間を「共有」していたのだ。
みんなの感情はわからない、とは言うものの、3人が、同じように、心から笑っていたことは確かなはずだ。
だとすれば、今がどうあれ、少なくとも青春をしていたのだから、
俺はリア充じゃないか!!!
仲間なんて、また作ればいいじゃないか。一期一会じゃないか、人生は。