Neetel Inside 文芸新都
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リレー小説 「K」
1: 只野空気/サカサマサカサ・復讐の代価

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「お金で買えないものはないのよ」
 そう言って目の前の細い足の少女は、ぐりぐりと俺の背中をヒールの尖った部分で踏みつけてくる。
「愛は買えないだろ」
 やたらと唇に刺さるとげとげしたコンクリートにキスをさせられながら、俺はできうる限りの精一杯の笑顔で細足の少女に言ってやった。
「くだらない」
 俺の笑顔も精一杯のくさい台詞も、その一言によって崩壊する。
 なぜ、俺はこうも昔からついていないのだろうか? 一歩家から外に出れば何もないところで転び、何かをしようとすれば裏目に出る。なぜか何かと不幸なことに巻き込まれる。もしかして、自分が不幸そのものなのではないかとに錯覚してしまうほど俺はついていない。かといって家から出なければ幸運。と、いかないのが実に不幸の塊の自分らしい。
 実際、今日こうして踏まれているのも、家に引きこもっていたからである。外に出たら人災にあってしまうから出たくなかったのだが、家の中で一人引きこもっていても人災にはあうものらしい。
 この細足の少女は家で市販のミネラルウォーターを飲み終えたところだった俺の家に、いきなりドアをぶち破り土足で入り込み、「お迎えに来ました」だのといって俺をこんな薄暗い路地裏まで、ご丁寧にも黒服のごつい男二人のエスコートまでつけて招待してくれた。
「もう一度言うわ。お金で買えないものはないの」
 俺を踏みつける少女の力は先ほどより強くなり、そろそろ呼吸しづらくなってきた。この少女、小さな見かけによらずなかなかの力を持っているらしい。というか俺の力がないだけかもしれない。
「愛は買えないさ」
 こうなれば意地だ。年下だろう小さな少女一人の力にすらかなわないなさけない俺の精一杯の抵抗だ。俺自体少女が言うようにお金で買えないものなんて思う。それは無論愛だって買えると思う。だが、ここで同意してしまえば俺の立場がない。と、言うかなぜ俺は踏まれているのだろうか。なぜ、家から引きずり出されてこんなむごい仕打ちを受けなければいけないのだろうか。
 別に俺は人に踏まれて性的快楽を得るような特殊な性癖は持ち合わせていないし、小さな女の子に興味があるわけでもない。つまりはこの状況は大変不快だ。もしかしたらこの状況を見たらぜひとも代わってほしいと言うものが居るかもしれないが、もしそんなやつがいるのならコンマ一秒もかからないうちに交代をしてやろうと思う。
「あなたはどうして昔からそう強情なの」
 俺を踏みつけていた少女の力が弱まったかと思えば、今までその片足しか見えていなかった少女の顔が正面にあわられる。少女は金髪、そしてツインテール。というかこれはテールというよりドリルと言ったほうがなのかもしれない。くるくるの縦ロールにいかにもお金持ちが好んで着そうな手触りのよさそうなブレザーを身にまとい、少女は俺に悲しそうに語りかけてくる。不覚にもその表情を見てかわいいとさえ思い顔を背けてしまった。
「馬鹿なんだから」
 そういって少女はポケットからハンカチを取り出し、悲しそうに俺のほほをぬぐった。いつの間にか切れていたのだろう。やたらと肌触りのいい白のハンカチは見る見るうちに赤に染まり、使い物にならなくなってしまった。きっとこのハンカチ一枚ですら俺の数日を過ごしていけるほどの値段はくだらないだろうに、なんてもったいないことをするんだ。
「手間がかかるんだから」
 赤く染まったハンカチを近くにいた黒服の男に渡すと、少女は俺の腹部を凶悪的なまでの笑顔のまま思い切り蹴り上げた。
 何度も何度も「仕方がない」だとか「手間がかかるから」とか「困ったものだ」なんていいながら俺の腹部を何度も何度も蹴り上げる。いくら性別の違う小さい子からの蹴りだとしても俺は重度の引きこもりだ。適度な運動をしているはずもなければ食事に気を使っているわけでもない。だから、体格差だとか性別差なんてものはあってないようものなのだ。ベジタリアンだった自分をこれほど恨みたいと思ったのはおそらく今日が最初で最後だろう。
「いくら? いくらするのよ?」
 蹴りつかれたのだろう少女は俺を蹴るのをやめ、ひざに手をついたままその小さな肩で息をしながら俺に問うた。
「知ら……ない……」
 もはや朦朧としてきた意識を総動員しても、俺に出せる答えはこの程度だ。いったい何を買おうとしているのだ。
 ああ……世界が霞んでいく。感覚が鈍くなってくる。痛みも消えたし、今の俺なら何でもできそうな気がしてきた。
 今すぐ立ち上がってこの女をひそかに持っていたのみ終わったミネラルウォーターのペットボトルでぼこぼこにして俺と同じように地面にはいつくばらせることもできるに違いない。
 でも、今はやめておこう。何せ俺はとても眠いんだ。寝よう。寝てしまえば起きたときこの世界は何か変わっているかもしれない。というか代わっていてほしい。願わくばこれが夢でありますように。
 そんな小さな願いを抱きながら、俺は意識の手綱を手放した。
「かはっ」
 手放したと思った手綱はどうやら接着剤か何かで俺の手とつながっていたらしい。強烈な痛みと、呼吸のできない苦しさで俺の意識は一気に覚醒した。いや、覚醒してしまった。
「何勝手に寝ようとしてるのかな? 誰の承諾を得たのかな? どうして私を一人にするのかな? かな?」
 ここで蹴られ続けてはっきりしたことが一つある。
「私のこと嫌いなのかな? かな?」
 この女は、狂ってやがる。
 表情は笑っているのに言っていることは悲しそう。体は怒りに震えているのに目は死んでいる。感情がちぐはぐ。存在が異常。俺はそんあ少女を見て、寒気を覚えた。
「この……くそったれ」
 最後に残された力を振り絞ってはき捨てる。言ったらどうなるかは想像できるが、言わないとやってられない。
「ははは……面白いこと言うね」
 少女はいきなり腹を抱えて笑い始める。少女はどうやら冗談だととってくれたようだ。何とか助かった。
「で? 誰がくそったれだって?」
 俺の認識が甘かった。少女は先ほどまで腹を抱えて笑っていたと言うのに、今は無表情のまま俺のことをまた蹴り始めた。
「誰が誰が誰が誰が誰が」
 もはや呪詛のようにぶつぶつと言いながら僕をごみ屑かなにかのように蹴り続ける。
「くそくそくそくそ」
 狂ったように俺を蹴る少女にもう一度心の中でくそったれとつぶやいて、今度こそ、僕は意識の手綱を手放した。

       

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