Neetel Inside 文芸新都
表紙

玉石混交のショートショート集
貝印ホームセキュリティ(作:おおむら宥)

見開き   最大化      


 窓が、閉まらなくなった。


 ケーブルテレビを引いたからだ。
 工事費をケチって、自分でやるといったから。
 数千円の違い。
 屋外のアンテナから結線するのには、窓を通すしかなかった。だから、この家のこの窓はもう二度と閉まらない。

 どうしても、観たかったスカパー。
 それと引き換えに、この家と、この家に住む僕は、安心を、永遠に失ってしまった。



 いや、窓が閉まらないんだ。
 この事実を、僕は素直に受け入れようと思う。
 人間は、弱い部分と向き合う事で強くなるのだと思う。
 醜い世界を受け入れる事で、強くなるのだと思う。
 だとしたら、この弱さを、受け入れた上で、僕がどうするのか。
 これが僕の、人としての、”強さ”なんだ。

 乗り越えるという、力なんだ。



 「5つで、500円になります」
 このピンク色の剃刀で、顔を切った時、僕は物凄く痛かった。
 反射的に落とした剃刀。
 噴出す血。その黒い思い出をも、僕は利用できる。
 これが、これが僕の強さの証だ。

 一緒に、紙粘土を買った。
 土台として。


 ここに、剃刀を、埋め込んでいく。
 一つの土台に着き、3本、埋め込んでいく。
 丁寧に、丁寧に、埋め込んでいく。


 5つの、ピースが出来上がった。
 永遠に閉まらなくなってしまったあの窓へと向かう。 
 出窓だった。


 僕は、泣きたくなった。本当にバカだ。
 空き巣被害は6割がた、出窓からの侵入だって言うじゃないか。
 どうして僕は、この窓でケーブルを通そうと……、その役割にこの窓を選んでしまったんだッ!
 どうしてこんなにもぼくはバカなんだァッ!!
 クソッ!! クソォッ!!
 チクショオオオオォォォッッ!!!


 いきおい、剃刀で中指を切ってしまった。
 その痛みで、我に戻る。
 ……こんなにも愚かな自分でさえ、生きている以上は。
 それは、受け入れなければいけない事なんだ。

 僕は、受け入れた上でそれを、乗り越える。


 窓の棧にアロンアルファで、5つのピースをくっつける。
 アパートの2階の出窓だ。
 だから侵入するとすれば、ここはかならず、一番最初に握るだろう。
 そして………。

 っ。
 中指の痛みがよみがえる。
 棧を握った空き巣は、必ず、その手を離すだろう。 

 積極防犯。
 





 不思議な事に、次の日から、帰る度に、窓の棧を見つめるようになった。
 たぶんきっと、大笑いしてしまうだろう。
 ――――帰ってきたらその棧が、真っ赤に染まっていたとしたら。
 そんな期待の所為だ。







 「――君て、変わってるね」
 「え?」
 初めて家に呼んで、それを見た彼女に、そんな事を言われた。
 おかしいな、そんなはずはない。
 そもそも、窓を、開けっ放しで平気でいられるほうが、人としておかしいじゃないか。
 彼女はまァね、と答えて、その話題は終わった。
 理論的に考えて、僕のしている事は、筋道がちゃんと通っている。何も間違っちゃいない。


 そう、あの日は、首尾よく、体の関係まで進んだのに。
 そうだ、僕は決して、人付き合いも、学業も、下手なほうじゃない。
 むしろ全てが、合理的にできる自分だからこそ、うまくいっている。
 なのに―――彼女とはそれ以来、少しずつ、疎遠になって来ている気がしてならない。




 違う!!
 僕は、僕のした事は正しいンだ!!
 強さの証明なんだ!!


 それを正当化したくて。



 「20ヶで2000円になります。」
 これは、単なる防犯のためなんだ。
 むしろ、セコムやアルソックなんかよりもお金がかからず!!
 有効な防犯手段なんだ!!!
 それを彼女に証明したくて。



 「窓の棧に引っかかったら……こうくるだろ? だから……」
 それでも、家に侵入してくる奴がいるかもしれない。

 棧を超えたら、きっと侵入できた安心感で床までは見ないに違いない。
 その心理に意表を着いて、まずは床に剃刀を仕込む。
 それを踏んだら、空き巣は、痛みに飛び上がって壁に手を付くだろ?
 あはは、ならそこにも剃刀を仕込んでやれ。
 ……いや、何か仕掛けを作って、上からサンダー用回転鋸を落とすというのは、どうだろう。
 ホームセンターであとで、買ってこようか……。

 あはは、なら、簡単に、釘が発射されてもいいし……。
 そして、絶対に逃がさない。玄関のドアノブの裏に有刺鉄線。
 驚いて転んだら、そこに、……後頭部の部分に……貝印……。

 だから、僕は、もっと、もっと、自分の家にトラップを仕掛ける。
 正当防衛だ!! 空き巣被害の、正当防衛だッ!!!!
 もっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっと!!


 積極防犯。



 


 彼女をまた家に呼んだ。
 すぐさま帰られた。









 どうして……、こんなに完璧に安全な家なのに……。
 人任せの安全保障じゃない、自分で自分が信用できる一番の安心がここにあるのに!!
 ひとつひとつ、注意したじゃないか!!
 そこには、有刺鉄線があるって!!
 そこを踏むと、鋸が落ちてくるからッッてッッッ!!!!
 絶対!! 絶対安全なんだ!! この家はァァーーーーーッッ!!!




 くっ……ぅぅぅ……っ……。
 彼女にそれをわかってもらいたい………っ。
 僕は強い男だから、君を守れると………そう……わかってもらいたい………っ。



 何がいけないんだ。
 そうだ。
 空き巣がこないからいけないんだ。
 だから、この家の安全性を、証明できない。

 はたから見れば、変態の奇行だ。
 だからこそ、この家は世界で一番安全なんだ。




 そうだ、誰かが、このトラップに引っかかって、それを証明できれば、……いいんだ。
 でも、俺は、――――誰も傷つけたくない。
 でも、彼女に―――俺を、……、いや、俺の安全性を、認めてもらいたい。

 だとしたら、証明する手段はもう、ひとつしかなかった。

 う、……うぅぅ………ぁぁ………っ…………。
 父さん、母さん、本当にごめんなさい。
 でも、俺は、弱さと向き合って、強くなりたい。子供の頃からそう思っていたんだ。

 だからこの選択を……、俺は恐れない。










 ――――数週間後

 「大屋さん、ここです。ココの二階の、ここ」
 「ほんとだ、すごい臭いですねぇ……」
 「でしょ? この腐臭、もう耐えられないんですよ!」

 「確かに。ここの住人……、学生さんでしたよね?しばらく見てないんですか?」
 「ええ! それがまったく! ここ数日ガタリともしないわ。 留守なんじゃないですか?」
 「困りましたね……」


 「とにかく! ココの人とは連絡もとれないんだし! なんとかしてくださいッ!!」
 「わかりました、じゃあ……しょうがないですね」


 大屋は裏の倉庫から、脚立をとりだした。


 「大屋権限で、…入りましょう。二階のあの出窓から」


 その時、出窓から少量漏れ出た赤黒い液体には、誰も気付けなかった。





     




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「貝印ホームセキュリティ」寸評・採点
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

1.文章力
 90点

2.発想力
 90点

3. 推薦度
 85点

4.寸評
 アホもここまで貫き通せば個性になるなあ、と思わずにはいられませんでした。
 この作品はいい風刺になっていますね。突き詰めた安全は、この上なく危険であるということを、物語の中で自然と読者に感じさせている点が素晴らしいです。
 完成度が高かったです。漫画で読みたい作品ですね。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

1.文章力
 50点

2.発想力
 40点

3. 推薦度
 30点

4.寸評
 読みやすい文章と言えるかというと、もうひとつという感じでした。決して下手ではないのですが直感的に映像が浮かんでこない文章です。悪く言えば作者主観でドロドロしすぎていて客観的なものではない。
 発想に関しては「発想力がないとは言えない」というレベルなのでこの点数です。文章が良ければもう少し自前のセキュリティシステムや最後のオチがよく分かったので更に上がったことでしょう。
 あとグロに加えて精神衛生上よろしくない作品は苦手なので推薦度は下がります。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

1.文章力 40点
2.発想力 50点
3.推薦度 50点
4.寸評
 発想自体は悪くないのですが、予想していたオチとのギャップにまるで差が無く、もう一つ捻って欲しかったところがあります。安全性が強さの証明になりえるか? と問われるとどうでしょうか、あまりすっきりする回答ではありません。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

1.文章力 60点
2.発想力 60点
3.推薦度 70点
4.寸評

 オチや構成は及第点以上。文章は癖が強い一人称だが、読みづらくはない。
 起承転結がしっかりしており、自分で自分の仕掛けたトラップにかかってしまうという一見ありがちなオチも、きっちりと主人公の内面描写と理由付けがされていたために違和感なく読めた。
 しかし、だからといって読者の予想を大きく裏切るような展開でもなく、主人公の狂気が最初のほうから出始めているため、終盤の展開がなんとなく読めてしまったのは残念だった。
 独創的な文章で文法的に良いとは言えないが、特徴的でもある。作者の他の文章も読んでみたいと思わせる作品だった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

1.文章力 40
2.発想力 40
3. 推薦度 50
4.寸評
 オチが弱いといえばそうだが、形として綺麗。
 ポツポツと曖昧な箇所が良い。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

1.文章力 (70)

2.発想力 (60)

3. 推薦度 (60)

4.寸評 
この作品の登場人物並び、作者は統合失調症の恐れがあります。(褒め言葉)
文章力が高くすらすらと読み進められ、主人公のキャラクターも面白いと思います。しかし、何故この小説の主人公が非童貞で、俺が童貞なのか理解に苦しみます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
各平均点
1.文章力 56点

2.発想力 56点

3. 推薦度 57点

合計平均点 169点

       

表紙

みんな+編纂者一同 先生に励ましのお便りを送ろう!!

〒みんなの感想を読む

Tweet

Neetsha