食いタンのみのタモツ
第十二話「新しいスポーツ」
人にはそれぞれ才能がある。
だが多くの人は自分の才能を生かし切れないままこの世を去ってしまう。
本当は時速百七十キロの剛速球を投げられる才能を秘めていたのに、生涯一度も野球に関わらなかった人がいたかもしれない。
世界中で読まれ、新しい聖書となるような小説を書ける才能があったのに、一度も筆を執らなかった人がいたかもしれない。
いざ本番となれば素晴らしいテクニックを駆使して、女性を快楽の底に沈め続ける才能があるのに、童貞のまま人生を終えた人だっていたかもしれない。
才能を発揮する機会、自分の才能を知る機会がないまま、大多数の人は平凡な生涯を送る。才能などに頼らず、努力で人生を切り開き、苦悩と苦労とささやかな幸福を背負って永遠の眠りにつく。
しかしポンポンロンガ師の出現以降――いや、桜木の才能の開花は師の出現以前の話であるから、それ以前から兆候があったと思われる。だからこその師の出現だったかもしれない――各地で麻雀の才能が「勝手に開花」してしまった者が現われてしまった。それだけではなく、いくら才能があろうと、努力を続けようとも、到達出来ない領域にまで達する実力を手に入れるものが、麻雀界に限ってはわらわらと現われた。
望む望まずに関わらず。
真っ当な生活、真っ当な性格、真っ当な生態、真っ当な性別、真っ当な性癖を彼ら彼女らは無理やり犠牲にされ、麻雀の才能を手に入れてしまった。
桜木は麻雀の神に押しつけられた天和の才能の代わりに、麻雀に関すること以外の記憶を失った。
「ロン、純チャン、ドラ二」
畑中純ちゃんが牌を倒し、長く続いたダブリーダブリン真一郎の親番が終わる。結局彼のダブルリーチは一度も実らず、その終焉も純への振り込みであった。
「所詮作り物のダブリーなんてそんなもの」純には幼い頃、真一郎と共に嬌声をあげていた頃の面影はもう残っていない。彼女が純粋に愛し続けているのは桜木である。彼女の母親が桜木と出会ったから、ではない。彼女が愛した男を、母親の夫にするようけしかけたのだ。当時五歳の純が。
そして天和の時間が始まる。
第一回戦第三試合 東二局
東家 天和しか役と認めない桜木(千葉県代表)
南家 畑中純ちゃん(神奈川県代表)
西家 ソクポンクレス(愛媛県代表)
北家 ダブリーダブリン真一郎(埼玉県代表)
試合は、日本中央麻雀競技会総合本部ビル一階大ロビー中央に置かれた全自動卓上で行なわれている。競技者に干渉しすぎない程度の距離をおいてテレビカメラが構えられ、ロビー全体には五十人ほどの黒服たちが、警備員兼大会役員兼救急隊員として配置されている。彼らはそれぞれ、柔道・剣道・逮捕術・合気道・カポエイラ・スキューバダイビング・ペットグルーミングなど様々な格闘技の有段者であり、それぞれが一騎当千の強者である。いかに異能の麻雀打ちが暴れようと、不測の事態が起ころうと、彼らに対処出来ないものはない。
はずだった。
ガガガガアシャガガシャガガシャシャガガガガンシャ!
突如降り出した豪雨の雨粒が全てガラス玉で、地面に落ちると同時にやかましい音を立てて砕け散った、というような轟音を立てて、一台の4WD車がビル玄関のガラス扉をぶち破った。
車はロビーの壁に沿って器用に暴走した。
立ち並んでいた黒服たちはその身体能力を遺憾なく発揮し、車に轢かれる寸前で飛び退いていく。
ぴょん。
ぴょん。
ぴょん。
ぴょぴょん。
一周した暴走車は少し輪を縮めて二週目に入る。黒服たちはスリルの味を覚え、笑顔も交えてこのスポーツに生き生きと参加する。
ぴょん。
びょーん。
くるっ。
すたっ。
YEAH!
「おまえの飛び方かっこいいな」
「おまえこそ回転数ハンパねえ」
「なあ次は三人で手繋いで避けようぜ」
「やだよ恥ずい」
「好きな子とかいる?」
警備を忘れて童心に戻った黒服たちと暴走車を尻目に、真一郎は騒ぎに乗じて桜木の配牌を覗く。桜木は混乱する会場に目を奪われており、手元は留守になっている。案の定天和が出来上がっているのを確認した真一郎は、自分の手牌と半分ほど入れ替えて、桜木の手を天から地上へと引きずり下ろした。
第二局の始まりからここまで一分と経っていない。
黒服たちが体力の限界を感じ、暴走車から離れて壁際に座り込み、お互い今気になっている子の告白を始めた頃、卓のすぐ側までやってきた4WD車のドアが開き、一人の太った男が姿を現わした。
だぶだぶのダブルのスーツで身を包んだその男の名は――。
「待たせたな、弟よ」
本物の、ダブリーダブリン真一郎であった。
続く