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食いタンのみのタモツ
第十三話「ハードボイルド・パンダーランド」(2/22 new)

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 過去編をやったり、今さら世界観設定を細かく決め出したりしているうちに間延びしていった一回戦第三試合はとりあえずおいといて、敗者復活戦対局室では第二試合が始まっていた。
 メンバーは一回戦第二試合で敗退した一人と二頭。

トントン(熊本県代表)
カンカン(富山県代表)
捨て牌を丁寧に並べたい池上(茨城県代表)

 一回戦ではパンダたちが牌を切るたびにあげる咆哮や、交尾の際の断末魔に似た喘ぎ声により阿鼻叫喚の地獄絵図だった麻雀卓だが、このたびは静かに局が進行していた。先ほどまで行なわれていた、一回戦第一試合の敗者復活戦において「人数合わせの伊藤」が流した小便により部屋が既にマーキング済みになっていたために、パンダたちの意気が上がらないのと、交尾疲れによる落ち着きのおかげである。

(これでゆっくりと俺の麻雀を打てそうだ)
「捨て牌の並べ方が丁寧な池上」は、持ち前の几帳面さを発揮して、捨て牌が〇.一ミリのズレも起こさないように丁寧に並べていく。一列六枚ずつ完璧に整頓されて並べられたそれらの牌は、一局が終わればすぐにジャラジャラと掻き乱されてしまう運命を背負っている分、刹那的な美しさがあり、見るものに感動を呼び起こし、自らもあのように並べなければいけない、あの人のように丁寧に生きたい、と思わせる何かを持っていた。そのようにして相手のペースをいつもとは違うものにすることで、池上は敵の雀力を下げ、自らはそのうち適当な手であがってなんとなく勝っている、というのが必勝パターンだった。捨て牌を綺麗に並べることさえ出来れば彼のペースなのだ。
 
 しかし池上には誤算があった。
 彼の相手はパンダ二頭であり、どれだけ至高の芸術品を見せたところで尻尾一つ振らない、獣の皮を被った獣なのだ。
 そして野生本能に突き動かされていたがゆえに暴れ放題だった一回戦と違い、パンダたちの打ち筋は至極真っ当であり、並み居る強豪たちに引けを取らない。一九牌以外のマンズが使用されない三人打ちは、漢字が苦手な動物たちでも打ちやすく、またソーズの図形の元となっているのは竹である。残念ながら池上が勝てる要素は見当たらない一局であった。
 ではトントンとカンカンのつばぜり合いとなるか、というとそんなことはなく、今のところ親を連チャンするトントンに、カンカンはアシスト一辺倒の打ち回しを繰り返していた。トントンがリーチをかければカンをしてドラ牌を増やし、当たり牌の見当がつけば差し込みもする。そんなカンカンをトントンは訝りの目で眺め、一方の池上には哀れみの目を向けていた。

「パンペポ ポウパン ペペンパピイ」
「ペンパプ パパピポ ポポポンパイ」
「パパンパ ピンピン ポポペンパッ」
「ペペンピ パンポウ」
「ポ」
「パ」
「ポン」

 パンダ語での会話をそのまま書き記したところで彼ら以外には通じないので、ここでは日本語に翻訳して記していくことにする。当然敗者復活戦対局室にいる人間たち(池上、警備の黒服、麻酔銃を持ったハンターたち)には通じていない。

「一度つがったぐらいで女房面するなよ」
 一房の笹を葉巻のようにくわえたトントンが、頼みもしないのに協力する打ち回しをしてくるカンカンに言う。
「勘違いしないで。あたしは勝負から降りているだけ。別に振り込む相手はそっちの人間でも構わないのよ」
 そう言いながらも、カンカンが池上に振り込むようなことはない。
「あたしはね、ほんとは麻雀なんてやめて、パンダらしく愛嬌振る舞ってちやほやされたいのよ」
 はっ、とトントンは鼻で笑う。鼻息がまた池上の牌を揺らして動かす。
「今さらそんなこと出来るものか。俺たちは野生の本能を削られて麻雀を刷り込まれて生きてきた。麻雀が親で、麻雀が生活で、麻雀が笹だ。動物園で一日中眠るか転がるかして安穏と暮らしている連中のように檻に閉じ込められてみろ、退屈過ぎて発狂しちまうぞ。もう戻れんのさ、望んでも、願っても」
「若いね。真っ直ぐだね。馬鹿だね」
 一人話から取り残されている池上はようやく大物手をテンパイするも、唯一の上がり牌は既にカンカンの手の中に四枚握られていた。麻雀用に特化した野生の勘で彼女はそれを暗カンもせずに置いておく。
「麻雀をするパンダなんて、世界に何頭もいらないんだよ。あんたは勝ち残って一生道化を続ければいい。あたしは敗北という引退切符を手にして優々と余生を過ごすさ。もしもさっきので孕んでたら、あんたの子でも育てながら、ね」
 カンカンの捨てた牌でトントンが安上がりをする。池上の築き上げた捨て牌の聖域はあっさりと崩され、無秩序な新世界が新たに誕生する。
(こいつら、暴れてない時は可愛いなあ)
 もはや池上の捨て牌整備は現実逃避を始める。彼の耳に二頭の会話は「ポピンプペッパ」「パーピップ」「ポッピパンパンピンピンポッポ」といった風にしか聞こえてはいない。

 そして最終局(三人麻雀は持ち点35000からスタート)

トントン 79200
カンカン 25000
捨て牌の並べ方が丁寧な池上 800

 トントンかカンカンが安上がりでもとにかくアガれば終了。たとえ流局でも池上がノーテン罰符を払えば飛び(持ち点0以下)となり、同じく対局終了となる。
「麻雀引退後のアテはあるのか」
「あたしを育てた実験施設の近所にある動物園から、むしろ請われてるわ」
「いつか、会いに行ってもいいか」
「子供がほんとに出来てるかなんてわかりゃしないわよ」
「いや、あんたに会いにさ」
 池上は既に勝負を諦めている。いつの日か自分に子供が出来た時、パンダのぬいぐるみを抱く我が子に、自分の若き日の武勇伝を聞かせる場面を妄想している。
(お父さんは、牙を剥いて向かってくる相手にも、自分の主義を守り通して戦った。大切なのは勝ち負けじゃない、自分を貫き通すことなんだ)
 そしてまた捨て牌を丁寧に並べて、この世界の終わりを待つ。池上には他にやれることなんて何もないのだ。
「ヴォーン(ロン)」
 パンダが牌を倒す音がして池上は顔を上げる。はいはい、これで終わりだろ、さよなら大会、さよなら麻雀。しかし席を離れようとした池上の目に入ったのは、牌を倒すカンカンと、黒で縁取られた目を白黒させて戸惑うトントンの姿であった。
 振り込んだのは池上ではなくトントンだった。そして彼女の手は国士無双、子の役満32000点直撃でカンカンの逆転勝利である。
「おまえっ……」
「若いね。真っ直ぐだね。馬鹿正直だね」
 呆然と立ちすくむトントンを余所に、黒服たちが対局終了を告げ、牌を片付け始める。頼まれてもいないのにそれを手伝う池上の手は、誰よりも牌を丁寧に箱に並べていく。
(スタッフ側の人間として働く道だってある)
 天啓に打たれたように池上の脳裏に喜びのパルスが駆け巡る。
(俺は麻雀に向いてなかった!)
 新たな人生を踏み出した池上にもはやパンダは目に入らない。

「俺を騙したのか!」激昂したトントンが叫ぶ。
「言ったよね、麻雀をするパンダなんて世界に何頭もいらないって。麻雀は嫌いだし、引退したいのも本当。だけどそれ以上に負けたくない。勝てる機会があるなら逃すことは出来ない。だってそのように躾けられたもの。生まれた時から。親の乳を飲むより早く麻雀牌を握らされた頃から」
 トントンは言い返すことが出来ない。彼だって似たような境遇で生きてきた。それ以外に価値のない狭い世界で育てられてきた。自分が勝つものと決めて油断していた方が全て悪い。彼女の生き様を否定することは自分のこれまでの生を否定するに等しかった。
(もしも最後に、国士の手が入らなかったら、どうしていた?)という問いをトントンは飲み込んだ。自分の代わりに、彼女は修羅の道を歩くことを選んだのかもしれなかったからだ。
「一つ、聞いていいか?」トントンは別の問いを選んだ。
「もしもあんたが優勝したら、何を望む?」
「パンダに麻雀を打たせるのをやめさせる」
 迷いなく、淀みなく、初めから決めていたことを喋るように彼女は答えた。
「あたしからも一ついいかな」
「優勝した時の望みなら、俺も同じだったぜ」
「あんたの暮らしてる施設、どこにあるの」
「そうだな、本当に子供が出来てたら引き取ることになるかもしれないしな」
「いや、あんたに会いに行くために、さ」


 一回戦第二試合敗者による敗者復活戦結果

 勝者 カンカン(熊本県代表)
 敗者 トントン(富山県代表) 捨て牌の並べ方が丁寧な池上(茨城県代表)
 

       

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