Neetel Inside 文芸新都
表紙

NOT シー LOVE!
十余り一つ眼 「気安く『あかりん』って呼ぶな〜!」

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恋は火と同じように絶えず揺れ動いてこそ保たれる。
期待したり、恐れなくなったりしたら、もうおしまいだ。 


ラ・ルシュフーコー








 「では、改めまして自己紹介をさせてもらいます。私はこの『犯罪小説研究会』の会長を務めさせていただいています久本杏子です。気軽に杏ちゃんって呼んでよかよ。あ、あと『犯罪小説研究会』ってなんか固いイメージがあるけん『はんけん』って愛称で呼んであげてね! といってもそう呼んどっとは私だけやけど。え~オホン! わが『はんけん』は推理小説とは一線を画す犯罪小説をクローズアップして……あ! 『犯罪小説』っていうのは犯罪を行う側に焦点を当てた構成になっとって、おもに犯罪の動機や手口、犯罪者の視点に立った結末などを論点とした小説のことで、推理小説とはまた違った魅力が……」
「あの~」
「はい、そこ! 質問は話をちゃんと聞いた後に受け付けるけん最後までしっかり聞く! あ~どこまで喋ったかわからんごとなったたい!」
 どうやら、久本さんは私を「はんけん」の新会員と勘違いしているようで、先ほどまでの世間話とは打って変わって、ここぞとばかりに私に対して勧誘活動を始めた。
 はつらつとした久本さんの表情が私の目に浮かぶ。
 そして、久本さんはこのサークルの概要を自身の犯罪小説に対する熱い思いと共に語り続けた。彼女は若干興奮気味のようだ。
 私は久本さんの勢いに圧倒され、本来自分がここに来た目的を説明する事も出来ず、ただただ彼女の熱弁に口をポカンと開け広げながら耳を傾ける他なかった。きっとこの場にラブリーが居合わせたら私の足元で行儀よくお座りをしながら暇そうに欠伸をしていることだろう。
 あらかた喋り終えたのか、久本さんはなにか質問はないかと私に尋ねてきた。やっと私のターン。
「あの、久本さん。申し訳ないんですけど、私、入会希望ではなくて……星光一という方にお会いしたくて……」
「なんね~入会希望じゃなかと? せっかく女の話相手が出来ると思っとったとに……」
「あの~私の話聞いてますか? 久本さん」
「星に会いに来たとやろ? 星になんの用ね?」
「えぇ、お話がしたくて……」
「なんね! あんた、星とは『人間談義』ができて、私とは出来んとね! いやらしか~! ばり、いやらしか子ばい! こん子!」
 駄目だ。話が全く噛み合ってないし。そもそも人間談義ってなに?
 私は盲目だけど、久本さんも犯罪小説以外の事は盲目なのかもしれない。
 それはともかく、星さんと係わり合いのある人に近付けるまたとないチャンスだから、ぜひとも久本さんを私の味方につけたい。ここは、話をスムーズに進めるためにも相手の調子に合わせる必要があるな。ご機嫌取りと言えば聞こえは悪いけど、このタイプの人間は話を聞いてあげるだけで心を靡かせるはずだからここは一つ久本さんのペースに合わせよう。そして、久本さんが私に心を許したところで星さんの話題を振ればいいんだ。よしそうしよう。なんだか私、いやらしい女だな。久本さんの指摘はあながち間違いではないかもしれない。
「あの~」
「なんね? 私は星じゃなか!」
「人間談義って何ですか? なんか、私それに興味あるかも……」
 とりあえず、私は話の取っ掛かりとして久本さんの発言の中で自分が気になったワードをそのまま彼女に投げかけてみた。きっと、このサークルで行われている活動の一つなのだろう。でも、それは同時にこのサークルの一員である星さんもやっていることだろうから、星さんの日常を知ることにも繋がる何とも一石二鳥な質問だ。自分で自分を褒めたくなる。
「お! はんけんに入る気になったと? ふふふ……人間談義っていうとはね」
「人間談義とは、つまり!」
 私は両手を握りしめ、さらにその両手を顔の前に出して、いかにも興味津津な面持ちをアピールした。
「そう、人間談義とは……やっぱ駄目! 教えてやらん」
「え~そんな~ひどいですよ~久本さん」
「はんけんに入るとやったら、教えてもよかよ」
 これは、一本取られてしまった。私の作戦を出汁にサークルの勧誘を続行するとは。ありがちなパターンだけど、この人、結構抜け目がないな。
「ね~入ろうで~野尻さん!」
 そう言いながら久本さんは私の肩を揺する。まるで、まだ小さい子どもが親に玩具を買ってもらおうと哀願するような幼さが私の肩に置かれた彼女の両手から伝わってくるようだ。
 この「はんけん」に入会する事は決して悪いことじゃない。むしろ、私にとってこれは好都合だ。このサークルに入会すれば今までのように星さんを求めて東奔西走する手間が省ける。でも、私が星さん目当てでこのサークルに入会すると言ったら久本さんは何と言うだろうか。私は彼女から「いやらしか女」と非難されたばかりなのだ。かと言って、ここで引き下がったら、せっかくのチャンスが水の泡になってしまう恐れがある。もう……どうしよう……
 私はキーボードを打つようにして指を机の上で引っ切り無しに忙しなく動かしていた。私の癖の一つだ。傍目からみるとエアタイピングをする変人に見えるかもしれない。実は、これは視覚障害者が両手の人差し指・中指・薬指をそのまま6つの点に模して言葉を伝える指点字という伝達手段の一つで私はこれを使って自分の思考を整理している作業中なのだ。
「なんばしよっと?」
「あぁ、これはその……」
「あ! わかった! これは、なんかの暗号たいね! モールス信号かな? いや……もっと他の何か特殊な換字式暗号かもしれん……」
「いや、ちが……」
「なんね、野尻さん推理小説の嗜みがあるったい! だったら、このはんけんでもやっていける! 素質は十分たい! もう決まり! 野尻さんは本日をもって我がはんけんの会員第四号です! おめでとう!」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
 私の説明を最後まで聞かないまま、久本さんは一方的に話を進めてしまった。強引にも程があるよ。まだ入会するって言ってないのに。もう、なるようになるしかないのかな。ここは星さんとの距離が縮まったと前向きに考えるべきなのかな。とりあえず今言える事は、もう久本さんのペースにはついていけないということだけ。
 そして、私は久本さんに言われるまま、この「はんけん」への入会を二つ返事で引き受けていた。ええいままよ。星さんの事を聞き出そうとして久本さんのペースに合わせるつもりが、逆に合わせ過ぎて久本さんのペースに翻弄される結果になってしまうなんて。
 私は久本さんに何かを言い返す気力が途端に失せてしまって、思わずパイプ椅子の背もたれに背中を預けていた。私の気力を奪った当の久本さんは鼻歌交じりで携帯電話のボタンを押しているようだ。ピポパポと押される携帯電話のボタン音の軽快なリズムに乗って、私の目の前に嬉々とした久本さんの姿を映し出す。
「何してるんですか?」
「メグ先生にメールばしよっと~」
「メグ先生?」
「はんけんの顧問ばしてくださっとる保健の先生たい。挨拶しに行かんばやろ? やけん、今先生にアポば取っとると」
「保健の先生?」
 私は何故か嫌な予感がした。その「メグ先生」とのアポイントメントが取れたのか、私は上機嫌の久本さんに手を引かれてその場所に連れて行かれた。


「Huh! How chance it will be! How were you doing? Akarin!(あら~!? 偶然ね~! 元気にしてた? あかりん!)」
「メグ先生! 日本語で喋らんばわからんって~ てか、メグ先生、野尻さんの事知っとると?」
 そこには予想通り、私の憎き恋敵であるアホの子先生がいた。
 何の根拠もないけれど、なぜか、私は今日の一日が何か得体の知れない者の手によって動かされているのではないか。そして、その正体不明の何かの手の上で私は踊らされているのではないかという不気味な感覚に襲われながら、先生に促されて保健室のベッドに腰を落とした。
 ラブストーリー
 そんな甘い響きが私の頭の中で静かに壊れ始めている様な気がした。

       

表紙

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Neetsha