Neetel Inside 文芸新都
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小説を書きたかった猿
14.半歩

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 14 半歩


 登録説明会には僕の他に男性はいなかった。七名ほどの女性がいて、皆スーツを着ていた。アルバイトだけではなく、時には就職先を斡旋するという説明も会社のWEBサイトにあったので、そのせいかもしれなかった。あまりまじまじと顔を見ることは出来なかったが、僕の目にはみんな女子大生に見えた。上から下まで無個性の安物メーカーで統一している僕を見詰める目はなかった。
 履歴書はいらないが、登録のためにはいくつかの書類に必要事項を書き込み、判子を押さなければならなかった。その中に、携帯で撮った自分の顔写真を会社のメールアドレスに送れ、という項があった。最近機種変更したばかりの携帯電話にまだ慣れていなくて、うまく自分の顔をフレーム内に収められなかった。隣に座っている推定女子大生に頼もうかと思いつつ躊躇っているうちに、講習DVDが流れ始めた。

 映像の中では若くて明るいアルバイトスタッフに扮した、役者の卵らしき男女が立ち働いていた。学生生活の合間に、バンドマンとしてプロデビューする夢の最中に、彼らはバイトに精を出しているという設定だった。作り物の笑顔とわざとらしい台詞が気味悪かったが、「こんな風に行くわけはないんですよ」と表現しているようにも思えて可笑しかった。
 時々映像が途切れるDVDによる説明が終わり、書類書きに戻る。他人に写真撮影を頼んでいる人もいたが全員ではない。僕も何度か試行錯誤しているうちにどうにか撮り終え、無事に送ることが出来た。
 個人面談を待つ間、他の人たちを観察したが、新しく友達になったように見える人はいなくて少しほっとした。

「いつかどこかの職場で一緒になった時は仲良くしましょう」
「就職活動中ですか? 今はどこも厳しいらしいですね。いい就職先を紹介出来る機会が出来た時に備えて、メアド交換しませんか?」
「まだ着慣れていない感じのスーツ姿のあなたも素敵ですが、夜中コンビニに行く時のようなラフな格好のあなたも見詰めてみたいです」
 なんてことを言うはずはなかった。言われるはずもなかった。

「登録しようとしたきっかけは?」
「以前バイトしていた店が潰れてしまったので、次を探すまでの繋ぎにと思って」
 個人面談で少し嘘をついた。潰れてしまったのは僕の勤めていたらしいどこにもない店ではなくて、家庭の方かもしれなかった。
「男性スタッフは力仕事が主になるんですけれど、大丈夫ですか?」
「昔、似たような派遣アルバイトをしていたことがありまして、引っ越し作業の経験もあります」
 口に出してしまえば、数回の経験でも、何年も働いていたことがあるように響く。嘘ではない分、気も楽だった。

 帰りにゴムグリップの軍手を買い、準備万端整った。講習で教えられた通りに会社のサイトに繋ぎ、そこから今日作られたばかりの個人ページに飛ぶ。とりあえず「日勤 残業可」で、予約出来る限界の週五日を登録した。次に予約した日に入れる仕事があるかどうか検索をする。

 金曜日 検索された条件に一致するお仕事はありません。
 土曜日 検索された条件に一致するお仕事はありません。
 日曜日 検索された条件に一致するお仕事はありません。
 月曜日 検索された条件に一致するお仕事はありません。
 火曜日 検索された条件に一致するお仕事はありません。

 アルバイト派遣会社に登録してきたことを両親に言うと、母は「保健とかに入れるちゃんとした会社に勤めた方がいいと思うけど」と言った。
「わかってる」と僕は答えた。

       

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