Neetel Inside 文芸新都
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小説を書きたかった猿
15.終わりまであともう少し

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 15 終わりまであともう少し


 本が読めなくなった。
 小説も新書も、手にとっては数ページも読まないままに放り出す。図書館から借りてきた本を一冊も読み通すことなく返してしまう。
 大好きな小説の再読なら出来るだろうと思い、部屋の本棚の前に立って本を選ぼうとしても、読みたいと思えるものがない。
 僕は本を読むのが大好きだったはずなのに。
 僕にはそれ以外に趣味や生き甲斐と呼べることなんてなかったはずなのに。
 ほんの少し現実に目を向けて、アルバイトや就職のことを考え出した途端、読書欲が消え失せてしまった。

 僕は本当に本を読むのが好きだったのだろうか。
 
 中学卒業後、家から一番近い公立高校に進学したが、高校一年生の夏、親の都合で引っ越しすることになった。同じ学区内ではあったが、通学時間は十分から一時間に伸びた。引っ越し作業の際に出てきた父の蔵書に興味を持ったことや、最寄り駅のすぐ側に図書館があったこと、通学中の時間つぶし、深くなった孤独の友として、十数年、僕と本は一体化しているようにいつも一緒にいた。
 僕が選んだ道だった。僕が選んだ友だった。僕に一番合った選択肢のはずだった。

 本当にそうだったろうか。
 逃げ込んでいただけじゃないのか。

 今住んでいる町に知り合いはいない。アルバイトもしたことがないので高校卒業以来友人と呼べる人は出来なかった。ぶらぶらしていても誰に声をかけられる心配もなかった。
 図書館の充実した市だった。市中央には蔵書量が豊富な巨大な図書館があり、少し山の手には、古い書籍が処分されずに残されている図書館がある。最寄り駅近くにある図書館は居心地が一番良く、さらにここ数年で二館が新たに建設された。
 読書は図書館で本を借りていれば、一切金のかからない趣味だ。
 金のかからない趣味しか持っていなければ、金を稼ぐ必要はない。親からいまだに貰っているわずかばかりの小遣いも、特別気に入った本を古本屋で見つけた際に購入するくらいにしか使わなかった。
 だから働かなくてもいい。
 逃げて逃げて逃げ続けていられる。
 人間のくずで構わないと思っているから、いつまでも変わらないでいることに苦痛も感じていなかった。

 読書から遠ざかったからといって、空いた時間を活用出来ているわけでもない。
 テレビを見ても面白いと思えない。画面から聞こえてくる笑い声に自分の笑いが重ならない。スポーツ中継を見ても熱狂出来ない。政局も凶悪事件も様々な重大ニュースも、自分と関わり合いのないことでしかなかった。

 それほど頻繁に更新されるわけでもないのに、ブログやWEB漫画や画像投稿サイトをこまめに見て回る。だけどそれらを眺めていても楽しい気持ちにはならない。誰に強要されているわけでもないのに、義務感に駆られて見回っている。

 フリーのゲームソフトをダウンロードしてはだらだと遊ぶ。あまりやりすぎては危険だし時間の無駄だと思うので、ほどほどに進んだところで削除してしまう。達成感もなく、こんなことをしていても仕方ないと思うのに、また新しいゲームを探す。
 そんな中、一つのゲームにはまった。
 パソコン購入時に始めからインストールされているゲームは、うかつに削除してしまうとパソコン不調の原因になるかもしれないと思って消せないでいる。その中の一つであるピンボールゲームを一日何十回と起動させてしまう。フリッパーで弾けない角度で球が落ちてくるとどうしようもないという、運に左右されるところも大きい点が気に入っている。四百万点を超えないと、ハイスコアランキングで表示される五位以内には入れなくなってしまった。人と対戦する必要もなく、腕を磨く必要もないこのゲームをプレイしている最中は楽しい。しかしゲームオーバーになるとすぐに、こんなことをしている場合じゃないという自己嫌悪に襲われてしまう。

 仕事募集のちらしやら、アルバイト情報サイトを、時折思い出したようにチェックする。もういい加減働かなければいけない。二十八歳職歴なし資格なしの自分を雇ってくれるところなんて限られている。選ぶ余裕なんて本当はどこにもない。

「仕事探してる?」と母が言う。
「夜勤とか、二十四時間勤務は体内時計がおかしくなって体壊すからやめた方がいいかなと思ってる」
「変なところに行っても大変だから、焦らずにね」
「うん」

 僕の前ではそんなことを言う母だが、朝食時には父に向かって、
「どこにしたって行ってみないとわからないのに、いつまでぐずぐずしてるつもりなのかねえ」
と話していることを、僕は知っている。
 近頃、夜中遅くまで起きていても、朝早く目が覚めることが多くなった。日に日に母の声が大きくなっているためだ。僕に愚痴を聞かれていることを知らない母と顔を合わせるのが辛くなってきた。

 もう猶予なんてないのに、以前より早く時間が過ぎていく。 

 そういえば近所の書店でアルバイトを募集していた。今日は書店アルバイトについての詳細を調べてみよう。現役店員のブログなんかも探そう。
 そう思い立ってパソコンの電源を入れる。
 巡回サイトの更新を一通り確認し終えると、ピンボールゲームのソフトを立ち上げる。ブゥゥウウウウンという効果音が鳴り、球がセットされる。球は思いっきり打ち出さずに、発射台に点灯するランプが三つのところで止まる程度に加減する。そうすると「スキルショット!」と表示され、75000点をいきなり獲得することが出来る。

 本をしばらく読まないでいるうちに、いつの間にか、小説を書きたいという気持ちも薄れてしまっていた。

       

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