小説を書きたかった猿
3.書き走り
モテたい。
彼女が欲しい。
セックスしたい。
といった想いはいつしか、
モテたかった。
彼女が欲しかった。
セックスしたかった。
と、過去形に変わってしまった。
3 書き走り
真夜中に僕は軽くジョギングするために家を出る。何かが起こらないかという期待を胸に秘めて、スニーカーを履いて走り出す。
だらだらと昼まで寝て、飯を食って、ネット巡回して、洗い物をして、軽くゲームをして、というルーチンに陥ってしまうと、外に出かける機を逸してしまう。三時頃になると、小学生たちの下校時間と重なり、自分という不審人物が外を出歩いてはいけないという気分になってしまう。図書館にもコンビニにも行けずに夜になる。
現実から目を背けた会話で彩られた両親との食卓で味気ない夕食を食べる。それからくだらないテレビだの、ささやかな読書だの、終わりのないネットだの、自慰だの……。
二日に一回、または三日に一回は、昼間に外へ出かけるようにしている。鳥たちの鳴く声が脳髄をリラックスさせ、日々変わる植物たちの姿形が自分の心の荒みを取り除いてくれる。けれどすぐに「自分はこんなことをしていいのか」「みんな俺を白い目で見ている」「今にも通報されてしまうんじゃないか」といった妄想にも襲われてしまう。
だからくるってしまわないようによるにはしる。
爆音をがなり立てるバイクたちは僕の脇を通っても絡んできてくれない。無防備に歩く若い女性もいない。化け物が襲ってくることも、空から少女が降ってくることもない。
バス停で一息ついた僕は、最低限の基本料金しか払っていない携帯電話を取り出す。メモ帳機能を呼び出して、走りながら思いついたあれこれを書き付ける。
・突然目玉がぽろぽろとこぼれ落ちてしまう伝染病が流行り出した町の話。
・削れない鉛筆。
・奥深い山中にある沼で行なわれる水泳大会。
少しでも前へ進めた気になる。
しかし小説を書くという行為に明確な終わりはない。走るのをやめて歩いても、歩くことさえ諦めて立ち止まっても、誰も失格にしてくれない。
常人の暮らしを営んでいる両親は既に寝ついているので、起こしてしまわないよう、なるべく音を立てずに玄関のドアを開けて家に帰る。モニタの電源だけを消していたパソコンの前に座り、走っていた間に更新されているブログやスレッドをチェックする。目の限界が来るまでだらだらと続け、夜中三時を過ぎる頃に眠りにつく。
原稿用紙に向かうことも、テキストエディタを開くこともしないままに。