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セーブストーン 1 2
慎治(シンジ)の場合

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セーブストーン ~あの瞬間に戻りたい another
 慎治(シンジ)の場合-1

『サヨナラ』


 それは、夕日が沈み始めた頃。
 その日の配送先はいつもと違っていた。
 そのため、僕は道に迷い、ようやく目印である自動車教習所をみつけたときには、もう納品の時間が迫っていた。
 焦って、路地を曲がる。
 そのとき、まさにそのときだった。
 黒い学生服姿が車道に飛び出してきた!
 あわててクラクションを叩いた。しかし彼は立ちすくむ。
 なにしてる、どけ、どいてくれ!!
 僕はブレーキを床まで踏み込み、クラクションを叩き続けた。
 そのとき、彼の連れらしい、同じ学生服をきた少年が飛び出してき、歩道側へ彼をつきとばす。
 僕からみれば、状況はまったく好転していない。最初の少年のかわりに、この少年がその場所にいるようになった、それだけのことなのだ。


 いやな音、そして衝撃。


 気がつくと僕は、どこか知らない川沿いで停車していた。
 ポケットでケータイが鳴っている。
 さっきから、しつこく。
 うるさい、とココロの片隅で思う。
 でも、そんなのは実のところ、どうでもよかった。
 身体の震えが止まらない。
 どうして…どうして?!
 なんで飛び出してきたんだよあいつ!
 悪いのはあいつだ、絶対。
 僕はふつうに…ふつうに走ってた。そこへあいつが飛び出してきたんだ。
 でも。
 ……でも。

 現在の交通法では、悪いのは僕ということになる。

 現場に戻ろうか。そうすれば少しは…
 いや、もう誰かが救急車を呼んでいる。今さらだ。
 僕はひき逃げという罪を犯してしまったのだ。
 そう、人を轢いて、しかも逃げた。
 あの衝撃のあと、どうしてたのか僕は覚えていない。
 でも、逃げてしまったのだ。
 そんなつもりじゃなかったのに。

 けれど現実は目の前にある。
 僕がつかんだはずじゃない現実が、目の前にある。
 否応なしに、今後の苦しみを強いてくるそれが。

 僕は刑事にどやされるだろう。
 あの少年の遺族が泣き叫ぶだろう。
 父さんと母さん、そしてみんなのもとににマスコミが押しかける。近所からイヤガラセをされるだろう。シゴトだってなんだかんだ理由をつけてクビにされるだろう。
 僕は刑務所に入り、出てきたらもちろんシゴトはクビで。
 でも、こんな前科がある僕を雇う会社はない。
 実家ももうなくなっていて戻れない。
 僕は路頭に迷って…
 寒さか飢えか、理不尽な暴力で、苦しんで死ぬ。

 僕はふつうに走っていただけなのに。

 違う、違うんだ。
 僕はそうしたくなかったんだ。
 なのにどうして……
 逃げたくて逃げたんじゃない。
 轢きたくて轢いたんじゃない。
“僕がした”んじゃないんだ。
 なのに。なのに……


“死のう”


 そのとき、天啓のようにひらめく言葉があった。
 上にみえる高架。あそこに上がり、防護壁に全速力でつっこむ。
 そうすれば……
 トラックは大破、焼失。ひき逃げの証拠は残らない。
 もちろん、僕も助からないが、それはいい。
 どのみち生きていてももう仕方ないのだ。
 納品の時間はとうにすぎている。僕はクビだ。
 このご時勢では再就職もできない。どっちにしろ路頭に迷って死んでしまうのだ。
 ごめん、父さん母さん。
 そして、社長。会社のみんな。
 もう、こうするしかないのだ。

 僕は意を決し、ハンドルを握りなおした。



「シンジ! いつまで寝てるの!!
 今日は早いんでしょう。ほら、はやくご飯食べて会社行きなさい!!」
 威勢のいい母さんの声。
 目を開けるとそこには、いつもと寸分たがわぬ母さんがいた。
 僕のフトンを手に、仁王立ちしている。
「母さん…?
 どうして…??
 僕は……」
 そこは、いつものとおりの、僕の部屋。
「もう何寝ぼけてるのよ。さっさと起きて!
 顔洗ってきなさい。月曜なんだから、パジャマは洗いに出しといてよ」
「はい……」
 今の、なんだったんだ?
 夢か?
 ……夢だよな。
 この状況だから、夢でしか、ありえない。
 しかし僕の胸の動悸はとまらない。
 ひどい夢だ。
 夢でよかった、というより、あまりにひどい夢だった、という感想ばかりが胸を満たす。
 いやな汗がふき出してくる。
 いや、夢だ。夢なんだから。
 忘れよう、はやく。忘れよう。
 パジャマの袖でそれをぬぐって、僕は洗面所に向かった。


 その日は急ぎの納品物をまとめるべく、僕も一日内勤だった。
 下手すると徹夜か?! くらいのイキオイではあったが、僕は一時間半くらい残業したところで一旦家に帰された――
 大型免許取りたてのおまえに、徹夜明けで大型トラックを運転させるほど、俺は会社をつぶしたいわけじゃないよ(笑)という社長の、冗談にならない冗談をおみやげに。

 そして、翌日。
 昼過ぎにようやく、検品と積み込みが終わり、僕は大急ぎでトラックを発車させた。


     

セーブストーン ~あの瞬間に戻りたい another
 慎治(シンジ)の場合-2

『キイロイヒカリ(前)』


 今回の配送先はいつもと違っていた。
 そのため、僕は道に迷い、ようやく目印である自動車教習所をみつけたときには、もう納品の時間が迫っていた。
 いやなカンジだ。まるで今朝の夢のよう。
 焦りつつ、路地を曲がる。
 そのとき、まさにそのときだった。
 黒い学生服姿が車道に飛び出してきた!
 あわててクラクションを叩いた。しかし彼は立ちすくむ。
 なにしてる、どけ、どいてくれ!!
 僕はブレーキを床まで踏み込み、クラクションを叩き続けた。
 そのとき、彼の連れらしい、同じ学生服をきた少年が飛び出してき、歩道側へ彼をつきとばす。
 僕からみれば状況はまったく好転していない。最初の少年のかわりに、この少年がその場所にいるようになった、それだけのことなのだ。


 いやな音、そして衝撃。


 そんな…そんな!!

 手が震える。
 ああ、とまらなくちゃ、とまらなくちゃ。
 あの夢とおなじ事態にするわけにはいかない。
 とにかく、何が何でもあの少年を助けなくては。

 すでにトラックは数十メートルを走ってしまっていたが、僕は渾身のチカラでブレーキを踏み込み、サイドブレーキを力いっぱい引いた。
 ドアを開けて運転席から飛び降りる。
 路上に倒れた少年のとなりでは、もうひとりが座り込んでいた。
 自分のズボンのポケットに手を入れ、何かを取り出す。
 親指でぎゅっと押すようにした、とほぼ同時に黄色い閃光があふれ出し…


 クラクションの音がした。
「…え?」
 見回すとそこは駅前通りの信号のところ。
 あたりは、まだ明るい。
 配送の途中で、どうやらぼうっとしてしまったらしい。
 そうか、あれは妄想か。
 なんてこった。
 僕は手を上げて後続車にわびると、ゆっくり慎重にアクセルを踏み込む。
 その用心のおかげか、あの悪夢の状況は起こらず、僕は無事に納品を済ませることができたのだった。


 からっぽのトラックで、暮れかけた道をたどっていく。
 前方にふたりの黒い学生服。気をつけなくちゃ。
 と思うといきなり、余所見をしていたのだろう、ひとりがふらふらと車道に歩き出そうとしてきた。
 もうひとりがあわてて彼の肩をつかむ。
 しかしなんということか、今度はそちらの彼がバランスをくずす。
 僕はブレーキをふみこみクラクションをたたき――


 あの音、そして衝撃。


 やった。やってしまった。
 今朝の夢と、おなじ罪を犯してしまった。
 気をつけていたのに!
 手が震える。
 とまらなくちゃ、助けなくちゃ。
 あの夢とおなじ事態にするわけにはいかない。
 何が何でもあの少年を助けなくては。

 すでにトラックは数十メートルを走ってしまっていたが、僕は渾身のチカラでブレーキを踏み込み、サイドブレーキを力いっぱい引いた。
 ドアを開けて運転席から飛び降りる。
「イサミ――――!!」
 悲痛な叫び声が耳を打つ。
 ぐったりとした少年を、もうひとりの少年が抱き起こしていた。
 自分のズボンのポケットに手を入れ、何かを取り出す。
 親指でぎゅっと押すようにすると、そこから黄色い閃光があふれ出し…



「シンジ! いつまで寝てるの!!
 今日は早いんでしょう。ほら、はやくご飯食べて会社行きなさい!!」
 威勢のいい母さんの声。
 目を開けるとそこには、いつもと寸分たがわぬ母さんがいた。
 僕のフトンを手に、仁王立ちしている。
「母、さん…?
 どうして…??
 僕は……」
 そこは、いつものとおりの、僕の部屋。
「もう何寝ぼけてるのよ。さっさと起きて!
 顔洗ってきなさい。月曜なんだから、パジャマは洗いに出しといてよ」
「はい……」
 今の、なんだったんだ?
 夢か?
 ……夢、なんだよな。
 この状況だから、夢でしか、ありえない。
 しかし僕の胸の動機はとまらない。
 ひどい夢だ。
 夢でよかった、というより、あまりにひどい夢だった、という感想ばかりが胸を満たす。
 しかも二段夢オチとは……。
 いやな汗がふき出してくる。
 1つだけよくわからないのは、あの黄色い光だ。
 人が光を発するなんて、ゲームやテレビでしか見たことがない。
 あれはなんだったんだろう?
 いや、夢だ。夢なんだから。
 忘れよう、はやく。忘れよう。
 パジャマの袖でそれをぬぐって、僕は洗面所に向かった。


     

セーブストーン ~あの瞬間に戻りたい another
 慎治(シンジ)の場合-3

『キイロイヒカリ(後)』


 その日は急ぎの納品物をまとめるべく、僕も一日内勤だった。
 正直、数時間残業すれば今日の目標数はそろうかなくらいのイキオイではあったが、僕は一時間くらいのところで家に帰された――
 大型免許取りたてのおまえに、ぐろっきー状態で大型トラックを運転させるほど、俺は会社をつぶしたいわけじゃないよ(笑)という社長の、冗談にならない冗談をおみやげに。

 そして、翌日。
 昼ごろにようやく、検品と積み込みが終わり、僕は急いでトラックにのりこんだ。


 あのひどい夢――いまだに鮮明に覚えている――と同じに、その日の配送先はいつもと違っていた。
 しかしそのおかげか、あまり道に迷うこともなく僕は目印の教習所を見つけることができた。
 あせらない、あせらない。
 ここらへんの路地は狭いのだ。だから、とくに気をつけないと。
 その用心のおかげで、僕は無事納品を済ませることができたのだった。
 川沿いの道に停車して、眺めれば、沈み行く大きな夕日。
 缶コーヒーを手に僕は、伸びをして深呼吸した。
 視界は夕日で一杯。目の前が黄色い光に包まれる……


 クラクションの音がした。
「…え?」
 見回すとそこは駅前通りの信号のところだった。
 あたりは、まだ明るい。
 配送の途中で、どうやらぼうっとしてしまったらしい。
 なんてこった。
 僕は手を上げて後続車にわびると、ゆっくり慎重にアクセルを踏み込む。
 角を曲がり、路地へ。
 前方に黒い学生服。
 なんだか、いやな感じに襲われる。
 僕はさっさと彼をやり過ごすべくすこしスピードを上げた、が、それが間違いだった。
 彼はいきなり走り出したのだ。何かから逃げるように。
 しかも車道を横切って…
 あっという間に彼は僕の車の目の前に飛び出してきた。
 おなじ学生服を着た少年が追いついてきて、彼の肩をつかむ。
 僕はブレーキをふみこみクラクションをたたき――


 そのとき僕は見た。
 突き飛ばされた少年がポケットに手を入れ、同時に彼が輝き始めるのを。
 黄色い光。今朝の夢でみたのと同じ――



「わああああ!!!」
「な、何よシンジったら。いきなり大声出したりして」
「え…?」
 母さんの声がした。
 みると、そこにはいつもとほとんど変わらぬ母さんがいた。
 僕のフトンを手に仁王立ち。
 いつもとちょっとだけちがうところは、母さんが驚いているということだ。
「母さん…?
 どうして…??
 僕は……」
 見回すと、こちらはまったくいつものとおりの、僕の部屋。
「もう何寝ぼけてるのよ。さっさと起きて!
 顔洗ってきなさい。月曜なんだから、パジャマは洗いに出しといてよ」
「え……」
 月曜? の、…朝??
(ベッドにいるしパジャマ着てるしカーテン全開で日差しが差し込み母さんが僕のフトンをつかんで仁王立ちしてるってったらこれは朝だろう。)
 僕はいま、トラックに乗っていた、はず。
『月曜。朝イチから検品、すんだら即積み込み、納品へ』
 そんなスケジュール、で。
 検品と積み込みは思ったよりかかり、トラックで会社出たのはお昼過ぎで、つまり…
「なんで朝なんだ??」
「何でって夜が明けたからに決まってるでしょ!
 馬鹿なコト言ってないで、さっさと支度しなさい!
 二度寝するんじゃないわよ!!」
 母さんはあきれた様子で部屋を出て行った。
 えっと…この状況って、なに??
 あの事故は…夢だったのか?
 ……夢、なんだよな。
 この状況だから、夢でしか、ありえない。
 しかし僕の胸の動悸はとまらない。
『ほんとうに夢を見てたのか?』
 そして僕の気持ちも納得しない。
『ひょっとして、あの二人、実在するのでは??』
 だって、あまりにリアルすぎる。
『確かめよう。
 明日の帰り、……』


 その日は急ぎの納品物をまとめるべく、僕も一日内勤だった。
 数は多かったものの、はじめてみると意外とカンタンで、残業一時間程度でなんとか、目標数を揃えることができたのだった。

 そして、翌日。
 昼ちかくに検品と積み込みが終わり、僕はそのままトラックにのりこんだ。


     

セーブストーン ~あの瞬間に戻りたい another
 慎治(シンジ)の場合-4

『チガウ、ソレハ』


 あのひどい夢と同じに、その日の配送先はいつもと違っていた。
 しかしそのおかげで、ほとんど道に迷うこともなく僕は目印の教習所を見つけることができた。
 あせらない、あせらない。
 ここらへんの路地は狭いのだ。だから、とくに気をつけないと。
 夢であれ現実であれ、あんな惨劇、二度と見たくなんかないし。
 その用心のおかげで、僕は無事納品を済ませることができたのだった。
 よし。
 夢では帰り道のどこかであの少年(たち)に出会うはずだ。
 見つけたら、様子を伺ってみよう。
 そしてできれば、すこし話をしてみよう……

 暮れかけた道をたどっていく。
 前方にひとりの黒い学生服。
 あれ?
 あれは彼じゃないのか?
 と思うといきなり、余所見をしていたのだろう、彼はふらふらと車道に歩き出してきた。
 待て! ちょっと待て!!
 僕はブレーキをふみこみクラクションをたたき――


 世界がスローモーションになる。
「やめろ――!!!!」
 聞き覚えのある叫び声。
 サイドミラーに、もう一人の少年が写っているのが見えた。
 彼は必死の形相で叫び、こぶしを、いやそのなかに握った何かを突き出している。
 ちらりと見えた“それ”から、黄色い閃光があふれる――


 あっというまもなく視界が圧倒され、またしても僕の意識は吹き飛ばされた。



「シンジ! いつまで寝てるの!!
 今日は早いんでしょう。ほら、はやくご飯食べて会社行きなさい!!」
 威勢のいい母さんの声。
 目を開けるとそこには、いつもと寸分たがわぬ母さんがいた。
 僕のフトンを手に、仁王立ちしている。
「母さん………」
 そこは、いつものとおりの、僕の部屋。
「ほら寝ぼけてないで。さっさと起きて!
 顔洗ってきなさい。月曜なんだから、パジャマは洗いに出しといてよ」
「はい……」
 夢じゃない。
 やっぱりこれは、夢なんかじゃない。
 何かが起きてる。僕の体験したことのない、とんでもない、何かが。
 僕は確信した。
 明日の――できれば今日も――帰りに彼らを探そう。
 あの道をたどれば彼らに会える。
 最悪、校門の前で待てばいい。
 あの制服は、数年前まで僕が着ていたのと、同じものなのだから。


 その日は(も?)急ぎの納品物をまとめるべく、僕も内勤だった。
 とはいっても、作業はカンタンで、その日の三時半すぎにコンプリート!
 四時すぎには検品と積み込みも終わり、僕はそのままトラックにのりこんだ。

 あのひどい夢と同じに、その日の配送先はいつもと違っていた。
 しかしそのおかげで、僕はあっさりと目印の教習所を見つけることができた。
 あせらない、あせらない。
 ここらへんの路地は狭いのだ。だから、とくに気をつけないと。
 事故を起こしている暇など僕にはないのだから。
 その用心のおかげで、僕は無事納品を済ませることができたのだった。
 夕日に染まる道をたどっていく。
 ほどなくして僕は、いそいそと歩いてゆく昨日の(いや、あれも“今日”なんだけど、主観的に)少年を見つけることができたのだった。


 少年は神社の境内に入っていった。
 僕も近くの路上に車を止め、脇から神社に入る。
 木立の中から、僕は様子をうかがった。
 まず、大鳥居には、あの少年がもたれている。
 そして、社殿の裏側には、もうひとりの少年が様子を伺っている。
 ……なんなんだ?
 その疑問はすぐに解けた。
 数分後、母校の女子の制服を着、大きなリボンで髪を結んだ(かなりかわいい!)女の子がやってきて――
 彼女に彼が、告白したのだった。
(同時に社殿の裏の彼が、大きくため息をついた。きっと、彼もあの女の子を好きだったのだろう…。)

 さて、会話イベント(?)はさくさくと終わってくれた。
 しかしどうしよう…これじゃ声のかけようがない。
 いい加減日もくれてきたし、このままじゃなんか僕は変なおじさん(いやおじさんてトシじゃないけどさホントに)だ。
 困っていると社殿の影に隠れていた彼と目が合ってしまった!
 彼は大急ぎで彼を回収して行った。
 ああ、やっぱり変態と思われちゃったのか……
 まあ、もうしょうがない。
 二人の名前もわかったことだし(告白したほうが“イサミ”、社殿の影にいたほうが“アツシ”。それと、女の子は“みすず”ちゃん)…いや苗字わからないからアレだけど、もういいや。あとはとりあえず明日。
 明日、でなきゃあさって、改めて彼らを探そう。
 僕は神社を出、会社にもどるべく車を発進させた。

 暮れた道をたどっていく。
 すると、前方にひとりの黒い学生服が――
 なんと、さっきの彼“イサミ”じゃないか!
 と思うといきなり、彼はふらふらと車道に歩き出してきた。
 ライトの中の彼は、手にしたビーダマ? を天にかざして眺めている…
 な、何してんだ!!
 僕はブレーキをふみこみクラクションをたたき――


 あの音、そして衝撃。


 なんてことだろう!
 助けなくちゃ。
 何が何でも助けなくては。
 彼から話を聞くためにも……

 すでにトラックは数十メートルを走ってしまっていたが、僕は渾身のチカラでブレーキを踏み込み、サイドブレーキを力いっぱい引いた。
 ドアを開けて運転席から飛び降りる。
 路上に倒れた少年は、自分のズボンのポケットに手を入れ、何かを取り出す。
 親指でぎゅっと押すようにすると、そこから黄色い閃光があふれ出し……


「っ」
 気がつくとそこは、さっきの路地の入り口。
“イサミ”は道のはじっこを歩いている。
 その姿は――
 さっきの結果を知って、車を警戒しているかのように、僕には思われた。
 彼はまたしてもポケットに手を入れている。
 それは、あの黄色い閃光を発生させる何かを隠し持っているように僕には見える。
 そうだ、いま。
 今聞こう。
 いまこそ絶好のチャンスじゃないか。
 僕はブレーキを踏んだ。


 そのときまたしても黄色い閃光が視界をぬりつぶした――


     

セーブストーン ~あの瞬間に戻りたい another
 慎治(シンジ)の場合-5

『イキツ、モドリツ』


「シンジ! いつまで寝てるの!!
 今日は早いんでしょう。ほら、はやくご飯食べて会社行きなさい!!」
 威勢のいい母さんの声。
 目を開けるとそこには、いつもと寸分たがわぬ母さんがいた。
 僕のフトンを手に、仁王立ちしている。
「母さん……
 おはよう……」
 そこは、いつものとおりの、僕の部屋。
「はいおはよう。
 顔洗ってきなさい。月曜なんだから、パジャマは洗いに出しといてよ」
「は~い」
 また、朝に戻ってる。
 でも、まあいい。
 また、彼らを探せばいいだけのこと。
 時間が戻ってるのはむしろラッキーかもだ。
 僕は身支度をするとご飯を食べ、家を出た。

 その日のシゴトはまったく平穏無事。
 納品物はおやつどきごろまでに揃えられたし。
 いつもと違う配送先だったけど、もう道にも迷わず。
 学生が道路に飛び出してくることもなく。
 僕はふたりに会うために、神社への道を走っていった。
 ほどなくして僕は、いそいそと歩いてゆく“イサミ”を見つけることができたのだった。

“イサミ”は神社の境内に入っていった。
 僕も近くに車を止め、脇から神社に入る。
 木立の中から、僕は様子をうかがった。
 まず、大鳥居には、“イサミ”がもたれている。
 そして、社殿の裏側には“アツシ”が様子を伺っている。
 まえと全く、同じシチュエーション。
 やがて“みすず”ちゃんがやってきて、告白、成功。
“イサミ”はシアワセにひたりはじめた……
 よし、今度こそ、声をかけよう!
 だがその瞬間“アツシ”が僕に気づき、大急ぎで“イサミ”を回収して行った。
 どうやら“アツシ”は、僕がここにいることを予期していた様子。
 あああ。
 また、変態と思われちゃったし……
 違うんだよ。僕はそんなじゃないんだってば!!
 僕は(半泣きになりながら)二人を追いかけた。
 しかし、すぐに足を止めざるをえなかった。
 神社の入り口からみえる、あの姿はおまわりさんだ。
 トラック(それも会社の)とめてたんだ――キップ切られたらまずい!!
 僕はあわててトラックにかけ戻った。キーをひねる。
 おまわりさんはひょっとして、気づいていたかもしれないけど、とくにひき止めたりはしてこなかった。
『セーフ……』
 僕はとりあえず、そのままふたりがむかった方向へと走った。


 そのとき(またしても)黄色い閃光が僕をつつんで――



「シンジ! いつまで寝てるの!!
 今日は早いんでしょう。ほら、はやくご飯食べて会社行きなさい!!」
 威勢のいい母さんの声。
 目を開けるとそこには、いつもと寸分たがわぬ母さんがいた。
 僕のフトンを手に、仁王立ちしている。
「あ母さん。おはよう」
 そこは、いつものとおりの、僕の部屋。
「はいおはよう。
 顔洗ってきなさい。月曜なんだから、パジャマは洗いに出しといてよ」
「は~い」
 また、朝に戻ってる。
 なんだよ、なにやらかしたんだよもう……
 でもまあ、しかたないか。
 僕は身支度をし、ご飯を食べ、家を出た。


 そのとき、黄色い閃光が現れて消えて――


 僕はトラックの運転席にいた。
「あれ?」
 そこは見覚えのある神社のそば。
 こんどは夕方か――
 でもこれはむしろ、ますますラッキー。
 すぐにふたりを追いかけられる(いや、僕の主観的に)。
 僕はキーをひねるべく手をかけた。


 そのとき(またしても)黄色い閃光が僕をつつんで――



「シンジ! いつまで寝てるの!!
 今日は早いんでしょう。ほら、はやくご飯食べて会社行きなさい!!」
 威勢のいい母さんの声。
 目を開けるとそこには、いつもと寸分たがわぬ母さんがいた。
 僕のフトンを手に、仁王立ちしている。
「母さん…
 おはよ…」
 そこは、いつものとおりの、僕の部屋。
「はいおはよう。
 顔洗ってきなさい。月曜なんだから、パジャマは洗いに出しといてよ」
「は~い」
 また、朝に戻ってる。
 いいや、いまのは忘れよう。めんどくさい(笑)
 とりあえずシゴトさくっと片付けて、こんどこそあの二人を捕まえる。
 僕はばりばりと身支度をし、ご飯を食べ、会社に行き、作業~納品までを片付けた。


     

セーブストーン ~あの瞬間に戻りたい another
 慎治(シンジ)の場合-6

『セーブストーン(真相-1)』


 そして、夕方。
 僕はトラックを神社そばの駐車場に入れ、これまでとは逆の方向にある、しげみの影から様子を伺った。
 大鳥居にもたれる“イサミ”。
 社殿の影からそれを伺う“アツシ”。
 このまま待てば“みすず”ちゃんが来る。
 何度も告白をのぞいてしまうのは悪いけど、それが済んだら速攻! 声をかけるのだ……

「おい!」

 と思っていたらいきなり“イサミ”が走り出した!
“アツシ”にむけて。
“アツシ”は社殿の向こうに回り込んで逃げようとする、が、そこは“イサミ”が一枚上手。
“イサミ”は社殿を逆方向に回りこみ、“アツシ”を待ち伏せ捕捉した。
 だが、“イサミ”は“アツシ”の顔を見てぼうぜんとなる。
“アツシ”は途方にくれたように立ちすくむ。


 遠目の、部外者の僕にもわかるほどきまずい、きまずい沈黙が、境内を満たした。


 ややあって、“イサミ”の震える声が、問いを投げかけた。
「アツシ……。
 まさか、だよな?
 俺のこと何度も何度も今朝に戻しやがった野郎は、おまえ…じゃないよな?」
「……………」
「お前、なのか?」
「…………………………何言ってるんだ?
 おれにはわからないよ……。」
 ゆっくりと、言葉を選んでいるような調子で“アツシ”はこたえる。
 対して“イサミ”は。
 ゆっくりとひとつ、深呼吸した。
 そして、穏やかな、優しく諭すような口調で、問いかけを始める。
「アツシ。
 お前もセーブストーンを持っているんだろ。
 みすずへの告白のことで、ロードしたんだろ」
 …僕の経験からして、こういうのは後半が怖いのだ。
 言っている内容はいまいちよく理解しきれないが、とにかく僕は対ショック体勢に入った。
「だから前前回の今朝俺が話した、みすずへの告白の日取りがはっきり記憶に残ってた。
 ……もし、そうでなかったら……」
 ここで突如声が荒げられた(うわあやっぱ来た)!
「前回の今朝、お前なんで、『告白しないでいいのか』なんて聞いてきたんだ?!
 まさにこの日、俺がみすずに告白するはずだと…
 一体、なにから判断したんだ?!!」
「っ」
 最後はもう、問いというより一喝。
“アツシ”はびくっと身をすくませる。
 そして、焦った様子で、こう答える。
「えっ…あの…そう、直感だよ。
 おまえの態度からなんとなく…」
 そこまで言って“アツシ”ははっと口を押さえる。
「語るに落ちたな」
 対して“イサミ”は、すっと静かな表情になってトドメの言葉を進呈した。


 詳しい状況は、コレだけじゃいまいちよくわからない。
 けれど……
『セーブストーン』。
 そして『ロード』。
 その言葉の意味するところは、聞いてあきらかだ。
 ――まるっきり、ゲームだが。
 はっきりいって、SFなんだが。

 彼らは自分の状況を、セーブしたりロードしたり、できるらしい。

 まるで、ゲームのように……

 信じがたいが、いままでの僕の経験から、信じざるをえない。


“イサミ”はもとの口調に戻って尋問を続ける。
「お前もあいつからストーンを手に入れた。そうなんだな」
“アツシ”は観念した様子で話し出した。
「そうだよ。
 データロードを繰り返したのは、オレだ。
 みすずに告白なんか…させられないから」
「なんでだ!!
 お前まさか……
 ホントはみすずのこと」
「ちっちがうよ!! そんなことはない!!」
「… え?」
“イサミ”はぽかんと口を開けた。
 この境内にまた、なんとも言えない沈黙がやってきた――今度は、なんか調子抜けしたような、間のぬけた。
“アツシ”がみょうに焦った様子で、必死に弁明をはじめる。
「……あ、その………
 ほら、みすずは仲間じゃん。オレにとってはだから…そういう対象なんじゃなくて…別にオレはみすずを好きなんじゃない。これはホントだよ」
 いきなり、なんとなく、コメディめいた空気が流れる。しかし。
「じゃあ…なんで…?」
「…
 言えないよ」
 一転、硬化。
“アツシ”は頑固な様子でうつむいた。
「言えない。絶対に」
「おい」
「とにかく告白なんかするな。いいな!!」
「おいっ」
“イサミ”が“アツシ”の肩をつかもうとする。“アツシ”は間一髪ポケットに手を滑り込ませ……



 黄色い閃光に意識が吹き飛ばされる。


     

セーブストーン ~あの瞬間に戻りたい another
 慎治(シンジ)の場合-7

『アクセス、失敗』


「シンジ! いつまで寝てるの!!
 今日は早いんでしょう。ほら、はやくご飯食べて会社行きなさい!!」
 威勢のいい母さんの声。
 目を開けるとそこには、いつもと寸分たがわぬ母さんがいた。
 僕のフトンを手に、仁王立ちしている。
「母さん…
 おはよう…」
 そこは、いつものとおりの、僕の部屋。
「はいおはよう。
 顔洗ってきなさい。月曜なんだから、パジャマは洗いに出しといてよ」
「は~い」
 また、朝に戻ってる。
 どうしたもんかな…。
 まあ、とりあえず、家を出なくちゃ始まらない。
 その後シゴトに行くにしても休むにしても。
 あの二人を会わせたらいけなさそうなことはわかるので、ふたりが出くわす前に捕捉しないと……
 僕はどっこらしょとベッドから立ち上がった。


「シンジ! いつまで寝てるの!!
 今日は早いんでしょう。ほら、はやくご飯食べて会社行きなさい!!」
 威勢のいい母さんの声。
 目を開けるとそこには、いつもと寸分たがわぬ母さんがいた。
 僕のフトンを手に、仁王立ちしている。
「あれ…」
 僕はぼうぜんとした。
 さっき僕は、起きたはず……
「何で寝てるんだ…??」
「なに寝ぼけてるの! ほら早く起きて!
 顔洗ってきなさい。月曜なんだから、パジャマは洗いに出しといてよ」
「はーい……」
 どうやら僕は二度寝してしまったらしい。
 たまにあるのだ。
 起きて着替えをしている夢を見てしまうこと。
 前の晩遅かった日は、眠くて眠くてそうなってしまう。らしい。
 ここのところはなかったんだけどなあ…
 やっぱ昨日ゲームやりすぎたせいか。
 僕は反省しつつ(これでも毎回反省はしてるのだ…)身支度を終え、朝ごはんを食べて、家を出た。
 あの二人を会わせたらいけなさそうなことはわかる。
 なんとか、ふたりが出くわす前に捕捉しないと……


 その日のシゴトはまったく平穏無事。
 僕にはこの日おこることのパターンが、基本的にわかっているのだから、検品も楽勝。
 僕はトラックを近くの駐車場に入れて、神社へ直行した。


 大鳥居にもたれる“イサミ”。
 社殿の影からそれを伺う“アツシ”。
 このまま待てば“みすず”ちゃんが来る。
 その前に話をしてしまおう。
 とおもったらなんと、“アツシ”が動いた。
 意を決したようすで、“イサミ”に声をかける。
「イサミ……」
「よ。」
 昨日(いや主観だけど、彼らにとってもそのカンカクだろう、たぶん)の剣幕はどこへやら、“イサミ”はぜんぜん、なんでもないように手を上げて挨拶。
「なん、で…
 みすずに告白するんだろ?」
「しねぇ」
「っ!」
 どういうことだ?
「したって同じだろ。戻されちまうんだからよ」
“イサミ”はあくまで穏やかにこたえる。
「…………。」
 黙りこんでしまう“アツシ”に、“イサミ”は問いかけを重ねた。
「お前、悩んでるんだろ」
「……。」
「なに、悩んでんだよ。
 ひとりで悩んでんだよ。
 お前のそれ、解決しないことには、俺のシアワセなあしたはソンザイしないんだ。
 だからどんなことだって聞くぜ。
 いちお、いちばんの親友だしな」
 少しだけまよっていた“アツシ”は、しかし首を左右した。
「…………だめだよ。
 聞いたらなくなる……
 イサミのシアワセなあした。…それに、おれのあしたも」
「だからって、じゃあずっとくりかえすのか?
 セーブデータだったら俺も持ってる。繰り返しになるだけだぞ」
「………………………」
「お前は“今日”をくりかえすことで、俺を根負けさせようとしたな。
 でも同じ事は、俺にだってできるんだ」
「…………………」
“イサミ”がポケットに手を入れ、繰り返す。
「お前が何も言わなければ、繰り返しになるだけだぞ」
「…言えるもんか。
 こんなことぜったいいえない。
 繰り返しになるとしても、ぜったいに」
“イサミ”がポケットの中でなにかを握り締める。

 黄色い閃光が視界を覆う。

 一瞬あたりが夕闇の運転席に変わる、でも次の瞬間閃光、僕の部屋になる。
 なるほど、夕方にロードできるのが“イサミ”朝にできるのが“アツシ”なのか。
「シンジ! いつまで… あら、起きてるのね。
 今日は早いんでしょう。ほら、はやくご飯食べて会社行きなさい!!」
 威勢のいい母さんの声。
 目を開けるとそこには、いつもと寸分たがわぬ母さんがいた。
「母さん。おはよう」
 そしてそこは、いつものとおりの、僕の部屋。
「はいおはよう。
 顔洗ってきなさい。月曜なんだから、パジャマは洗いに出しといてよ」
「は~い」
 また、朝に戻ってる。
 けど、もう楽勝だ。
 僕はそのまま一日をこなし、神社へとかけこんだ。


     

セーブストーン ~あの瞬間に戻りたい another
 慎治(シンジ)の場合-8

『To The Last Lot』


 やってきたのは“アツシ”がさきだった。
 かわいらしい封筒を手に、相当走ったのか、苦しそうに大鳥居にもたれ、息を整える。
 数分後、“イサミ”が現われた。
「イサミっ…!!」
 その瞬間“アツシ”ははじけるように身を起こした。
「おまえ…おまえ…どういうつもりだよ!!!」
 イサミに詰め寄り、手にした封筒を突き出す。
 淡い水色と柔らかなカットで、なんとも優しい印象の封筒。ぶっちゃけ“らぶれたぁを入れるために生まれたよーな”シロモノだ。
 もしかして“イサミ”、この便箋で“アツシ”を呼び出した、のか…??
 こいつってば、一体。
 僕(ら)の疑問に対し、“イサミ”はアタマをかいて笑いながらこういう。
「いや、これならお前を引っ張り出せると思って」
「おまえっ……」
 僕はあきれかえり、“アツシ”は声を震わせる。
「まあ、お前は怒るだろうとは思っていたけど、ハナシすらできないんじゃどうにもならないだろ? お前も俺も、このまんまでいいわけはないんだし」
「…んな…」
「え…」


     「ふざけんなっ!!!!」


 まるで、前回とは逆に。
“アツシ”が怒号をあげた。
「な、…なんでそんなに怒るんだよ。これはその……」
“イサミ”は顔色を変えて後ずさり、へどもどと言い訳を試み始めた。
 しかし“アツシ”にそれを聞き入れる気配はない。
「冗談だとしてもあんまりだろ!!
 好きでもないのにこんなふうに…よりによってこんなのっ……
 …あんまりだ」
 くるり、“イサミ”に背を向けた“アツシ”は。
 大きく肩を振るわせ始めた。
 声を殺して。大鳥居にすがるようにして。
「アツシ…まさか。お前が好きだったのって、……」
“アツシ”は首をはげしく横に振った。
 はげしく、首が取れてしまうのではないかというほどに。
“ああ、うそなんだ。”
 …必死のウソなんだ。
 そのことは、残酷なことだけど、僕にさえもはっきりとわかってしまった。


“イサミ”はぼうぜんと“アツシ”を見る。
「おかしい…よな。
 おれはお前のこと――みすずとのこと、ホンキで応援してた。
 リロード…したのだって、最初はそんなんじゃなかったんだ。
 おまえが…死に掛けてたから……
 おれのこと車からかばって、ひかれて、死にそうになったから……」
 それって、あのときか?
 僕が、はじめて“イサミ”を轢いてしまった。そして逃げてしまった、とき。
「おれはセーブストーンもってるから、ひかれたって平気なのに。
『お前も、大事な、やつだから』って……」
 あのあと。
 なんども繰り返された“今日”。
 そのなかでは、こんなことが、おきていたのか。
 マンガでしかみたことないような、展開。
(いや、“今日”がくり返している時点で、充分もう“マンガ”なのだけれど……)
“イサミ”は、何も言わない。
「…そういう大事じゃ、ないのにな。
 変だよな、おれ。
 …嫌いになったよな、おまえ。
 なくなっちゃったよ。おれのあした。お前の平穏無事で…幸せだったはずの明日……」


 僕は立ち尽くした。ここにわりこんで、話なんかできるか? できるわけがない、こんな状況で。
 どうしよう。このままにしておくしかないのか。
 僕の毎日は、これからもこんな風に不安定なままなのか?


「…やっぱりこうなっちゃいましたか」
 そのときふたりの目の前に、何かが舞い降りてきた。
 よくみるとそれは、ティンカーベルのような、ちいさな人影。
 背中に羽根、ふわふわひらひらとした衣装。
「プリカ…」
“アツシ”はふりかえりその名を呼ぶが、それだけで何もつづけられない。
 がくり、うつむいてしまう。
「アプリコット。
 お前、全部わかってたのか」
「…はい」
“イサミ”の問いに、“ティンカーベル”は沈痛なようすでうなずく。
「そうか…」
「怒らないん…ですか?」
「俺がお前でもこんなこといえないわ。
 だから……
 教えてくれ。
 こいつが何を見てきたのかを」
「え…?」
“アツシ”はあぜんと顔を上げる。
「こいつは、俺の知らない俺をみてきたんだよな。それで…
 いま、こんなに苦しんでる。
 だったら、知りたい。
 俺はいったい、なにやらかしたのか。それでこいつにどんな思いをさせてしまったのか。
 知って、それで……
 考えたい。こいつが苦しみから、救われる方法。
 こんな、わかんなくて、苦しいのは、俺もいやだから」
「イサミ…!」
“アツシ”は驚いたカオで“イサミ”を見た。
「お前、おれのこと…
 …ヘンだって思わないのか?
 キモいとか、思わないのか?!」
「確かに驚いてるさ。けど…
 だけどそんなことより、お前は俺にとって、だいじなヤツなんだ。
 そいつが苦しんでるのほっときたくない」
「イサミ……」
“アツシ”は、もういちど、泣き出した。

「ありがとう」


 あたりはすでに夕闇が迫っていた。長話が出来るような時間とは言いがたい。
 それを理由に、二人はいったん家に帰ることを決めた。
 あした。あしたの放課後、またここで、と約束して、ふたりは大鳥居に背を向けた。
 別々に帰るか、と思ったら、並んで歩いていく。
 どうしようか。迷っていると、僕の目の前に何かが飛んできた。
「シンジさん、ですね」
 それはさっきの、ティンカーベル。
「あたしはアプリコットといいます。
 今晩11時、あなたのお部屋にお邪魔したいのですが、かまいませんか?
 お詫びと、事態をご説明したいのです」
「あ……
 わかりました。だいじょぶです」
「ではここはこれで」
 アプリコットは、ふわり飛び立ち、ふたりを追いかける。送るつもりらしい。
 ふたりとひとりは神社を出て行った。
 僕はひとつため息をつくと、トラックに戻ることにした。


     

セーブストーン ~あの瞬間に戻りたい another
 慎治(シンジ)の場合-9

『セーブストーン(真相)』


「シンジさん! よろしいですか?」
 壁の時計が十一時を指すと、僕の部屋には小さな声とノックが響いた。
 窓からだ。僕は立ち上がるとカーテンとガラス戸をあけた。
 そこにはアプリコット。
 背中の羽根を小さく震わせ、ふわふわと浮かんでいた。
「どうぞ」
 僕は網戸を開け彼女を招き入れる。
「えっと…お茶とか……」
「いいえ、お気遣いなく。
 あたしのサイズだと、大きすぎますから」
「はあ」
 彼女は失礼します、とことわって、机の上、ノートパソコンのわきに着陸した。

 ちいさな妖精はぺこりと頭を下げる。
「このたびはご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありませんでした。
 もうすこしはやく気づいて、フォローさせていただくべきでした。
 …混乱なさったでしょう」
「あ、ええ……」
「ここ数日、といいますか、何度かの本日の間にあなたがご経験なさった“異変”……
 それはすべて、『セーブストーン』とよばれるアイテムによるものなのです」
「事態をセーブしたり、ロードしたり、できるの…?」
「おっしゃるとおりです。
 もうお気づきのとおり、あのおふたり…アツシさんとイサミさんが、自らの身に起きた事故から逃れるため、そののちには、恋の成就のため…いくどかロードを繰り返してきたのです。
 そのため、あなたの日常には大きな混乱が発生してしまいました……
 ココロよりお詫びいたします」
「あの、君は……」
「はい。
 わたしは運命向上委員会セーブストーン普及課副課長代理をつとめる、アプリコットと申します。
 セーブストーンの販売、アフターフォロー、関連フォローを致しております。
 このたびは関連フォローのため、あなた様のもとにお邪魔させていただきましたのです」
 ぺこり。アプリコットは一礼する。
「あ、どうも…
 僕は棟方慎治です」
「ありがとうございます。
 それで、シンジさん……
 あの。
 怒っておいでですよね……」
 アプリコットは申し訳なさそうに僕を見上げる。
「いいえ」
「えっ…?!」
「確かに混乱しましたけど……
 アツシ君やイサミ君がロード…してくれたおかげで、僕はひき逃げをしないですむようになったので……
 僕がかれらをひいてしまったのが、そもそもの原因なんですし。
 ただ、あの。
 また、あれ、起こるでしょうか。
 ちょっと混乱しそうなんだけど、……」
「シンジさん…!」
 アプリコットはちいさなハンカチをとりだし目に押し当てた。
「なんて優しいかたなんでしょう。
 はい、できうる限り、善処させていただきます
 では、こちらをどうぞ」
「え…?」
 アプリコットはどこからともなく、紺色のビーダマを取り出した。
「セーブストーンです」

 おわびのしるしとしてセーブストーンをもらい(正規購入には現時点の全財産が必要ということだが、おわびなのでタダということだった)…
 その使い方を教えてもらった僕は、さっそくこの平穏ないまをセーブした。
 ためしにロードもしてみた(机のペンたてを倒してみて、ロードすると…ペンたては元のように立ち上がっていた!)。
 すごい。ホンモノだ。
「これでいざというときにはこの時点に戻れます。
 これをもっていることで、混乱も、大分軽減されるはずです。
 なにかありましたら、セーブストーンを額に当てて、心の中であたしを呼んでくだされば、24時間いつでもフォローにかけつけます」
「ありがとう」
「あ、結構長居してしまいましたね。
 それでは、そろそろお暇致します。
 夜遅くに、ありがとうございました」
「こちらこそ」
 僕は窓を開け、プリカを送り出した。
 プリカはもう一度ぺこんとお辞儀をすると、夜空に消えていった。

 窓を閉め、手のひらを開いてみると――
 銀色の丸い模様がひかる、濃紺のビーダマだけが、神秘的な光をたたえていた。


  ~END~

       

表紙

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Neetsha