この世の果てまで
幕間
始動
死ぬ、死ぬ、はい死んだ、死んだよ、って思ってて目を開けたら300年後ってのが
最近の流行みたいだ。くだらねえ三流芝居。反吐が出る。くだらねえあれやこれやを全
部すっ飛ばして、女々しい死に際のたわごとも全部なかったことにして――おお神よ、
やっぱり俺は運がいいんですね!――俺は生きてる。
ずっと眠り続けてきた、ってそんなところかな、この世界での俺の物語の始まりは。
だせえ、みっともねえ……その上、目を覚ましたらシンジの野郎の顔しかなかったって
のがさらに泣ける。ほかの連中はどうした、イカ臭いケンジや気取りやのアミ、お調子
者のカミカワ、可愛い子ぶりっ子のサクラ、そしてサヨリ。どいつもこいつもどこ行き
やがった!……なんてな、早々にいなくなったのは俺だっつーのにな……もう脇腹に傷
はない。体も、なんだか、軽いんだ。やけに頭が冴えてる。もう、イトウの死に顔や兵
士の血なんて出てきやしない。
目を覚ました時、俺は福神高校の、自分の教室の、懐かしき机に突っ伏してた。いつ
もの昼寝スタイル。前の席にシンジが座ってて、椅子の背を両手で抱えて、にやにや俺
のことを見てた。いらつく顔。なんだか、きまずいような気もするけど、シンジは別れ
際のことを気にしてはいないみてーだ。なんだか、シンジが別人みたいに見える。明る
くなったな、こいつ。
教室はあの時のまんま。ご丁寧に廊下から流れる血まで、変わってない。粋な計らい
に感謝したいね、まったく。俺の物語のはじまりの場所。まさか、リセットしてもう1
度最初から、ってわけじゃなさそうだ。窓の外はまったく別物。馬鹿みてーに木々が茂
ってる、いつから日本はジャングルになったんだ?
よう、シンジ。ここは天国なのか?
「まさか、ここは日本の福神だよ」
俺、死んだんだけどさ。
「気のせいじゃない?」
そういう冗談言う奴だったか?
「300年経ったよ」
あれから?
「そう。キョウジくんがいなくなってから色んなことがあった」
だろうな。みんな元気か?ってか、300年って、お前何言ってんだ?
「冗談だと思うでしょ?そうなんだよね。実際、冗談みたいなもんなんだよ」
ま、なんでもいいや。生きてりゃ。
「もうちょっとしたらさ、というかまだまだ時間かかりそうなんだけど、いろんな人が
ここへ来るんだ。それまで、キョウジくんは勉強をしなくちゃいけない」
勉強なんて、今更だろ!
「うん、まあこれ読んでよ。全部書いてあるから」
なんだこれ。ずいぶん分厚いな。
「僕が300年のあいだに書いた、日記みたいなもんさ」
人の日記なんて、気持ち悪くて読めねえよ。
「読まないと、300年間のブランクは埋められないよ」
……わかったよ。少しずつ読んでやる。
「大丈夫、時間はまだたっぷりあるから」
こんな感じで、俺はシンジのポエム集、改め日記帳を読まされるハメになったんだけ
ど、実際、読んでみて、ちょっとショックだったりする。表現がぼかされてて――なん
でこんなまどろっこしい書き方してんだ、って聞いたら、こう書かないと僕が危ないか
らなんて笑いやがる!――うまく理解できないとこもあるんだけど、まぁ、言いたいこ
とはわかった。
300年間サヨリは俺を探してるってことだな。
俺がそう言うと、シンジは大笑い。
「それ以外にもあるんだけどね、まぁ、そんなとこかな」
サヨリをこっちから探しにいってやるって教室の外に出ようとしても入口に鍵がかか
ってて出られやしない。窓ガラスを割ろうとしても防弾ガラスみてーに硬くて割れない。
万事手詰まり。俺は閉じ込められてる。それなのにシンジは時折外に出て行く。
なんでお前だけ外に出られるんだよ!
「秘密」
ほくそ笑むシンジの横っ面をぶん殴ってやりたいとこだが、許してやろう。暇つぶし
の相手はこいつだけしかいないからな。シンジが言うには、とにかく待ってろってこと。
待ってりゃどうにかなるらしい。俺としては、今すぐにでもここから飛び出して、逃げ
しちまいたいところ。
結局生きてる、俺。ヒロ先輩が苦虫噛み潰したみたいな顔してるところを想像して笑
える。ざまあみやがれ。チューペット食って眺めてる神様の野郎の足首を掴まえてやる
機会を得たってわけだ。まぁ、阿呆な神様の悪い冗談に、もう少し付き合ってやっても
いいか、なんて思ってる。とにもかくにもサヨリだ。あいつにもう1度会って、会って
……え~と、どうしよう。こういうとこでは、俺はヘタレだ。まぁ、とにかく、こう言
ってやろうか。
ごめん、寝過ごして遅刻した……ってね。
続く