この世の果てまで
幕間
メッセージ
アリサワさんと2人で、爆発した地下室内を見てまわってる。本を見つけて以来、ア
リサワさんの機嫌は悪い。目の前にハコブネが降り立ってピリピリしてるってのもある
んだろうけれど……
地下施設はぐちゃぐちゃ。舟も爆散して見る影もない。爆発のすさまじさを見て、私
は怖くなる。これで正しいわけがない、と。
「なんでもいいから見つけたら教えるんだ」
そう言ってアリサワさんは、何か、を探している。アリサワさん自身それが何なのか
わかってないみたい。
村はCGとの戦争に向けて姿を変えていった。のどかだった風景は兵器と無表情の信
徒たちで埋め尽くされた。村の周りには有刺鉄線が張り巡らされ、大砲が設置された。
村は別物になった。私はみなの邪魔にならないように、地下室前の民家の縁側で暇をつ
ぶすようになった。一方、アリサワさんは忙しくしてる。なんだか生き生きしてる。
私は逃げる隙を窺っている。心は決まってる。ここを出よう、みんなのところに戻ろ
う……
瓦礫の中から一枚の光学ディスクを見つける。時代遅れの記憶メディア。ケースには
タイトルなどは書いてない。
「何か見つかったか?」
「いえ、見つかりません」
私はとっさにディスクを隠す。どうして隠したのか?これが何なのかはわからないけ
れど、これ以上壊されたくないと思ったから……
民家に帰っても再生装置はない。当然だ。こんな時代遅れのメディアの再生機器なん
か一部のマニアしか持ってない。どうしたものかと考えた挙句、信徒の人に頼んでノー
トパソコンを貸してもらった。ネットの海を駆け巡り、このメディアの情報を吸い出す
方法を探す。
結果、私は自分の携帯にその情報をコピーすることに成功する。迷った末、光学ディ
スクは割って捨てた。中身も確認していないのに……私なりのアリサワさんへの反抗だ
と思う。
その夜、私は布団に潜って、その中身を見る。そして、決意する。動くなら今だ、と。
変な自信があった。確信があった。ここで動くことが私の役目なのだ、と。
夜の闇に紛れて外へ出る。アリサワは帰ってきていない。今がチャンス。これまで何
もしてこなかったわけじゃない。ちゃんとルートを探していた。有刺鉄線の切れ目。未
だ作られていない部分。それは村の真裏。草原の反対側。すぐ外は崖だが、慎重に行け
ばなんとか村と学校のあいだに茂る森に入れるはず。
私は走る。何も考えずに、柵を越え、崖に出る。
波の音がする。崖にぶつかり四散する音。夜の闇に波が響く。有刺鉄線と崖先の間は
約30センチ。私の背の二倍もある柵には、来るものをからめとろうと棘が無数に生え
ている。棘に絡めとられても終わり、足を滑らせても終わり……
慎重に、慎重に……
もう少しで森、あと少しで有刺鉄線が離れていく……
「どこへ行くのかな?」
私は心臓がドクンと鳴るのを聞く。胸を内側から激しく叩くのがわかる。声の先はあ
り得ない場所。空中。崖の先。アリサワが腕を組んでこちらを見ている。私は恐怖のあ
まり有刺鉄線にしがみつき、腕や手に棘が刺さる。
「散歩にしてはずいぶんだな」
「アリサワ……さん」
アリサワさんは宙に浮いている。違和感。悪い夢を見ているよう。
「彼らのところへ行くのか?」
私は答えない。いや、恐怖で声が出ない。体も動かせない。
「行くんだろう?」
私は無理矢理肯く。
アリサワさんは大きな声で笑った。その声は高くなったりしゃがれたり、泣いている
ような、叫んでいるような……
「行くがいい。止めはしない。あなたが選んだ道だ、ただし」
アリサワさんの体が私に近づく。目と鼻の先にアリサワさんの顔がある。異常なほど
黒い眼。眼に墨汁を流したよう。白い部分も瞳もない。ただ、黒。
「これだけは覚えておくんだ。お前は自分からチャンスを捨てたんだ。神への道を」
そしてアリサワさんは目の前から消えた。文字通り、消えた。
それからはあんまり覚えてない。ただ、ひたすらに森へ逃げ込み、走り続けた。怖か
った。自分がどれだけ間違った場所にいたのか、思い知った。
森の深いところで、大きな木にもたれて、私は眠った。怖さから、みじめさから、逃
げるように……
続く