Neetel Inside 文芸新都
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文藝夏企画 作者変え&FN祭会場
賭博異聞録シマウマ/インギーさん

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 ――死ね、馬場天馬。お前は死ななければならない。

 遥か向こうに見える場所にも一点の光さえ見出せない真闇を往く旅路。それが彼にとっての17年間の人生だった。
 死にたい死にたいと呟きながら生き続けた果てに、守るべき者を守るため突きつけられた『死』という課題。彼はそれに膝を震わせるしかなかった。
 ホームにその平たい鼻を割り込ませてくるのは、課題を遂行しようとここに立ち始めてから十数本目の電車だ。
 17年と1日目は、彼の旅記に記されることはもうないだろう。しかし、絶望と失意の果てに辿り着いたこの人気のない駅のホームで、彼、馬場天馬は新たな場所へと旅立ちを宣言する事になるのだ。この冷たく、自分から遠い世界から。
 ――気づけば、彼はホームから身を投げ出していた。



賭博異聞録シマウマ
「闇に舞い降りた少女 ~B-side~」



 死ね、ダルシム。お前は死ななければならない。 
 なぜなら、ダルシムが生きていればわたしが地獄の苦しみを味わわなければならなくなる。
 単純に残りライフの差の話だ。ヨガファイアしか使ってこないダルシムが犠牲になり、わたしが愛しているサガットが助かるべきなのだ。
 ああ、勝ちたい。しかし、勝てない。弾数が多くて……。
 ヨガファイアが来る。何発目だろう。
「早くしてよ、負けちゃうでしょ!」
「大丈夫だって、急がなくてもさあ」
 高校生らしき制服を着たカップルが対戦台の向こう側で騒いでいる。わたしはため息を吐いた。
 ああ、いっそのこと退屈なヨガファイアとアイグーの撃ち合いなんか止めて、電源を落としてくれないだろうか……。
 そんな言葉が頭に浮かんだ瞬間、サガットの脚にダルシムの足が伸びる中キックが直撃した。わたしが「あっ!」と声を出したかと思うと、画面に大きくKOの文、字、が……。



 ラッシュも終わり人気の出払った駅のホームに、嶋あやめは不機嫌に口をすぼめ佇んでいた。何気なく暇つぶしに立ち寄ったゲームセンターで、これまた何気なくコインを投入したハイパーストリートファイターⅡで99人抜きという状況にまでいた。それが前人未踏の100人抜き達成まであと一人というところで、先ほどのダルシム使いに負けたことに納得がいかなかったからだ。
 おもしろくない、というのが正直な感想だった。決して勝てない相手ではなかったはずだった。しかし、相手はヨガファイアによる牽制と飛び込んできた時の空中投げ、そして中距離での中キックを使った待ちの戦術でシマの操るサガットの接近を許さず、巧みに葬った。
 一見すれば、相手の戦法はよく練り込まれた玄人プレイヤーの物で、彼女はたまたまそれに当たって負けただけだったのかもしれない。シマにとって面白くなかったのは、そこに攻めの姿勢がなかったことだった。
 安全圏で自分が傷つくことを嫌いつつも、しかし勝ちだけは欲しい。果たして、勝負と言って良いのだろうか。いや、少なくとも勝負と呼ぶにはあまりにも相手が犠牲にしようとしているものが無い。
 勝負というものは真剣と真剣で向かい合い、己が肉を切り裂かれながらもギリギリのところで相手を葬り去るようなものであるべきなのだ。そうすることで初めて身を焦がすような、脳髄の奥が痺れるような勝利の味に酔いしれることができる。犠牲にするもののない、スリルの存在しない勝負など安全な遊戯にしか過ぎない。
 そうは思ってみるも自分が負けたことには違いないのだ。それが余計に彼女のちょっとした不満を募らせていた。
「……なぁんか、つまんないな」
 何をしようとも埋まらない、快楽への熱望。それが満たされないことには、シマの退屈は収まることはない。
 向こう側のホームに退屈そうに視線をやれば、相変わらず人気の少ない下り車線のホームが静かに迎え入れてくれた。
 視界に映ったのはありきたりな駅のホームの風景だった。シマの退屈を取り去るようなものではなかったが、一つだけ彼女の好奇心を微かに動かした現象がそこにはあった。
 シマがいる喫煙所のあるところから真っ直ぐ反対側の位置。最後尾車両の乗降口から、更に後ろの位置となるであろうその場所に一人の少年が不自然に佇んでいたのだ。
(自殺、かな……)
 胸元からハイライトを取り出しながら、シマはそんなことを思った。
 高校生くらいの少年だ。思いつめたような表情で、次の電車が来るのを待っている。彼のいる位置は、電車の到着がわかりやすく線路に飛び込めば真っ先に“目的地に逝けてしまう”、そんなベストポジションだ。
 歯噛みするような表情で膝を震わせている少年の様子に、シマは脳裏で推測を確信に変えていった。しかし彼女は彼に声を掛けることも、駅員を呼ぶこともせず、ただタバコの煙をくゆらせるだけだった。
 その必要を感じなかったからだ。多くの人間はいざ自殺しようとした時に、恐怖で尻込みをした挙句、無意識に現世に残している何らかの未練で自分の身を守ってしまうのだ。本当に自殺する事ができてしまうのは、現世への未練を捨てるまで追い詰められてしまった人間だけだ。自分の命を絶つということはそういうことだ。
(ま、死の恐怖に脅えてすごすごと帰るのがオチよね……)
 そうは思いつつも、しばらくシマは彼の様子を観察していた。それは単なる気まぐれな暇潰しでもあったが、そこには本当に自殺してしまうかもしれないという一抹の不安があったからだ。
 しかしその不安も思い過ごしだったと彼女はすぐに思う事となった。案の定といった所だろうか、シマが観察を始めてから彼は電車を何両も見送っていた。やはり恐怖で足が動かないのだ。もう日も完全に暮れてしまっている。その内すれば諦めて帰ってしまうだろう。そうすれば、彼はまた絶望したと言い聞かせているいつも通りの毎日に再び舞い戻ることになる。
「ふぁ~ぁ……」
 自殺志願者の観察にも飽きて、シマが欠伸をした。多分、彼も大多数の自殺しようとする人間の内の一人だったのだろう。
 時刻表を見れば、五分もすればこちら側のホームに電車が来るらしい。
(そろそろ帰ろうかな――)
 シマがそう思った瞬間、彼が立っている向こう側のホームで異変が起こっていた。
 件の彼が、今まさに線路に飛び込まんと身体を投げ入れようとしていたのだ。
(まずい……)
 シマは思わず考え無しに駆け出していた。
 反対側のホームには普通列車ではあったが、今まさに到着せんとその姿を現していた。駅のアナウンスは通過列車だと告げていた、そのまま轢かれてしまえば線路のレールに細切れの肉片がこびりつくことになる。そんなところを目撃してしまっては。しばらく焼肉が食べられないのはまぬがれないだろう。
(間に合って……!!)
 しかし、そこに線路に飛び降りて、落下する彼を抱き留めるだけでは間に合わない。そんなことをしてしまっていたら、彼を助けようとした自分もろとも通過列車の餌食となるかもしれない状況だ。一瞬でも判断を誤ったら、お終いだ。

 ――でも、それがいい

 シマは思わずこの状況に飛び込んでしまったことを後悔するどころか、楽しそうに唇に薄く笑みを浮かべていた。
 いちかばちかのまさに命懸けの勝負。当たりかはずれかそれがわからない、迫り来る死へのスリルがたまらない。脳髄が痺れるような感覚がたまらなく気持ち良い。
 脳の興奮でまるでスローモーションに見える視界の先には、虚ろな目つきで落ちてくる少年の姿があった。
(さあ、どうしようか。迷えば、ここで人生終了《ゲームセット》――)
 一瞬の思考の最中、シマの視線はに駅のホームに見えた人物に注がれた。
 その瞬間、シマの脳裏に雷鳴が轟いた。
 ――なるほど。
 落ちる彼に駆け寄る彼女の笑みが深くなった。
(さっき負けた雪辱を晴らすの。だから、技を借りるね)
 心の中で呟き、思い切り地を蹴りこんでいた。シマの身体が一直線に彼に向かう。
 彼女の膝が、落ちてくる彼の顔面にめり込んでいた。
 タイガークラッシュ。早い話が跳び膝蹴りだった。
 バタバタと駅のホームに倒れこむ二人、その背後を電車が通過した。
「お、おい大丈夫かい」
 近くにいたサラリーマン風の男が駆け寄って声を掛けてきた。シマは立ち上がり服についた砂を払うと、傍らで呆然としている高校生のカップルを一瞥し言った。
「ありがとう。お陰でなんとかなったよ」
 それはさっきゲームセンターで対戦台の反対側にいたカップルだった。唖然とする彼らにニッと笑みを返すと、シマは男に顔を向ける。
 そして、彼女は微笑んで返答をした。
「大丈夫。だって、サガットは強いんだから」
 その返答にぽかんとした表情を浮かべる駅員を尻目に、シマは微笑み続けていた。
 それは自殺志願者の彼、馬場伝馬との出会いだった。その後彼女は、彼の運命を賭けた勝負に身を投げ入れる事となる。



【賭博異聞録シマウマ 「闇に舞い降りた少女 ~B-side~」 完】

       

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