Neetel Inside 文芸新都
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文藝夏企画 作者変え&FN祭会場
防人の話(原作:灰色)/しう

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序:防人の話

 その男はただただ海を見ていた。
 何百里も先にある朝鮮、数十里先にある対馬
 何日も何日も見ていた。
 
 男には家族は無い。
 山賊が村に来た際、皆殺しにあってそれ以降ずっと一人ぼっちだった。
 自分を拾ってくれたのは近くに住む漁師であったが、こいつが人に言えぬような趣味を持っており
 自分が、心を開いて接していたにもかかわらず、あいつは私の幼い体に対してのみ執着を持っていた。
 変態趣味も思うだけならまだ良し、行為に及べばもはや手がつけられぬ。
 十にもならぬ私の体に、あいつは手を出してきたのだ。
 思い出すだけで体を掻き毟る指に力が入り、爪先に垢が詰まった。
 体は蚯蚓腫れ(ミミズばれ)の様に赤い線が付く。

 一人でいると考える事しか出来ない為に、過去を思い出しては体を傷付ける。そんな日々を送っている。
 私は名も無き防人、まだ此処へ来て三カ月目だ。



継:他人の生より、自分の生が大切だと言う話

 幼かった私は、男から逃げ出すとすぐに別の男に捕まってしまう。
 男は物売りで、私はそのまま商品となった。
 私を買ってくれたのは三代前の墾田永年私財法で莫大な領地を手に入れた男だった。
 その男が私を買った理由は”畑はあるが、耕す者がいない”その為だそうだ。
 当然だろう、何の得も無いのに働ける訳が無い。
 私がもう少し大人であれば考える力があったのだが、その時は”働けばその分飯が食える”と言う話に騙されてしまった。

 今、私が二十を越した頃、地主の元に兵役状が届いた。
 地主は、働き手の中から防人を選ぶ際、一番役に立っていない私を選んだ。
 周りとは上手く付き合って来ていたと思っていたのだが、他に誰も私に助け舟を出すようなことは無かった。
 
 三年間…金も飯も自分で負担せねばならず、更に年貢は当然のごとく払わねばならない。
 家族のいない一人身では借金をして三年分を払わねばならない。
 私は地主にもう一度掛け合ったが、他にいない以上私が行かねばならなかった。
 それに、周りの目は冷ややかだった。
 もし行かないと言い張り、他の人間が行かねばならなくなった時、私はこの土地で過ごせぬだろう…そう言う雰囲気が漂っていた。
 私は諦めた…兵役がどうこうよりも、再び仲間達に裏切られた様な気がして堪らなかった。
 地主から、兵役状を受け取り三年分の年貢の借用状に血判を押し付け、屋敷から家へ帰る事となる。
 土地柄、冬でも寒くは無いのだが、その夜は特に寒く感じる。
「北の太宰府までかぁ…遠いなぁ…」
 誰もいない小屋の中で一人つぶやく。
 用意するものなど何もない、思った以上に少ない米と麦、それに袋の中に半分以下しか入っていない粟を抱えて、次の日の朝方一人で土地を出た。




流:満たされた話

 玄界灘の周囲に一人ずつ、約三里置きに配置される防人達。
 当然話し相手も無く、ただ物事を考えるか、海を眺めるだけの生活。
 夜は抜いて、朝に粟の粥を啜っていつもの場所へ赴く。
 浜辺には子供たちが遊んでいるが私には関係の無い話、それでもその楽しそうな姿が羨ましくも憎たらしく感じ、時折石を投げて追っ払った。


 その男と私が出会うのは、防人を初めて六カ月程過ぎた夏の日だった。
 耳元で大きな藪蚊が神経を逆なでる羽音を立てている。
 何度も両手で、それを殺して行くが一向に減る様子が無い。
「この時期はたまらんなぁ」
 妙に癖のある訛りで毛むくじゃらな中年の男が私に話しかけてきた。
 彼は、一つ向うの場所を守っている防人で名を田丸と言った。まぁそんな事は良い、田丸は馴れ馴れしくも私に話しかけて来た。
 人との関わりをずっと断ってきた私は呂律の回らぬ舌で色んな事を話した。
 子供の頃の話や、地主の話、他にも自分の内側にある人を拒絶したい衝動など
 普通の人から見れば、戯言としか思えぬような狂言を彼は受け止めてくれたのだ。その感動と言ったら例え様がなく、自分の中の空の器になみなみと酒を注がれた様な、そんな幸福感で満たされた。

「このような時間であったか、ワシは帰ろうかな」
 男が腰を上げた時、どうしたものか、引き留めたい気分で一杯になったが、口を出す勇気が出ず彼の背中を見送った。
 途中で男は振り向き
「また、明日会おうぞ」
 そう言って大きく手を振った時、再び私の心は満たされた。 
 
 

了:最後に再び防人の話


 男は来る日も来る日も、私の元へ来てくだらない話を聞いて行った。
 と言うのも、話のは主に私で彼は所々に同意や感想を述べるに過ぎなかった。

 ヒグラシのうっとおしい鳴き声が聞こえなくなった頃。
 私が朝の見回りを行っていると、唐人の着物を着た男が死んでいるのを見つけた。
 男の体には見慣れぬ装飾物で飾られており、腰には金で作られた刀が差してあった。
 私はその男の身ぐるみを剥がし慌てて住処に運んだ。
 緑色に光る宝石、金銀で飾られた首輪、それに色鮮やかな服。
 それらはまるで神々からの贈り物の様に素晴らしい魔力と神々しさを放っていた。

 憑かれた様にそれを手に取っては眺めていると後ろの方に人の気配がした。
 見るといつもの中年男がそこにいた。
「なんだぁ、そりゃあすげぇなぁ」
 男は私を突き飛ばし、彼もまた金銀の光の魔力に憑かれた様に、それを眺めた。
 私は彼の姿と、その目を見て色んな事を思い出してしまう。

 幼い私を性対象とみなし行為に及んだ変態男
 土地を追い出し自分達さえよければ良いと言う利己主義な農民達
 彼の目からは、私への友情も愛も無くなり、自分の生活への保障と幸福、そして他者を踏みつぶしてでも己だけは幸福になりたい。
 その様な負の感情が私の中に入り込んできた。


「馬鹿な真似はよせ」

 どこかで、悲鳴を聞いた様な気がした。
 満たされ始めていた心の器から酒が全部こぼれ、代わりに金銀財宝が積まれた。
 血まみれの槍と服を捨て、代わりに奪い取った色鮮やかな着物を着る。
 首には、宝石がはめ込まれた首輪を垂らし、腰に黄金の刀を差す。


(ああ…満たされる…)
 所々欠けた杯で、彼の血をすくう。

「彼との友情を白とすれば、黄金の魔力を黒としよう。だが私はこの杯を飲み干し、元に自分に帰る事にしよう」
 涙が私の頬を流れ落ちる。
 塩辛い血の杯を飲み干した私は、その姿のまま走りだし
 断崖絶壁の崖の上から空に向かって飛んだ。



ー終わりー
 

       

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