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もう一つの希望(原作:ショートショート集『希望』より)/fu

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もう一つの希望(原作:「『ショートショート集/希望』より」)/fu


 運転中の男は欠伸を噛み殺しながら時計に目をやった。
 時間は十二時をとうに過ぎている。今日は平日だ。それなのに仕事もない。
 一体俺は何をしているんだろうか。
 ネットで無修正動画探してるうちに夜が明けて、起きたらもう日が高い。メシを作るのが
面倒だからこうして車で外出する。それなのに、メシをどこで食うのかさえ決められない。
 せっかく溜めた貯金を食い潰して。糧にもならない怠惰な行為を緩やかにしかし確実に
継続させて。
 いつからだろう? いつから、俺の人生はこんな風になってしまったのだろう?
 どのくらい前か思い出せない。――それ程、マトモだった頃から時が経ってはいないはずなのに。
「人間ダメになるときは一瞬なんだな~」などと独りごちても、その声は自分の耳に空しく響いて
段々小さくなっていくだけだ。小さくなっていくだけでその声は決して耳から離れはしない。
 男は、溢れてくる涙を拭うことさえ出来なかった。
「…あの時、もっと頑張っていれば。あの時、本当のことを話せれば。あの時、冷静になって
答えを導くことさえ出来ていれば……」
 男の脳裏に過去の大きな失敗と、失敗と成功を別けた瞬間が次々と蘇ってきた。そして怒りと
後悔がそれらを呑み込もうと津波の如く押し寄せてくる。
 だが、男ももういい年をした大人である。
 怒りや後悔に流されず、人間はとにかく生きていかなければならない。諦念を抱ける程度に
男は年を食っていて、そして生活はもはや逼迫していた。
「メシはいい、ハロワだ」
 頬を伝った涙はカーエアコンの吹き出す風で既に乾いていた。
「俺はとにかくやり直す。やり直す。百年に一度の不景気? バイトさえ争奪戦? 
関係あるか!? もしハロワに紹介してもらえる仕事がねーなら駅前に貼ってる勧誘ビラを
片っ端から当たってけばいいだけだ! 仕事がひとっつもねーなんて、その方がありえねえ!」
 ハンドルを握る手に、次第に力が籠もっていくのを感じた。身体から生命力が噴き出している。
 自分がダメな人間なのはもう四捨五入して三十になるのだからとっくに分かっている。
 それでも、躓いても、転んでも、骨が折れても、アキレス腱を断裂しても、心を病んでも、
死にたくなっても。――死ぬまでは、生き続けていないといけないのが、命をもって生まれし
人間の定めだ。
 活路があるから希望が見えるのではない。
 希望とは、這いつくばって生きていく途中でふとした時に顔を覗かせる太陽のようなものだ。
それはとても気まぐれで、運の悪い人間は希望に出会わないまま一生を終えてしまうものなのかも
しれない。
「俺は変わる! 変わるんだ! 失敗してもいい! クビんなってもいい! たとえ日本が、
世界がどうなろうと、俺は死ぬまでしぶとく生きてやるぞ!」




 男がアクセルを踏む足に力を込めたその瞬間横から誰かが飛び出してきてそのまま轢いて
しまった。どこからどう見ても即死だった。

       

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