Neetel Inside ニートノベル
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蟲籠 -deity world-
終劇 「蟲さがし」

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『速報です。
今朝、――県内にある――学校、二年六組の生徒の死体が、教室に散乱していたという情報が入りました。
被害状況は著しく、"クラスの全員分"の死体があったということです。
死因は不明で、現在調査中です。それでは、次のニュースに―――』


ニュースキャスターの端正な声だけが、店の中に響いた。
時刻は十時。本来ならば高校生は学校で授業を受けている最中のはずだった。
…例外として、海部津静馬がいる。
彼は自分のいたクラスを失くし、そして、"自分がそのクラスにいた"という事まで、失くしてしまった。


『雑貨屋 アトランジェ』の中。
その奥にある空間の椅子の上で、静馬はうずくまっていた。
何も、考えることは出来なかった。
正確に言えば、何を考えてもすぐに頭の中から消えていった。
静馬はまだうっすらと傷跡の残る腕を暫く眺め、また視線を足元に戻した。
言葉は、なかった。
その様子を、瀬川と柚樹は見つめていた。
「傷は…もう治ったんだよね?」
「はい。傷の痛みは失くせましたが…、傷跡はまだ、残っています」
「…"精神的"にも、か」
瀬川は、分かっていた。
瀬川だけでなく、恐らく柚樹も。

平気なはずがない。
今まで当然のようにあった日常が無くなり、180゜現状が変わってしまったのだ。
身近にいたはずの人たちが、いなくなって。
昨日まで自分がいた場所が、もう自分の居場所ではなくなって。
普通なら狂ってしまう。
そうでなければ、鬱に陥り、自閉してしまう。
静馬の場合は、後者の方に近かった。


瀬川は「あの時」の静馬の顔が瞼の裏に焼き付けられ、離れなかった。
すると柚樹が、この沈黙をどうにかしようと、話を切り出した。
「そういえば…雪村さんはどうしたんですか?」
「さあ…、神出鬼没な人だからなあ。『気になることがある』とは言っていたけど」
「そうなんですか…」
一往復で、その会話も終わる。
また沈黙が訪れて、空気がずしんと重くなった。
静馬は変わらず、俯いたまま。





時間は過ぎた。
柚樹は暫くして店内の掃除を始め、あくせくと動き始めた。
暇を持て余した瀬川は、畳の上に適当に寝転がり、昼寝を始めた。
静馬はもはや、生きているものとは思えないほど静かに、瞬きだけを繰り返した。
曇った窓から陽光が射し、静馬の身体の半分ほどを照らした。
五月の陽射しは強さを増し、直射されてない瀬川の身体にも、汗が滲んだ。
柚樹が気を利かせて、冷たいお茶を持ってきた。
そして――


「静馬さんも、よろしかったらどうぞ」

「…ありがとう」
と、静馬がようやく言葉を漏らした。
それに、柚樹は小さくガッツポーズをした。
瀬川も夢うつつだったが、口元が緩んだ。


その様子を見て、静馬が少し笑ったのは、誰も知らない。









***








夕刻。

静馬が調子を取り戻した、『雑貨屋 アトランジェ』。
用事で出ていた雪村も戻り、四人は一堂に会した。
「さて」
瀬川がいよいよという風に、切り出した。
「海部津君には、いろいろ知ってもらいたいことがある。
今日はもうこんな時間だから話せないと思うけど、また今度にでも…」
「それもそうなんですが…」
「?」
静馬の顔が少し曇った。
瀬川が、何があったかと言う風に顔をしかめると、静馬は答えた。
「僕はもう、一人で行動しても大丈夫でしょうか?」
「あー、なるほどね…。確かに、"蟲"と関わっただけに危険性は高い」
「それだけじゃないわ」
雪村が真摯な表情で、割り入った。

「海部津君は、単なる<蟲害>に関わっただけの人間じゃない。
勝手に調べさせてもらったけど…海部津君。あなたが住んでいるアパートは、放火に遭ったわ」
「…え?」
静馬が、焦りの混じった驚嘆を上げた。
「ちょうど瀬川君があなたをここに連れてきた時間とほぼ同刻。
何者かによって、あなたの住むアパートが放火されたと、事件になっているの」
雪村は、その手に持っていた新聞記事を差し出した。
「これは偶然ではない。明らかに、海部津君狙いよ。
…それに、海部津君。あなたは、以前にも自分の住んでいた場所を放火されたことがあるわね?」
「は、はい。ありです」
「それが決定的な要因よ。あなたは間違いなく、"蟲"に目を付けられている」
その言葉に、瀬川は思わず反応した。
「それじゃあ、もしかすると…」

「えぇ。海部津君は、私達にとっては『無くてはならない存在』と、考えていいわ」
「……………?」
静馬は、状況がさっぱり理解できなかった。…フリをしていた。
「とりあえず、今日はここに泊まっていくといいわ。瀬川君もいるし」
「あぁ、そうした方が、無難だろうね」
瀬川が頷き、それを肯定するように柚樹も笑った。
静馬も静かに、かすかに笑った。
「わかりました。お言葉に甘えることにします」
そう答えると、雪村もその表情を緩め、立ち上がった。
「良かったわ。断られたらどうしようかと思った」
彼女はそうあっけらかんと答え、三人とも軽く笑ったが、静馬は少し違った。





どうしようかと思った。
断っていたら、僕はどうなっていたのだろうか?
その辺りで野宿?
適当に借りたアパートに移り住む?
様々な考えはあったものの、それはある一つの答えに収束された。







"死んでいた"。


――悪く言うならば、"殺されていた"。
理由はともかく、それが答えだ。
良くあろうとも、悪くあろうとも。




静馬は『アトランジェ』を去る二人の挨拶においそれと返した。
「さて…少し休むとしようか。上へおいで。部屋に案内しよう」
瀬川は立ち上がると手招いて、静馬を二階へ誘導した。
静馬は年季の入った床を一歩一歩踏みしめて、その後についていく。









日常が変わった。
一日にして自分が、元いた世界から切り離されたように思えた。
"蟲"のこと。
瀬川たちの、正体。
大きな謎は、まだたくさんあった。
疑うべきものも、数えられないほどあった。




その中で、静馬の考えと現実とが輪唱した。








全てのものに、永遠など、ない。
唯一無比永遠であるものは、「死」そのものだけだ。
変わらないと信じても、変わるからこそ、新しいものが生まれる。
旧が変わるから、新がある。
悪心が変わるから、善心が生まれる。
人が変わるから、心が変わる。


全ては―――「無常」だ。
この時初めて、古典で学習した「無常観」というものの、片鱗を感じた気がした。

「どうかしたかい?海部津君」
瀬川が立ち止まった気配を察して、振り向いた。
「いや…何でもないです。…あ、そういえば、瀬川さん…」
「?何か、質問でも?」
静馬は口元まででかかった疑問を言葉にせず、そのまま飲み込んだ。
「あ、大丈夫です。部屋、お願いします」
「ならよかった。こっちだよ」
瀬川は本当に無垢な笑みを浮かべ、再び先導した。


「………………」

静馬は、分かっていた。
"瀬川のちょっとした違和感”、に。
それを今、言葉として発言するべきではないと、心が推した。
恐らく、それは正しかった。
静馬は再び、瀬川の後を追った。

その時。









かさ。








「……………?」

どこからか、何か虫の動くような音がした。
しかしどこにも、それらしき姿は見あたらない。
の割には、強くはっきりと音が聞こえた。









気のせいだ。

静馬はそう自分を宥め、部屋へと向かった。
気のせいではなかったが、無理矢理そう思わせて、納得した。






この時、静馬さえも気付いてなかった。
























―――静馬の耳から見えた、"小さな蟲"の、存在に。


       

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