蟲籠 -deity world-
終劇「蟲籠」
『速報です。本日午前未明、農業を経営していた津本国男さん(56)がビニールハウスで死んでいる所が発見されました。死因は不明で、"身体の内側から何かに食い破られたような痕"が発見されています。詳細は、速報が入り次第お伝えいたします。では続いての――――』
一頻アナウンサーの声に耳を傾けると、男はテレビの電源を消した。
「死因不明、か……」
大皿に置かれたカステラをつまんで、ひとかじりする。
「とにかく、調べてみるにこしたことはないな」
残りの欠片をぽいと口へ放り込むと、男は惰性たっぷりで座っていた椅子から立ち上がる。そして、多少ぼさぼさになっている髪を手ぐしで直すと、すぐ近くにあった階段のうえに向かって叫ぶ。
「おーい二人ともー。調査へ出かけるよー」
「はい、ただ今向かいます。ほら柚樹ちゃん、早く用意して」
「ちょ、ちょっと待ってください! まだ髪留めが見つからなくて」
「また!? この間そこの棚の上に置いたとか言ってなかった?」
「そこは最初に探しましたよ! ほら、静馬さんも探すの手伝ってください!」
「何で僕まで……。あ、あったよ」
「そこにあったんですか! いやー、良かったです」
「ほら、早く行こう」
「あ、はーい」
あの出来事から、もう一年が経った。
確かに多大な犠牲は出してしまったけれども、そのおかげで僕と柚樹ちゃんはこうして五條さんの元で<インセクター>としてまだ"生き延びていられている"。あれから一日も、感謝を絶やした日はない。
「あ、ちょっと待って」
僕は部屋の隅にひっそりとある仏壇の前に座ると、瞳を閉じて、目を瞑った。
「今日も行って来ます。どうか、見守っていてくださいね」
あの事件で死んでしまった人たちの写真が飾られた、仏壇。
だけど正確に言うと、全員ではない。それもそのはず、
『おい静馬。急がないとまた柚樹に怒られちまうぞ?』
「分かってるよ、兄さん。早く行かないとね」
兄さんの精神は僕の中で、"生き延びている"。
最後に言った、『共に生きていけることを』という願いの所為で。
「静馬さん? 五條さん待ってますよ?」
と、既に階下に行ったらしい柚樹ちゃんの声が聞こえた。まずい。
『ほうら、怒られちまった』
「うるさいなあもう」
口うるさい兄さんを軽く一蹴すると、急いで階段を下りる。
「静馬君、ニュースはもう聞いたかい?」
降りると、すぐに五條さんからの問答があった。
「はい。農家の男性が変死をしていたと」
「それなら話は早い。すぐに調査に向かうよ。……あ、僕は少し用があるから、先に外に出ておいて貰えるかな?」
「分かりました。行こう、柚樹ちゃん」
「はい!」
『さてさて、今日は一体どんな蟲だろうな?』
「はは、それは兄さんのほうが分かるだろう」
僕は二人分の声と共に、外へと飛び出していった。
<インセクター>として、この世界で生き延びていくために。
「やはりこの国の<インセクター>は強い。あろうことか、創始者、もとい私が封印することしか出来なかった《神蟲》を倒してしまった。そのおかげでこの国での蟲の大量発生は防げたが、それでも今だに蟲は発生する。逃れることなど出来ないと知っていても、少々悲しくなってくる。だが、それでも私にはまだ希望がある。
私には、とても心強い仲間が存在するから……」
「五條さーんまだですかー」
「…………うん。今行くよ」
五條は書きかけの本をとりあえず速書きで締めてから放り出し、二人追うようにして外へと飛び出していった。
――――私は残りの人生を、この国にかけようと思っている。もしかしたら蟲の消滅が図れるかもしれない、という一縷の期待と共に。無駄だとは知っているが、案外ポジティブな考えとは恐ろしいものだ。それがどういう意味なのかは、これを読んだ者に委ねるとしよう。
それよりも私には、行かねばならぬ場所があるのだ。この国を守るためにも。
そして何より、どこかで息を潜めている"蟲"のためにも。
――――2052.11.9 グレートブリテン王国(現第一次危険指定地域)雑記『蟲害における見解』 最終頁より
†
このおはなしは、むしくいやいんせくたーとよばれる人たちが、"むし"というとてもこわいこわーいいきものとたたかうおはなしなんだ。
このおはなしは、ひとまずここでおしまい。さあみんな、くらくならないうちにおかえり。
やさしいおかあさんがまってる、おうちへ…………
……え? おはなしのつづきはないのかって?
ははは、きみはおもしろいことをいうこどもだなあ。いいかい?
このものがたりはおはなしであって、あにめやどらまじゃない。
あにめやどらまはいつかおわってしまうけど、この"おはなし"はおわることはないんだよ。
つづきは、ないか? そんなのは、ぐもんだよ。
ぐもん、ということばのいみがわからないなら、おとうさんやおかあさんにきいてごらん。きっと、おしえてもらうことはできないだろうから。
そして、そのいみがじぶんでわかるようになったら、もういちどここへおいで。そのときには、おはなしのつづきをおしえてあげよう。やくそくだ。このこうえんの、いつものぶらんこのところでまってるよ。
……っと、そろそろほんとうにまずくなってきたかもしれないなあ。ほんとうにはやくおかえり。
どうしてかって? あ、ほら、こうやってきみがいっているあいだにも、だ。
「――――"蟲が、やって来た。"」
蟲籠 完