チ☆コがついてるジュリエット
2話 それなんてエ○ゲ
「お前ホモだろ。」
下駄箱を開けた瞬間に飛び込んでくる文字に固まった。
動きが止まったんじゃない、文字通り“固まった”んだ。
2.それなんてエ○ゲ
“生まれたての小鹿”とは言いすぎかもしれないが
階段を昇る足が少しだけ震えた。
そして平常を装う僕の中身は緊急事態に満ち溢れ、脂汗が漏れてきている。
「誰だ?誰だ?誰だ?」
少なくとも空の彼方に踊る影ではない。
学校内で僕の身近にいる人物、クラスメイト、教師、清掃員のおばちゃん。
一瞬、美穂のことが頭をよぎったが、それはそれで“何をいまさら”だ。
…いや、そもそもバレること自体、可能性は低いハズだ。
オネェ走りは小4で直したし。普段会話をするクラスメイトはほぼ皆無。
仕草も、語尾もオッスオッスを心がけている。キモオタなりに。
結果として作成したプロフィールは
『ロリから熟女まで幅広くカバーする鬼畜系・触手・荒縄・踝フェチ。(決め台詞は“踝見せるって全裸と同じじゃね?”)』となっているハズだ。
だが、誰かがあの紙を入れたことは事実だ。
「お前ホモだろ。」
プリンタでB5サイズの紙に大きく描かれた文字。
脳内の映像に数分前の衝撃が蘇りそうになったが、もう目の前は自らの教室。
そんな反芻をしているほど、朝の時間に余裕は無い。
頭を軽く振る様に感情を押し隠し教室の戸を開ける。
クラスの人間と目が合う貴重な瞬間だ。
いつもであれば、次の瞬間にその視線は散っていくハズだったが
その日は違った。
突き刺さる視線の教室を一瞬で侵食するような静寂が広がる。
どちらが加害者か分からない其れ、だがしかし、
現状から判断するに、それは明らかに自分の影響力だと気づく。
分散している女子グループの嫌悪の表情と微かに動く口、前のグループの囁きだけがようやく聞き取れる。
「…アリエナイ」「チョ、マジデー…」
汚物を見る目である。
脳内に最悪の展開が浮かんでくる。
現状を把握しようと、すがるように視線を向けた美穂の席はまだ空だ。
反応を見ようと、視線を向けた川原の席もまだ空だ。
その代り、ついでに、一人だけ妙に神妙な表情をしている人間を見つけた。
僕の席の隣の関口がこちらを見ている。
そして気づく。
その向こう側、僕の席に何かが乗っている、いや、長方形の立方体が立っている。
眉間を絞るように、机の上に鎮座しているモノへ視線を伸ばす。
…あぁ、あれは…
エロゲである。
よくある“触手モノ”。
僕は教室に足を踏み入れ、自分の机の前まで近づく。
『絶叫人妻調教史~排水溝からエイリアン~』
眩いばかりの肌色が散りばめられたそのパッケージは否でも人目につく、マーケティングの意図を忠実にこなしていた。
「…あの…東くん…これは……その…」
関口の懇願するような声が下から立ち上がってくる。
次第にざわつき始めるクラスと切り離された僕の脳内は
ある日の関口との会話を思い返していた。
「東くん、触手モノ好きなんでしょ?ブヒ」
「あぁ。」
「それじゃ、お勧め貸してあげる!ブヒ」
脳内補正はさておき、“あぁ、そうか”と理解した僕の中で、言い知れぬ安堵感が広がる。
と、ガタリと誰かが立ち上がる音。
視線を向ける、そこには清楚なメガネと三つ編みが立っていた。学級委員長の丸山幸子である。
「…みんな!やめようよ!東君をそんな目でみるなんてひどいよ!!」
一瞬、ここはどこの劇場かと思うほど、上手な身振り手振りを繰り出す丸山幸子。
涙を浮かべる彼女の目に映る“そんな目”は彼女の先入観も込みの表現だと思った。
「…東君だって、みんなと同じにんげry クラスメイトなんだよっ!」
明らかに言い直す、丸山幸子。
「みんなだって、それぞれ好き嫌いがあるでしょ!?いいじゃない!動物が好きでも!ケーキが好きでも!パソコンが好きでも!漫画が好きでも!芸能人が好きでも!とんがりコーンを指に刺すのが好きでも!…触手が好きだって!それと同じことじゃない!!」
落とし所を壮大に間違えながら、さらにヒートアップする丸山幸子。
「それに、現実で!触手は人を襲わないでしょう!?だから大丈夫よ!東君が人を襲うわけじゃないもの!!」
静まり返る教室、存在自体を触手にされてしまったキモオタ。教室の入り口で何事かと立ち尽くす美穂。
“なんだんだこれは…。”誰もがそう思ったのか定かではないか、皆無言で、それぞれの日課に戻っていく。
教室の入り口、美穂を見ると口をパクパクさせている。“な・に・ご・と。”そう口の形で問いかける美穂に。
僕なりの困った顔を作ると首を傾げてみせた。
と、不意な存在を感じる方に目を向けると、丸山幸子がエロゲを手に持ち目の前に佇んでいる。
聖母マリアのような寛大な微笑みを浮かべている。
そして、あっけにとられる僕を尻目に僕のカバンへとやさしくエロゲを刺し入れた。そして耳元で囁く。
「…放課後、体育館の裏に来てね、伝えたいことがあるから…。」