Neetel Inside 文芸新都
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探偵 佐伯泰彦 対 超人X
第十話  決着

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第十話 「決着」


起:言葉

 標準アメリカ英語の中で最も意味合いに幅があるのは”RUN"だろう。
 ランダムハウス大辞典では百七十八の意味を上げている。
 最初に記されているのは「歩くより早く足を動かして進む」であり、最後は「溶けて水になった」である。
 これはスティーブンキング「ダークタワー」の中で出てくる一節をそのまま書き出した物である。

 言葉の意味はとても重要です、名前には意味があり言葉には必ず力があるものだから。
 これを日本では言霊(ことだま)と呼んでいる。

 上記例に対し”超人”と言う日本語にはそう多い意味は無い。
 スポーツや武術などで最も優れた者をそう呼ぶ以外に使い道は無いのだから。
 僕達は、意味が一つしかないと言う事をしっかりと理解せねばならない…



承:業(わざ)

 佐伯先生はこう見えて合気柔術の達人であった。
 何時の頃であっただろうか、先生に連れられて下町の小さな道場を訪れた事がある。
 あの細身の先生が大柄な男達(大阪署の警察官で有ったらしい)に軽く触れたかと思うと、その男達のみ足場が浮いたかの様にスルリと両足が浮き、そのまま畳へと体を叩き付けられた。
 それはさながら、モーセの十戒のワンシーンにある、海を割り道を作る、それを想像させるかの様に倒れた男達の中に一本の道を作った。
 
 睨みあう二人の距離が少しずつ縮まり、瞬き一回、ほんの一瞬の間に超人Xの姿が消えた…と言うより視界から消えた。
瞬時に低姿勢となった超人Xは体当たりで佐伯先生を襲う。
 しかし、流石は佐伯先生である。
 右足を引き、見事な体捌き(たいさばき)でその体当たりを避けると、そのまま腕を掴み取り合気柔術の業で捻り(ひねり)上げる。
 その瞬間、超人Xの体は空中で回転する。だが、その動きは業による回転とは違った。
 グルリと回転するその動きは超人Xが自ら飛んだもので、彼はそのまま空中で縦の回転から横の回転に切り替えると、右足で佐伯先生の後頭部に強烈な一撃を加えた。
 鈍い音が室内に響き、佐伯先生はそのまま吹き飛ばされる。
 超人Xは、と言うと両手で着地し、魔性の美しさを更に輝かせながら体を起こした。



転:超人Xの本気

 倉庫の奥まで吹き飛ばされた佐伯先生は、一瞬思考が飛び意識が薄れたが何とか執念と意地で再び目を覚ます。しかし朦朧とする意識と視界は直ぐに治るものではなかった。
「流石は探偵 佐伯泰彦。咄嗟(とっさ)にではあったが直撃はかわしたようだな」
 超人Xは勝ち誇ったように笑いを浮かべながら接近して来た、佐伯先生の口はまだ上手く動けぬ為か呂律(ろれつ)が回らぬ。
「この業はこの国より遥か彼方の国での戦闘技術。君がそれを知らないのも当然である、知らねば当然対処も出来ぬよ」
 超人Xの言葉を無視し、佐伯先生はフラフラの体のままゆっくりと立ち上がり再び構えてみせる。
 お気に入りの銀縁眼鏡はどこか遠くへ飛んで行ってしまったようだ、”それ”は既に佐伯先生の顔には見かけられない。
「敬意を賞する、探偵 佐伯泰彦よ。その体でまだ闘志を失わぬその根性、普段の姿や話し方では到底読めぬ懐の深さ、ますます君が好きになった。…だから私も本気で相手をするとしよう」
 そう言うと、超人Xは来ていた上着を脱ぎ捨て、両手を広げ、そして両足で軽快なステップを踏み鳴らす。
 カカンカカンカツンカツンカツン…
 静かな館内に、超人Xの皮靴が奏でる”タップダンス”の様な軽快な音楽が流れ響く。
 その音は決して楽しい物ではない、音自身にも意思があり、それは人の意識を朧にしてゆく様な魔性の力が込められていた。
 


結:祭の後

 カカン!
 超人Xは両手を広げたまま両足を揃え、顔は斜め下向き。それでいてその目は佐伯先生へと向いている。
 流し眼は次第に狩人の眼へと変貌し、獲物である佐伯先生を捉えて離さない。
 短い沈黙があり、静寂は超人Xの鳴らした”カツン”と言う足音によって切り裂かれる。
 音と共に佐伯先生が前に出た。先程の超人Xと同じく低姿勢での体当たりだ!当然超人Xはふわりと避ける…がしかし、佐伯先生の目的はそこでは無い、避けた超人Xの右手を電光石火の素早さで掴み取り、そのまま勢いをつけて投げ飛ばす。
 受け身が取り難い様に頭から床に叩きつける形である。一切の躊躇(ちゅうちょ)は必要無い、手加減をすればこちらが負ける。
 まさに必殺の一撃…そのはずだった。
 しかし、超人Xは左手一本で体を支え、足で佐伯先生を撥ね退けると逆立ちをしたまま両足を回転させ、再び立ち上がった佐伯先生に容赦の無い蹴りを浴びせた。
 それは未だかつて見た事が無い武術であった。
 足を地に着けず、両手で体を支え、足だけで攻撃を加える技法。
 それだけでは無い、何と言うか間合いが掴め無いのだ。この国の踊りにも、西欧の舞踏とも違う、何か激しい踊りの様にも見える不思議な動き。
 佐伯先生は集中力が途切れ途切れの中、何とか勝機を求めたが叶う事は無かった。
 鋭い足払いで体が浮き、間髪入れず再び後頭部に超人Xの一撃が決まる。
 佐伯先生の視界が真っ暗になり、からくり人形のゼンマイが切れた様に無機質に倒れた。
 …それは祭の後に良く似た空気であった。
 静かな中に虚無感が流れ、時間が止まったかの様に誰一人として動かなかった。

 
 …探偵 佐伯泰彦は負けてしまったのだ。

       

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