Neetel Inside 文芸新都
表紙

探偵 佐伯泰彦 対 超人X
第四話  綾ノ森

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第四話   綾ノ森


起:子供の瞳

 子供の目には、大人が捕え切れない物を映す事が多々ある。
 彼らの目は特別なのだ。ただ、その目は年を取る毎に常識と言う暗闇で覆われ、次第に曇って何も見えなくなる。

 
 先生は先日、超人Xと直接相対する事になったらしい。其処で先生が特に注目した言葉が「私は手下がいる」この言葉であった。
 実際に盗み仕事を行うのは超人Xただ一人であるが、もしもの時の助っ人として彼は手下を配置している。
 彼はそれなりに慎重な男だと言う事がそれで分かる。
 
 美学としては一人で全てを行うのが良いのだろうが、何事にも失敗の可能性は捨てきれない。彼の様な賊は捕らえられれば即縛り首であり、死のリスクが伴う。
 彼は保険を掛けているのだ。
 それでもこれまで彼が失敗を起こした事は無い。
 完璧主義者、流石は超人と呼ばれるだけの事はある。



承:犬の散歩依頼

 佐伯先生は、僕に奇妙な仕事を申しつけた。
「正チャン、御苦労だけど一つ頼まれてくれないかい?」
 先生は僕の手の上にキャラメルの入った缶を乗せて言った。
「今日から一週間、毎朝夕に府立美術館周辺を必ず散歩して来てくれないかな?」
 僕はキョトンとしてしまったが直ぐに承諾の意を伝える。
「良かった。知り合いから子犬を預かってしまってね、僕は忙しいから中々散歩出来ないと思うんだ。もしよかったらシロー君と虎子ちゃんと一緒に行ってくれるかい?」
「分かりました。誘ってみますね。」
「良かった。ご褒美にお菓子を三人分用意するからね、頼んだよ」
 そう言うと先生は柱に取り付けてある電話機に向かい
「申し上げます申し上げます。梅田の佐伯と申しますが…はい、彼の家まで繋いでくれますか?」
 嬉しそうな口調で電話番の方に相手方への接続を願った。
 その時は”多分子犬の持ち主への連絡だろう”と僕はその時は思ったが、この”散歩”の件が、のちのち重要な役目を果たすとはその時は全く想像もしていなかった。



転:シローと虎子

「四月二十九日ノ零時ニ府立美術館ヘウカガイマス。ソノ際ハ御館所蔵ノ永遠ノ炎ヲ頂戴サセテ頂ク所存ニアリマス。カシコ」

 これが予告状の内容である。
 当日が二十五日であり、二十九日と言うと三日後の深夜、日が変わる頃を差している。
 大森警部はこの予告状を府警、軍警察共に配布し今日は昼頃から美術館は閉鎖、更に地下や空からの侵入すら考慮に入れ周辺地区の大々的な調査を行い始めた。
 既に大阪では一度、京都では三度と犯行を重ねて来ているが未だに正体の掴めない、毎回華麗に目的の美術品を盗んで行く超人Xに対し軍警察は元より、府警ですら焦りと緊張を隠しきれない。
 遠くの方で”僕”、”シロー”、”虎子”の三人はそれを眺めながら子犬と一緒に町を歩く。
「あの人達は何をしているの?」
 虎子の無垢な眼差しが僕の横顔へ向けられる。
 虎子はシローの妹で六歳になる。ボサボサのオカッパ頭に薄汚れた赤い着物、そして小麦色に焼けた肌。
 見るからにとても元気そうな少女で、僕達の遊び仲間の一人だった。
 彼ら兄妹は人並み以上に視力が高く、半里離れた所を走るオートモービルに乗っている人を判別出来る程であった。
 少し前の話だが、佐伯先生が依頼主と共にオートモービルで事務所から出て言った後、二人は事務所から半里離れた場所から先生の姿と依頼主の姿を見た事を話してくれた。驚くべき事にその時の先生の服装から、依頼主の威張った感じに上に尖った口髭まで言い当てたのだから僕は流石にびっくりした。
「三日後に超人Xがあの美術館に来る事になったらしいんだ。だから警備しているのだと思うよ」
「正チャンすごいねぇ。あの人達三十人はいるみたいだよ」
 シローが正門を指差して僕に言った。そこに横から虎子が口を挿む。
「違うよシローチャン。全部で二十三人だよ」
「うそぉ!虎子ちゃんと数えたの?」
「うん!十人と十人と三人だったよ」
 シローが指を折って数を確かめる。
(えぇ!!ここから四半里はあるよ!)
 僕達のいる場所は美術館から若干は慣れていて推測では四半里は距離があったが
「あっ本当だ!二十三人いた!虎子すごいなぁ」
 そう言うとシローは虎子の頭をぐしゃぐしゃにかき混ぜる様に撫でた。虎子も嬉しそうに感嘆の声を上げる。
 僕はただただ、彼らの目の良さに呆気に取られた。



結:綾ノ森少佐

「永遠の炎とは一体どのような物ですか?」
 僕らが散歩をしている時、佐伯先生は大森警部に連れられ民間人としては特別に美術館の中に入り下調べをする事を許されていた。
「美術館長に話を聞いた処だがな、何やら”オスマン帝国のマムフト二世が寵愛した赤い宝石で、日の光を浴びせると影が炎の様に揺らめく神秘的な宝石”と言う事らしい。まぁそのマムフトだかカラフトだが良く分からん奴は知らないが、かなりの価値がある美術品だと言う事だけは確かだ」
 先生はそれを帳面に書き記し、二人は永遠の炎が飾ってある特別室へと足を運ぶ。

「これは足利大佐殿と綾ノ森少佐殿ではないですか。ご苦労様です」
 特別室には既に数名の軍警察の兵隊と共に、筋肉で覆われている様なずんぐりした大男と、軍隊の者とは思えぬ様な華奢な体つきの男がそこにいた。
「遅いぞ大森警部。府警は弛み過ぎなのだ、だから我々の足を引っ張るのだ」
 ずんぐりした男は少し苛立った顔つきで二人を責めた。彼が軍警察大佐の足利大佐である。佐伯先生は彼とは面識があったが、大森警部と同じく少し苦手であった。
「いやぁ申し訳ない、この機会に美術品を色々見て周って遅くなりました。…そうだ、佐伯君は綾ノ森少佐とは面識がなかったね」
 大森警部は素早く話をすり替え、先生に綾ノ森少佐を紹介する。
「大日本帝国陸軍情報戦術少佐”綾ノ森”です。お初にお目に掛ります」
 そう言うと、彼は手を差し出し握手を求めた。
 実に好青年、これが先生の思った第一印象である。
 年は若干二十一歳、髪型はオカッパで、パッと見は女性の様な中性的な美しさが見られた。
 だが甘く見てはいけない。若干二十一歳で少佐に成れる程なのだ。
「今回、我々は陸軍に彼の出動を要請した。彼は我々の切り札なのだからな」
 足利大佐は静かな口調で二人にそう述べた。
 大日本帝国陸軍の頭脳と称される天才がついに表舞台に登場したのだ。

       

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