Neetel Inside ニートノベル
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 マクドナルドの階段をのぼって三階の、窓際の席にその男はいた。
 午前11時。トイレの近くにある、高価そうな時計はそう指している。よく観察すれば、その
掛け時計は、甲子園にある時計と同じ形をしていた。店長の趣味なのだろうか。それにしても
悪趣味だ。こういうのは結構、値が張るに違いない。
 朝マックの時間はゆうに過ぎ、店員が暇そうな顔で接客に当たっていた。いつもなら出てこない厨房の
男が接客に当たっているのだから、どうしても感づいてしまう。客足がまばらなのもいい証拠だ。
 男はというと手元にある赤い本を開いたまま、惰眠をむさぼっていた。このまま昼まで寝続けて
いれば、店員に無理やり起こされるのだろうが、そのことも気にせず男は無防備にも寝続けている。
 男が伏せている平台の上にはペンケースと色ペン、シャーペン、その下にノートがあり、横に
参考書が広げてあった。状況証拠から行くと、学生のように見える。しかし、平日の昼前にこんな
場所で油売っている学生がいるはずもなく、かわいそうに彼の横で佇立しているプレミアムロースト
コーヒーの紙コップが、99%学生ではないことを物語っていた。
 ひとりの若者が客のいない3階へ上ってきた。こちらは若者だった。
 ただ、彼の顔はとても赤く、そして汚らしかった。ニキビが顎からおでこまで満遍なく広がり、首
筋にまで伸びきっているのを見ると、赤土の大地を思わせた。
 その若者が男の隣に座り、アズマさん、起きてくださいよ。と声をかける。男はどうやら、アズマ
という名前らしい。その男、アズマはビクッと反応して、椅子から転げ落ちた。骨ばった体が服の
上からでも視認できる。それほど、長身のわりに華奢な男だった。
「アズマさん、大丈夫ですか。アズマさん…」
 夫婦漫才のようにニキビの若者は、手を差し伸べた。アズマは若者の手をつかみ、ありがとう。と、
小さく小さく、店内に流れる有線の曲にかき消されそうなほど、小さな声で喋った。いや、ささやいた。
「それにしても、東大の赤本してたんですか。大丈夫ですか…?今年の受験」
「足切りならなんとか…」
 ニキビ顔の男は、しらけたような、あきらめたような顔で言った。
「そうですか…。今年合格して、官僚になりましょう。アズマさん!」
 右手を差し出し、アズマも応じる。堅い握手だった。ニキビは内心、今年も受からないよな…。と思い
ながら、バイバイのポーズで下段へ降りた。
 あの男に言ってはならない言葉がある。それは、浪人した数だった。あの男は、「6浪」という言葉を
聞いただけで、何かに怯えたように逃げる。そして、家に帰ると東大未満の大学に対して、罵詈雑言を
書き散らすらしい。
 とはいえ、僕も3浪という立場だった。地方の医学部を目指し、不合格。国立、不合格。旧帝、不合格。
今年で21才。あいつは24歳。
 そろそろ、どうにかしないといけないといけないことに気づいていた。しかし、それをぐだぐだ後回し
にしてきたツケが、今この現状だった。
 嫌なことは考えたくない。誰しもがそう考え、生きている。しかし、それで雲間から太陽の光が射すわ
けでもなく、いらいらを増幅させるだけであった。社会という下敷きの上で生きているのだから、あたり
まえだろう。魚は水を否定できない。
 気づけば僕は予備校の前にいた。


       

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