Neetel Inside ニートノベル
表紙

DAYS
6話「長旅の楽しみ方」

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次の朝。

「おーい」
Zzz・・・。
「そっちだ、捕まえろ!」
「とぉりゃーっ!」
ん・・・うるさいな。何してるんだ。
「あーくそっ逃げられた」
「ちょww痛いってwwwいたたたたたた」
「フィアそのまま捕まえてしまえー!」
「ちょ無理だっていたたたたたたたたた」
・・・しばらく見ていた。
どうやら、大きなカニを見つけて捕獲しようとしていたらしい。
「よーし、おとなしくしろ。料理してやるから」
「そんなん言ったら逃げるでしょー。やっぱ、気持ちよく殺してやるとかさ」
「もっとダメだろ!」
あんなん食えるのか・・・?
見た感じ、ハサミの大きさだけなら俺らの頭くらいある。
「いたたたたた」
「おい逃げたぞ!あ、恵一捕まえてくれ!」
無理だって!
痛い痛い痛い痛い!!
「もー何してたの!朝ごはんの支度は!?」

今フィアが食べ終わった。
ガツガツ食べるわりにスピードは遅いんだな。
「よし、それじゃー出発しようか」
「えー!食休みはー?」
「のんびり食ってたあんたが悪い。ほら、立って」
梨も結構冷たいところもあるな。
でも、そりゃそうだ。あっちでずーっとこっちを見てる人がいる。多分あの人は、
服装や周りの状況から見るに、船を管理している人だろう。
俺たちは昨日の夜に、ネルナ港からオキロ港への船旅を予約しておいたのだが、
その時間を30分ほどオーバーしている。理由はフィアがのんびりしすぎたせいだろう。
「私、船苦手なんだけどなー・・・」
昨日に引き続きブツブツ言っているフィア
「船旅!楽しみ!元の世・・・地元では乗った事ないのよー」
「大変だぞー?グラグラ揺れるし波は高いし、船酔いもひどいし・・・」
すごく期待している華菜と期待を削ぐメリダ。
「何年ぶりかなぁ、船なんて。確か前に乗ったのが7歳の時なんだよなぁ」
一人昔を思い出すウッド。
「こういうのもいいよねっ、恵一!」
俺に威圧的な目で同意を求めるアル。
「これが、船か・・・しかも帆船。まさか沈んだりしないだろうな?」
興味津々の晃。
そして俺と、その横で目を輝かせる勇希。
この8人で、これからケルラベースキャンプへと向かう。
理由は、俺が受け取った手紙だ。
「メア」。俺達の旅の目的は、伝説の生物レッドドラゴンを討伐するため。と変更された。
船旅で何も無けりゃいいけどな。
その船の前には、顔に刺青をした船長風の男とそのオマケのような褐色肌の少年(?)が立っている。
アルとウッドとの会話を聞いている感じ、船長風の男の名はジェイク。以前はリュートの貴公子として有名だったらしい。
アルが後で言うには、
「貴公子は名ばかりでさ、ほんとは奇行士だったんだよ…」
だ、そうだ。
少年のほうは、シエナ。男女兼用できる服を着ている上、なんだあのクネクネした腰つきは。
まるで女だ。
しかも、あの中性的な口調を聞く限り可能性は0ではない。そうかオカマか。
「……」
どうしたメリダ、うんこか?
「うん、ちょっとあっちの茂み行ってくる…ってアホかっ!」
「ごちそうさまー」
「ぐぼうっ!?」
全力のメイスでのツッコミは俺を吹き飛ばすに十分な威力があった。
「うんこじゃないなら何よー」
華菜が訊きなおす。
「いや…あの二人、なんかいつもと違うような気がして」
「どのへんが?私は何も感じないけどー」
フィアが首筋に手をツツーッと沿わせながら耳元で囁いた。
「…いい加減にしろっ!」
「ぶえっ!!」
あちゃー…痛そう。
カイトシールドを垂直に振り下ろした斬撃。多分あれは打撃じゃなく斬撃だ。
「まったくあんたは、何度も何度も何度も…」
「何度もって、フィアレzごふっ」
失言を吐いた晃に、フィアからマンドリンが飛んできた。それはまるでイ○ローのレーザービームのようだ。
ところでダリアよ、違うってどういうことだ?
「いや…思い過ごしかもしれないけどさ。雰囲気というか、オーラというか、以前会った時とは少し違うんだよ」
「思い過ごしじゃないと思うよ?」
フィアが横から口を挟む。
「私が生体エネルギーの判別が出来ることは知ってるよね?」
そうなのか?
っつか、それ地味に凄いことだよな…?
「あの人達、人間じゃない…なんだろ、だいぶ最近に似たようなエネルギーを感じた」
人間じゃない、雰囲気が前と違う、でもだいぶ最近に似たエネルギーを感じた。
そこから導き出される結論は、
「変化、もしくはなりかわっている」
おい勇希、人の言葉を取るな。
と、その時だった。
「おいキサマ、何をしている」
俺達の後ろから声が響いた。

     

「え…?えぇぇ?」
ダリアがギャグ漫画にありがちな戸惑い方をしている。
だがそれも仕方がないことだろう。そこには、
「俺になりすましてこやつらを仕留めるとは、随分とセンスの悪い事をしてくれるじゃないか?」
「そうだそうだー!」
ジェイク船長とシエナが立っていたのだから。
そうか、フィアが言ってたのはそういう意味だったのか。
「お前ら…どうやって抜け出してきた?」
ジェイクは、奇妙なキメポーズをキメながら
「あんな縄、シエナの手にかかれば紙紐も同然なのさぁあ!あっははははははは!」
物凄いスピードで接近し始めた。よくできるなあんなこと。
まるでスリ足だな。
「…はぁ。まだあのクセ直ってなかったのか」
シエナも、同時にアルとウッドもため息をつく。
「アハハハハハハハハハイィィヤッホオオオオオオ!!!」
ジェイクは懐からリュートを(どうにかして)取り出し、頭の部分を引き抜いた。
高く飛び、それを真下へと投げ落としながらさらにジャンプしている。
空中ジャンプが出来るのか!すごいな!
しかし、あれは絶対ジェイクのキャラじゃない。もっとダンディーなはずだったのに…幻滅だっ!
「オラオラオラオラオラオラアッハハハハハアアア!!」
リュートをかき鳴らし、そこから広がる波紋が周囲の物体と共鳴し、
さらには岩までもその共鳴により破壊される。
「…弱い」
だが、ジェイク(偽)はジェイク(本)を裏拳の一発で吹き飛ばしてしまった。
「ちょっと!?え、船長ォォー!」
シエナが飛んでいった方角へ全力疾走していった。

俺達はその様子をただ唖然と見守っていた。

最初に我に返ったのは、フィアだった。
「ハッ・・・ちょっと待って、あんたニセモンだったの?」
もう判明した事について質問するな。
「はぁ、そうだ。俺は遊撃隊の副隊長だ。」
遊撃隊って何だ。んで、副隊長ってのは強いのか?
「ところで、前に襲ってきた奴はどんな奴だったんだ?」
缶が同時に質問する。
「前に襲ってきた・・・?あぁ、ロメロさんのことか。あの人はウチの隊の隊長だよ。」
!?
あれで隊長クラスとは、ベヒーモ隊も弱いんだな。びっくりするぜ。
とかなんとか思っていたら、その副隊長は頬をつりあげ、ニヤッと笑った。
「でもな、ロメロさんは戦闘力は無いんだよなぁー・・・」
なのになぜ隊長を務めているのか分からないが、そんなことはどうでもいい。
こいつは、なんとなくやばい。
「オーラが・・・違う。ロメロとやらと比べて格段に強いぞ!」
メリダが皆に注意を促す。
その直後、俺の喉下に大剣が突きつけられた。
「・・・私はダリア、遊撃隊唯一の女だ。」
こいつ女なのか
「ゆくぞ・・・ッ!」
口調が変わった。

ダリアと名乗る副隊長は、こちらが想像してたよりもずっと強かった。
「・・・これで終わりかい?」
アル、ウッド、メリダが同時に戦っても、負けてしまったのだ。
この三人の戦闘力はかなり高く、あの黒クマでさえソロで倒すレベルなのだ。
それが集まれば、とてつもなく強くなるはず・・・だった。
しかし、現にダリアは三人を退けている。

「あの剣が邪魔だな・・・」
ウッドのその発言は、ダリアが肉体的にもかなり強力な相手だということを示していた。
「どうする?さっき殴ってみた感じ、メイスじゃ下手に攻撃したらこっちがやられる。」
「この中で戦闘力が一番高いメリダが、こう言うんだ。勝つのは難しいな」
アルも、かなり弱気だ。
「でも、やらなきゃやられるだろうが!」
ウッドはアルとメリダに一つ作戦を伝え、立ち向かう。
「うおおおおおっ!!」
メリダは一人で突っ込んでいく。
「!?無謀な!」
ダリアは尤もな意見を言い、剣でねじ伏せようとした。
その時、
「食らえ、アクアキャノン!」
メリダの股下から、水の弾が飛んできた。
アルのシリンダーから放たれたそれは、ダリアの足を掠める。
「ちっ、外したか。」
梨は続けて数発の水弾を放つ。
「甘い、こんなもので…ッ!?」
ダリアが水弾を剣で弾いている間に、メリダの間合いは縮まっていた。
そう、メイスの射程範囲内まで。
「うわぁぁぁ!!」
メイスを振り下ろし、頭頂を狙う。
「遅い!」
ダリアはメイスの一撃を防ぐため、剣を頭上に振り上げ、盾にした。
だが、メリダの狙いは違った。
(狙い通り!)
「缶、今だ!!」
「おう!」
缶は、先刻撃退した時に作ったレールガン用の磁場を、ダリアとメイスの間に作った。
メイスの先端は雷によって磁石化している。
メイスは加速する。ダリアの剣のちょうど真ん中、一番耐久度の低い部位に向かって。
「名づけてマグショット、食らえ!」
バン、と音がしてメイスが命中する。
メイスの先端が剣に当たると、メリダの体がその負荷に耐え切れずこちらに吹っ飛んできた。
上手く着地しようとして一回転し、地に両足を着けるが、
慣性の法則が働き、後頭部を地面にぶつけ、転げる。
「おいおい、しまらないなぁ・・・」
フィアが呆れ声で言う。
「で、メイスは?」
「あっ」
俺が見た感じ、アレは完全に・・・
「あれ、刺さってるよな・・・?」
「うん、刺さってるね」
ウッドと晃も同じことを考えてたようだ。
そう、メリダの放ったメイスは上手くダリアの剣に突き刺さっていたのだ。
ヒビを入れることもなく、見事に。
「ここまでの威力が・・・」
メリダは驚いた声で言った。
こうなるともう、剣は役に立たない。
なぜなら、少しの衝撃でへし折れてしまうからだ。
「…あ……あ……!!」
ダリアが、半ば絶望したかのような顔で呻いている。
剣が手から落ち、地面に接触し全壊した音で我に返る。
「…ッ!うおおおおおおおおおおおお!!」
声が後ろから聞こえた。
こいつ、剣を手放したほうが速いんじゃないか?
冷静に判断する間もなく、メリダが前方に吹っ飛んでいった。
「な、何だ!?」
見ると、ダリアの体には淡く赤い光。
昔、何かの漫画で見たぞ、この技。
・・・そうだ、思い出した。
「冥王拳・・・」
龍玉、という漫画で読んだことがある。
一時的に身体能力を高める技だ。
「!やばい、逃げるぞ!!」
缶が言うのも間に合わない、アルとウッドがメリダと同じ位置に飛んでいく。
「・・・カッ!」
フィアが一瞬の隙をつき、矢を放つがそれも避けられる。
強烈なフックを食らい、フィアも飛んでいった。
ギャグマンガのようだが、かなりヤバい状況である。
そして俺達現実世界組は空気となりつつある。
「恵一、ヤバいよ!」
「わかってる!」
こっちの世界の事情は分からない、だがここで俺達がやられてはいけないことは分かる。
なら、方法は一つ。俺達が空気となりつつあるこの状況から抜け出すことだ。
「いくぞ、勇希!」「いくよ、晃!」
「うん!」「おう!」
4人の声が一つになり、大きな波動が広がる。
「「「「武装連結!!」」」」

     

ゴッ、という効果音が付きそうな勢いで、砂埃が舞い上がる。
広がった衝撃波の威力は、まるで津波。辺りの木々をしならせる。
俺の手には剣と化した勇希、華菜の手には鎌と化した晃が握られている。
俺は背中に真っ白な羽が生え、華菜はなんと足に、黒い翼が生えていた。
これが元天使と元異者の違いだろうか。
「……なんだそれ」
ダリアは、口をだらしなく開いて呆然としていた。
言っちゃ悪いが、お前スキだらけだぞ?
「よし、勇希!」
<うん!>
勇希の返事と同時に、背中の羽が輝き始める。
これは、日ごろ行っていた特訓の成果と言うべきだろうか。
天使は皆使えるらしい技、「アクセラ」。俺はそれを、連結中限定で発動できるようになっていた。
「GO!」
合図で、俺と華菜は同時に攻める。
華菜はすぐ横にあった岩を踏み台にし、水平に跳んだ。
水平に、かつ加速しながら飛行できるのは足に翼があるおかげだろうか。
俺は、C字に旋回してダリアに直接攻撃を加えることにする。
足を踏み出した瞬間、足の裏で白い爆発が起き、加速する。
「アクセラ」は簡単に言えば、自分の行動をスピードアップさせ、超高速で移動する技。
アクセラを発動することにより、俺が移動する時経過する時間は4分の1にまで減少する。
正式名称は、生体加速(アクセラレータ)だそうだ。
俺からは周りが途轍もなくスローで動いているように見えるが、実際は俺が加速している。
旋回コースに海岸、水を巻き上げる。その勢いで桟橋が折れそうになった。
「華菜ァッ!」
「オッケー!」
華菜は水平に飛行し、そのままの姿勢で斬撃を放つ。
文字通り、放った。
「遅い…ぞッ!」
ダリアは体術が得意だ。
地面を直立状態から思い切り蹴り、1mほど浮き上がる。
それは華菜の放った斬撃をかわすには十分な高さ。
しかし、
「まだまだぁ!」
華菜はその先を読んでいた。
空中に浮いた状態では体を避けることはできない。
俺は真っ直ぐ、ダリアの体へ剣を向け、直進する。
「甘いな」
だが、ダリアはそれをも読んでいたようだ。
頭を前に振り、体を水平に傾け、それだけで2つの斬撃を同時に避けた。華菜の鎌が地面に当たり、砂を巻き上げる。その鎌を踏み台にし、ダリアは直進し続ける俺を追う。
「突進ってのは、こうやるんだよ」
俺は、足の裏を強打される。ダリアのパワーをもって放たれたそれは、俺を吹き飛ばすのに十分な威力を持っていた。先ほど華菜が踏み台にした岩に激突した俺は、すぐに振り向いてその場の状況を確認する。
(華菜はあそこで転んでる、みんなはここに積まれている、ここは砂浜、岩と砂と水以外なにも無い……水?)
あることを思いついた俺は、アルの持っていたワンドをつかみ、念じる……思ったとおりだ。これは、魔力で使うもんじゃない。意識を向けるだけで使えるシロモノだ。
俺は華菜に合図を送る。便利だな、念じるだけで会話ができるなんて。連結中だけだけど。
「! わかった!」
華菜が鎌を思い切りダリアに向かって振ると、巻き上げた砂が煽られて飛んでいくように細かい斬撃が放たれた。
「甘いぞ、カナ!」
名前を覚えやがった。
細かい斬撃を散布されたら、避けるのは難しい。
先ほどの攻撃で分かったのか、ダリアはバックステップを踏み、防いだ。
この斬撃は、飛距離に比例して威力が下がるのだ。
だが、ダリアは自分が跳んだ位置を確認していなかった。

じゃぼん

という音をたて、ダリアは海へ飛び込んだ。
「うわ、辛っ!」
暢気に塩水を舐めていた。
俺は崩れかけた桟橋にのぼり、ワンドを水につける。
そして、
「うおおおおおッ!!」
全力で念じた。

     

一瞬ピシッという音が響き、海が薄水色に染まった。
と同時に、桟橋の後ろにある救命ボートほどの小さな木の舟が吹き飛ぶ。
そこから電流は広がっていき、海の上に浮かんでいるもの、海の下で生きているもの、周囲の水に浸かっているもの全てを破壊し始めた。
もちろん、桟橋も、だ。
その電流は、真っ直ぐにダリアへと飛んでいく。その時間、わずか0.5秒、避けられるはずもない。
「…アッー」
ダリアは小さく呻き、そのまま水の中へと倒れこんだ。
「バカ、死んじゃうよ!?」
<同感だ>
華菜と晃からは、ダリアを心配する声が飛んでくるが、俺はそんなもの気にしない。


桟橋から船から、全てが破壊され尽くした海の上で、ダリアは思う。
(あぁ、初めてだなぁ……負けたの)
起き上がろうとしても、うまく力が入らない。手を握ることすら出来ず、ただ息をするだけの体。これが麻痺か、と感じた。
浜では華菜と晃の二人が、恵一をポコポコと叩いている。私が死にそうになっているから心配してくれているのだろうか。ただ単純に電撃で体が痺れて上手く動けないだけなのだが。
(あいつは、強い。もしかしたら…)
体が沈み始め、体中の穴という穴から体内に浸水してくる。
(私は、死ぬのか?このまま……)
意識も無くなって来た。体も動かない。体が徐々に海の底へと落ちていく。
とある世界には、生存フラグという言葉があるそうだ。その世界から落ちてきた本の中では有名らしいが、どのようなものだろうか。生きている間にそれだけは知りたかったが、もう遅いのかもな。達者で生きろよ、世界。

…………
…おい。
(なんだ、誰かが呼んでるな)
おい!起きろよ!
(鮮明に聞こえる。やっぱり私を呼んでいるのか?)
私はその声に答えようと体に力を入れた。……つもりだった。ダリアの体は予想以上に軽くなり、少し力を加えただけで動かせる。
目も開くだろうか。少しずつ開けてみよう…。
「やった、目を覚ましたぞ!」
目の前にあったのは、原型を留めていないコブだらけの恵一の顔だった。
その横に、涙目で恵一を殴り続けている華菜、それを制止しようとしている晃がいる。
「…私は、生きてるのか?」
まだ私は実感が沸かないでいる。これまで一度も負けたことがないからだろうか、今この状況を把握できない。
体中が、痛い。
「手当てはしておいたからな、ここに食料もある。もう襲ってくんじゃねぇぞ?」
恵一は、そんな事を言って立ち去ろうとする。あぁ、やっぱり私は負けたんだ。
あぁ、そうだ。一つ聞いておこう…。
「恵一…だったか、何故私を助けた?」
私は、ベヒーモ隊の副隊長、殺されてもおかしくないのだが。
そう言う前に、返答が来る。
「無闇に殺しはしたくないからな。それにお前、俺らを殺す気なかっただろ?戦い方見れば分かるよ」
…敵わない、か。
私は、本気を出していた。だが、本気を出してもこの連中は死なない、そう思ったからこそ本気を出したんだ。
「…あっちにな」
港から遥か東の方を指差し、教える。
「昔から続いてる、鉄道があるんだ。乗っていくといい…船も壊れただろう?」
すると恵一は、
「あっ…弁償とかどうするよ?」
「知らないよ、恵一払えばー?」
「私も知らない。あんたが本気出したからだ」
「…とりあえず逃げる?」
「そうするか」
メンバー全員を抱え、走っていった。
…あの鉄道は、ベヒーモ隊が関わっていない鉄道だから。襲われることはまず無いと見てもいいだろう。…何も無ければ。


「意外といい奴かもしれないな、ダリアって!」
俺は走りながら、勇希に声をかける。
「そうだね、鉄道のこととか教えてくれたし!」
「っていうか、この人達は鉄道のこと知らなかったのか?」
晃は、肩に担いだウッドを見て当然の疑問を口にする。
「まぁ、いいんじゃない?れーっつごー!」
「「「おー!」」」
俺達は真っ直ぐ、鉄道の駅を目指す。

     

ダリアと戦い勝利してから約2日。俺達は新大陸へ渡るもう一つの方法、鉄道を求めて南へ歩き続けていた。
そこで俺たちが見たものは、
「…いくら何でもデカすぎじゃね?」
「うん」
国立競技場がいくつも並んだような、とてつもなく大きな建物だった。

2年前に開通したと言われている、世界で唯一の鉄道「ターミナル」。
その中でも一番大きな駅、つまり俺たちが今いる駅は、
一日に12本の列車を走らせる、大陸・海洋横断列車の中間にある駅だ。
現代にはほとんど残されていない、そもそも運行中のものなど皆無となっている、
煙を噴き上げながら走る蒸気機関車は、この世界と見事に調和していた。

「ソノストラーノ号…か。あれか?」
俺達が買った切符に書いてある番号に対応したホームへと向かうと、周りにある列車よりも更に奇妙な、本当に名前の通り「奇妙(un sono strano)」な列車があった。
まぁ、でも、
「ちょ、ちょい待って」
「ダラダラ歩くなよー」
アルが腹を抱えながら歩くのを、ウッドが支えていたり、
「調律…調律…」
楽譜を延々と書き続けているフィアがいたり、
「………」
所かまわず殺気を振りまいてるメリダがいたり、
「ねーねー、アレ乗るのー?」
「あんなの乗った事ないわ、お尻痛くならないかなぁ」
「…大丈夫じゃない?」
子供のようにはしゃいでいる3人組がいたりと、俺達も相当奇妙だとは思うが。
「…ん?」
俺達が乗る第3客室は、一般的には二等客室と呼ばれている。
付近を見渡すと、第2客室の乗車口に、不思議な4人組がいる。
それだけならまだしも、4人とも真っ黒なローブに身を包み…
…心配しすぎかな。
第1客室の前にはどう見ても不良少年らしい7人組と、第4客室にはなんだかよくわからない格好をしている2人組。
第5客室の前には、どう考えてもカタギには見えない老夫婦と、そのガードらしい黒服が4人。
なるほど、列車も奇妙なら乗客も奇妙なのか。

ビーッ

と、発車5分前のベルが鳴り響く。
先程見渡した時にいた総勢19名は吸い込まれるように列車の中に入っていった。
「おい、俺達も入ろうぜ」
それに釣られるように、俺達も列車へと乗り込んだ。



ダリアは、占っていた。
(嫌な予感がする…私が言ったものの、本当に何も無いとは思えない)
カード占いの結果は、一番良いものだった。
だが、それと同時にダリアにとっては最悪なものだった。
(ワイバーンのカード…まさか)
カードを集める間もなく、ダリアは走っていた。

     

「ここが俺達の部屋、か…ちょっと狭いな」
二等客室といえど、俺達8人を一部屋に収容できるほど広いわけでもなく、そもそもこの部屋は4人用の部屋なのだ。全員が入れる大きさではない。
それが分かってて一部屋分の切符しか買っていなかったのには訳がある。
―――切符を買う時の事だ。メリダが、第一客室の前にいた7人が一部屋分の切符しか買っていなかったのを見て、部屋の大きさを勘違いしただけの事だったのだが。
「ちょっとどころじゃねぇよ、明らかに4人用の大きさなんだから入るわけねぇだろ」
横では、アルが文句を述べている。
…しかし周りの部屋が静かすぎる。結構な人数が乗ったと思っていたが、そんなことはなさそうだ。
ウッドとフィアは、床にお菓子の類を広げている。邪魔だ。
「楽しくなればいいね、汽車の旅!」
勇希は余裕の表情で微笑んでいる。
…ま、まぶしい…

ピィーッ
と、汽笛が鳴る。
「あ、出発するみたいだね。席に座ろうか」
寿司詰めっていうのはこういうことを言うのだろうか。
古代の遊びに、おしくらまんじゅうというものがあったらしいが…その遊びと似たような状況といえる。ほんの四畳半ほどの部屋の中に荷物と人が8人分詰め込まれているのだから。
正直、狭い。
2人ほど座れていない状態のまま、汽車は動き出す。

     

ゴポゴポと、トンネル内を換気する音が聞こえる。
言い忘れていたが、この列車は海底列車なのだ。
こちら側の大陸に8本、向こうに2本、あと2本が海底トンネル…そうだな、青函トンネルのようなもの
を通る列車だ。
両側に線路が延びているものの、真ん中は海の底に伸びているパイプであるため空気が届かなくなることがある。
それを防ぐために所々にブイが浮いており、そこから空気を送り込んでいるというわけだ。
もちろん、真っ暗なトンネルだと乗客は不満だろう。だからこのパイプはアクリルのようなもので出来てる。だが
アクリルよりももっと硬い物質から作られているため、この水圧でも崩れないのだ。
透明なパイプの中を走る海洋横断列車、なんともファンタジックじゃないか。
「そしてこのパイプの原料は……あんたら、話聞いてるか?」
メリダは独り言のように説明を続けていたが、突然あたりを見渡す。
見渡すといっても客室が一つだけなのでそんなに広くないが。
「んー、聞いてなーい…」
「私は聞いてるよー」
フィアとアルは二人で窓の外を見ている。
「……フルハウス」
「………スリーカード」
「……ロイヤルストレートフラッシュ」
「「…負けた!」」
ウッドと華菜、晃はお菓子をかけてポーカーをしていた。この世界にもトランプはあったんだな。
どうやら真面目に話を聞いていたのは俺と勇希だけだったようで、メリダは溜め息をつき説明をやめた。
その時、
「うぃーっす」
「わぁ、みんなかわいいねっ!」
見知らぬ二人が部屋に入ってきた。
年は18~9くらいだろうか、どっちも俺より大きいのが気になるな。
片方は、やる気のなさそうな男。服装は…白衣にジーンズという感じで髪型はオールバックに近い。
片方ははしゃぎまわっている女。服装は短パンとジャケット、ニット帽。髪型はフレアロングってやつか。
テンションが両極端な二人は、俺達を値踏みするような目で見つめた後、
「よろしく」
「よろしくっ!」
なんか挨拶されたんだが、どうしたらいいんだろう。
「あ、よろしく」
「どうもー」
そこ、アルウッド、普通に返さなくていいから。
「なんだよぅっ、もっとフランクになろうよー!」
女のほうは、嬉しそうな顔をして笑っている。
男のほうは…黙って横に立っていた。
「私、横の客室のエルナ・エンドベルナ!こっちはロートね」
「ロート・エンドベルナだ」
勇希は二人を怪しげな目で見つめて、
「…姉弟?」
「いや、夫婦だ」
「やだーもうロートったら、まだ結婚してないじゃん!」
……そうですか。
「ところでこの列車、小さいながらに食堂車があるんだ。みんなでいかないか?」
「そうそうっ、お近づきの印にちょっと奢っちゃうぞー!」
そうですか、ありがとうございます!
「んじゃ先に行ってるぞ」
「ばいばーい!」
嵐のような二人だな。あんな二人だからこそうまくいってるのかもしれない。
しかしこんなに小さい列車に食堂車か。

一応、車両構成はこうなっているようだ。
 1      2       3      4     5
┌――┐ ┌―――――┐ ┌――――――┐ ┌――┐ ┌―――┐
|運転|-|1 | 2|-|3|食堂|4|-|5 |-|貨物室|
└――┘ └―――――┘ └――――――┘ └――┘ └―――┘
   ←前                      後→


つまり、俺達の部屋とエルナ達の部屋の間に食堂車が挟まれてる形になっている。
ツンツン、と袖口が引っ張られた。
「ねぇねぇ、早くいこ?」
フィアが目を輝かせて引っ張っていた。
部屋を見ると、どうやら俺と勇希以外は皆行ってしまったようだ。
あんなに警戒心無くていいのか…そもそもメリダには怪しい人を見つけると殺気を撒くという習性があるのに。
「ねーねー!」
フィアがしつこく袖を引っ張るので、俺達も行くことにした。
何か怪しいんだけどな…思い過ごしだといいが。



ダリアは駅を見つけ、ソノストラーノ号が既に出発した事を知り、全速力で線路の上を走っていた。
まるで風のように、走る走る走る。
「やばい、やばいやばい!」
この世界には、3つの勢力がある。
神話に登場する生物に例えられ、
第一勢力〔サウロン〕、
第二勢力〔ベヒーモス〕、
そして第三勢力…〔ワイバーン〕。
「急げ私!急げぇぇぇ!!」
線路の中を、走る走る走る。

     

「…でっけぇ」
あの小さい外観からかなり小さなものを想像していたのだが、食堂は俺達の予想よりも大きなもので端から端までは約15mほどあった。
「そうか、大きいのか?」
ロートさんは俺達が驚いていることに驚いていた。
「大きくないですか?」
メリダがロートに質問する。
するとロートは首を縦に振り、頭を上げながら、
「うちの台所と一緒くらいだ」
信じられないことを言った。
俺達の見てきた町ではそれほどの豪邸は存在しなかったように思える。ということは、都に住んでいるのだろうか。
「ロートはねぇー、ベベル王国有数のお金持ちなんだよー」
エルナはそれが当然といったような顔をして微笑んだ。これほどまでに純粋な笑顔はほとんど見たことが無い。
俺達はそれ以上聞かないことにした。

その後俺達は料理を腹一杯食べ、部屋に戻って遊んでいた。
もちろん、ロートとエルナも交えて、だ。

…その時は、ただ平和に時が過ぎていくと思っていた。





「はぁ…はぁ…ッ!」
ダリアは線路の上を走る。
その姿はまるで低空を飛行する鷹のようだった。
「間に合わない…くそっ!」
その時だ。
ダリアのすぐ横を、剣先が通過した。
「…オレタチ…オマエラ…マルカジリ…」
線路の先を見ると、裸に毛皮を羽織っただけの、まるで原住民のような服装をした男達が、ダリアよりもはるかに高速で列車を追いかけていた。
ダリアはそれを見ると、
「…アクセラ………ッ!」
足に気を廻らせ、それによって足に無数の裂傷が走ろうが気にせず、これまでの数倍の速度で走り続けた。


俺達は、知らなかった。
この世界に、もう一つの脅威があったことを。

       

表紙

坂口春南 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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