Neetel Inside ニートノベル
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パラノイアテロリスト
自我と羨望のテロリズム

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自我と羨望のテロリズム


 土を掘って掘り続けた。地中の深くまで掘った時に、どこまで掘れば自分が溶けるような温度に達するのかを考えていた。後多分1kmは掘らないと駄目だろうな、と宙に浮いているような思考が走る。でもその程度だったらすぐに掘れてしまうだろうとも思った。自分の間違いに気がつかなかった、気がつかない振りをしていた。
 その穴は、何のために掘ったのだろうか?
 たぶん、墓穴だ。
 何かの墓穴に違いない。

 そのためだけに、たくさんの動物を殺した。今だって殺す。もう、殺す事に少しの抵抗も感じなかった。動物を殺すようになって、既に一週間がたとうとしている。一週間の間私は生まれ変わる事が出来ました。ありがとうございますと、どの命に対して礼を言えばいいのかわからない。
 でも、確かに私は粗暴に、乱暴に凶暴に無差別に非道になることが出来た。
 どうも、最近の私は人を寄せ付ける魔力のようなものが備わっているらしい。
 学校に登校する際に、通勤ラッシュで混雑した満員電車に乗るのだが、そのときに人生で初めて痴漢という物に遭遇した。思わず携帯小説の一説を思い出す。中年男の汚らしい部分を迎え入れ、無感情に金をせびるという内容だった。あの小説は意外と嫌いじゃなかった、精神性としての在り方は納得できるものがあったから。しかし、涙の安売りは気に食わない。
 私は、そのときどうしたか。当然、相手の股間を一撫でして挑発した。緊張をしているのか、少し柔らかい感触を残しているソレは、私の手が触れた瞬間に暴発するように肥大し、電車から降りるまでそのままの状態をキープしていた。相手の顔が私の耳元に寄ってきて、次の駅で降りろなんてそんなひと言。黙って従う私の臀部に這うような、という表現を通り越して、掘るような、そんな感触。
 次はー十条、十条。
 車掌の掛け声と同時に扉は開きそして、手を引かれてホテルに連れ込まれて、当然金を払われて、やられる前に。やられる前に、やられる前に…。やる。
 そう、あの時あの携帯小説の主人公の女の子は、こうすれば良かったのだ。自分のことを道具や、存在しなくてもいいものなのだと思うのであれば、そこまで世界が破綻していると思っているのであれば、他人の世界も壊して当然なのだと何故気がつかなかったのか? 
 ぐつり、と鈍い音を出した足の下の物をもう一度蹴り上げる。ぴき、と泣いたオス猫はどうなったのかは知らない。
 肌蹴た制服を着なおし、ホテルから出て、笑う。高らかに。
 世界は壊していいものだと知って。楽しくて。私は非道になることが出来ました。ありがとう切り裂きジャック。ジャック・ザ・リッパー。私もあのロンドンの街に生まれていたら、多分模倣犯になることができたというのに。
 


 とまあ、そんなことをしながら私は今日学校に登校して、そして声を掛けられた。

「ねえ、木原さん」
 自分よりも背の高い。というか、結構高い女の子。――榊原が気に掛けていた女。名前を確か明智詩織といった気がする。少しきつめのつり目が特徴的な、綺麗な子。クラスの中ではモデルのような細さと顔立ちから多分本人の考えとは別に、高嶺の花扱いされていて、友達の出来ていないそんな女の子。
「今日、さ。このあと暇?」
「え……?」
 暇か? という言葉に、血生臭い性器を思い出す。ゾワリ、と背中に、赤いような、青い冷たいような、棘のような、氷のような焦燥感が立ち上った。
 猫の解体方法を思い出す。まず、ゴム手袋の下に軍手を仕込んで、のっかかるようにして首を折る。その後は三本目の包丁で内臓を掻き出し。人間でも出来るのだろうか? 急に不安になる。
 駄目だ。心が押しつぶされては。
 私は、私で。
 それでいて、憧れる何かであるのだ。
「雅人先輩に呼ばれたから」
「……雅人」
 雅人か。その言葉に、奥底にある安堵と恨みと血と、饐えた男の香りがした。
「うん、わかった。なら放課後、でいいかな?」
「え、ああ、えっと。その事なんだけど、今から行かない?」
「え? なんで」
 尋ねると、明智詩織はどこか遠くを見つめるような笑顔で、「そのあと、けーくんと会うから」と言った。その言葉に、ああ、やはり、と同属嫌悪のようにこの女を嫌いになることが出来た。けーくんとは、けんぴーと呼ばれている榊原の中学の同窓生の事だろう。
 情けのない女、仕様もない女。同情も出来ないし、しない。汚されて汚されて良い様に、甘えるように寝転んで温まって。そんな日常に溶け込めた事に、安堵と無気力を感じているのであれば、抗って死ねば良い。その汚らしい顔と毛並みを引きずって、足も折られ殴られ這い蹲う様にして。――男の精液を舐め啜る蛞蝓(なめくじ)が。男の精液は塩気が強かったらアナタにとっては死活問題ね、ああ、水だから溶けはしないか。なら、過剰に摂取してそのまま心臓を突き破るような脈を、引き裂いて止めてやろうか? 死ね、死ね。死ね! 啜れ、粉末になれ、散るな集まって、そのまま焼かれて、空気中を上昇気流に乗って、成層圏を漂っていろ、一ミリでも、ミクロンでもマイクロンでも、お前の一部を感じて居たくはない。嫌われるのは嫌なの? 殺されるのが嫌なの? なら、ちゃんと足を使って、手を使って這い蹲っても生きてみなさいよ。啜る事は死人のすること、たって、立てなくても立つ事が生きるもののすること。だからアナタは死んでいる。生きてみなさいよ。
 それが出来ないお前は、負け組だと。
 瞬きの間に、明智詩織という女を三度は殺せるほどに罵倒した。
「うん、わかった。いいよ」
 私の顔を見て、安堵を浮かべる女の表情を、もう一度の瞬きで見えなくなるまで。
 私は彼女を二度殺した。



「ねえ、菫ちゃん」
「菫、ちゃん?」
「ああ、ごめん。そう言われるの嫌?」
「……いや、じゃないけど…」
「そっか、ありがとう! それで、菫ちゃんは食べ物で何が好き?」
「…は?」
「だから、食べ物」
「明るいね」
「うん?」
「何で、明智さんはそんなに明るいの?」
「明るいからじゃないかな」
「ふうん」
「興味がないかな」
「そんなことない……よ」
「で、何がすき?」
「……シチューかな」
「あー! いいなあ! シチュー! コトコト煮込んだ、牛筋とかいいよね」
「手間かけるんだね」
「どうせなら、おいしく食べたいじゃん!」
「そうだね」
「じゃあねえ、次は、花は好き?」
「え? ……好きだよ」
「あ、嘘だねー、嫌いなんだ。なんで?」
「え…、」
「あ、びっくりした? 私ウソがわかるの。ごめんね」
「そうなんだ」
「で、なんで?」
「…………なまえ」
「名前?」
「そう、名前がスミレだから。からかわれて、小さい頃に」
「それも嘘だねー」
「……」
「怒ったの?」
「ううん。病院って、セントラル?」
「そうだよー、ねえなんで嘘ついたの?」
「え? ……ああ、花ね。うんと、判らないって言うのが本当かな」
「嘘つきだね。菫ちゃん」
「何?」
「うん、なにが?」
「何で、そんなことばっかりいうの」


 「え、だから――



              菫ちゃんはさ。自分が嫌いなんでしょ?」


 ずぐり、と音がした。
 刺されたのかと思った。わき腹の奥の方の肋骨の角辺りから、泣くような感触がしたからだ。気のせい、と自分を言いくるめるのに彼女を殺す三度ほど時間がかかる位、衝撃を覚えた。と、あまりにも俯瞰した事を思うほど冷静に、私は心の奥深くまでこじ開けられていた。
 私は、私が嫌い?
 先導されるように、自分の境遇や精神をなぞっている訳ではない。ただ、漠然と事実を開けっぴろげに、人の往来のあるところで体という体を晒されるということに恥を覚えているのかもしれない。
 なんにせよ、私は足を止めた。
 明智詩織は、わかっていた、という様に次の言葉を紡ぐ。

「菫ちゃんは、猫じゃないよ?」

 ――ああ、そうか。この女は、私を貶めたいのだ。
「何を言ってるのか判らないよ」
「そっか、うんうん。関係ない話だけど、私話を長くして遠回りに物事を言うのがすっごく苦手なの」
「だから?」
「あのさ、猫が死んだのは知ってる?」
「私は猫を殺してなんかいないよ」
「そうか、うん。そうだね。説明しなきゃね」
 明智詩織は、私の言葉を聞いて足を止めることをせず、そのままどんどんと先に歩いていく。人の往来がどんどんとなくなっていく方へ。さらわれる様な感覚。血の気が引いていくのを感じる。私は何も悪くないのに、それでも、彼女は私に対して何か大きな事を思っているのが判って。
 どうでもいい、と。自分をどこか遠くに追いやって、それで堪らなく心が楽になって。
 歩みを進めてみると、明智詩織の声が聞こえてきた。なにやら、呟き続けている。
「――れで、三匹目の猫はね、首が裂かれてお腹が裂かれて、背中の方に穴を開けられてそこから腸が飛び出して体に巻きついていたの。可笑しいよね? 二匹目の猫と三匹目の猫は何か殺され方が似てるの。一匹目と同じで、首は裂かれているけど、なんで二つの死体は同じようにしなきゃ行けなかったのかな? 私はこう思うんだ。

 本当は二匹目が、三匹目で、三匹目が二匹目に殺されたんじゃないかって。

 犯人は切り裂きジャックになりたかった。切り裂きジャックは、お前の傍にいるぞって、榊原雅人に告げたかったんだよ。だから、態々、榊原雅人に所縁のある場所に死体を置いていった。一匹目はミステリー研究部の部室、二匹目は榊原雅人の別宅。だけど、五日たっても榊原は猫の死体を見つけなかった。痺れを切らせた犯人は、手紙で榊原雅人を裏庭に呼んで、死体を発見させる事にした。二匹目と同じような死体を作ってね。――だけど、犯人さんすっごい不幸だったんだよね。本来の二匹目の死体を始末しようとしたら、榊原の家に近づいているところを、榊原の仲間に見られて、そのまま、良い様に弄ばれちゃったんだよ。丁度いいやって感じでね。

 榊原の家に真新しい使用済みコンドームが落ちていたのは、そのせいだよ。

 もちろん、死体の回収なんて出来なかったし、新しい女が来るって言う事で犯人は家に帰された。そして、三体目の死体が見つかったってわけ。不運、としか言いようがないよね。ねえ、どう思うかな。犯人さん?」
 長々と、明智詩織が語り終わると、白い粒子が瞬いていた視界に周りの情景が浮かんできた。ここは、……公園?
 混乱していて、判らなかった。なんて、本当にあるのか。混乱しているのだろうか、それとも、言い訳のような弁解のような、ついぞ可笑しい独り言が頭の中を堂々巡りするからだろうか? わからない、どうでもいい、と言えるほど、私の棘は向こう側には出ていなかった。
 昨日、決めたじゃないか。何で今日、今になって、こんな事が……
「どうして……?」
「うん?」
「どうして、……どうして、アナタは私をとがめるように言うの?」
「咎めてなんかいないよ。同情もしていないよ」
 言葉を聴いて、肌の周りに張り付いていた針が飛び出す。それは、明確な怒りだ。
「私は、……たとえ、動物を殺してもそれが何だって言うのよ!! 榊原を殺そうとしたってだけで、殺してないじゃない!! 私が悪い事をしたって、それで、それで何になるって言うの!!? ねえ、答えてよ!」
 明智詩織は黙っている、目の前の女は黙っている。既に犯された人間が、汚れた人間が、何かを理解したように、私に視線を向けている。
「アナタは、それでも多分、彼を殺していたと思うよ」
「どうして、そんなことが判るのよ!!!!」

「けーくん!!!!」

 明智詩織が叫ぶ。突然、私たちが入ってきた方じゃない、もうひとつの公園の入り口に向かって。
 こいつは、何を言って……。
 振り返ると、体が黒く冷たい海の圧力に固められたように、震えながら動かなくなる。

「菫ちゃん。犯人は、どうして、二匹目の猫を急いで殺さなくちゃいけなかったのかな? どうして? ねえ、どうしてなの菫ちゃん、どうして、アナタは榊原に猫の死体を見せて凶悪な人間が、傍にいる事を示さなくちゃいけなかったのかな? 自分のため? ――ううん、最初はそうだったかもしれない、でもそれだったら急ぐ必要はないもんね。」

 目の前に、見えてくるのは、人の集まり。水澄景夜、と、―――榊原雅人と、その仲間だった。
 黒々とした男の影に、世界の終わりを感じた。しかし、どこか違和感がある。まず、榊原は制服ではなかった。病院の入院服を羽織っている。顔も歪んでいて、榊原だと判断する事が出来たのは、特徴的な雰囲気と、髪型のみだった。

「ねえ、菫ちゃん……。菫ちゃんは、私を助けようとしたんだよね?

 でもね、そんな必要はもうないよ。――なんで、こんな事をするのかって言ったよね? 私はたったひとつなの、したいことは。誰にも相談できないで、赤の他人の私のために、こんなになるまで、心を磨り減らした貴女に、感謝の気持ちと謝罪と……」

 ほんの、すこしだけの涙を。

 ざりり、と砂場の砂が音を出して、周りを取り囲んだ榊原たちが、私と明智詩織と水澄景夜をのこして、地面に擦り付けるように、這い蹲るように、頭を下げる。呻くようにして、すいませんでした。すいませんでした、と、歪んだ顔を更に歪める様に。包帯を土埃に擦り付け、汚れている事を証明する様に。

 榊原は、確かに私に恐怖していた。

「か、かんべんして、くら…ひゃ……ああ」

 欲しかった景色はこんなにも無気力で儚げで、美しくない景色なのか。
 胸に支えたゴミが増えていくように、堪らなくなって、堪え切れなくなる。
 胸の奥から表面に憎しみとか、悲しみとか。そういったものが押し出されて、目の前が暗くなって体が熱くなっていく。
 様々な記憶がよみがえる。
 置いてきぼりにされた体を残して。
 刻み付けられた痛みが、幻痛としてよみがえり、動かす事も出来ない、唇を強くかみ締めて、プツリ、と風船の割れるような音がして、鉄の味がして。

 そして抱きしめられた、と気が付いたときには私の目から涙を留める術はなかった。

「ありがとう。本当にありがとう、菫ちゃん。」
「ああう、うあ……」
「もう、猫を……自分を、殺さなくて――いいんだよ」

 とめどなく溢れ出す涙を留めたいと言う気持ちはなかった。
 ぬくもりを初めて感じた赤ん坊のように、私は明智詩織に抱きしめられて、恐怖とか、未知とか、そういったものが津波のように押し寄せてくるのを止められない。止めたくはない。
 明智詩織に、爪が食い込むほど抱きしめても、彼女は更に強く優しく抱き寄せるばかりで何も言ってはくれなかった。
 余分だと感じているその欲求さえも、すべてをわかっているように彼女は抱きしめた。
 彼女の体はまるで麗らかな日差しのようだ。
 男たちが伏せている中で、泣いている私はまるでカゴメカゴメをしているようだった。
 後ろの正面は、私だ。
 私は、私によって鳥の籠に入れられていたのだ。
 明智詩織が、私の籠を開けてくれたとは言わない。
 でも、確かに、この瞬間から。
 彼女と私は、赤の他人から友達、という垣根も越えて。
「――」という絆に変わったのだった。


 

 ***




 少年は、考えていた。
 かくもこの世の非日常は、日常で、あると。
 今確かに生きている事が、今まで過ごして来た時間がその事を証明したし、何よりも今この場が既に日常という理想に程遠い事を知っていたからだ。

 榊原雅人は、その後、明智詩織の提案によってその身柄を拘束されることはなかった。何より今後悪さを働いた場合、明智詩織とその身内によって必ず制裁が加わるという脅しを突きつけたからだった。彼が従順に従ったのには訳があった。水澄景夜の姉のカナメのせいである。まさか、現場に戻って再度拷問を開始していたなんて事は、拷問を受けた人間と執行した人間と自分以外はしらない。その事があってか彼はただその後をゆだねるだけの人形と成り下がっていたので、どちらにしても後、数年は狂気と恐怖の狭間で地獄と思うような日々を過ごす事になるだろう。少年は、この壊れてしまった人形には興味を示さないし、ましてや最初から興味などなかった。しかし、どうしてだろうか、凍り付いているようだった感情の波を榊原雅人は確実に溶かす。もちろんそれは、決して良いと呼ばれる類の感情ではなかった。
 自分は、誰かのために怒ったのか?
 誰かを救いたいと思ったのか?
 木原菫はその後、猫の死体を別の場所に埋葬したいと言い出した。東京の街中で、一週間のうちに三体の猫を捕まえ殺すという事は、少なくとも猫に親しくなければならないから、その内に彼女自身、猫に思い入れが出来たのだろう。少年は、そのときの彼女の表情を忘れない。
 そして、明智詩織だ。
 ブラウン管の情景を、ただ眺めて少年は思考する。
 今回のことで、彼女は確かなトラウマと、その精神性を固めた。今後の生活は今までの生活と変わったものになるだろう。それは水澄景夜が望んでいる事ではない。しかし、どこか嫌な予感がする。
 数年前のトラウマは、彼にとって他人と自分を区分するのに格好の理由であったし、ソレを一貫することが自分にとっての処世術であったはずだ。
 だが、願ってもいない『日常』に、志は容易く折れた。

 俺は、明智詩織を救いたかったのか。

 明智詩織はその後、木原菫と友好関係を保っているようだった。少年の心に暖かな時間が流れていたのを感じる。何故だか判らない。しかし、傷を負ったもの同士、寄り添い集まっていることは確かにお互いの傷を隠す事にはなったのだろう。
 そして、そのことは、まるで失っていた体を取り戻すようだった。
 ぴたり、と当てはまるようなピースの形は景夜の望んでいるものではない。しかし心はどうだろう。『日常』を『日常』と認める女が、知り合いに出来たというだけで心はいとも簡単に形を変えている。まるで変わる事が望んでいる事かのように。
 俺は、明智詩織に触れられるだろうか。
 そう考えている少年の前には、絶望が広がっている。
『ん……あっ…』
 少年の隣にも、絶望は声を上げず佇んでいた。
「ねえ、景夜ちゃん……私は確かに高ぶっていますよ…?」
「ああ、……姉さん」
 答える少年の瞳には光がない。ブラウン管の淡い青が、瞳に写っているが、どこにも少年の意思を感じる事が出来なかった。
 だが、ほんの一瞬だけ。
 何かを確認するかのように、彼の瞳は絶望を見つめる。
 そして、また彼は思考を捨てた。
 
 捉えた絶望は、手に何重もの手錠を掛けられている一人の少年が、若い女に咀嚼されている光景。
 映像の女は少年の服を破きその薄い肌、筋肉を肌蹴させ、何度も食み、舌でなぞる。
『姉さん――!!! いや、だ。いやだよ!!! 姉さん!!!』
 ブラウン管の少年は助けを呼ぶ。
 だが、誰にも助ける事は出来ない。
 もう既に過去となったこの姿が、この映像がその事を確かにさせていた。
 もし、過去に助けられる人間がいたとしたら唯一、この映像を残した、彼の姉だけが救う事が出来たのだろう。
 しかし、そんなことはありえない。
 少年の隣に座っている女は押しつぶされるような愛情に身を浸して、その姿を食い入るように見つめている。
 その、過去に陶酔するように。
 愛情を、確認するように。
『いや、……だ!! だ、出したくない! やだ、気持ち悪い! いやだ、よ! む……く、ぐぐぐぁあ!』
 ソファの姉は、少年を見ずに語る。艶やかで、尖った指先は、彼女自身の太ももを滑って……水音を立てた。
「……羨ましい…、ねえ…?」
 少年は答えない。
 しかし、少年は懇願している。
 今も、昔も。
 多分それは彼の絶望の形で。
 そして、彼の形でもあった。


       

表紙

柿ノ木続木 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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Neetsha